第24話 白銀の覚悟
白銀戦線の拠点内部。
崩壊した通路。
その空間は、先ほどまでとはまるで別物へと変貌していた。
「……」
アイスは杖を握り、周囲へ視線を巡らせる。
場所そのものが変わったわけではない。
砕けた壁。
崩れた天井。
倒壊した柱。
散乱する瓦礫。
ここは間違いなく《白銀戦線》の拠点内部だ。
しかし、そのすべてが黒い影に覆われていた。
床。
壁。
天井。
瓦礫。
柱。
そして、天井の穴から差し込む光の中にすら、影が侵食している。
「……」
アイスの額を汗が伝う。
それは通常の影ではない。
光によって生じる影ではなく、ミレイア自身の魔力によって構築された異質な影。
現実空間そのものを影で完全に支配する。
《深影支配》の奥義。
《深淵影界》。
「ようこそ」
声。
「……!」
アイスが振り返る。
しかし、そこに人影はない。
「俺の領域へ」
今度は背後。
「……」
さらに右。
左。
上。
下。
声はあらゆる方向から響いてくる。
どこにいるのか分からない。
「ここでは」
ミレイアの声が空間全体に響く。
「床も」
ズズッ――。
右の壁から人影が浮かび上がる。
「壁も」
左側。
別の位置からミレイアの顔が現れる。
「天井も」
上方。
黒い影の中から片腕だけが伸びる。
「すべてが俺の影だ」
「……」
アイスは杖を握り直す。
「つまり」
正面。
影の中からミレイアがゆっくりと姿を現す。
「すべてが俺の武器になる」
直後、その姿は再び影へと溶けた。
「……!」
「《影槍》」
ズドドドドドッ!!
「っ!?」
床、壁、天井。
全方位から無数の影が槍へと変化し、一斉に襲いかかる。
「《氷壁》!」
ドゴォン!!
アイスの前方に巨大な氷壁が展開される。
ガガガガガガガンッ!!
影槍が次々と激突した。
「くっ……!」
一本、二本、三本。
正面は防ぎ切る。
だが――。
「後ろ……!」
振り返る。
遅い。
ドシュッ!!
「ぐっ!」
影槍が肩を掠める。
赤いダメージエフェクトが散る。
さらに右。
「っ!」
身体を捻る。
影槍が頬をかすめて通過する。
左。
「《氷壁》!」
ガキィン!!
防御。
しかし足元。
「しまっ――」
ズドンッ!!
「ぐあっ!」
地面から突き上げる影槍。
直撃は避けたものの、左肩を貫く。
「くっ……!」
アイスは地面を転がり、即座に立ち上がる。
「はぁ……はぁ……」
強い。
それだけではない。
攻撃地点が多すぎる。
前後左右、上下。
すべてが攻撃の起点となる。
死角という概念が成立していない。
「どうした?」
声。
「……」
アイスは周囲を見渡す。
「先ほどまでの威勢は」
上下左右から声が響く。
「俺の影を攻略するのではなかったのか?」
「……」
アイスは答えない。
杖を構える。
「《氷槍》!」
ヒュヒュヒュン!!
三本の氷槍が放たれる。
しかし――。
ズズッ――。
ミレイアは影へと沈み、攻撃は空を切る。
「無駄だ」
背後。
「……!」
「《黒刃》」
ブォン!!
黒い刃が横薙ぎに振るわれる。
「《氷壁》!」
ガキィィン!!
「くっ!」
衝撃が走り、氷壁に亀裂が入る。
バキィン!!
崩壊。
しかし。
その時にはミレイアの姿はすでに消えていた。
「……」
アイスは息を整える。
攻撃、潜伏、移動、奇襲、再潜伏。
姿を捉えることすら困難だ。
「……厄介だ」
「今さら気付いたか?」
声。
「違う」
アイスは静かに周囲を見据える。
「厄介だからこそ」
杖を強く握る。
「考える」
「……」
「どうすれば」
視線が鋭くなる。
「お前を倒せるかを」
一瞬の静寂。
そして。
「ククッ……」
笑い声。
「まだ言うか」
影が一斉に揺らぐ。
「ならばいつまで言っていられるか試してやる」
「……!」
影が動く。
「《影槍》!」
再び全方位からの攻撃。
「《氷壁》!」
ガガガガガガガンッ!!
「くっ……!」
防ぐ。
右へ回避。
左へ弾く。
上方へ迎撃。
「《氷槍》!」
ガキィン!!
影と氷が激突する。
しかし――。
一本の影槍が死角から迫る。
「……っ!」
ザシュッ!!
右足を掠める。
赤いエフェクトが散る。
「まだ!」
アイスは杖を振るう。
「《氷礫》!」
無数の氷片が全方位へ放たれる。
ヒュヒュヒュヒュン!!
狙いはない。
ただ、すべての方向へ。
影から現れた瞬間を狙うために。
しかし――当たらない。
「甘い!」
声。
直後。
「《影爆》」
背後で衝撃が走る。
ドンッ!!
「ぐっ!」
アイスの身体が吹き飛ぶ。
ドサッ!!
「がっ……!」
脇腹と左肩に激痛が走る。
それでも杖は離さない。
「まだだ……」
立ち上がる。
少し離れた位置。
床の影からミレイアが姿を現す。
「まだ立つか」
「……」
アイスはミレイアを見据える。
「しぶとさだけは認めよう」
「それは……」
息を整えながら。
「どうも」
ミレイアが笑う。
「だがそろそろ限界だな?」
「……」
「お前のHPはほとんど残っていない」
「魔力も枯渇寸前だろ?」
一歩、距離を詰める。
「それでもまだ勝てると思っているのか?」
「……」
アイスは答えない。
ただ見ていた。
「何だ?」
「……」
違和感。
何かがおかしい。
ミレイアは影へと沈む。
ズズズズッ――。
消失。
「《影槍》」
「《氷壁》!」
ガキィン!!
防御。
「《黒刃》」
右。
「っ!」
回避。
再び影へ。
「……」
アイスは戦いながら思考する。
違和感の正体。
《深淵影界》。
この空間すべてがミレイアの影であるなら、わざわざ外へ出る必要はない。
常に影の中に潜み続ければいい。
それなのに――。
「……」
ズズッ――。
正面。
ミレイアが再び姿を現す。
数秒後。
「《影槍》」
攻撃。
そして再び影へ沈む。
「……」
アイスの目が細まる。
まただ。
一定間隔で影から出てくる。
攻撃、移動、潜伏。
そして必ず。
『外へ出てくる』
偶然か。
それとも。
「……」
アイスは攻撃を止める。
待つ。
一秒。
二秒。
三秒。
「《影槍》!」
攻撃。
回避。
四秒。
五秒。
「……」
ズズッ――。
ミレイアが壁の影から姿を現す。
「もう一度」
「何?」
「《氷礫》!」
ミレイアが影へ沈む。
アイスは数える。
一秒。
二秒。
三秒。
四秒。
五秒。
そして――。
ズズッ――。
再び出現。
「……」
アイスの口元がわずかに上がる。
「見つけた」
「……何?」
「君の弱点」
「……」
ミレイアの表情は変わらない。
しかし、わずかに目が細まる。
「くだらない」
再び影へ沈もうとする。
「待て」
「……」
動きが止まる。
杖が向けられる。
「影の中に無限にはいられないな?」
沈黙。
「最初から違和感はあった」
アイスは続ける。
「《深淵影界》」
周囲を見渡す。
「すべてが君の影ならわざわざ外へ出る必要はない」
「……」
「ずっと影の中から攻撃すればいい」
「それなのに」
視線を戻す。
「必ず一定時間で姿を現す」
「……」
「攻撃のためでもなく」
「挑発のためでもなく」
「必ず」
ミレイアの表情から笑みが消える。
「影に潜っていられる時間に」
アイスの目が鋭くなる。
「制限がある」
「……」
静寂。
そして。
「ククッ……」
ミレイアが笑った。
「よく見ている」
「……」
「この状況で」
両腕を広げる。
「攻撃を受けながらそこまで観察していたか」
「当たりか?」
「……」
ミレイアは答えない。
「十分だ」
アイスは杖を握る。
沈黙は肯定だった。
「なら」
冷気が足元から広がる。
「次は」
パキッ――。
床が凍る。
「逃げ道を」
パキパキパキッ!!
壁が凍結する。
「すべて」
天井。
瓦礫。
柱。
「潰す!」
「《氷結領域》!!」
ゴォォォォォッ!!
冷気が爆発的に広がった。
「……!」
ミレイアの表情が変わる。
影の上から氷が覆い始める。
壁、床、天井。
すべてが凍結していく。
「小賢しい!」
ミレイアが影へ沈む。
ズズッ――。
「……!」
消失。
だが。
「逃がさない!」
アイスが杖を振るう。
パキキキキッ!!
影への出口を氷で封鎖していく。
「……っ!」
影が揺らぐ。
しかし。
氷がそれを封じる。
「くっ……!」
ミレイアの声。
そして数秒後。
ドゴォン!!
氷が内側から破壊される。
「ぐっ……!」
ミレイアが強引に実体化する。
肩で息をしている。
「……」
アイスの目が鋭くなる。
「やはり」
「……!」
「時間制限だ」
「貴様……!」
「これで」
杖を向ける。
「もう自由には消えられない」
「舐めるな!!」
ミレイアが叫ぶ。
影が爆発する。
「影に潜れずとも!」
黒い影が刃へと変わる。
「お前程度!」
さらに背後から無数の影。
「正面から殺せる!」
「……来い」
「《影刃》!!」
無数の刃が放たれる。
「《氷壁》!!」
ドゴォン!!
巨大な氷壁。
ガガガガガガガガンッ!!
「くっ……!」
亀裂。
バキッ!!
「まだだ!!」
「《影槍》!!」
ズドドドドドッ!!
「ぐっ……!」
氷壁が崩壊する。
「アイス!!」
ミレイアが踏み込む。
黒刃。
「死ね!!」
「……!」
アイスは退かない。
杖を握る。
「僕は」
冷気が集まる。
「負けない」
空気が凍る。
「仲間を想うことは弱点だと」
「……!」
「確かにそうかもしれない」
アイスは微笑む。
「守ろうとすれば怖くなる」
「失いたくないと思う」
「冷静ではいられない時もある」
ミレイアの刃が迫る。
「でも!」
杖を振り上げる。
「それでも僕は!」
白銀の魔力が爆発する。
「みんなと帰る!」
「……っ!」
「だから!」
真っ直ぐに見据える。
「仲間を想う心は!」
冷気が渦を巻く。
「弱点じゃない!」
「……!」
「僕たちの理由だ!!」
振り下ろす。
「《白銀葬送》!!」
ゴォォォォォォォォッ!!
白銀の吹雪が爆発した。
「なっ――!」
ミレイアの目が見開かれる。
氷と冷気が一体となり、奔流となって押し寄せる。
「ぐっ……!」
「《影壁》!!」
黒い影が壁となる。
ドゴォォォォン!!
白銀と黒が激突する。
「ぐぅぅ……!」
影が耐える。
しかし――。
パキッ。
「……!」
凍結が始まる。
影そのものが氷に侵食されていく。
「馬鹿な……!」
パキパキパキッ!!
「影が……!」
「凍って……!」
「まだだ!!」
ミレイアが叫ぶ。
だが。
ゴォォォォォォォォォッ!!
吹雪がさらに勢いを増す。
「終わりだ!!」
「ぐっ……!」
《影壁》が完全に凍結する。
そして――。
バキィィィィン!!
崩壊。
「……!」
ミレイアの前には何も残らない。
「くそっ……!」
影へ逃げようとする。
しかし。
足元も壁も天井も、すべて氷に封じられている。
逃げ場はない。
「……」
ミレイアはアイスを見る。
その瞳に初めて敗北が宿る。
「なるほど……」
小さく呟く。
「これが……」
白銀の吹雪が迫る。
「お前の……」
そして。
「強さか……」
ゴォォォォォォォン!!
白銀がすべてを飲み込んだ。
――静寂。
吹雪が収束する。
「はぁ……」
「はぁ……」
アイスは片膝をついて肩で息をしている。
周囲は凍結していた。
そして正面。
氷に閉ざされたミレイア。
完全に動かない。
HPはゼロ。
ピシッ――。
音。
「……?」
黒い影に亀裂が走る。
ピシピシッ!!
床、壁、天井。
《深淵影界》が崩壊していく。
黒が薄れ、光が戻る。
やがて――。
パァァァ……。
天井の光が本来の色を取り戻し拠点を照らした。
「……」
アイスは顔を上げる。
見慣れた、崩壊した拠点。
白銀戦線の拠点。
「……終わった」
小さく呟く。
その瞬間、力が抜ける。
「っと……」
膝が崩れかけるがなんとか踏みとどまる。
HPはわずか。
魔力も枯渇寸前。
全身が傷だらけだ。
それでも立っている。
「……」
凍り付いたミレイアを見る。
強敵だった。
間違いなく、これまでの中でも屈指の相手。
一歩間違えれば自分が倒れていた。
それでも。
「……僕の勝ちだ」
静かに告げる。
返事はない。
アイスはゆっくりと振り返るのだった。
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