第7話 それぞれの役割
――朝。
王虎の牙の集落。
街づくりが始まって三日目。
朝日を浴びた集落は、昨日よりもほんの少しだけ姿を変えていた。
積み上げられた木材。
石材が整然と並ぶ資材置き場。
区画分けされた建設予定地。
まだ街とは呼べない。
そんな景色を見つめながら俺は小さく息を吐く。
「今日も平和だね」
その隣でたるとがにこりと笑った。
「はい!」
「今日も頑張りましょう!」
その明るい声に、作業をしていた仲間たちやNPCたちが一斉に振り返る。
「おー!」
「頑張ろう!」
自然と笑顔が広がる。
その光景を見ているだけで俺は幸せな気持ちになった。
◇
集会所の前。
前回決めた設計図が広げられている。
ゴウマが腕を組み、仲間たちを見回した。
「今日はそれぞれの担当ごとに動いてもらう」
「街づくりは建物だけを作れば終わりじゃない」
「暮らす人がいて」
「支える人がいて」
「守る人がいる」
「全員が動いて初めて街になる」
その言葉に、仲間たちは力強く頷いた。
「じゃあ始めよう」
「それぞれ、自分の役割を頼む」
◇
「まずは周辺の安全確認をしてくる」
そう言って前へ出たのはバレットだった。
背中には長弓《流星》。
腰には矢筒。
「街を広げるなら、周囲の状況を把握しておく必要があるだろ」
「何かあればすぐ戻る」
「あぁ、頼んだ」
ゴウマが短く頷く。
バレットはそのまま集落の外へ歩き出した。
俺はその背中を見送りながら小さく笑う。
昔のバレットなら、誰かのために動くことなんて考えなかっただろう。
環境が違えば。
人はこんなにも変わるもんなんだな。
◇
集落を離れたバレットは、静かな森の中を歩いていた。
鳥のさえずり。
木々を揺らす風。
その一つひとつに耳を澄ませる。
地面へ視線を落とす。
「……足跡か」
残されていたのは角ウサギのもの。
まだ新しい。
近くに群れがいるのだろう。
危険はない。
そのまま岩場へ向かう。
草木が不自然に倒れていないか。
大型魔物が通った痕跡はないか。
一つずつ確認していく。
やがて小高い丘へ登ると、集落全体が見渡せた。
「順調だな」
遠くではガンテツたちが資材を運び。
子どもたちは広場で遊び。
煙突からは朝食を作る煙が立ち上っている。
思わず口元が緩んだ。
「……いい景色だ」
今はこの景色を守りたいと思っている。
それが少しだけ不思議な感覚だ。
一通り周囲を確認すると、バレットは集落へ引き返した。
「問題ない」
戻るなり短く報告する。
「周囲に危険な魔物の痕跡はなかった」
「しばらくは安心して作業できる」
「ありがとうございます!」
たるとが嬉しそうに頭を下げる。
バレットは少し照れくさそうに視線を逸らした。
「必要なことをしただけだ」
その横顔はどこか穏やかだった。
◇
「それじゃあ、住宅街予定地を見に行きましょう」
リンファが設計図を手に歩き出す。
向かった先は、昨日区画分けを終えたばかりの空き地だった。
ここには、これからNPCたちが暮らす住宅街が建てられる予定だ。
「思ったより広いですね」
エルナが周囲を見回しながら呟く。
「これだけあれば、たくさん家が建ちそうです」
「そうね」
リンファは優しく微笑んだ。
「でも、家を並べるだけじゃ駄目なの」
「え?」
「生活しやすい配置を考えないといけないのよ」
リンファは設計図へ指を滑らせる。
「子どもたちが安心して遊べる場所」
「井戸までの距離」
「畑へ向かう道」
「みんなが自然と顔を合わせられる広場」
「そういうものが揃って、初めて暮らしやすい街になるの」
「なるほど……」
エルナは感心したように頷く。
その時だった。
「少し確認してもいいですか」
モルフォが静かに近付いてきた。
「もちろん」
リンファが笑顔で答える。
モルフォは地面へしゃがみ込み、草花や土をじっくり観察し始めた。
「住宅街を造るなら、建物だけでは足りません」
「生活環境も整える必要があります」
「生活環境?」
たるとが首を傾げる。
「はい」
モルフォは一本の草を摘みながら説明する。
「この辺りには、人に害を与える虫はほとんどいません」
「ですが、水場が増えれば種類も変わります」
「害虫が繁殖しない環境を最初から作っておけば、住民の皆さんも安心して暮らせます」
「逆に畑には受粉を助ける虫も必要です」
「虫にもそれぞれ役割がありますから」
「へぇ……」
ガンテツが腕を組みながら感心する。
「やっぱり虫博士だな」
モルフォは真剣な表情のまま頷いた。
「虫は侮れません」
「街を支えてくれる存在にもなります」
「例えば――」
モルフォが語り始めた瞬間。
「モルフォさん」
リンファが苦笑しながら肩を叩く。
「その話、長くなりそうだから続きはお昼休みにしましょう」
「……そうですね」
モルフォは少し照れたように眼鏡を押し上げた。
周囲から小さな笑い声が漏れる。
そんな空気に包まれながらも、モルフォの表情はどこか嬉しそうだった。
◇
住宅街予定地から少し離れた場所。
そこではノエルが数人のNPCと一緒に木材を運んでいた。
「ありがとうございます」
年配の男性NPCが頭を下げる。
「こんな重い物まで運んでいただいて……」
「気にしないでください」
ノエルは穏やかに微笑んだ。
「これも私の仕事ですから」
大盾を背負う重装騎士。
前線では誰よりも頼もしい存在だ。
だが今、その手は大盾ではなく木材を抱えていた。
「こっちもお願いします!」
子どもたちが元気よく手を振る。
「はい!」
ノエルは優しく返事をすると、小さな木箱を軽々と持ち上げる。
「重たくないの?」
一人の少女が目を丸くした。
ノエルはくすりと笑う。
「これくらいなら大丈夫ですよ」
「すごーい!」
「さすがノエルお姉ちゃん!」
子どもたちが目を輝かせる。
その笑顔を見てノエルの表情も自然と柔らかくなった。
少し離れた場所からその様子を見ていたセリアが微笑む。
「ノエルちゃんらしいね~」
「盾で守るだけじゃなくて、みんなの笑顔も守ってる~」
ノエルは少し照れたように頬をかいた。
「私はこの盾で誰かを守るために戦ってきました」
「でも……」
周囲を見渡す。
笑いながら働く住民たち。
元気よく走り回る子どもたち。
少しずつ建ち始めた家々。
「守るって、戦うことだけじゃないんですね」
「安心して眠れる場所を作ることも」
「笑って暮らせる場所を残すことも」
「同じくらい大切なんだと思います」
たるとは嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます」
「《王虎の牙》を守ってくれて」
ノエルは少し驚いたように目を瞬かせる。
そして、小さく微笑んだ。
「……こちらこそ」
「私にもまた守りたい場所ができました」
その言葉を聞いた俺は小さく息を吐いた。
俺たちの集落は。
人の心も、少しずつ変えていくんだな。
その光景を眺めながら俺は改めてそう思った。
◇
午後になっても、街づくりは順調に進んでいた。
外壁ではガンテツとグレイが巨大な石材を運び。
ドランは資材の状態を確認しながら大工たちへ指示を出している。
シズクは外壁の基礎へ結界の核を埋め込み。
セリアは新しく生み出した《建築補助》で作業を支えていた。
皆が、それぞれの役割を果たしている。
「昔とは随分変わったな」
資材を運びながら、ハヤテがぽつりと呟いた。
「最初は生き残るだけで精一杯だった」
「あぁ」
俺も小さく頷く。
ログアウトが出来なくなった頃。
俺たちは毎日、生き残ることしか考えられなかった。
明日を迎えられる保証なんてどこにもなくて、安心して眠れる場所すらなかった。
だけど今は違う。
仲間がいる。
帰る場所がある。
そして、その場所を自分たちの手で作っている。
「今の方がずっと楽しい」
俺がそう言うと、ハヤテは少し驚いたように笑った。
「お前がそんなこと言うようになるとはな」
「自分でも驚いてるよ」
思わず苦笑する。
「戦うことしか知らなかった私が街なんて作ってるんだから」
「ははっ!」
ハヤテは声を上げて笑った。
「でも、それでいいんじゃねぇか」
「強くなる理由が増えたってことだろ」
その言葉に俺は静かに頷いた。
守りたいものがある。
それだけで、人は前へ進める。
そんな気がした。
◇
――その頃。
白銀戦線の拠点。
岩山に囲まれた天然の要塞。
その上空を一人の青年が風に乗って飛んでいた。
「今日も異常なし……っと」
銀髪を揺らしながら周囲を見渡すサイオン。
アイスから任された拠点警備を、今日も真面目に続けていた。
「皆、街づくり頑張ってるッスかねぇ」
少し羨ましそうに呟く。
本当なら自分も王虎の牙へ行きたかった。
ガンテツたちと一緒に汗を流しながら街を作ってみたかった。
「帰ったら話を聞かせてもらうッス」
そう笑った、その時だった。
ふと、視界の端で何かが動く。
「……ん?」
サイオンの表情が変わる。
遠くの岩陰。
そこを数人の人影が素早く移動していた。
普通の冒険者とは違う。
周囲を警戒しながら。
何かを探るように。
「……怪しいッスね」
高度を下げ、岩陰へ視線を向ける。
しかし、その瞬間。
人影は岩の裏へ姿を消した。
「逃げた……?」
サイオンは周囲を見回す。
気配はもうない。
だが、胸に残る違和感だけは消えなかった。
「アイスに報告した方がよさそうッス」
小さく呟く。
風が静かに吹き抜ける。
その風はどこか不吉な気配を運んでくるようだった。
第7話を読んでいただき、ありがとうございました!
今回は、それぞれの仲間が自分の役割を果たしながら街づくりを進める様子を描きました。
そして最後には、少しだけ新たな不穏な動きも……。
次回もよろしくお願いします!




