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第17話 深淵との激突

白銀戦線の拠点内部。


石造りの長い通路を、俺たちは駆け抜けていた。


目指すのは拠点の中央。


背後からは激しい戦闘音が響き続けている。


ハヤテ。


ゴウマ。


そして外で戦う仲間たち。


皆が命懸けで時間を稼いでくれていた。


「急ぐぞ!」


先頭を走るアイスが短く告げる。


俺とリンファも頷き、さらに速度を上げた。


一秒でも早くゼノスの元へ辿り着く。


それが、この作戦の成否を分ける。


その時だった。


「……っ!」


背筋を冷たいものが走る。


気配。


だが、人の気配ではない。


壁。


床。


天井。


通路全体から禍々しい殺気が溢れ出す。


「止まれ!」


アイスが叫んだ。


次の瞬間、壁から黒い影が滲み出した。


まるで生き物のように蠢きながら、無数の刃へと姿を変える。


「来るぞ!」


影の刃が一斉に襲い掛かった。


ザシュッ!!


ザンッ!!


鋭い斬撃が通路を埋め尽くす。


「くっ!」


俺は《朧》を抜き、飛んできた影を弾く。


リンファも素早く身を翻し、紙一重でかわした。


しかし影の刃は止まらない。


壁を斬り裂き。


床を砕き。


天井へも亀裂を走らせる。


「まずい!」


アイスが杖を掲げる。


だが、その直後だった。


ゴゴゴゴゴ……!!


天井が大きく軋む。


「崩れるわ!」


リンファが叫ぶ。


ドォォン!!


轟音と共に大量の瓦礫が降り注いだ。


視界が砂煙で覆われる。


俺は咄嗟に飛び退いた。


「ガウ!」


リンファの声が聞こえる。


「大丈夫!」


返事をした直後。


砂煙が少しずつ晴れていく。


そして目の前には大量の瓦礫が積み重なっていた。


完全に通路が塞がれている。


「アイス!」


俺は瓦礫へ駆け寄る。


その向こう側からアイスの声が返ってきた。


「無事か!」


「ああ!」


アイスは静かに息を吐いた。


「……ならいい」


俺は瓦礫へ手を掛ける。


「今、壊す!」


しかし。


「待て!」


アイスが制止した。


「この瓦礫は崩れ方がおかしい」


「無理に壊せば通路全体が落ちる可能性がある」


俺は歯を食いしばる。


「でも!」


「時間がない!」


アイスも理解していた。


だからこそ、すぐに決断する。


「このまま作戦を続行する」


「ガウ」


「リンファ」


「二人はそのままゼノスを目指せ」


「でもアイスは!」


「僕はここを突破して後から追い付く」


その声には迷いがなかった。


「ここで立ち止まれば、皆が作ってくれた時間が無駄になる」


「だから進め!」


俺は拳を強く握る。


悔しい。


だがアイスの言うことは正しい。


「……分かった」


リンファも小さく頷いた。


「絶対に追い付いてきて」


「ああ」


アイスは静かに笑う。


「必ずな」


俺たちは瓦礫へ背を向ける。


走り出した、その瞬間だった。


「待て」


低い声が響く。


アイスがゆっくりと振り返る。


瓦礫の向こう。


薄暗い影の中から、一人の男が姿を現した。


黒い外套。


手には二本の短刀。


そして全身から溢れ出す黒い影。


《深淵の剣》四天王。


ミレイア。


男は静かにアイスを見つめる。


「《白銀戦線》」


「ギルドマスター、アイス」


「お前が相手か」


アイスは杖を構えた。


「ああ」


「僕が相手だ」


ミレイアは小さく口角を上げる。


「ちょうどいい」


「俺もお前に用があった」


黒い影が足元からゆっくりと広がっていく。


まるで通路そのものを飲み込むように。


アイスは静かに魔力を高めた。


「皆には指一本触れさせない」


その瞳には冷静さとは違う強い怒りが宿っていた。


仲間を傷つけられた怒り。


帰る場所を奪われた怒り。


アイスはミレイアを真正面から見据えた。


ミレイアはアイスの表情を見て小さく笑う。


「いい目だ」


アイスは何も答えない。


ただ杖を強く握り締める。


ミレイアはゆっくりと二本の短刀を構えた。


黒い影が足元から広がり、壁や天井を這う。


「お前たちは逃げた」


「その判断は間違っていない」


淡々とした口調だった。


「だが、俺たちに背中を見せた時点で敗者だ」


アイスは静かに口を開く。


「仲間を守るためだ」


「僕はあの選択を後悔していない」


ミレイアは肩を竦める。


「弱い者を守るために強い者が傷付く」


「理解できない考えだ」


「理解する必要もない」


アイスは即座に言い返す。


「僕たちは仲間を見捨てない」


「誰一人として!」


その言葉にミレイアの目が細くなる。


「……そうか」


「なら、一つ聞こう」


一歩。


また一歩と距離を詰める。


「サイオン」


その名前が口にされた瞬間だった。


アイスの表情が変わる。


「俺が斬った男だ」


「まだ生きているのか?」


空気が凍り付く。


ミレイアはわざとらしく首を傾げる。


「……」


アイスは何も答えない。


「逃げ帰るようなギルドマスターだ」


「奴も相当な雑魚なんだろうな」


アイスの瞳に宿っていた静かな怒りが、一気に燃え上がる。


周囲の空気が冷え始めた。


床には薄く霜が張り、壁にも白い氷が広がっていく。


ミレイアはその変化を見ても表情を崩さない。


「そこまで怒るか」


アイスはゆっくりと杖を前へ向けた。


「仲間を侮辱するな」


低い声。


普段の冷静な口調ではない。


怒りを押し殺した声だった。


ミレイアは不敵に笑う。


「怒りで強くなるタイプか」


影が一気に膨れ上がる。


アークスキル。


深影支配アビス・シャドウ》。


無数の黒い影が通路中へ広がり、まるで生き物のように蠢き始めた。


対するアイスも静かに魔力を解放する。


アークスキル。


氷界支配アブソリュート・ゼロ》。


冷気が渦を巻き、白い霧が通路を包み込んだ。


二人の視線が交差する。


氷と影。


静寂の中で二つの力がぶつかろうとしていた。



その頃。


俺とリンファは通路を駆け抜けていた。


背後からは冷気と殺気がぶつかり合う気配が伝わってくる。


「アイスなら大丈夫よ」


リンファが小さく言う。


「そうだね」


俺も頷いた。


信じるしかない。


今は自分たちの役目を果たす。


その時だった。


前方の通路に一人の女性が立っているのが見えた。


細身の身体。


両手には双剣。


腰には無数のナイフ。


そして優雅な笑み。


《深淵の剣》四天王。


リリア。


彼女は俺たちを見ると楽しそうに微笑んだ。


「あら」


「お客様ですのね」


リリアはくすりと笑いながら一歩前へ出る。


双剣を軽く回し、指先には数本のナイフを挟んでいた。


「ここまで来られるなんて、少しは褒めて差し上げますわ」


その笑顔は美しい。


だが、その瞳には冷たい殺意だけが宿っていた。


俺は静かに《朧》を抜く。


リンファも拳を構え、一歩前へ出た。


「ガウ」


「ここは私も戦うわ」


「うん」


俺は短く頷く。


目の前の相手は四天王。


リリアは楽しそうに肩を揺らした。


「仲良しさんなのね」


「安心して」


「すぐに二人とも殺してあげますから」


その瞬間だった。


シュッ!


指先からナイフが放たれる。


一本。


二本。


三本。


いや、それだけではない。


十本を超える刃がまるで雨のように降り注いだ。


「ガウ!」


「分かってる!」


俺は《朧》を振るう。


キィン!


キンッ!


飛来するナイフを次々と弾き落とす。


その横ではリンファが身軽な動きで全てをかわしていた。


「ふふっ」


「反応は悪くありませんわね」


リリアが笑う。


次の瞬間、姿が消えた。


「っ!」


俺は咄嗟に振り向く。


背後。


リリアはすでに俺の間合いへ入り込んでいた。


双剣が閃く。


ガキィン!!


《朧》で受け止める。


重い。


細身の身体からは想像もできないほど鋭い一撃だった。


「はっ!」


リンファが横から拳を振るう。


しかしリリアは軽く後ろへ跳び、その拳をかわす。


「速いわね」


「でもまだまだ甘いわよ!」


着地と同時に今度は無数のナイフを空中へ放つ。


刃は俺たちを飛び越え――。


「なっ!?」


空中で軌道を変えた。


四方八方から降り注ぐ。


「リンファ!」


「大丈夫!」


リンファは回転しながら全てをかわし、俺も《朧》で弾き続ける。


キィン!


キィン!


金属音が通路へ響き渡る。


リリアは満足そうに笑った。


「これなら少しは楽しめそう」


俺は静かに構え直す。


「遊びじゃない」


「私たちはここを通る」


リリアの笑みが少しだけ深くなった。


「でしたら」


「私を倒してから、お行きなさい!」


双剣がゆっくりと構えられる。


リンファも拳を握り締める。


「ガウ」


「行くわよ」


「ああ」


俺は《朧》を握り直した。


目の前には《深淵の剣》四天王、リリア。


ゼノスへ辿り着くためには、この女を突破するしかない。


静かな通路で三人の殺気が激しくぶつかり合った。



白銀戦線の拠点入口。


崩れ落ちた岩と瓦礫が、唯一の出入口を完全に塞いでいた。


その前に立つのはただ一人。


ゴウマだった。


両拳を握り締め、微動だにしない。


その背後では、外部班が奴隷プレイヤーたちの救出を続けている。


ここを突破されれば。


全てが崩れる。


「一歩たりとも通さん」


静かな声だった。


その時。


「どけぇぇ!!」


深淵の剣の構成員たちが一斉に襲い掛かる。


剣。


槍。


斧。


様々な武器がゴウマへ向けられる。


しかしゴウマは逃げない。


避けない。


真正面から踏み込んだ。


「はぁっ!」


ドゴォッ!!


放たれた拳が、剣士の腹部へめり込む。


「がはっ!」


剣士は吹き飛び、そのまま地面を転がった。


続けて槍使いが突きを放つ。


ゴウマは槍を左手で掴み取る。


「なっ!?」


そのまま腕を引き寄せる。


距離が詰まった瞬間。


ドンッ!!


拳が鳩尾へ突き刺さる。


槍使いも意識を失って崩れ落ちた。


「くそっ!」


「数で押せ!」


次々と構成員たちが押し寄せる。


ゴウマは深く息を吐いた。


「ふぅ」


拳が唸る。


蹴りが走る。


構成員たちは次々と地面へ倒れていく。


「つ、強ぇ……!」


「化け物かよ……!」


それでも敵は止まらない。


「入口を開けろ!」


「瓦礫をどかせ!」


数人がゴウマを無視して瓦礫へ向かう。


「させるか!」


ゴウマが地面を蹴る。


一瞬で間合いを詰めると、瓦礫へ向かっていた構成員たちをまとめて殴り飛ばした。


誰一人として入口へ近付かせない。


その時だった。


ドン……。


ドン……。


ドン……。


重い足音が響く。


戦っていた構成員たちの顔色が変わった。


「ヴ……ヴァルガ様……」


誰もが道を開ける。


その奥から現れたのは一人の大男だった。


巨大な大剣を肩へ担ぎ、ゆっくりと歩いてくる。


《深淵の剣》四天王。


ヴァルガ。


その姿だけで空気が変わった。


ヴァルガは周囲を見渡す。


倒れた構成員。


動けなくなった仲間たち。


そして入口を守り続けるゴウマ。


「……」


大剣を肩から下ろす。


「お前ら」


低い声が響く。


「いつまで遊んでんだ?」


構成員たちは震え上がる。


「も、申し訳ありません!」


「相手が強くて……!」


ヴァルガは興味なさそうに鼻を鳴らした。


「言い訳はいらねぇ」


次の瞬間、大剣が横薙ぎに振るわれる。


ズガァァン!!


凄まじい一撃。


周囲にいた《深淵の剣》の構成員たちまでも吹き飛ばされた。


「があっ!」


「ヴァ、ヴァルガ様……!」


味方ですら容赦しない。


その光景にゴウマの表情が険しくなる。


「お前……!」


ヴァルガは大剣を肩へ担ぎ直し、豪快に笑った。


「弱ぇ奴は仲間じゃねぇ」


「俺の邪魔をした時点で同じだ」


ゴウマは拳を強く握る。


「仲間を何だと思ってやがる」


ヴァルガはニヤリと笑った。


「強ぇ奴だけが生き残る」


「それが俺たち《深淵の剣》だ!」


ゴウマはゆっくりと構えを取る。


「違うな」


「力がある奴は弱い奴を守るために戦う」


ヴァルガの笑みが深くなる。


「面白ぇ!」


大剣をゆっくりと構えた。


「なら」


「その力、俺に見せてみろ!」


ドォン!!


二人は同時に地面を蹴った。


轟音が白銀戦線の拠点に響き渡る。


ハヤテとバルド。


アイスとミレイア。


俺とリンファ、リリア。


ゴウマとヴァルガ。


それぞれの戦場で、激しい戦いの火蓋が切って落とされた。

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