第21話 救出戦
白銀戦線の拠点外壁。
そこでは今も激しい戦闘が続いていた。
「うおおおおおっ!!」
雄叫びと共に一人の男が前線へ飛び込む。
ガンテツ。
《王虎の牙》の中でも屈指の巨体を誇る熊獣人。
その手には巨大な変形モーニングスター。
《震天》。
ジャラララララッ!!
長い鎖が音を立てる。
その先。
巨大な鉄球が地面すれすれを走った。
だが。
狙っているのは人ではない。
「まとめて――」
ガンテツが腰を落とす。
両腕へ力を込め。
鎖を一気に振り抜いた。
「吹っ飛びやがれぇ!!」
ブォォォォン!!
巨大な鉄球が地面へ叩きつけられる。
ドゴォォォン!!
「うわっ!?」
「ぐあっ!」
「っ!!」
直撃ではない。
地面を砕いた衝撃。
巻き上がった瓦礫。
爆発するような風圧。
それらを受け、支配されたプレイヤーたちがまとめて吹き飛んだ。
一人。
二人。
三人。
地面を転がっていく。
ガンテツはすぐに視線を走らせた。
倒れたプレイヤーたち。
HPは残っている。
死んでいない。
それを確認して。
「よし!」
再び《震天》を構える。
今回の敵は殺していい相手ではない。
《深淵の剣》によって支配されたプレイヤーたち。
自分の意思で戦っているわけではない。
助けを求めることすらできず。
身体を操られている。
だから倒すだけなら簡単でも救うとなれば話は違う。
「ったく!」
ジャラララッ!!
ガンテツが鎖を引き戻す。
「ぶっ飛ばすだけなら簡単なんだがな!」
正面から複数のプレイヤーが迫る。
剣。
槍。
斧。
それぞれの武器を構え。
一斉にガンテツへ襲い掛かった。
「ガンテツさん!」
後方から声が飛ぶ。
だがガンテツは退かない。
「心配すんな!」
一人目。
剣が振り下ろされる。
ガンテツは身体を横へずらす。
刃が肩を掠めたと同時に鎖を引く。
ジャラッ!!
「っ!?」
《震天》の鎖が剣へ絡み付いた。
「そいつは没収だ!」
腕を振るう。
ガキィン!!
剣が宙を舞った。
「……!」
武器を失ったプレイヤー。
だが止まらない。
素手のままガンテツへ掴み掛かろうとする。
「悪ぃな!」
ガンテツが身体を沈める。
そして肩からぶつかった。
ドンッ!!
「ぐっ!」
プレイヤーが吹き飛ぶ。
地面を転がり。
動かなくなった。
気絶。
HPは残っている。
「一丁上がりだ!」
横。
二人目。
槍が迫る。
「おっと!」
ガンテツが鎖を張った。
ギィン!!
槍の穂先を鎖で受け止める。
そのまま。
ジャララッ!!
槍へ鎖を巻き付けた。
「ほらよ!」
力任せに引く。
「うわっ!?」
プレイヤーの身体が前へ引かれる。
ガンテツは一歩横へ。
勢いを殺さない。
そのまま通過させ。
背中を軽く押す。
「行ってこい!」
「うわぁぁっ!?」
その先にはさらに二人の支配されたプレイヤー。
ドガッ!!
「ぐっ!」
「うわっ!」
三人まとめて地面へ転がった。
「……」
ガンテツが眉を寄せる。
「加減ってのは面倒くせぇな」
だが口元は笑っていた。
「まあ」
《震天》の鎖を握り直す。
「嫌いじゃねぇけどよ!」
正面に五人。
右から三人。
さらにその後ろからも支配されたプレイヤーたちが押し寄せる。
「数が多いな!」
《震天》を振るう。
だが巨大な鉄球は人へ向けない。
ガンテツは鎖の中ほどを掴み。
一気に踏み込んだ。
「おらぁ!!」
ブォン!!
鎖が地面すれすれを薙ぎ払う。
「っ!?」
「うわっ!」
「ぐあっ!」
足。
武器。
盾。
まとめて絡め取るように鎖が前列のプレイヤーたちを薙いだ。
次々と体勢が崩れる。
そこへ。
「飛んどけぇ!!」
ガンテツが鎖を跳ね上げた。
ブォォン!!
「うわぁぁぁっ!?」
三人の身体がまとめて宙へ浮く。
そして。
ドサッ!
ドサドサッ!!
少し離れた地面へ落ちた。
「ぐっ……」
「う……」
動かない。
だが生きている。
「よし!」
ガンテツが笑う。
「加減も慣れてきたぜ!」
その時。
「ガンテツさん!」
後方から重い足音が響いた。
ドドドドドッ!!
「俺達もやります!」
「一人で全部持っていかないでくださいよ!」
ガンテツが振り返る。
そこには九人の男たち。
かつて《鉄球戦団》としてガンテツと共に戦っていた仲間たち。
今は全員《王虎の牙》の一員だ。
その先頭に大槌を肩へ担いだ男が歩いてくる。
ドラン。
かつて《鉄球戦団》の副ギルドマスターを務め、今は《王虎の牙》で鍛冶を担っている男。
「お前ら!」
ガンテツが笑う。
「来たか!」
ドランは大槌を肩に担いだまま頷いた。
「こっちも結構片付きましたぞ」
「そりゃ助かる!」
「ですが」
ドランが前を見る。
まだ大勢のプレイヤーたちがこちらへ迫っている。
「どうやら休ませてはくれんようですな」
「上等だ!」
ガンテツが《震天》を肩へ担ぐ。
そして。
九人を睨んだ。
「おい!」
「分かってると思うが!」
鎖を握る。
「絶対に殺すんじゃねぇぞ!」
「分かってますって!」
「頭は狙いません!」
「武器と足を潰して動きを止めます!」
「誰が潰せっつった!」
「言い方ですよ!」
「紛らわしいわ!」
戦場のど真ん中、そんな声が飛び交う。
ドランが呆れたように息を吐いた。
「まったく」
大槌を構える。
「昔から騒がしい連中ですな」
「お前もその一人だろうが!」
「わしは常識人ですぞ?」
「どの口が言ってんだ!」
だが誰一人として油断していない。
十人。
二十人。
さらにその後ろからも支配されたプレイヤーたちが押し寄せる。
ドランの目が鋭くなった。
「来ますぞ!」
「ああ!」
ガンテツも前を見る。
その顔から笑みが消えた。
「俺達の仕事は」
《震天》の鎖を握る。
「こいつらを倒すことじゃねぇ」
一歩。
前へ。
「助けることだ!」
「おおっ!!」
九人の声が重なった。
「……」
ドランが目を見開く。
そしてその頬に一筋の涙が流れた。
「あんだけ脳筋だったガンテツが……」
目元を拭う。
「成長されましたのぉ……」
「余計なお世話じゃい!!」
ガンテツの怒鳴り声が響く。
「誰が脳筋だ!!」
「ガンテツさん以外に誰がいるんですか!」
「うるせぇ!!」
旧鉄球戦団の面々から笑い声が上がった。
ほんの一瞬、戦場とは思えない。
いつもの空気。
だがそれも一瞬だけ。
「来ます!」
「おう!」
ガンテツが《震天》を大きく振り回す。
ジャラララララララッ!!
鎖が唸る。
巨大な鉄球が頭上で円を描く。
だが狙うのは人ではない。
「行くぞぉ!!」
鉄球を地面へ。
「まとめて転がりやがれぇぇぇ!!」
ドゴォォォォン!!
地面が爆ぜた。
凄まじい衝撃が前方へ走る。
「うわぁぁぁっ!?」
「ぐっ!」
「なっ――!」
支配されたプレイヤーたちの足元が崩れる。
体勢を失い。
次々と倒れていく。
「今!」
ドランが叫ぶ。
「行くぞ!」
「動きを止めろ!」
旧鉄球戦団の九人が一斉に飛び出した。
武器を弾く。
足を払う。
盾で押し倒す。
地面を叩いた衝撃で吹き飛ばす。
決して致命傷になる攻撃は使わない。
その中をドランも駆ける。
「ふんっ!」
大槌を振り上げる。
目の前には剣を構えた二人のプレイヤー。
だが大槌は二人へ向かわない。
狙うのはその足元。
「少し揺れますぞ!」
「《砕地衝撃》!」
ドゴォォン!!
地面を叩く。
「うわっ!?」
「ぐっ!」
足元が大きく揺れ。
二人の身体が浮いた。
その隙をドランは逃さない。
「ほいっと!」
大槌の柄を横へ。
ドンッ!!
二人まとめて押し飛ばした。
地面を転がりそのまま気を失う。
「……ふむ」
ドランが大槌を肩へ担ぐ。
「鍛冶ばかりで腕が鈍ったと思われては困りますな」
少し離れた場所でガンテツが笑った。
「ハッ!」
鎖を振るう。
「まだまだ動けんじゃねぇか!」
「当然ですぞ!」
ドランも笑う。
「誰の副ギルドマスターをやっていたと思ってるんですかな!」
「そりゃそうだな!」
再び支配されたプレイヤーたちが迫る。
普段の彼らなら力任せに敵を叩き潰す。
そんな戦い方だってできる。
だが今日は違う。
救うべき人たちだ。
「もう少し我慢しろよ!」
ガンテツが叫ぶ。
迫る一人の武器を鎖で絡め取り。
そのまま地面へ転がす。
「絶対に――」
さらに二人。
鎖を薙ぎ。
足元をまとめて払う。
「助けてやるからな!!」
ドォォォン!!
再び大きな衝撃が戦場へ響いた。
倒すためではない。
殺すためでもない。
囚われた者たちを生きたまま取り戻すために《王虎の牙》の力自慢たちはいつも以上に慎重に。
そして。
豪快に戦場を駆け回っていた。
◇
ガンテツたちから少し離れた場所。
そこでも激しい攻防が続いていた。
「押し返せ!」
「ここを抜かせるな!」
《白銀戦線》のメンバーたちが声を掛け合う。
剣を構える者。
盾を前へ出す者。
槍で武器を弾く者。
自分たちの拠点を奪われ、最後にはこの場所を離れるしかなかった。
だからこそ今日こそは。
「絶対に取り戻すぞ!」
「おおっ!!」
声が重なる。
だが目の前にいる相手に怒りをぶつけることはできない。
《深淵の剣》に支配されたプレイヤーたち。
彼らもまた被害者だ。
「殺すなよ!」
「分かってる!」
「武器だけ狙え!」
剣士が斬り掛かってくる。
白銀戦線の一人が盾で受け止める。
ガキィン!!
「今だ!」
横から別のメンバーが入り。
剣を持つ腕へ。
自分の武器の柄を打ち込む。
「ぐっ!」
剣が落ちた。
そのまま二人掛かりで身体を押さえ込む。
「暴れるな!」
「すぐ助けるから!」
「……っ!」
支配されたプレイヤーは答えない。
苦しそうに顔を歪めながら。
それでも身体は抵抗を続ける。
「くそ……!」
押さえ込む手へ力が入る。
「本人は戦いたくないはずなのに……!」
それでも離さない。
絶対に殺さない。
必ず救う。
その意思だけで戦い続ける。
だが数が多い。
「右から来るぞ!」
「三人!」
「いや、後ろにもいる!」
次々と支配されたプレイヤーたちが押し寄せる。
一人を止めれば次の一人。
さらにその後ろ。
戦線が少しずつ押され始めていた。
「くっ……!」
盾を持った男が後退する。
「まだだ!」
「ここで崩れるな!」
その時。
ヒュンッ!!
一本の棒が横から伸びた。
ガンッ!!
「っ!?」
迫っていた剣が弾き飛ばされる。
続いて。
ゴッ!
別のプレイヤーの膝裏を打つ。
「ぐっ!」
体勢が崩れた。
さらに。
ドンッ!
棒の先端が腹部へ。
必要最低限の力。
意識だけを奪う。
支配されたプレイヤーが地面へ崩れ落ちた。
「大丈夫か?」
低い声。
白銀戦線のメンバーが振り返る。
そこには一本の棒を手にした男。
バレット。
いや。
棒ではない。
彼の武器。
変形弓《流星》。
弓として使うだけではなく、形状を変えることで近接戦にも対応できる。
「バレットさん!」
「助かりました!」
「ああ」
バレットは倒れたプレイヤーを一瞬だけ確認する。
HPは残っている。
「問題ない」
《流星》を軽く回す。
「まだ来るぞ」
正面。
二人。
剣と斧。
同時に迫る。
「ふっ!」
バレットが踏み込んだ。
一人目。
剣が迫る。
《流星》を立て受け流す。
カンッ!!
そのまま棒を滑らせ。
手首を叩く。
「っ!」
剣が落ちる。
二人目。
斧。
横薙ぎ。
バレットは一歩下がる。
刃が目の前を通り抜けた。
その瞬間、《流星》を足元へ。
「悪いな」
ゴンッ!
足首を払う。
「うわっ!」
倒れたところに棒の先を胸元へ当てる。
「少し寝てろ」
ドンッ!
「ぐっ……」
意識を失う。
バレットは大きく息を吐いた。
「慣れないな」
本来、自分の得意距離はもっと遠い。
弓。
狙撃。
相手から離れ、確実に矢を届かせる。
それがバレットの戦い方だ。
だが今はそうも言っていられない。
奴隷プレイヤーに下手に矢を撃つわけにはいかない。
《流星》を肩へ担ぐ。
「こういう使い方も悪くないか」
その時だった。
「バレット!」
声。
「上です!」
「……!」
バレットが顔を上げる。
外壁。
高い城壁の上。
そこに複数の人影が並んでいた。
「弓兵……!」
十人近いプレイヤー。
全員が弓を構えている。
だが先ほどまで戦っていた奴隷プレイヤーたちとは違う。
その顔には明確な敵意。
《深淵の剣》の構成員。
「狙え!」
号令。
一斉に弦が引かれる。
「まずい!」
下には白銀戦線の仲間たち。
動きを止められた奴隷プレイヤー。
治療や拘束を進めている者もいる。
このままでは敵味方関係なく矢が降る。
「撃てぇ!!」
弦が放たれた。
ヒュヒュヒュヒュヒュン!!
無数の矢。
空を覆う。
「全員伏せろ!」
バレットが叫ぶ。
だが間に合わない。
その時。
ガンッ!!
巨大な大盾が。
戦場の中央へ突き立てられた。
「ここは――」
少女が一歩。
前へ出る。
ノエル。
左腕に巨大な大盾。
その身体が仲間たちの前へ立つ。
「私が守ります!」
魔力が一気に膨れ上がる。
「アークスキル!」
大盾を強く握り締める。
「《不動城壁》!!」
ズンッ!!
ノエルを中心に半透明の防御領域が一気に広がった。
直後、無数の矢が降り注ぐ。
ガガガガガガガンッ!!
「くっ……!」
領域全体が揺れる。
矢。
矢。
矢。
次々と防御領域へ突き刺さり。
弾かれ。
地面へ落ちていく。
それでもノエルは一歩も退かない。
「ノエルさん!」
仲間の声。
「このくらい大丈夫です!」
さらに矢。
ガガガンッ!!
「絶対に!」
足を踏み締める。
「ここから先へは!」
魔力を込める。
「通しません!!」
《不動城壁》。
守ることに特化したノエルのアークスキル。
矢の雨の中でもその防御は崩れない。
バレットはそんなノエルの背中を見る。
「……頼もしいな」
「感心している場合ですか!」
ノエルが叫ぶ。
「早く何とかしてください!」
「分かってる!」
バレットが苦笑する。
そして《流星》を見る。
「こっちは任せた」
「はい!」
バレットが武器を握る。
カシャン――。
機構が動く。
棒状だった《流星》が中央から展開し、両端が大きく湾曲していく。
弦が張られ、元の姿に戻る。
長弓《流星》。
「さて」
バレットが一本の矢を取り出す。
弦へ番える。
視線。
城壁上。
距離。
風。
弓兵の位置。
味方の動き。
一瞬で確認する。
「これ以上好きには撃たない」
静かに弦を引く。
魔力が矢へ流れる。
《魔法付与》。
矢へ魔法を付与する。
パチッ。
パチパチッ!!
矢を雷が包み込む。
狙うのは弓兵本人ではない。
手元。
弓。
「まず一人」
「《雷撃付与》!」
放つ。
ヒュン!!
雷を纏った矢が一直線に飛んだ。
城壁上。
「なっ!?」
バチィン!!
矢が弓へ命中する。
雷が弾けた。
「ぐあっ!」
弓兵の手が痺れる。
武器が落ちた。
「一人」
すぐに二本目。
「次」
放つ。
ヒュン!!
今度は矢筒。
バチッ!!
「くっ!?」
雷撃。
動きが止まる。
三本目。
四本目。
矢を番える。
放つ。
番える。
放つ。
一切の迷いがない。
バレットの矢が次々と城壁上の弓兵たちを無力化していく。
「撃て!」
「奴を先に狙え!」
弓兵たちが。
今度はバレットへ弓を向ける。
「来るぞ!」
「問題ないです!」
ノエルが大盾を構え直した。
「バレットさんは!」
足を踏み締める。
「攻撃だけ考えてください!」
「……了解」
バレットが笑う。
再び矢の雨が降る。
ガガガガガンッ!!
ノエルが全て受け止める。
今度は矢へ冷気が宿る。
「そこだ」
「《氷結付与》」
放つ。
ヒュン!!
城壁の床。
弓兵たちの足元へ命中。
パキキキキッ!!
氷が一気に広がった。
「なっ!?」
「足が!」
「動けない!」
足元を氷が拘束する。
「よし」
バレットが《流星》を下げる。
「これでしばらく撃てない」
ノエルが小さく息を吐いた。
だが防御領域は解かない。
戦場にはまだ敵がいる。
「次が来ます!」
「ああ」
バレットが再び矢を番える。
◇
さらに戦場の後方。
ガンテツたちが前線を押し返し。
ノエルとバレットが敵の遠距離攻撃を封じている。
その間、別の戦いを続けている二人がいた。
「う~ん……」
地面へ座り込んだ少女。
セリア。
その目の前には一人のプレイヤーが横たわっていた。
先ほどガンテツたちが戦闘不能にした奴隷プレイヤーの一人。
意識は失っている。
だが首筋には黒い紋様が浮かんでいた。
《深淵の剣》。
ゼノスによって刻まれた呪印。
「やっぱり変だね~」
セリアが顔を近付ける。
「ただ操ってるだけじゃない~」
指先を伸ばす。
黒い呪印へ触れる。
その瞬間、淡い光が指先から広がった。
「《解析鑑定》~」
魔力が流れ込む。
呪印。
その内部へ。
「……」
セリアの表情が変わる。
普段のどこか掴みどころのない雰囲気が消えた。
目の前の術式だけを見つめる。
解析。
構造。
魔力経路。
術者との繋がり。
命令系統。
一つずつ慎重に読み解いていく。
「なるほど~」
小さく呟く。
「ここから命令が入って~」
指先を少し動かす。
「こっちが身体を動かす部分~」
さらに。
「でも~」
セリアの眉が僅かに寄った。
「これ……」
おかしい。
外から強制的に身体を動かしている。
それだけなら呪印そのものを破壊すればいい。
だが。
「……駄目だね~」
セリアが呟いた。
その時。
「セリアさん!」
白銀戦線の一人から声が飛ぶ。
「右です!」
「え~?」
セリアが顔を上げる。
一人の奴隷プレイヤーが迫っていた。
剣を振り上げ真っ直ぐセリアへ。
「わ~」
だがセリアは動かない。
いや動く必要がない。
「行かせません!」
その間に一人の男が滑り込んだ。
モルフォ。
「《百虫の王》」
魔力が溢れる。
「《甲殻装》」
次の瞬間、モルフォの左腕が変化した。
皮膚を覆うように黒く硬質な甲殻が形成される。
巨大な甲虫を思わせる。
分厚い外殻。
ガキィィン!!
「っ!」
剣が甲殻へ激突した。
だが傷一つ付かない。
「解析中です」
モルフォが静かに相手を見る。
「邪魔はさせません」
奴隷プレイヤーが剣を引き、もう一度振るう。
だがその前にモルフォの右腕が動いた。
「《蜘蛛牢糸》」
今度は指先から。
シュルルルルッ!!
白い糸が飛び出す。
「……!」
蜘蛛の糸。
腕。
胴。
足。
一瞬で巻き付いた。
「拘束します」
モルフォが腕を引く。
「ぐっ!?」
奴隷プレイヤーの身体が地面へ倒れた。
それでも暴れる。
剣を握った腕を動かそうとする。
「すみません」
さらに糸。
シュルルルッ!!
手首。
足首。
完全に固定する。
「少しだけ大人しくしていてください」
「……っ!」
「必ず助けますから」
モルフォが立ち上がる。
周囲を見る。
一人。
二人。
さらに三人。
前線を抜けた奴隷プレイヤーたちがこちらへ向かってくる。
「……やはり簡単にはいきませんか」
モルフォが眼鏡を押し上げる。
背中。
そこから。
巨大な羽が広がった。
蝶。
いや。
蛾にも似た。
鮮やかな翅。
バサッ――。
羽ばたく。
キラキラとした鱗粉が周囲へ舞い始めた。
「《痺蝶鱗粉》」
「……?」
迫っていたプレイヤーたちの動きが僅かに鈍る。
一歩。
二歩。
そして。
「ぐっ……」
膝が落ちた。
「身体が……」
「……動か……」
武器が地面へ落ちる。
カラン。
カラン――。
「麻痺性の鱗粉です」
モルフォは静かに告げる。
「安心してください」
倒れていくプレイヤーたちを見る。
「死ぬようなものではありません」
そのまま一人。
また一人。
動きが止まっていく。
「へぇ~」
後ろから声。
モルフォが僅かに振り返る。
セリアが解析を続けながらこちらを見ていた。
「便利だね~」
「セリアさん」
「なに~?」
「集中してください」
「してるよ~?」
「こちらを見ながら言わないでください」
「モルフォなら大丈夫かな~って」
「信頼していただけるのは嬉しいですが」
モルフォが前を向く。
さらに一人、槍を持った奴隷プレイヤーが鱗粉を突破してくる。
「こちらも結構忙しいんですよ」
槍。
突き。
モルフォは身体を横へ。
かわす。
そして右腕。
硬質な甲殻。
今度は巨大な鎌のような形状へ。
だが刃を相手には向けない。
槍の柄へ。
ガキィン!!
「っ!?」
武器を弾く。
そのまま脚が変化した。
昆虫特有の強靭な脚力。
「ふっ!」
地面を蹴る。
一瞬で距離を詰め。
肩からぶつかる。
ドンッ!!
「ぐっ!」
奴隷プレイヤーが吹き飛ぶ。
地面を転がったところへ。
シュルルルッ!!
蜘蛛の糸。
完全拘束。
「これで」
モルフォが息を吐く。
「四人目ですか」
「五人目来てるよ~」
「……」
モルフォが振り返る。
本当に来ていた。
「教えていただけるのは助かりますが」
構える。
「少しは心配してくれてもいいんですよ?」
「大丈夫~」
セリアが笑う。
「モルフォ強いから~」
「……」
一瞬。
モルフォが黙った。
「それはどうも」
少しだけ口元が緩む。
だがすぐに表情を戻した。
「なら期待に応えましょう」
再び。
前へ出る。
その背後でセリアは呪印へ視線を戻した。
「……」
再び集中。
魔力経路。
支配命令。
感覚遮断。
身体操作。
そして。
呪印の中心。
「……あ~」
セリアの声が変わった。
「やっぱりそういうことか~」
指先を止める。
見つけた。
この呪印は単純な支配魔法ではない。
刻まれた相手の魔力経路へ直接食い込み、そこから身体へ命令を流し込んでいる。
つまり。
「無理やり壊したら~」
セリアの表情から笑みが消える。
「この人の魔力経路まで傷付いちゃう~」
最悪の場合ーー
一時的な麻痺。
スキル使用不能。
それだけならまだいい。
だがこの世界はゲームでありながら死ねば現実でも死ぬ世界。
何が起こるか分からない。
「それは駄目だね~」
呪印を破壊するだけでは駄目。
支配だけを切り離す。
術者との繋がりを断ち。
身体へ入り込んだ術式を。
一つずつ安全に解除する必要がある。
「……」
セリアの指先が呪印の上をゆっくりとなぞる。
一つ。
二つ。
三つ。
魔力の流れを追う。
そして。
「見つけた~!」
ぱっと。
顔を上げた。
「モルフォ~!」
「はい!」
少し離れた場所でモルフォが糸で二人の奴隷プレイヤーをまとめて拘束していた。
「解析終わった~!」
「本当ですか!?」
「うん~!」
セリアが立ち上がる。
服に付いた砂埃を軽く払った。
「どうでした?」
モルフォが拘束したプレイヤーを確認しながら尋ねる。
「面倒くさい術式~」
「面倒くさい?」
「うん~」
セリアは倒れているプレイヤーの首筋。
呪印を指差す。
「これね~」
「壊したら駄目~」
「……!」
モルフォの表情が変わる。
「解除される本人にも影響が出ると?」
「たぶんね~」
セリアが頷く。
「呪印と本人の魔力経路がくっついてる~」
「だから普通の解除魔法で無理やり剥がしたら~」
指を立てる。
「本人まで壊れちゃうかも~」
「なるほど……」
モルフォが呪印を見る。
「随分と悪趣味な術式ですね」
「だね~」
セリアの声はいつも通り。
だが目は笑っていなかった。
「だから~」
杖を持ち上げる。
「ちゃんと作る~」
「……作る?」
「うん~」
セリアが笑った。
「ないなら作ればいいからね~」
杖の先へ。
魔力が集まり始める。
「《幻想創造》」
淡い光。
それがセリアの周囲へ広がっていく。
必要なのは呪印そのものを破壊する力ではない。
絡み合った魔力を読み取り。
本人の魔力経路を傷付けず。
支配命令だけを切り離す。
解除。
分離。
浄化。
一つずつ。
必要な効果を組み上げていく。
「……」
セリアの額に汗が浮かぶ。
普段なら新しい魔法を作る時も楽しそうにしている。
だが今回は違う。
失敗できない。
目の前にいる一人の命が懸かっている。
そしてこの一人だけではない。
周囲には何十人もの奴隷プレイヤーたちがいる。
その全員が助けを待っている。
「セリアさん」
モルフォの声。
「焦らなくて大丈夫です」
「……」
「我々が守ります」
セリアが目を瞬いた。
そして。
「……うん~」
小さく笑った。
「じゃあ」
杖を握り直す。
「任せるね~」
「ええ」
モルフォが前を向く。
「任されました」
その言葉を聞き、セリアは再び魔法へ集中した。
一つ。
また一つ。
術式が完成していく。
そして最後の一つが繋がった。
パァァァァ――。
淡い白銀の光が杖の先へ灯る。
「……できた~!」
モルフォが振り返る。
「それが?」
「うん~」
セリアは杖を見つめる。
新しく生み出した魔法。
呪印を破壊するのではなく、囚われた者だけをそこから救い出すための魔法。
「《呪印解除》」
淡い光が静かに揺れた。
セリアは目の前に横たわるプレイヤーを見る。
「じゃあ~」
杖を向ける。
「助けるね~」
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