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第27話 鋼糸

白銀戦線の拠点内部。


崩落した通路。


砕けた壁。


床には戦闘の痕跡が無数の亀裂となって刻まれている。


その中央で二人の女性が静かに対峙していた。


「……」


リンファ。


そして。


《深淵の剣》四天王。


リリア。


互いに無傷ではない。


リンファの衣服には複数の裂傷が走り、頬や腕には赤いダメージエフェクトが残っている。


リリアも同様だった。


肩で息をし、握った双剣には細かな損傷が刻まれている。


しかし、両者の瞳から戦意は失われていない。


「ふぅ……」


リリアが小さく息を吐き、双剣を構え直す。


「認めるわ」


「……?」


「あなたは強い」


先ほどまで浮かべていた余裕の笑みは消えていた。


「まさかここまでやるとは思わなかったわ」


「そう」


リンファは静かに構えたまま応じる。


「それはどうも」


「だからこそ」


リリアの視線が鋭さを増す。


「ここで終わらせるわ!」


「……!」


次の瞬間。


ゴォォォォッ!!


リリアの身体から膨大な魔力が噴出した。


床に散らばっていたナイフが振動する。


カタカタカタカタッ――。


一本、また一本と宙へ浮かび上がっていく。


「アークスキル――」


リリアは双剣を大きく広げた。


「《千刃演舞サウザンド・ブレイド・ダンス》」


ヒュンッ!!


無数のナイフが空へ舞い上がる。


一枚、二枚、十枚、二十枚。


数十枚に及ぶ銀の刃がリリアの周囲を旋回する。


ヒュヒュヒュヒュン!!


加速する刃は、やがて鋼の竜巻のような様相へと変貌した。


「……」


リンファの目が細まる。


右、左、上、背後。


あらゆる方向に刃が存在する。


一歩でも判断を誤れば、全身を切り裂かれる。


「さあ」


リリアが口元を歪める。


「踊りなさい!」


リンファは小さく息を吐く。


「残念ね」


「……?」


「もう終わっているわ」


「何を――」


その瞬間、リンファの右手が静かに握られた。


ピン――。


「……?」


微かな音。


リリアの耳に届く。


糸が張るような、極めて微細な音。


直後。


「《操演・縛鎖》!」


ギュンッ!!


「なっ!?」


リリアの動きが完全に停止した。


右腕、左腕、脚、胴、首元。


いつの間にか、細い鋼糸が全身に絡みついている。


「な……!」


動かない。


いや、動けない。


双剣を振ろうとしても腕が固定され、踏み出そうとしても脚が拘束される。


「いつの間に……!」


必死にもがくリリア。


しかし。


ギリッ――。


「っ……!」


動くほどに鋼糸が食い込む。


さらに宙のナイフへ意識を向ける。


リンファの指がわずかに動いた。


ピンッ!!


鋼糸が跳ね、ナイフへ絡みつく。


一本、二本、三本。


千刃演舞サウザンド・ブレイド・ダンス》の制御が逆に奪われていく。


「そんな……!」


最後の一本が床へ落ちた。


カラン――。


静寂。


リリアの表情から完全に余裕が消える。


リンファはゆっくりと歩み寄る。


「気付かなかったのね」


「……何?」


「さっき接近した時」


指先がわずかに動く。


光を受け、鋼糸が一瞬だけ姿を現す。


「すでに仕込んでいたの」


「……!」


リリアの瞳が見開かれる。


「……あの時から?」


「ええ」


リンファは淡々と頷く。


「あなたは刃の制御に集中していた」


一歩。


「だから」


さらに一歩。


「自分に絡んだ糸に気付けなかったのね」


「……っ!」


「最初から……」


リリアは歯を食いしばる。


「全部……!」


「全部ではないわ」


リンファは静かに否定する。


「ただ」


右手を握る。


ギリッ。


「あなたの戦い方は見ていたわ」


リリアの双剣が手から落ちる。


カラン。


カラン――。


そして膝をついた。


「くっ……!」


全身を拘束され、武器も失った。


もはや戦闘継続は不可能だった。


「終わりにしましょう」


リンファが告げる。


「……」


「大人しくするなら命までは奪わないわ」


リリアは俯いたまま沈黙する。


数秒の静寂。


そして。


「……ふふ」


小さな笑い。


「……負けね」


「私の負けよ」


「……そう」


リンファは静かに息を吐き、拘束の力をわずかに緩めた。


完全には解かない。


ただ、致命的な圧力だけを外す。


「……」


抵抗もない。


リンファは背を向け、視線を奥へ向ける。


「ガウのところへ行かないと」


一歩、二歩、三歩。


その背中が遠ざかる。


その時。


「……馬鹿ね」


拘束されたままのリリアが、わずかに笑っていた。


床に落ちたナイフの一つが微かに震える。


カタッ――。


「《千刃演舞サウザンド・ブレイド・ダンス》」


フッ――。


一本のナイフが浮かび上がる。


「死ね」


ヒュンッ!!


一直線に背中へ。


だがリンファは振り返らない。


「それが」


静かな声。


「あなたの選んだ結末ね」


「……え?」


右手が静かに閉じられる。


ピン――。


鋼糸が走る。


リリアの首元。


シュッ――。


「……」


目が見開かれる。


そして首が静かに離れた。


ドサッ――。


同時にナイフの力も消失し床へ落ちる。


カラン――。


静寂。


リンファはしばらくその場に立ち尽くし、やがて目を閉じた。


「降伏した者には手を出さない」


静かな声。


「でも」


目を開く。


そこに迷いはない。


「再び刃を向けるなら容赦しない」


そして歩き出す。


ガウの待つ戦場へ。



白銀戦線の拠点内部。


一人の狼獣人が廊下を走っていた。


《深淵の剣》ギルドマスター、ゼノス。


あいつを止めなければこの戦いは終わらない。


ヨミを傷つけた。


拠点を奪った。


多くのプレイヤーを踏みにじった。


そして今も仲間たちが戦っている。


「待ってろ」


誰に向けた言葉かも分からないまま呟く。


俺は走り出した。


ダッ!!


長い廊下を駆け抜ける。


角を曲がりさらに奥へ。


「……!」


その先に大扉。


白銀戦線の大広間へ続く扉。


俺は速度を落とさない。


そのまま――


ドンッ!!


両手で押し開けた。


ギィィィ――。


広がる空間。


かつて多くの白銀戦線メンバーが集った大広間。


長机、椅子、そして白銀戦線の紋章。


だが今は誰もいない。


「……」


静かすぎる。


「ゼノス……」


いない。


視線を巡らせる。


右、左、奥。


どこにも姿はない。


「どこに――」


その時。


ドゴォォォン!!


「……!」


外から衝撃音。


窓へ駆け寄る。


そして。


「……っ!」


見えた。


拠点入口。


三人の影。


ガンテツ、バレット、そしてゼノス。


「……」


嫌な予感が走る。


窓へ駆け寄る。


ガンテツは満身創痍。


立っているのが不思議なほどだ。


バレットは視線が定まっていない。


「見えていない……?」


音と気配だけで戦っている。


対するゼノスは。


「……」


余裕。


二人を相手にしてなお、崩れない。


むしろ徐々に追い詰めている。


「まずい……!」


迷っている時間はない。


俺は窓を開ける。


いや。


「邪魔!」


《朧》を抜く。


一閃。


ガシャァァァン!!


窓が砕け散る。


風が吹き込む。


俺は窓枠に足を掛けた。


高さも距離も関係ない。


「今行く!」


床を蹴る。


俺は大広間の窓から戦場へと飛び出した。

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