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第8話 迫る影

――朝。


王虎の牙の集落。


街づくりが始まって四日目。


朝日が家々の屋根を照らし。


畑では住民たちが収穫を始め。


建設予定地では早くも木槌を打つ音が響いている。


積み上げられた木材。


大きさごとに分けられた石材。


地面へ打ち込まれた杭。


少しずつ形になり始めた外壁の土台。


景色は毎日、ほんの少しずつ変わっていた。


「今日も頑張りましょう!」


たるとの元気な声が集落へ響く。


作業を始めていた仲間たちや住民たちが、一斉に顔を上げた。


「おー!」


「今日もやるぞ!」


「頑張りましょう!」


あちこちから明るい声が返ってくる。


たるとは嬉しそうに笑い。


胸の前で両手を握った。


「今日は外壁の基礎を、昨日よりもっと進めたいです!」


「住宅街の整備もあります!」


「無理はせず、みんなで頑張りましょう!」


「はい!」


住民たちも笑顔で頷く。


その様子を見ながら俺も自然と口元を緩めた。


少し前までこの場所にはこんなにも多くの声はなかった。


家も少なく。


畑も小さく。


暮らしている人も今ほど多くなかっ――


「ガウ!」


たるとが俺の方へ振り返る。


「今日は外壁の方をお願いします!」


「分かった」


俺が頷くと。


少し離れた場所から、ハヤテが声を上げた。


「おい、ガウ!」


「こっちの石材も頼む!」


「今行くよ」


「朝から大人気ですね!」


たるとが楽しそうに笑う。


「女性アバなのに力仕事ばかりだけど」


俺も苦笑しながらハヤテの方へ歩き出そうとする。


その時だった。


「たるとさん!」


張り詰めた声が集落の入口から響いた。


明るかった空気が一瞬で止まる。


木槌を振り上げていた者が手を止め。


資材を運んでいた住民たちも入口へ視線を向けた。


森の先から一人のプレイヤーが全力で駆け込んでくる。


白と銀を基調とした装備。


胸元には《白銀戦線》の紋章。


額には汗が浮かび、呼吸は大きく乱れていた。


「アイスさんはいますか!?」


男は息を切らしながら周囲を見渡す。


ただ事ではない。


その場にいた全員がすぐにそれを察した。


「僕ならここにいる」


外壁予定地を確認していたアイスが静かに前へ出る。


表情はいつも通り落ち着いている。


しかしその瞳は鋭く、伝令の男を見ていた。


「何があった?」


「は、はい……!」


男は膝へ手をつき。


何度か大きく息を吸う。


それでも、焦りは隠せていなかった。


「サイオンさんからの緊急報告です」


その一言でアイスの表情がわずかに変わる。


「拠点周辺で」


男は息を整えながら続けた。


「不審なプレイヤー集団を確認しました」


集落の空気が一気に張り詰める。


俺は静かに目を細めた。


「人数は?」


アイスがすぐに尋ねる。


「確認できただけで五人です」


「ですが、他にも潜んでいた可能性があります」


「場所は岩山の北西側」


「拠点の周囲を探るように移動していました」


「こちらに気付いた途端、岩陰へ逃げ込んだそうです」


ゴウマが険しい表情を浮かべる。


「ただの旅人ではなさそうだな」


「はい」


伝令の男は強く頷いた。


「戦闘を仕掛けてきたわけではありません」


「ですが」


一度、言葉を切る。


「こちらの見張り台や入口を確認していたように見えたそうです」


「偵察か」


バレットが低く呟く。


周囲の視線が集まる。


バレットは集落の入口に目を向けたまま、静かに続けた。


「偶然近くを通っただけなら、拠点を探るような動きはしない」


「見つかった途端に隠れたなら、何か目的がある」


俺も同じことを考えていた。


白銀戦線の拠点。


天然の岩山に囲まれ。


侵入経路も限られた要塞。


そこを調べていた者たち。


目的が何かは分からない。


だが少なくとも友好的な訪問には思えなかった。


「サイオンは今どうしている?」


アイスが尋ねる。


「拠点周辺の警戒を続けています」


「他のメンバーにも見張りを増やすよう指示を出しています」


「そうか」


アイスは短く答える。


そして数秒だけ目を閉じた。


静かに状況を整理しているのだろう。


誰も声を掛けない。


やがて、アイスは目を開いた。


「サイオンが不審だと判断したなら無視はできない」


「彼は無闇に他人を敵と決めつける男ではない」


その言葉には長く共に戦ってきた仲間への信頼が込められていた。


「ロイド」


「はい」


近くにいたロイドがすぐに返事をする。


「ミーナとグレイ、エルナを集めてくれ」


「すぐに拠点へ戻る」


「分かりました」


ロイドは迷わず走り出した。


アイスはたるとへ向き直る。


「申し訳ない」


「街づくりの途中だが僕たちは一度拠点へ戻る」


「状況を確認する必要がある」


たるとはすぐに頷いた。


「分かりました!」


迷いのない返事だった。


「《白銀戦線》の皆さんが困っているなら街づくりのことは気にしないでください!」


「何か私たちにできることがあれば言ってください!」


アイスは少しだけ目を見開いた。


王虎の牙も。


今は街づくりを始めたばかり。


人手も。


時間も。


決して余っているわけではない。


それでも、たるとは迷わない。


困っている友人がいるなら助ける。


「……すまない」


アイスは小さく頷いた。


しかし。


たるとは白銀戦線の拠点がある方角へ目を向けたまま少しだけ表情を曇らせていた。


不審なプレイヤーたち。


偵察らしき動き。


まだ戦闘が起きたわけではない。


それでも嫌な予感だけが、静かに影を落とし始めていた。


「ガウ」


たるとがゆっくりと俺を見る。


俺は何も言わず、たるとの言葉を待った。


しばらく沈黙が流れた後、たるとは意を決したように顔を上げる。


「ガウ」


「ハヤテ」


「お願いできますか」


俺は迷わず頷く。


「もちろん」


隣でハヤテも肩を回しながら笑う。


「困ってる仲間を放っておけるほど薄情じゃない」


「街づくりは皆に任せるよ」


「私たちは白銀戦線と一緒に行くよ」


その言葉にたるとの表情が少しだけ和らいだ。


「ありがとうございます!」


「でも、無理だけはしないでくださいね」


「何かあったらすぐ戻ってきてください」


「分かってる」


俺は小さく笑う。


「帰る場所があるんだから」


その一言にたるとも笑顔を浮かべた。


「はい!」


「待っています!」


その様子を見ていたアイスは、静かに口を開く。


「助かる」


「今回は状況確認が目的だ」


「無闇に戦うつもりはない」


「まずは相手の正体を確かめる」


俺とハヤテは頷く。


「アイスの判断に私たちは従うよ」


「それでいい」


ゴウマも腕を組みながら頷いた。


「情報がないまま動くのは危険だからな」


「状況判断はアイスに任せる」


「街のことは俺たちが進めておく」


「何も気にせず行ってきてくれ」


「恩に着る」


アイスは短く返した。


その頃には、ロイドたちも戻ってきていた。


「準備できました」


ロイドが報告する。


ミーナも杖を握り直す。


「いつでも出発できます」


グレイは巨大な槌を肩へ担ぐ。


「……問題ない」


エルナは弓を背負いながら、少しだけ緊張した表情で頷いた。


「私もいつでも行けます」


たるとは皆を見回し、大きく息を吸う。


「皆さん、気を付けて行ってきてください!」


住民たちも、不安そうな表情を浮かべながら頭を下げた。


「お気を付けて!」


「皆さんなら大丈夫です!」


「無事に帰ってきてください!」


温かな声援が飛ぶ。


アイスはその声を聞き、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「必ず戻る」


俺たちは武器を手に取り、集落の入口へ向かう。


振り返るとたるとが大きく手を振っていた。


「いってらっしゃい!」


俺たちは森へ足を踏み入れた。


王虎の牙と白銀戦線。


二つのギルドは並んで歩き始める。


誰もまだ知らない。


二つのギルドの運命を大きく変える戦いが、すぐそこまで迫っていることを。


◇


――深い森の奥。


人が近付くことなどほとんどない場所。


鬱蒼と生い茂る木々に囲まれ、その奥には大きな空き地が広がっていた。


そこには無数のテントが立ち並んでいる。


武器置き場。


食料庫。


見張り台。


そして、多くのプレイヤーたち。


まるで一つの軍隊のような巨大な拠点だった。


ここは《深淵の剣》のベースキャンプ。


世界指名手配第三位。


多くのプレイヤーから恐れられる、最悪のPKギルドである。


「もっとやれ!」


「そこで終わりかよ!」


「金は右に賭けたんだ!負けるな!」


広場の中央から怒号と歓声が響く。


そこでは二人のプレイヤーが剣を交えていた。


一人は片手剣。


もう一人は槍。


互いに傷だらけで息も絶え絶えだ。


しかし、誰も戦いを止めようとはしない。


いや、止めることを許されない。


周囲を囲む《深淵の剣》の構成員たちは酒を片手に笑い、勝敗へ賭けをしていた。


「右だ!」


「左が勝つ!」


「まだ終わるな!」


剣士が膝をつく。


その瞬間。


「立て!」


近くにいた構成員が蹴り飛ばした。


「まだ勝負は終わってねぇぞ!」


無理やり立たされた剣士は、震える手でもう一度剣を構える。


槍使いも同じだった。


逃げることは許されない。


負ければ死ぬ。


勝っても、生きられる保証はない。


それでも戦うしかなかった。


広場には歓声だけが響いていた。


まるで人の命など遊び道具でしかないかのように。


その光景を少し離れた高台から眺める五つの影があった。


巨大な椅子へ腰掛ける一人の男。


《深淵の剣》ギルドマスター。


ゼノス。


黒い外套をまとい、片肘をつきながら退屈そうに戦いを見下ろしている。


その後ろには四人。


《深淵の剣四天王》。


第一席・ヴァルガ。


第二席・バルド。


第三席・ミレイア。


第四席・リリア。


このギルド最強クラスの実力者だった。


「相変わらず退屈ですわね」


リリアがくすりと笑う。


「《モートス》も長く楽しませてくれると思いましたのに」


ヴァルガは豪快に笑った。


「ははは!」


「弱ぇ奴らはすぐ終わっちまうから面白くねぇ!」


「もっと骨のある奴はいねぇのか!」


一方、ミレイアは腕を組んだまま冷たく呟く。


「時間の無駄だ」


「どうせなら利用価値のある人間を生かした方がいい」


その言葉にバルドが静かに口を開く。


「……命令なら従う」


「それだけだ」


必要最低限しか話さない男。


だが、その身体から放たれる威圧感は四天王の名に相応しかった。


ゼノスは四人のやり取りを聞きながら、小さく笑う。


「考え方は違う」


「だが構わん」


「結果さえ出せば、それでいい」


その瞳には何の感情も浮かんでいなかった。


命を弄ぶことにも。


人を殺すことにも。


何の躊躇いもない。


そんな時だった。


「ゼノス様!」


一人の構成員が慌てて駆け込んでくる。


全身を土埃で汚し、息を切らしていた。


「偵察隊より報告です!」


ゼノスはゆっくりと視線を向ける。


「話せ」


構成員はその場へ膝をついた。


「《白銀戦線》の拠点を確認しました!」


その言葉に四天王の視線も集まる。


「場所は第一階層北部」


「岩山に囲まれた天然の要塞です」


「侵入経路は限られており、防衛に適した地形となっています」


「構成員は約五十名」


「現在も警戒を続けています」


ゼノスは静かに頷いた。


「なるほど」


「守るには理想的な場所か」


そして、ゆっくりと笑みを浮かべる。


「ならば――」


「奪う価値がある」


ヴァルガが待っていたと言わんばかりに笑った。


「また暴れられるってことか!」


巨大な大剣を肩へ担ぎ、獰猛な笑みを浮かべる。


「最近は雑魚ばかり相手だったからな!」


「腕が鈍っちまうぜ!」


リリアは楽しそうに口元へ手を当てた。


「ふふっ」


「《白銀戦線》は攻略組でも有名なギルドですもの」


「少しは楽しませてくださるかしら」


ミレイアは静かに目を閉じる。


「力はある」


「だから利用価値もある」


「従わせられるなら、その方が効率的」


バルドは槍を握り直した。


「……抵抗するなら斬る」


「それだけだ」


ゼノスはゆっくりと立ち上がる。


その瞬間、広場で騒いでいた構成員たちの視線が一斉に集まった。


歓声が止む。


誰もがゼノスの次の言葉を待っていた。


ゼノスは構成員たちを見渡し、静かに口を開く。


「お前たちは、この世界で何が一番大切だと思う?」


誰も答えない。


いや、答える必要がなかった。


ゼノスは薄く笑う。


「力だ」


「力だけがこの世界の全てを決める」


「弱者は奪われる」


「強者は奪う」


「それがこの世界のルールだ」


ゆっくりと右手を掲げる。


「《白銀戦線》は守るために戦うらしい」


「実に愚かだ」


「守るということは、奪われるものがあるということ」


「ならば――」


ゼノスの口元が大きく歪む。


「奪ってやればいい」


その一言で、広場にいた構成員たちが歓声を上げた。


「うおおおおっ!」


「待ってました!」


「大仕事だ!」


「攻略組を潰せ!」


怒号が森へ響き渡る。


ヴァルガは豪快に笑う。


「全部ぶっ壊してやる!」


リリアは楽しそうに微笑む。


「いい悲鳴が聞けそうですわね」


ミレイアは静かに立ち上がる。


「準備を始める」


バルドも無言のまま槍を肩へ担いだ。


ゼノスは最後にもう一度、《白銀戦線》という名を口にする。


「まずは《白銀戦線》」


「その拠点を我ら《深淵の剣》のものとする」


「抵抗する者は殺せ!」


「使えそうな者だけ連れて来い!」


その命令に、構成員たちは一斉に武器を掲げた。


「おおおおおっ!!」


歓声が森中へ響き渡る。


こうして、《深淵の剣》は動き始めた。


すべてを力で奪おうとする者たちが、ついにその牙を《白銀戦線》へ向けようとしていた。

第8話を読んでいただきありがとうございました!


力ですべてを奪おうとする《深淵の剣》。


次回もよろしくお願いします!

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