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第5話 流れ着いた男

今回は新キャラ「バレット」視線になります!

潮の匂いがする。


波の音が聞こえる。


体が重い。


頭が痛い。


全身が鉛になったように動かなかった。


「……生きてるか?」


遠くから声が聞こえる。


男の声じゃない。


若い女の子の声だった。


「んー……息はしてるな。」


別の男の声。


今度は軽い調子だ。


「死体じゃないなら回収だな。」


「おいおい、魚じゃないんだぞ。」


「似たようなもんだろ。」


「ひどいなぁ。」


意識が浮上する。


重たい瞼をゆっくり開く。


真っ先に見えたのは青空だった。


雲ひとつない晴天。


そして、その空を背に覗き込む二人の顔。


茶髪のショートヘアー。


赤い瞳を持つ狼獣人の少女。


そして、その隣に立つ人間の剣士。


「起きた。」


狼少女が言う。


「……ここは?」


「浜辺。」


「見れば分かる。」


「じゃあ質問を変える。」


俺は上半身を起こした。


全身が痛い。


服は海水でぐっしょり濡れていた。


「ここはどこだ?」


「王虎の牙の集落の近くだよ。」


聞いたことがない名前だった。


少なくとも俺の知る有名ギルドじゃない。


「そうか。」


そして思い出す。


船。


嵐。


巨大モンスター。


転覆。


海。


「……あー。」


頭を抱えた。


「終わった。」


「何が?」


「全部。」


剣士が首を傾げる。


俺は空を見上げた。


「船が沈んだ。」


「それは災難だったな。」


「荷物も食料も金も全部海の底。」


沈黙。


「……マジ?」


「マジ。」


全財産。


二年間かけて集めたもの。


全部消えた。


ソロプレイヤーには後ろ盾がない。


失えば終わりだ。


それがこの世界だった。


「まあ、生きてるだけマシか。」


自然と笑いが漏れる。


乾いた笑いだった。


「装備は無事なのが不幸中の幸いだな。」


狼少女が黙る。


その赤い瞳がじっとこちらを見る。


「行く場所は?」


「ない。」


「仲間は?」


「いない。」


「ギルドは?」


「入ってない。」


全部一人。


ずっと一人だった。


誰かを信用すれば裏切られる。


誰かを助ければ利用される。


二年間で嫌というほど学んだ。


だから俺はソロになった。


一人なら裏切られない。


一人なら失うものも少ない。


そうやって生き延びてきた。


「……そっか。」


狼少女は小さく頷いた。


「じゃあ来る?」


「は?」


「集落。」


今度は俺が首を傾げる番だった。


「いやいや。」


思わず笑う。


「知らない男だぞ?」


「うん。」


「怪しいぞ?」


「そうかも。」


「盗むかもしれない。」


「その時は怒る。」


あまりにもあっさり言うものだから、逆に言葉が詰まった。


「普通は警戒するんだよ。」


「してるよ。」


「してるように見えねぇ。」


「でも放っておけないし。」


当たり前のように言う。


なんなんだこいつは。


「私はガウ。」


狼少女が言った。


「こっちはハヤテ。」


「よろしくな。」


「……バレット。」


久しぶりに名乗った気がした。


この世界で名前を名乗ることは、信用することと同じだった。


だから俺は、もうずっと誰にも名乗らなかった。


必要がなかったからだ。


「じゃあバレット。」


ガウが笑う。


「行こ?」


その言葉に、少しだけ胸が引っかかった。


行く。


どこへ?


帰る場所なんて、もうずっとなかったはずなのに。



「へぇぇぇぇ!!」


虎耳をぴんと立てた少女が声を上げる。


「船が沈んじゃったんですか!?」


「そう。」


「大変じゃないですか!」


「まあな。」


小柄な虎獣人の少女。


ギルドマスターらしい。


名前は、たると。


「ご飯食べました?」


「いや。」


「お風呂は?」


「入ってない。」


「寝てます?」


「昨日から。」


「大変じゃないですか!!」


さっきも聞いた。


「落ち着くまでここにいてください!」


「いや、悪いからいい。」


「悪くありません!」


即答だった。


「でもな。」


「ご飯あります!」


「いや。」


「部屋もあります!」


「いやいや。」


「お風呂もあります!」


なんなんだこの子は。


「見知らぬ男だぞ?」


「知りました!」


「今だろ。」


「じゃあもう知らない人じゃありません!」


意味が分からない。


本当に分からない。


「利用されるとか思わないのか?」


「思いますよ?」


「思うのかよ。」


「でも。」


たるとは笑った。


「困ってる人を放っておけません。」


その言葉に嘘はなかった。


綺麗事。


理想論。


二年前の俺なら鼻で笑っていた。


でも今は違う。


この集落には笑顔があった。


子供が走っている。


NPCが笑っている。


プレイヤーが笑っている。


デスゲームの世界とは思えない光景。


「好きなだけいてください!」


たるとが言う。


「ここには部屋もあります。」


「ご飯もあります。」


「お風呂もあります。」


そして。


「仲間もいます。」


その言葉だけが、不思議なくらい胸に残った。


仲間。


そんなもの、ずっといなかった。


必要ないと思っていた。


一人で十分だと思っていた。


思っていたはずなのに。


「……馬鹿だろ、お前ら。」


思わず口から出た。


「よく言われます!」


たるとは胸を張った。


威張ることじゃない。


ガウが吹き出す。


ハヤテが笑う。


ゴウマが呆れた顔をする。


リンファが優しく笑う。


シズクが困ったように笑う。


セリアは眠そうに欠伸をしていた。


騒がしい。


うるさい。


だけど。


嫌じゃなかった。


むしろ――


少しだけ羨ましかった。



その日の夜。


案内された部屋のベッドに横になる。


柔らかい布団だった。


二年前なら当たり前だったもの。


でも今の俺には贅沢品だった。


ソロプレイヤーの生活は過酷だ。


野宿も珍しくない。


安全地帯で眠れるだけでも幸運。


ましてや、屋根があって、布団があって、温かい食事まで出てくる。


そんな生活は久しく味わっていなかった。


天井を見上げる。


静かだった。


いや。


静かじゃない。


外から笑い声が聞こえる。


誰かが話している。


誰かが笑っている。


誰かが生きている。


不思議だった。


この世界はデスゲームのはずなのに。


ここだけは、まるで昔のゲーム時代みたいだった。


仲間と馬鹿話をして。


依頼を受けて。


みんなで飯を食べて。


笑い合って。


そんな当たり前の日常。


俺は、それを捨てた。


いや。


捨てざるを得なかった。


信じた仲間は死んだ。


裏切られたこともあった。


だから一人になった。


一人なら傷つかない。


一人なら失わない。


そう思っていた。


なのに。


「仲間もいます。」


たるとの言葉が頭から離れなかった。


仲間。


そんなもの、本当にあるんだろうか。


この世界に。


今さら。


もう一度。


信じてもいいんだろうか。


「……馬鹿らしい。」


独り言を漏らす。


だけど、その声は少しだけ震えていた。


気付かないふりをした。


認めないふりをした。


それでも。


久しぶりに思った。


明日が少しだけ楽しみだ、と。


「……しばらく世話になる。」


誰に言うでもなく呟く。


返事はない。


だけど。


不思議と悪い気はしなかった。


その日。


ソロプレイヤーとして二年間を生き抜いてきた男に。


初めて信用できるプレイヤー達ができた。


そして――


まだ本人だけは気付いていなかった。


それが後に。


自分にとって何よりも大切な家族になることを。

初期バレットの性格はとにかくチャラい予定でした。

ガウ達が閉じ込められてるゲーム『ファンタズマ・ゲイト』の世界観を知ってほしいと考えたらいつの間にかバレットの性格が真面目で苦労してきたソロプレイヤーに。


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