第15話 開戦ののろし
正面部隊。
拠点から少し離れた岩陰。
バレットは静かに膝をつき、《流星》を構えた。
ゲーム初期から使い続けてきた愛弓。
手に馴染んだ感触を確かめるようにゆっくりと弦を引く。
視線は拠点の正門。
距離。
風向き。
周囲の地形。
見張りの位置。
その全てを一瞬で頭の中に描き出す。
「風は右から」
「距離は問題ない」
小さく呟く。
狙うのは敵ではない。
正門の真上にある岩山の亀裂だ。
そこへ一本の矢を番える。
「《爆破付与》」
淡い光が矢を包み込む。
アークスキル《魔法付与》。
付与した属性は――爆破。
一本の矢が小さな爆弾へと姿を変える。
バレットは静かに息を吐いた。
「……これが開戦の合図だ」
弦が鳴る。
ヒュンッ――。
放たれた矢は一直線に空を切り裂く。
見張りの頭上を越え。
誰にも気付かれることなく。
狙った一点へ吸い込まれていく。
そして岩肌へ突き刺さった。
バレットは静かに口を開く。
「――起爆」
次の瞬間。
ドゴォォォォォンッ!!
凄まじい爆発音が草原一帯へ轟いた。
岩山が激しく揺れる。
正門上部の岩盤に大きな亀裂が走り、大量の瓦礫が崩れ落ちた。
ゴゴゴゴゴッ!!
土煙が舞い上がる。
巨大な岩が次々と落下し、正門を完全に埋め尽くしていく。
「なっ……!?」
「何だこの爆発は!」
拠点内にいた《深淵の剣》の構成員たちが慌てて正門へ駆け寄る。
だが、すでに遅かった。
正面の出入口は大量の岩で完全に封鎖されていた。
バレットはゆっくりと立ち上がる。
口元に小さな笑みを浮かべた。
「成功だ」
「正面部隊――前へ!」
その一声と共に王虎の牙と白銀戦線の仲間たちが一斉に駆け出した。
奪還作戦。
その第一歩が今、踏み出された。
◇
爆発音を聞きつけた奴隷プレイヤーたちが一斉に武器を構える。
剣。
槍。
斧。
それぞれが戦闘態勢へ移る。
だが、その表情には生気がなかった。
「身体が……勝手に……」
「止まれない……」
「逃げてくれ……」
小さく漏れる悲痛な声。
自分の意思とは関係なく、身体だけが前へ進んでいく。
その姿を見たガンテツは険しい表情で《震天》を肩へ担いだ。
「……悪ぃな」
「お前らを助けに来たんだ!」
ドンッ!
力強く地面を蹴る。
巨体とは思えない速度で前へ飛び出した。
「うおおおおっ!」
巨大な鉄球《震天》を豪快に振り回す。
狙うのはプレイヤーではない。
その足元だ。
ズガァァァン!!
鉄球が地面を砕く。
激しい衝撃が大地を揺らし、土煙が舞い上がった。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
足場を失った奴隷プレイヤーたちが次々と体勢を崩す。
そこへガンテツは大きく踏み込む。
「寝ててもらうぜ!」
《震天》を横薙ぎに振るう。
直撃させるのではない。
風圧と衝撃で吹き飛ばす。
ドォォン!!
奴隷プレイヤーたちは地面を転がり、そのまま気を失っていく。
「よし!」
「一人確保だ!」
後方からモルフォが駆け寄る。
右腕が変形し、巨大な蜘蛛の脚が現れた。
「《百虫の王》」
鋭い糸が放たれる。
シュルルルッ!
糸は倒れたプレイヤーの身体へ素早く巻き付き、身動きを封じた。
「安全を確認しました」
「治療班へお願いします」
「了解!」
白銀戦線の仲間たちが拘束したプレイヤーを安全な場所へ運んでいく。
その間にも次の奴隷プレイヤーたちが迫ってくる。
「まだ来るぞ!」
ガンテツは再び《震天》を握り直した。
「何人来ようが構わねぇ!」
「全員まとめて助けてやる!」
その雄叫びと共に、正面部隊は奴隷プレイヤーたちを傷つけないように戦うのだった。
「前へ!」
ノエルが大盾を構え、一歩前へ踏み出す。
次の瞬間、奴隷プレイヤーたちが一斉に襲い掛かった。
剣。
槍。
魔法。
無数の攻撃がノエルへ集中する。
「アークスキル――」
「《不動城壁》!」
淡い光がノエルを包み込んだ。
アークスキルが発動する。
ガァァン!!
大盾へ剣が叩き付けられる。
しかし。
ノエルは一歩も引かない。
「皆さん!」
「今です!」
その声に後方で待機していたセリアが前へ出る。
「任せてね~」
拘束された奴隷プレイヤーの前へしゃがみ込み、額に刻まれた呪印へそっと手をかざした。
「……なるほど~」
静かに魔力を流し込む。
魔力の流れ。
呪印の構造。
命令系統。
一つ一つ丁寧に解析していく。
「心は残ってる~」
「ちゃんと考えることもできる~」
その言葉に周囲の仲間たちの表情が明るくなる。
しかし、セリアの表情はすぐに真剣になった。
「でも~」
「命令だけは絶対に逆らえないように固定されてる~」
拘束されたプレイヤーが苦しそうに声を漏らす。
「助けて……」
「俺は……戦いたくない……」
セリアは優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ~」
「絶対に助けるからね~」
その横でモルフォが静かに頷く。
「次の方をお願いします」
蜘蛛の脚から再び糸が放たれる。
シュッ!
武器を振り上げた奴隷プレイヤーの腕へ絡み付き、その動きを封じた。
「確保しました」
「負傷なしです」
白銀戦線の仲間たちがすぐに駆け寄り、安全な場所へ運んでいく。
その一方。
後方ではバレットが冷静に戦況を見渡していた。
「右から二人来る!」
弓を引く。
「《氷結付与》」
放たれた矢が地面へ突き刺さる。
パキィィン!!
瞬く間に氷が広がり、駆けてきた奴隷プレイヤーたちの足元を凍らせた。
「今だ!」
ガンテツが飛び込む。
「悪ぃ!」
《震天》を大きく振るい、風圧だけで二人を吹き飛ばした。
ノエルが守る。
バレットが援護する。
ガンテツが制圧する。
モルフォが拘束する。
セリアが救う方法を探る。
誰一人、命を奪うために戦ってはいない。
全員が救うためだけに武器を振るっていた。
正面部隊の戦いは激しさを増していく。
しかし、誰一人として奴隷プレイヤーへ致命傷を与える者はいなかった。
「左から三人!」
バレットが叫ぶ。
同時に弓を引き絞る。
「《雷撃付与》!」
放たれた矢が奴隷プレイヤーたちの足元へ突き刺さる。
バチバチバチッ!!
激しい雷が地面を走る。
「ああっ!」
「ぐっ……!」
身体が痺れ、奴隷プレイヤーたちはその場へ膝をついた。
「今だ!」
ガンテツが飛び込む。
「おらっ!」
巨大な鉄球を振り下ろす。
狙うのは敵ではない。
再び地面だった。
ズドォォン!!
大地が激しく揺れる。
衝撃だけで奴隷プレイヤーたちは体勢を崩し、そのまま気を失っていく。
「よし!」
「次!」
モルフォが素早く蜘蛛糸を放つ。
「確保します」
拘束。
搬送。
治療。
その流れは途切れることなく続いていた。
「次の人をお願いします~!」
セリアも解析を続ける。
一人。
また一人と。
救出された奴隷プレイヤーが安全な場所へ運ばれていく。
「思ったより連携がいいな」
バレットが小さく笑う。
ガンテツも豪快に笑い返した。
「当たり前だ!」
「俺たちは仲間だからな!」
その言葉に白銀戦線の仲間たちも頷く。
一度は敗れた。
拠点も失った。
それでも。
この戦いでは誰一人見捨てない。
それが今回の目的だ。
その時だった。
ドゴォン!!
封鎖された正門の向こう側から激しい衝撃音が響く。
「……!」
全員が視線を向ける。
巨大な瓦礫が小さく揺れた。
もう一度。
ドンッ!!
さらに激しい衝撃。
「中から壊そうとしてる!」
バレットが表情を険しくする。
ガンテツは《震天》を握り直した。
「来るか……!」
瓦礫の隙間からゆっくりと煙が立ち上る。
その向こう側から感じる圧倒的な殺気。
正面部隊の誰もが理解した。
ついに――。
《深淵の剣》の幹部たちが動き始めたのだ。
第15話を読んでいただきありがとうございます!
ついに白銀戦線拠点奪還作戦が始まりました!
次回。
潜入部隊が動き出します。




