第5話 計画
――翌日。
昼前。
王虎の牙の集落は、朝からいつも以上に活気づいていた。
住民たちは畑へ向かい。
大工たちは新しい家の建築を進める。
子どもたちは広場を元気よく駆け回り。
笑い声が集落中へ響いていた。
そんな穏やかな景色を眺めながら、俺は集落の入口へ立っていた。
隣にはたると。
そしてゴウマ。
シズク。
ガンテツ。
ドラン。
リンファ。
ハヤテ。
バレット。
今日集まったのは、昨日約束した来客を迎えるためだ。
「そろそろですね!」
たるとが嬉しそうに街道の先を見つめる。
昨日、白銀戦線の拠点で交わした約束。
アイスが実際に王虎の牙の集落を見て、防衛や街づくりについて助言してくれる。
「アイスさんなら時間ぴったりに来そうね」
リンファが柔らかく笑う。
「あぁ」
ゴウマも頷く。
「無駄を嫌う男だ」
「遅れることはまずないだろう」
その時だった、街道の向こうに小さな人影が見える。
五人。
こちらへ向かって歩いてくる。
「来た!」
たるとがぱっと表情を明るくした。
距離が近付くにつれ、先頭を歩く人物の姿がはっきり見えてくる。
《白銀戦線》ギルドマスターのアイスだった。
その後ろには四人のメンバーが続いている。
真面目そうな剣士。
大きな槌を背負った屈強な男。
杖を持った女性魔法使い。
そして――。
「あっ……」
俺は思わず目を見開いた。
最後尾を歩いていた少女も、こちらへ気付いたらしい。
ぱあっと顔を輝かせる。
「ガウさん!」
そのまま小走りで駆け寄ってきた。
栗色の髪を揺らしながら、満面の笑みを浮かべる。
「お久しぶりです!」
俺も自然と笑顔になる。
「元気そうで良かった」
「はい!」
エルナは何度も頷いた。
「あの時は本当にありがとうございました!」
「ガウさんが助けてくれなかったら、私……」
「もう気にしなくていいよ」
俺がそう言うと、エルナは少し照れくさそうに笑う。
「でも、ずっとお礼を言いたかったんです」
その様子を見ていたたるとが、不思議そうに首を傾げた。
「ガウ?」
「知り合いなんですか?」
「うん」
俺は頷く。
「ほら、《白銀戦線》と一緒に巨大な虫を討伐した時に助けたんだ」
「そうだったんですね!」
たるとはすぐに笑顔になった。
「初めまして!」
「私は王虎の牙ギルドマスターのたるとです!」
「よろしくお願いします!」
「は、はい!」
エルナも慌てて頭を下げる。
「《白銀戦線》のエルナです!」
「よろしくお願いします!」
その後ろからアイスが静かに歩み寄ってきた。
「待たせたな」
「いえ!」
たるとは笑顔で首を振る。
「来てくださって本当にありがとうございます!」
アイスは小さく頷く。
「約束だからな」
「今日は集落を見せてもらう」
そして後ろの四人へ視線を向けた。
「紹介しておこう」
「こちらはロイド」
真面目そうな青年が一歩前へ出る。
「白銀戦線のロイドです」
「普段は拠点の警備と巡回を担当しています」
「今日は防衛面を中心に見させてもらいます」
続いて、杖を持った女性が微笑んだ。
「私はミーナです」
「生活魔法や土魔法を使っています」
「建設のお役に立てれば嬉しいです」
さらに、大きな槌を背負った男が軽く頭を下げる。
「……グレイだ」
短い一言。
だが、その大柄な体からは頼もしさが伝わってくる。
「力仕事なら任せろ」
それを聞いたガンテツが豪快に笑った。
「はっはっは!」
「気が合いそうだな!」
グレイも小さく口元を緩める。
「……かもな」
最後にエルナがもう一度ぺこりと頭を下げた。
「改めてよろしくお願いします!」
「今日はいっぱい勉強させてもらいます!」
白銀戦線の仲間たちを見渡しながら、俺は小さく息を吐いた。
攻略組。
最前線で戦い続けてきた者たち。
そんな彼らが、今日は俺たちの街づくりを手伝うために来てくれた。
その事実だけで少し胸が熱くなる。
「それじゃあ!」
たるとがぱんっと手を叩いた。
「皆さん中へどうぞ!」
「まずは集会所で街作り会議を始めます!」
その言葉に全員が頷き、ゆっくりと集落の中へ歩き始めた。
◇
集落へ入ると。
畑で作業をしていたNPCたちが、俺たちに気付いた。
「たると様!」
「お帰りなさい!」
「今日はお客様ですか?」
たるとが笑顔で手を振る。
「はい!」
「《白銀戦線》の皆さんです!」
その言葉に住民たちの表情がぱっと明るくなる。
「この前、一緒にダンジョンで戦った方々!」
「ようこそ!」
「ゆっくりしていってください!」
口々に歓迎の言葉が飛ぶ。
アイスたちは足を止め、その様子を静かに見つめていた。
「歓迎されるのは慣れないな」
ロイドが少し照れくさそうに頭をかく。
「皆さん、とても温かいですね」
ミーナも穏やかに微笑む。
その時、広場を走り回っていた子どもたちがこちらへ駆け寄ってきた。
「あっ!」
「たるとお姉ちゃん!」
「お客さん?」
「こんにちは!」
元気いっぱいに頭を下げる子どもたち。
エルナは思わず目を丸くした。
「子どもが……こんなに」
「皆、元気ですね」
「この集落にはNPCもたくさん住んでいますからね」
たるとが優しく答える。
「みんな大切な家族なんです!」
その一言にアイスは子どもたちへ静かに視線を向ける。
無邪気に笑う子どもたち。
畑で働く住民たち。
家を建てる大工たち。
誰もが穏やかな表情を浮かべていた。
「……なるほど」
アイスが小さく呟く。
「皆さん!」
たるとが振り返る。
「集会所に行きましょう!」
先頭に立ち、集落の中央へ歩き始める。
アイスたちもその後に続いた。
◇
集会所。
中へ入ると長机と椅子が並べられていた。
窓から差し込む昼の日差しが室内を明るく照らしている。
「どうぞ」
リンファが椅子を勧める。
「わざわざ来ていただきましたからまずは座ってください」
「ありがとう」
アイスたちは席へ腰を下ろす。
そのタイミングを見計らったように、数人のNPCが部屋へ入ってきた。
手には湯気の立つお茶と、小さなお菓子が乗った木の盆。
「お待たせしました!」
「どうぞ、お召し上がりください」
テーブルへ並べられていく湯飲み。
甘い香りが部屋いっぱいに広がった。
「ここまで歓迎してくれるのか」
ロイドが少し驚いたように呟く。
「大事なお客様ですから!」
たるとは胸を張る。
「《王虎の牙》ではお客様をみんなで歓迎するんです!」
「ふふっ」
ミーナが優しく笑う。
「とても素敵ですね」
グレイも静かに湯飲みを手に取る。
「……落ち着く」
短い言葉だが、その表情はどこか和らいでいた。
エルナは嬉しそうに辺りを見回す。
「《白銀戦線》とは全然違いますね」
「向こうは会議になると資料ばかり並びますから」
アイスも湯飲みを持ちながら、小さく頷いた。
「これも《王虎の牙》らしさか」
その言葉にたるとは嬉しそうに笑う。
「はい!」
「自慢の集落です!」
部屋の空気は自然と柔らかくなっていた。
緊張していた白銀戦線の面々も、少しずつ肩の力が抜けていく。
俺はそんな光景を見ながら、小さく微笑んだ。
たるとが立ち上がり、ぱんっと手を叩く。
「それでは皆さん!」
「改めまして!」
「《王虎の牙》、第一回街づくり会議を始めます!」
その声と共に部屋の空気が引き締まる。
たるとは大きく息を吸い、一枚の大きな紙を抱えて前へ歩き出した。
たるとは机の前まで歩くと、抱えていた大きな紙をゆっくりと広げた。
ぱさり、と紙が広がる音が静かな集会所に響く。
そこには、たるとが何日もかけて描き上げた未来の集落が描かれていた。
中央には大きな広場。
その中心には噴水。
真っ直ぐ伸びる大通り。
周囲には住宅街。
宿泊施設。
鍛冶場。
訓練場。
研究施設。
畑。
そして集落全体を囲む外壁。
さらに、その先には海へ続く一本の道まで描かれている。
「これは……」
アイスが資料を覗き込む。
「昨日よりさらに描き込まれているな」
「昨日の帰り道でも思い付いたことを書き足したんです!」
たるとは少し照れくさそうに笑う。
「まだ完成じゃありませんけど……」
「私の理想の街です!」
部屋にいた全員が設計図へ視線を向ける。
ガンテツが豪快に笑った。
「おぉ!」
「夢があるじゃねぇか!」
「噴水まであるのか!」
「はい!」
たるとは嬉しそうに頷く。
「広場があれば、みんなが自然と集まれますから!」
リンファも優しく微笑む。
「素敵ね」
「子どもたちも遊べそう」
「住民同士の交流もしやすくなりそうだわ」
「そうなんです!」
たるとは何度も頷いた。
「街って建物だけじゃないと思うんです」
「そこで暮らす人が笑って」
「自然と集まって」
「帰ってきたいって思える場所になって」
「初めて街になると思うんです」
その言葉を聞きながら俺は静かにたるとを見る。
この設計図には強い武器も。
巨大な要塞も描かれていない。
まず描かれているのは人が暮らす景色だった。
それがたるとらしい。
「私たちが目指すのは……」
たるとは改めて全員を見渡した。
「誰もが安心して暮らせる街です!」
集会所が静まり返る。
誰も口を挟まない。
やがて、アイスが静かに口を開く。
「……いい設計だ」
その一言にたるとの表情がぱっと明るくなる。
「本当ですか!」
「あぁ」
アイスはゆっくり頷く。
「君たちらしい」
「人が暮らすことを第一に考えている」
「街としての理想はよく伝わってくる」
その言葉にたるとは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!」
しかし、アイスの表情はすぐに真剣なものへ変わる。
設計図へ手を伸ばし、一か所を指差した。
「だが、この街を本当に守るならまだ足りないものがある」
部屋の空気が少しだけ引き締まる。
たるとも真剣な表情で設計図を見つめた。
「足りないもの……ですか?」
アイスは静かに頷く。
「昨日も話したが、防衛だ」
「理想だけでは街は守れない」
「ここからは皆で考えよう」
その一言を合図に王虎の牙と白銀戦線による街づくり会議が始まった。
アイスは設計図の中央へ指を置く。
「まず決めるべきなのは、建設の順番だ」
「全部を一度に作ることはできない」
「資材も」
「人手も」
「時間も限られている」
「だから優先順位を決める必要がある」
全員が頷く。
ゴウマが腕を組みながら口を開いた。
「そうだな」
「今ある人数で一番効率よく進めるには、建設する順番が重要だ」
「最初を間違えれば、後で何倍も苦労する」
たるとは真剣な表情で設計図を見つめる。
「まずは何から作ればいいでしょうか?」
するとハヤテが手を挙げた。
「俺は訓練場だと思う」
「街が大きくなれば、戦える奴も増やさなきゃならない」
「鍛える場所は早めに欲しい」
「それも必要だな」
バレットも頷く。
「弓の訓練場もあれば、新しく入る仲間を育てやすい」
「戦力は多いに越したことはない」
ガンテツも豪快に笑う。
「俺は鍛冶場だ!」
「道具がなきゃ建物も作れねぇからな!」
「作業道具も武器も、全部必要だ!」
「確かに」
ドランも静かに頷く。
「設備が整えば、建築速度も上がりますな」
様々な意見が飛び交う。
たるとは設計図へ書き込みながら、一つ一つ頷いていた。
そんな中、アイスが静かに口を開く。
「どれも必要だ」
「だが、一番最初ではない」
全員の視線がアイスへ集まる。
アイスは設計図の一番外側をなぞった。
「最優先は外壁だ」
「街を囲む防壁を先に完成させる」
「安全が確保されて初めて、その中で安心して建設できる」
「なるほど……」
ロイドも頷く。
「建築中に襲撃されれば作業は止まります」
「まず安全地帯を作るわけですね」
「あぁ」
アイスは続ける。
「そして次は住居だ」
「新しく受け入れる住民が寝る場所がなければ意味がない」
ミーナも優しく微笑む。
「安心して眠れる場所があるだけで作業効率は上がりますね」
その言葉にたるとは嬉しそうに頷いた。
「私もそう思います!」
「帰ってこられる家があるって大事ですよね!」
俺も小さく笑う。
「帰る場所を作る、それが私たちらしいね」
たるとは照れくさそうに笑った。
「えへへ」
「その後に道路を整備する」
ゴウマが設計図へ視線を落とす。
「資材を運ぶにも、人が移動するにも道は必要だからな」
「建物を増やしてから道を作るより効率がいい」
「その通りだ」
アイスは頷く。
「最後に各施設」
「訓練場」
「鍛冶場」
「研究施設」
「宿泊施設」
「街の成長に合わせて増やしていけばいい」
たるとは設計図へ大きく丸を書き込んだ。
「決まりです!」
「第一段階!」
「外壁と住宅街!」
「第二段階!」
「道路整備!」
「第三段階!」
「各施設の建設です!」
集会所に拍手が響く。
誰も異論はなかった。
夢だけでは終わらせない。
理想を現実にするための順番が、今決まったのだから。
拍手が落ち着くと、アイスは設計図から顔を上げた。
「順番は決まった」
「なら次は、誰が何を担当するかだ」
「街づくりは一人ではできない」
「それぞれが役割を持ち、同時に動く必要がある」
その言葉にゴウマが立ち上がる。
「建設全体の指揮は俺がやろう」
「資材の管理」
「人員の配置」
「作業の進み具合も含めて確認する」
「異論はあるか?」
誰も手を挙げない。
ゴウマ以上に適任な人物はいなかった。
「じゃあ決まりですね!」
たるとが嬉しそうに頷く。
「私は設計と住民のみんなとの話し合いを担当します!」
「建物の配置や、新しく必要になる施設も考えていきます!」
「ワシは建材を見ますぞ」
ドランが髭を撫でながら微笑む。
「木材や石材の加工もありますからな」
「鍛冶場の準備も並行して進めましょうぞ」
「俺は力仕事だな!」
ガンテツが豪快に胸を叩く。
「外壁だろうが家だろうが!」
「運ぶのも組み上げるのも任せろ!」
その隣でグレイも静かに頷いた。
「……俺も手伝う」
「重い物なら負けない」
「おっ!」
ガンテツが嬉しそうに笑う。
「頼もしい相棒が増えたじゃねぇか!」
グレイも小さく笑みを浮かべた。
シズクが静かに口を開く。
「私は外壁へ組み込む結界を研究します」
「完成までには時間が掛かりますが、街を守る要になります」
ミーナも優しく頷いた。
「土魔法で基礎工事のお手伝いをします」
「地盤を固めれば建物も丈夫になりますから」
「助かります!」
たるとは笑顔で頭を下げた。
ロイドも設計図へ目を向ける。
「私は警備担当として動線を確認します」
「見張り台の位置」
「巡回経路」
「警備交代まで考えてみます」
「俺は見張り台だな」
バレットが短く言う。
「弓兵が戦いやすい配置にする」
「射線は俺が見る」
「よろしくお願いします!」
たるとは設計図へ書き込んでいく。
ハヤテも腕を組みながら笑った。
「俺は訓練場だな」
「完成したら皆を鍛える役も引き受ける」
「街を守るには、人も強くならなきゃ意味がねぇ」
「私もお手伝いします!」
エルナが元気よく手を挙げた。
「測量とか、資材運びとか!」
「私にできることなら何でもやります!」
その姿にたるとは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます!」
「皆さんが来てくれて本当に心強いです!」
アイスはそんな仲間たちを静かに見渡す。
そして、小さく頷いた。
「これだけ役割が決まれば十分だ」
「後は一つずつ積み重ねていけばいい」
誰もが設計図を見つめる。
そこに描かれているのはまだ夢でしかない街。
だが。
今、この部屋には。
その夢を現実へ変える仲間たちが集まっていた。
静かな空気の中。
たるとは設計図を胸へ抱き寄せた。
「ありがとうございます!」
「一人だったらこの設計図は夢のままでした」
「今は違います」
「こんなにたくさんの仲間がいます!」
たるとは集まった全員を見渡す。
王虎の牙。
白銀戦線。
立場は違う。
歩んできた道も違う。
それでも今は同じ未来を見つめていた。
「絶対にみんなが笑って暮らせる街を作りましょう!」
「おう!」
ガンテツが真っ先に拳を突き上げる。
「任せろ!」
「最高の街にしてやる!」
「頑張りましょう!」
ミーナも優しく微笑む。
「私たちも協力します」
ロイドは真剣な表情で頷いた。
「防衛面は任せてください」
グレイは短く言う。
「力仕事なら負けない」
エルナも元気よく手を挙げた。
「ガウさん!」
「今度は私も皆さんの力になりたいです!」
「ありがとう」
俺は笑顔で頷いた。
「よろしくね」
アイスは静かに立ち上がる。
「それでは始めよう」
その一言に全員が立ち上がる。
椅子が引かれる音が集会所へ一斉に響いた。
会議は終わった。
ここからは行動の時間だ。
外へ出ると、暖かな風が集落を吹き抜ける。
住民たちは今日も笑顔で働き。
子どもたちは元気よく走り回っている。
その光景を見つめながら、アイスが小さく呟いた。
「いい街になりそうだな」
「はい!」
たるとは迷いなく答える。
「絶対になります!」
俺は空を見上げる。
街作りの第一歩が、今ここから始まった。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
次回からはいよいよ外壁と住宅街の建設が始まります!
王虎の牙の集落がどのように変わっていくのか、楽しみにしていただけたら嬉しいです。




