第11話 撤退
キィィィン!!
《白夜》と大剣が激しくぶつかり合う。
火花が散る中、ハヤテは歯を食いしばってヴァルガを押し返した。
「はぁっ!」
勢いよく《白夜》を振り抜く。
「三の太刀――《疾風斬》!」
鋭い斬撃が一直線にヴァルガへ襲い掛かる。
「甘ぇ!」
ヴァルガは大剣を盾代わりに受け止める。
激しい衝撃が響き、巨体が数歩だけ後退した。
「ほぉ……」
「やるじゃねぇか!」
ヴァルガは獰猛に笑う。
その隣ではバルドが静かに槍を構えた。
「だが、二人では足りん」
言葉と同時に鋭い突きが放たれる。
「ちっ!」
ハヤテは《白夜》で受け流す。
しかし、その一瞬の隙をヴァルガは見逃さなかった。
「隙ありだ!」
横薙ぎの一撃。
「ぐっ!」
ハヤテは咄嗟に後ろへ跳び、紙一重で回避する。
風圧だけで足元の岩が砕け散った。
「危ねぇな……」
ハヤテは苦笑しながら構え直す。
その横へ、サイオンが並ぶ。
「助かったッス」
「礼なら後だ!」
ハヤテは視線を前へ向けたまま答える。
「まだ終わってない」
「もちろんッス」
サイオンは小さく笑う。
だが、その呼吸は明らかに乱れていた。
腹部の傷からは血のエフェクトが流れ続け、装備へ組み込まれた流銀も本来の輝きを失っている。
それでもサイオンはゆっくりと右手を上げた。
「《流銀盾》」
流銀が再び盾を形作る。
だが、その盾は先ほどよりも小さい。
厚みも薄い。
長くは持たないことが一目で分かった。
「無茶をするな!」
ハヤテが低く言う。
サイオンは苦笑する。
「無茶しないと……」
「ここは守れないッスから」
その言葉にハヤテは何も返せなかった。
二人の前には、ヴァルガ、バルド、そしてミレイア。
《深淵の剣》四天王が三人。
圧倒的な戦力差。
ミレイアは静かに短刀を構える。
「終わらせる」
その一言だけを告げると、三人が同時に地面を蹴った。
ドォンッ!!
最初に飛び込んできたのはヴァルガだった。
大剣を豪快に振り上げ、そのまま力任せに叩きつける。
「吹き飛べぇぇ!」
「《流銀盾》!」
ガァァン!!
銀の盾が大剣を受け止める。
サイオンは念動力をさらに強め、必死に《流銀盾》を押し返す。
凄まじい衝撃を受け止めるだけで精一杯だった。
「ぐっ……!」
だが、それで終わりではなかった。
「……隙だ」
バルドが一歩踏み込む。
槍が流れるような軌道で突き出された。
「させるか!」
ハヤテが《白夜》を振るう。
キィィン!!
槍と刀が激しくぶつかり合う。
「邪魔だ」
「そっちこそな!」
互いに武器を弾き合い、そのまま鍔迫り合いになる。
その瞬間。
「――」
ミレイアの姿が消えた。
「っ!」
サイオンが咄嗟に辺りを見回す。
気配がない。
どこにも見えない。
「後ろッス!」
流銀を操り、反射的に背後へ刃を飛ばす。
「《流銀刃》!」
しかし。
ガキィン!!
何かを弾いた音だけが響く。
姿は見えない。
「厄介ッス……!」
サイオンの額を汗が伝う。
ミレイアは攻撃してこない。
ただ姿を隠し、次の機会を窺っている。
「サイオン!」
ハヤテが叫ぶ。
「ミレイアを警戒しろ!」
「分かってるッス!」
そう答えた瞬間だった。
ヴァルガが豪快に笑う。
「よそ見してんじゃねぇ!」
大剣が再び振り下ろされる。
サイオンは《流銀盾》で受け止める。
ガァァン!!
重い一撃。
さらに横からバルドの槍が迫る。
「ぐっ!」
盾を維持したまま身を捻り、紙一重でかわす。
しかし、その動きだけで傷口が開く。
「っ……!」
血のエフェクトが地面へ散った。
呼吸が乱れる。
《流銀盾》も小刻みに震え始めていた。
三人を相手に防戦一方。
少しずつ、確実に追い詰められていく。
サイオンは荒い息を吐く。
「これ以上は……持たないッスね」
その呟きを聞いたハヤテは横目でサイオンを見る。
深手を負いながらも立ち続けるその姿に思わず歯を食いしばった。
「もう十分だ」
「後は俺が――」
その時だった。
戦場全体へ凛とした声が響く。
「全員、下がれ!」
アイスだった。
少し離れた場所では、リリアと交戦していたアイスが杖を構えたまま戦場全体を見渡している。
その声に《白銀戦線》のメンバーたちは戦いながら一斉に意識を向けた。
ハヤテとサイオンも目の前の攻撃を捌きながらその言葉を聞く。
誰の目にも分かるほど戦況は傾いていた。
そして、アイスは一つの決断を下す。
「撤退する」
静かな声だった。
だが、その一言は戦場全体へはっきりと響き渡る。
その場にいた《白銀戦線》のメンバー全員が息を呑んだ。
「アイスさん……!」
ロイドが思わず声を上げる。
アイスは戦場から目を逸らさない。
「このまま戦えば仲間を失う」
握り締めた拳が小さく震える。
この拠点は《白銀戦線》が長い時間をかけて築き上げてきた場所。
誰よりも手放したくないのはギルドマスターであるアイス自身だった。
それでも。
「拠点はまた取り戻せる」
「でも、命は戻らない」
その言葉に《白銀戦線》のメンバーたちは悔しそうに唇を噛む。
誰も反論はしなかった。
アイスは大きく息を吸う。
そして、戦場全体へ向かって叫んだ。
「全員、撤退だ!」
「負傷者を最優先!」
「誰一人置いていくな!」
その号令と同時に《白銀戦線》は一斉に動き始めた。
「ロイド!」
「はい!」
「負傷者をまとめろ!」
「ミーナは回復を続けながら後退!」
「エルナは撤退する仲間の援護!」
「グレイは最後尾の援護!」
「了解!」
長年共に戦ってきたからこその連携でそれぞれが迷うことなく動き出す。
その声は俺のいる戦場にも届いていた。
「撤退……!」
俺はヨミの大鎌を《朧》で弾き、大きく後ろへ跳ぶ。
ヨミはすぐに追撃しようと踏み込む。
だが、ゼノスが片手を上げた。
「待て」
その一言でヨミの動きが止まる。
《朧》を構えたまま俺はヨミを見つめた。
虚ろな瞳。
ただゼノスの命令に従っている。
「……今はここまでだ」
悔しい。
今ここでヨミを無理に助けようとすれば仲間まで危険に晒す。
俺は奥歯を噛み締めた。
必ず助ける。
その思いだけを胸に残し、俺は背を向けて仲間たちのもとへ駆け出した。
◇
「サイオン!」
アイスが叫ぶ。
「お前も下がれ!」
サイオンは一瞬だけ目を見開いた。
「でも、まだ戦えるッス!」
「お前は十分戦った」
アイスの声に迷いはない。
「ここからは撤退することが仕事だ」
「……了解ッス」
悔しそうに歯を食いしばりながらもサイオンは頷いた。
その時。
「《氷壁》!」
ゴゴゴゴゴッ!!
アイスが杖を振るう。
ヴァルガたちと《白銀戦線》の間へ巨大な氷壁がせり上がった。
同時に、アイスの前へ立っていたリリアも軽く後ろへ跳ぶ。
「ふふっ」
「逃がすつもりですか?」
「そうだ」
アイスはリリアから視線を逸らさない。
「今は仲間を連れて帰る」
リリアは細剣をくるりと回し、微笑んだ。
「優しいんですね」
「でも――」
「次は逃がしませんわ」
アイスは静かに杖を構えたまま答える。
「今だ!」
「全員、撤退!」
ロイドがすぐにサイオンのもとへ駆け寄り、その肩を支えた。
「歩けるか!」
「……まだ、大丈夫ッス」
「無理するな!」
その横ではミーナが回復魔法を掛け続ける。
「もう少しです!」
「頑張ってください!」
グレイたちも負傷者を守りながら少しずつ後退を始めた。
その様子を確認したハヤテは《白夜》を構え、氷壁の前へ立つ。
「俺が残る!」
そこへ俺も駆けつけた。
「私も残る」
ハヤテが横目で俺を見る。
「ヨミは?」
「……今は助けられない」
一瞬だけ視線を伏せる。
ハヤテは何も聞かなかった。
俺たちは並んで氷壁の向こうを見据えた。
仲間たちが無事に離脱するまで時間を稼げばいい。
その横ではアイスも杖を構えたままリリアを睨んでいる。
氷壁の向こう側から轟音が響く。
「こんな壁で!」
ヴァルガの怒鳴り声。
次の瞬間。
ドォォン!!
巨大な氷壁が大きく揺れた。
亀裂が走る。
「急げ!」
アイスの声が飛ぶ。
撤退する仲間たちの足音が少しずつ遠ざかっていく。
そして。
バキィィン!!
氷壁の一部が砕け散った。
白い破片の向こうからヴァルガが大剣を肩へ担ぎ、獰猛な笑みを浮かべる。
「逃がすかよ!」
大きく地面を蹴る。
だが、その前へ俺とハヤテが並んで立った。
「ここから先は通さない」
俺は《朧》を静かに構える。
ハヤテも《白夜》を肩へ担ぎ、不敵に笑った。
「仲間が帰るまで付き合ってもらうぜ」
「面白ぇ!」
ヴァルガが大剣を構える。
その後方ではバルドが静かに槍を握り、ミレイアの姿はすでに影の中へ消えていた。
「ふふっ」
「最後まで邪魔をしてくれますのね」
リリアも細剣を軽く構え直す。
張り詰めた空気の中、俺たちは誰一人として退かなかった。
その間にも《白銀戦線》の仲間たちは確実に戦場から離れていく。
「ロイド!」
アイスが声を上げる。
遠くから返事が返ってきた。
「もう少しです!」
「負傷者の搬送も終わります!」
その報告を聞き、アイスは静かに息を吐く。
「……よし」
俺たちは武器を構えたまま、さらに一歩後ろへ下がる。
その時だった。
「追う必要はない」
低い声が戦場へ響いた。
全員の動きが止まる。
ゼノスだった。
腕を組み、少し離れた場所からこちらを静かに見つめている。
「ゼノス」
ヴァルガが振り返る。
「このまま行かせるのか?」
「ああ」
ゼノスは小さく頷いた。
「目的は果たした」
その言葉にヴァルガたちは口を閉ざす。
ゼノスはゆっくりとアイスを見る。
「拠点はもらう」
「次に会う時はもう少し楽しませてくれ」
アイスは杖を強く握り締めた。
「必ず取り返す」
短い言葉だった。
だが、その瞳には揺るぎない決意が宿っている。
ゼノスは小さく笑った。
そして《白銀戦線》の拠点へ視線を向ける。
「追撃は不要だ」
「負傷者を回収し、拠点を確認しろ」
その命令で《深淵の剣》の構成員たちは次々と武器を収めていく。
「了解!」
「この要塞も今日から俺たちのものだ!」
構成員たちは声を上げながら、奪い取った拠点へ向かって歩き始めた。
ヨミも無言のままゼノスの後ろへ続く。
去り際、一瞬だけ。
ヨミの虚ろな瞳が俺に向いた気がした。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だけだった。
「……」
俺は黙ってその背中を見送る。
やがてゼノスたちの姿は岩山に囲まれた拠点の奥へ消えていった。
戦場には静寂だけが残った。
砕けた岩。
折れた木々。
そして《白銀戦線》が守り続けてきた拠点。
アイスはその光景を静かに見つめる。
「……行こう」
短く告げる。
誰も言葉を返さない。
悔しさは皆同じだった。
それでも足を止める者はいない。
俺たちは先に撤退した仲間たちを追って森へ入る。
やがてロイドたちへ追いつくとサイオンは仲間に肩を借りながら一歩ずつ前へ進んでいた。
「すみませんッス……」
小さく漏らしたその声にハヤテは笑った。
「謝るな」
「生きてるだけで十分だ」
サイオンも苦笑する。
「次は負けないッス」
「ああ」
ハヤテは《白夜》を鞘へ納める。
「次は俺たちが勝つ」
俺も静かに《朧》を納刀した。
そして、先ほどまでいた戦場を一度だけ振り返る。
「必ず助ける」
誰にも聞こえないほど小さく呟く。
その言葉だけを胸に俺たちは森の中へ歩き出した。
拠点は失った。
だが――。
仲間は誰一人失わなかった。
それだけが、この戦いで得られた唯一の救いだった。
◇
しばらく歩き続ける。
張り詰めていた緊張が少しずつ解け始めた頃。
森の向こうに小さな集落が見えてきた。
「見えた……」
ロイドが安堵の息を漏らす。
《王虎の牙》の集落。
仲間たちが待つ場所だ。
見張り台にいたNPCがこちらへ気付く。
「たるとさん!」
「《白銀戦線》の皆さんが戻ってきました!」
その声を聞き、集落の入口に仲間たちが集まる。
「みんな!」
たるとが駆け出してきた。
その後ろからノエル、シズク、セリア、ガンテツ、モルフォ、ドランたちも姿を見せる。
だが。
《白銀戦線》の面々を見た瞬間、たるとの表情が曇った。
「その傷……」
「何があったの?」
アイスは静かに首を振る。
「話は後だ」
「まずは負傷者を頼む」
「分かりました!」
たるとはすぐに頷いた。
「みんな!」
「負傷者を治療所へ運んで!」
「ノエルさんは運搬を!」
「シズクさんは包帯と薬を!」
「セリアさんは回復魔法の準備をお願い!」
「分かりました!」
「分かった~」
《王虎の牙》のメンバーが一斉に動き出す。
傷ついた《白銀戦線》の仲間たちは次々と治療所へ運ばれていった。
その様子を見届けたアイスは、小さく息を吐く。
「……助かった」
その一言には張り詰めていたものがようやく解けたような安堵が滲んでいた。
たるとはアイスの表情を見つめる。
その顔だけで何があったのかを察したのだろう。
「……拠点は」
静かな問い掛け。
アイスはゆっくりと頷く。
「守れなかった」
「《深淵の剣》に奪われた」
集落に沈黙が流れる。
誰も言葉を発せない。
そんな中、たるとは小さく息を吸った。
そして、優しく微笑む。
「でも、皆さんが帰ってきてくれました」
その一言に《白銀戦線》のメンバーたちは思わず顔を上げる。
「拠点はまた取り戻せます」
たるとはアイスを真っ直ぐ見つめた。
「帰ってきてくれて本当に良かったです」
アイスは目を閉じ、小さく笑う。
「……ありがとう」
仲間は誰一人欠けていない。
それでも――
俺たちは敗北した。
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