第22話 守る力
《白銀戦線》の拠点入口に、巨大な衝撃音が響き渡った。
ゴォォォォン!!
ヴァルガの巨体が宙を舞う。
ゴウマが放った《天砕拳》。
ヴァルガの身体は勢いを失わないまま、拠点の壁を突き破った。
ドガァァァン!!
さらにその奥にあった建物へ激突し、轟音を立てながら崩れ落ちていく。
ドドドドドドッ!!
大量の瓦礫がヴァルガの身体を飲み込んだ。
そして。
「……」
先ほどまで響いていた轟音が嘘だったかのように辺りに静寂が戻った。
ゴウマはゆっくりと拳を下ろし、荒くなった呼吸を整える。
「ふぅ……」
ゴウマは周囲を見渡した。
原形を留めていない建物が三軒。
「……」
戦闘中とはまったく別の意味でゴウマの頬を一筋の汗が伝った。
「……アイスに謝らないとな」
これだけ破壊してしまえばさすがに何も言われずには済まないだろう。
とはいえ、今はそれどころではない。
ゴウマは再び前を向き、崩れ落ちた建物とその下に積み上がった瓦礫の山を見つめた。
しばらく、何も起こらなかった。
だが。
ガラッ――。
「……!」
一つの石が転がり落ちた。
続いて、瓦礫が小さく揺れ始める。
ガラガラッ。
その隙間から腕が伸びた。
「はぁ……はぁ……」
荒い呼吸とともに一人の男が瓦礫の中から這い出してくる。
ヴァルガだった。
ゴウマは何も言わず、ただ静かにその姿を見つめた。
先ほどまでのヴァルガとは明らかに様子が異なっている。
《狂獣化》はすでに解除され、膨れ上がっていた筋肉も元に戻っていた。
全身を覆っていた禍々しい魔力も消え、残っているのは身体中に刻まれた傷と砕けた防具だけだった。
HPも残りわずかだった。
それでも。
「ぐっ……!」
ヴァルガは大剣を杖代わりにしながら立ち上がろうとする。
だが。
膝に力が入らず、すぐに地面へ崩れ落ちた。
「くそ……!」
片手を地面につき、もう一度身体を持ち上げる。
「まだ……」
ヴァルガが顔を上げた。
「終わって……ねぇ……!」
しかし、その言葉に応える者はいなかった。
「……」
周囲には《深淵の剣》の構成員たちが立っている。
彼らも二人の戦いを最初から見ていた。
《深淵の剣》四天王。
圧倒的な力を持ち、《狂獣化》によってさらに身体能力を引き上げたヴァルガ。
その男が真正面からゴウマに敗れた。
一人の剣士が自分の手元へ視線を落とす。
そして。
カラン――。
剣を地面へ落とした。
「……降参します」
「……!」
ヴァルガの目が動いた。
別の男も槍を静かに地面へ置く。
「俺も……」
「もう戦えません」
カラン。
ガシャン。
一人。
また一人。
武器が地面へ置かれていく。
「降参します」
「もう無理だ……」
「勝てない……」
やがて、その場に残っていた《深淵の剣》の構成員たちのほとんどが武器を手放していた。
戦う意思はない。
ただ、恐怖に身体を震わせている。
ゴウマは彼らを見回したあと、拳を下ろしたまま静かに告げた。
「降参するなら攻撃はしない。武器を捨てて、そこから動くな」
構成員たちが顔を上げる。
しばらくして、一人が小さく頷いた。
「……はい」
その時だった。
「何を……」
低い声が響く。
「……?」
ゴウマが視線を向ける。
ヴァルガは俯いたまま、震える拳で大剣の柄を握っていた。
「何をしている……!」
「ヴァルガ様……」
「降参するな!!」
怒声が響き、構成員たちの身体が大きく震える。
「まだ戦えるだろうが!」
「ですが……!」
「もう無理です!」
「勝てません!」
その言葉を聞いた瞬間、ヴァルガの表情が大きく歪んだ。
「勝てない……?」
ふらつきながらも立ち上がり、大剣を持ち上げる。
「だったら……」
一歩。
武器を捨てた構成員たちへ向かう。
「ヴァルガ様……?」
「弱ぇ奴は……」
大剣を握る手に力が入った。
「いらねぇ!」
「……っ!」
構成員たちの顔が恐怖に染まる。
「だったら俺が――」
ヴァルガが大剣を振り上げた。
狙っているのは先ほど降参した仲間だった。
「殺してやる!!」
だが。
その大剣が振り下ろされることはなかった。
「救えないな……」
ヴァルガの動きが止まる。
ゴウマは静かに前へ出ると、右手を地面へ向けた。
「お前は最後まで力で押さえつけることしか考えられないんだな」
「ゴウ……マ……!」
ゴウマの目が鋭くなる。
一度は収まっていた魔力が再び膨れ上がり、足元の大地が低く唸り始めた。
ゴゴゴゴゴッ――。
「アークスキル――《大地掌握》」
ズンッ!!
重い魔力が地面へ浸透していく。
ヴァルガの足元へ亀裂が走った。
「《岩槍陣》」
ドゴォン!!
大地が爆ぜる。
「がっ――!」
地面から突き出した鋭い岩の槍がヴァルガの胸を貫いた。
「……」
振り上げられていた大剣が止まる。
ヴァルガはゆっくりと視線を落とし、自分の胸を貫いている岩槍を見た。
「……ぐ……」
それでも大剣を握ろうとする。
「まだ……俺は……」
腕に力を込めようとするが身体は言うことを聞かなかった。
ガラン――。
大剣が手から落ちる。
「……くそ……が……」
最後までその目から怒りが消えることはなかった。
ゴウマは静かにヴァルガを見つめる。
「もう終わりだ」
「……」
ヴァルガのHPがゼロになった。
胸を貫いていた岩槍が崩れ落ちると同時に、その身体も淡い光の粒子へと変わっていく。
やがてヴァルガの姿は完全に消え、地面には大剣だけが残された。
「……」
誰も声を上げなかった。
ゴウマはしばらくその場所を見つめたあと《大地掌握》を解除する。
そして、ゆっくりと振り返った。
そこには武器を捨てた《深淵の剣》の構成員たちがいる。
「安心しろ」
構成員たちが顔を上げる。
「降参した奴まで殴る趣味はない」
ゴウマはそれだけ告げると壊れた拠点の奥へ視線を向けた。
◇
《白銀戦線》の拠点内部。
崩壊した通路の中で、二人のプレイヤーが対峙していた。
床も壁もすでに白い氷に覆われ、その隙間を縫うように黒い影が這っている。
一方は《白銀戦線》ギルドマスター、アイス。
右手には小さな杖。
周囲には《氷界支配》によって生み出された冷気が渦巻いていた。
そしてもう一方。
《深淵の剣》四天王、ミレイア。
その身体は《深影支配》によって広がった影の中へ、半ば溶け込むように立っている。
氷と影。
二つの領域はすでに通路全体を侵食し、互いの支配範囲を押し広げようと激しくぶつかり合っていた。
「怒りで強くなるタイプか」
アイスは杖を強く握り、ミレイアを見据える。
その視線を受けながらミレイアが静かに口を開いた。
「サイオンだったか?」
「……!」
アイスの眉がわずかに動く。
「無事なのか?」
一瞬、アイスの声が低くなる。
「お前がその名前を語るな……!」
ミレイアがわざと挑発していることくらい、アイスにも分かっていた。
それでも。
アイスの脳裏に倒れていたサイオンの姿が浮かぶ。
血を流し、傷だらけになりながらも最後まで仲間を逃がそうとしていた姿。
「あと少し反応が遅れたら殺せたのにな」
「……!」
アイスの周囲に漂っていた冷気が一気に強まる。
普段の彼なら相手の位置や能力、周囲の状況まで冷静に分析していただろう。
だが、その瞬間だけは違った。
仲間を傷つけられた怒りが冷静さを奪った。
そして。
ミレイアはそれを見逃さなかった。
ほんのわずかに口元を上げる。
「そこか」
「……何?」
「お前の弱点だ」
アイスの目が鋭くなる。
だが、ミレイアは構わず続けた。
「あの男は随分と必死だった」
一歩。
足元の影が揺れる。
「仲間を守るために俺たちの前へ立ち、何度倒されても立ち上がった」
「……黙れ」
「最後まで仲間を守ろうとしていた」
「黙れ……!」
ミレイアの目が細くなる。
「だが、何ひとつ守れなかった」
「――黙れ!!」
アイスの魔力が爆発した。
ゴォォォッ!!
周囲の冷気が激しく渦を巻き、床を覆う氷が一気に厚みを増していく。
「これ以上仲間を侮辱するな!」
ミレイアは動かない。
ただ静かにアイスを見つめていた。
「感情は隙になる」
「……!」
「仲間」
ミレイアはその言葉をまるで理解できないもののように口にする。
「弱い者を守るために戦い、傷つけば怒り、失えば悲しむ。随分と非効率な生き方だ」
アイスが杖を構え直す。
「お前には分からないだろ」
「分かる必要があるのか?」
「……」
「弱者を守ればその分だけ隙が増える」
ミレイアの足元から黒い影がさらに広がり、床だけではなく壁や天井へまで這い上がっていく。
「だから負ける」
「違う!」
アイスが杖を突き出した。
「守りたいものがあるから、人は強くなれる!」
「なら」
ミレイアがわずかに笑う。
「見せてみろ。その強さを」
「……!」
アイスの周囲で冷気が渦を巻く。
すでに展開されている《氷界支配》が呼応するように勢いを増し、空間そのものからさらに熱を奪っていった。
パキッ――。
床を覆う氷に亀裂が走る。
パキパキパキッ!!
そこから新たな氷柱が一気に成長した。
「《氷柱槍》!」
ドドドドドドッ!!
床から無数の氷柱が突き上がる。
通路全体を埋め尽くすほどの氷。
本来なら逃げ場などない。
だが。
「無駄だ」
声が聞こえた。
背後。
「……!」
アイスが振り返る。
ミレイアは壁に落ちた影から半身だけを現していた。
「そこか!」
杖を向ける。
だが、遅い。
ミレイアの身体は再び影へ沈んだ。
「……っ!」
消える。
次の瞬間には別の場所へ現れる。
右。
左。
背後。
天井。
《深影支配》によって広がった影のすべてがミレイアの通り道になっている。
「《氷槍》!」
ヒュヒュヒュン!!
氷の槍が飛ぶ。
だが。
ミレイアは一瞬で影へ沈み、別の場所から姿を現した。
「遅い」
「くっ!」
再び氷槍。
再び影。
当たらない。
氷と影。
二つの領域が崩壊した通路の中で激しくぶつかり合う。
パキキキキッ!!
ズズズズズ――。
アイスは杖を構えたまま、周囲へ視線を走らせる。
右。
いない。
左。
いない。
背後。
「……!」
振り返る。
だが、誰もいない。
「なるほど」
声が聞こえた。
「……っ!」
上。
天井に広がった影。
そこからミレイアの顔だけが覗いている。
「力は十分だ」
その姿が再び影へ沈んだ。
「だが、迷いがある」
声だけが通路へ響く。
「……何?」
「仲間を守る」
別の影から声。
「仲間を救う」
さらに別の影。
「仲間を失いたくない」
「……!」
ミレイアの声が四方から響き渡る。
「そのすべてがお前を縛っている」
「違う!」
アイスが叫ぶ。
「違わない」
「……!」
その瞬間。
足元の黒い影が動いた。
「しまっ――」
「《影縛》」
ズズッ!!
黒い影がアイス自身の影へ絡みつく。
「……っ!?」
身体が止まった。
「な……!」
足が動かない。
腕も肩もまるで見えない鎖に縛りつけられたように自由を奪われていく。
「これが」
アイスの背後。
影の中からミレイアがゆっくりと姿を現す。
「影を支配するということだ」
「くっ……!」
アイスが魔力を込める。
パキキキッ!!
足元を氷結させ、影ごと凍らせようとする。
だが、拘束されているのは足元の地面ではなく、自分自身の影だ。
氷だけでは簡単に振りほどけない。
「言っただろう」
ミレイアがゆっくりと歩み寄る。
「感情は隙になる」
「……!」
「そして、守りたいものが多いほど、隙も増える」
ミレイアが手を上げる。
周囲の影が一か所へ集まり、細く鋭い槍へと形を変えていく。
「《影槍》」
影の槍がアイスの死角へ回り込む。
そして、一気に走った。
「っ!」
アイスは動かない身体を無理やり捻り、杖だけを振るう。
「《氷壁》!!」
ドゴォン!!
目の前に分厚い氷の壁が出現した。
直後、影槍が激突する。
ガキィィン!!
氷が砕け散る。
「ぐっ……!」
完全には防ぎ切れない。
わずかに軌道を逸らしただけだった。
ザシュッ!!
「……っ!」
影槍がアイスの脇腹を抉る。
赤いダメージエフェクトが散り、アイスの膝が地面へ落ちた。
「ぐ……!」
脇腹を押さえながら息を吐く。
そんなアイスをミレイアは静かに見下ろした。
「アイス」
「……」
「お前は強い」
その声に嘲りはない。
「その力も、判断力も、ギルドを率いる能力も認めよう」
アイスは何も答えず、脇腹を押さえたまま杖を握る。
「だが」
ミレイアの周囲で影が再び広がった。
「その甘さは弱点になる」
「……っ」
《影縛》によって身体の自由は奪われ、脇腹には深い傷。
呼吸も荒い。
それでも。
「……」
アイスは杖を握り直した。
指に力を込める。
「まだ……」
ゆっくりと顔を上げる。
「終わってない」
ミレイアが静かにアイスを見る。
「そうか」
影が揺れる。
「なら、証明してみろ」
「……!」
ミレイアの身体が再び影へ沈み始める。
「仲間を想う心が本当に強さになるというのならな」
その言葉を最後にミレイアの姿は影の中へ完全に消えた。
「……」
アイスは杖を握り締める。
足元を縛る影。
脇腹から散った赤い光。
そして、脳裏に浮かぶ仲間たちの姿。
「……僕は」
小さく息を吐く。
その瞳から先ほどまでの怒りが少しずつ消えていく。
代わりに宿ったのは静かな決意だった。
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