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第2話 約束の場所へ

王虎の牙の集落。


街づくりを始めてから数日が経った。


朝から集落のあちこちで威勢のいい掛け声が響いている。


「そっち持ち上げろ!」


「せーのっ!」


ガンテツたちが数人がかりで大きな丸太を運んでいく。


ドランは建設予定地の前に立ち、地面へ広げた設計図と周囲の景色を交互に見比べていた。


「そこでは少し近すぎますな」


「もう少し間隔を空けた方が後から道を広げやすいでしょう」


「分かった!」


《鉄球戦団》だった仲間たちが声を掛け合いながら建物の土台を組み上げていく。


少し離れた畑では住民たちが新しい畑を作るため土を耕していた。


子どもたちは籠を抱え、掘り起こした小石を一生懸命集めている。


「こっちにもあったよ!」


「いっぱい集めるぞー!」


「無理して重たいものは持たないでくださいね!」


ノエルが子どもたちへ優しく声を掛けながら、土の入った大きな木箱を軽々と持ち上げる。


そのまま畑の端まで運ぶと住民たちから感謝の声が上がった。


「助かるよ、ノエルさん!」


「これくらいならいつでも頼ってください!」


ノエルは柔らかく微笑む。


今ではすっかりこの集落へ馴染んでいた。


別の場所ではシズクが木製の杭を何本も地面へ並べている。


その周囲には淡い光が浮かび、小さな魔法陣が静かに回転していた。


「ここからここまでなら今の結界でも覆えます」


「ですが、街を広げるなら新しい結界の核が必要ですね」


シズクは距離を測るように周囲へ視線を巡らせる。


その隣ではセリアが眠たそうな表情で魔法陣を覗き込んでいた。


「もう少し範囲を広げたいね~」


「でも、無理に広げると薄くなっちゃいそう~」


「はい」


「防御力を落とすわけにはいきません」


「じゃあ、新しい方式を考えてみようか~」


二人はそのまま結界について話し合い始める。


研究所では、モルフォが白衣の袖を押さえながら設計図へ細かな書き込みを続けていた。


「こちらに実験台を増やして……」


「薬品棚は壁際に」


「いえ」


「虫たち専用の通路も必要ですね」


一人で呟きながら何度も設計図を書き直していく。


集落の外周近くではバレットが遠くの森を見据えていた。


背には《流星》。


近くでは住民たちが見張り台の土台を組み立てている。


「その高さじゃ森まで見えない」


住民たちが振り向く。


「もう少し高くしよう」


「見張るなら遠くまで見渡せなきゃ意味がない」


「分かりました!」


住民たちはすぐに設計を見直し始めた。


俺は集落の中央に立ち、その光景を静かに眺めていた。


増えていく家。


広がる畑。


整備されていく水路。


少しずつ形を変えていく集落。


街づくりは順調だった。


けれど。


実際に始めてみると考えなければならないことはいくらでも出てくる。


人が増えれば食料が必要になる。


住む家も必要になる。


防衛も。


決まりも。


これから先のことも考えなければならない。


戦闘なら分かる。


相手の構え。


視線。


呼吸。


攻撃の癖。


勝つために必要なものを見極めればいい。


けれど。


街を作ることは戦いとは違う。


刀を振るっても家は建たない。


敵を倒しても畑は育たない。


俺には難しく思えた。


「難しい顔してますね」


声を掛けられ、振り返る。


そこにはたるとが立っていた。


腕には何枚もの紙を抱えている。


どうやら住民たちから集めた要望をまとめていたらしい。


「そんなに難しい顔してた?」


「してました」


たるとは俺の顔を真似るように眉間へ皺を寄せる。


「こんな感じです」


「そこまでじゃないと思うけど」


「そっくりですよ!」


たるとは楽しそうに笑った。


俺もつられて笑う。


たるとは俺の隣へ並び、同じように集落を見渡した。


「街づくりのことを考えてたんですか?」


「うん」


「思ってたより大変」


「はい」


たるとは腕の中の紙へ視線を落とす。


「住民の皆さんから色々な意見をいただきました」


「家をもう少し広くしてほしいとか」


「畑の近くに倉庫が欲しいとか」


「子どもたちの遊び場を作ってほしいとか」


一枚ずつ紙をめくっていく。


「見張り台を増やしてほしいという意見もありました」


「魔物が来た時の避難場所も必要ですし……」


少し困ったように笑う。


「考えることがいっぱいです」


「大変じゃない?」


俺が聞く。


「大変です!」


たるとは迷わず答える。


そして。


すぐに笑顔を浮かべた。


「でも、楽しいです」


「みんなで考えて」


「みんなで作って」


「少しずつ形になっていくのを見るのがとても嬉しいんです」


建設中の家へ視線を向ける。


「ここで誰かが暮らして」


「笑って」


「いつか『ここへ来てよかった』って思ってくれたら」


「もっと嬉しいです」


その言葉に俺は小さく笑った。


やっぱり。


たるとらしい。


「ガウ?」


「いや」


俺は首を横に振る。


「たるとならきっといい街を作れると思って」


「私だけじゃ作れませんよ!」


たるとは集落を見渡す。


働く仲間たち。


声を掛け合う住民たち。


元気に走り回る子どもたち。


「みんながいるから作れるんです」


「《王虎の牙》みんなの街ですから!」


「ああ」


俺は小さく頷いた。


その時。


集会所の方からゴウマの声が響いた。


「そろそろ会議を始めるぞ!」


たるとは紙を抱え直す。


「行きましょう!」


「今日も決めることがいっぱいです!」


そう言って元気よく走り出す。


俺もその後を追った。



集会所。


中央の大きな机にはたるとが描いた設計図が広げられていた。


増築予定の住宅。


外壁。


畑。


水路。


倉庫。


訓練場。


研究所の増設。


まだ空白の場所も多い。


だが。


その紙の上にはこれから作られる街の姿が少しずつ描かれ始めていた。


仲間たちは設計図を囲むように席へ着く。


ゴウマが全員を見渡した。


「それじゃあ、街づくりの会議を始める」


その一言で集会所の空気が引き締まる。


ゴウマは設計図へ視線を落としたまま腕を組んだ。


「街づくりは順調だ」


「だが、このまま手探りで進めるには限界もある」


その言葉に全員が頷く。


俺たちは街を作ったことなんてない。


今は皆で考えながら進めている。


けれど。


実際に大人数が暮らす拠点がどう作られているのか。


どう運営されているのか。


知っているわけではなかった。


ゴウマはゆっくりと口を開く。


「俺たちは街を作るのは初めてだ」


「だからこそ、経験のある連中から学ぶ必要がある」


「住民の管理」


「防衛設備」


「拠点の運営」


「そういうものは実際に見た方が早い」


俺も小さく頷いた。


その時だった。


「あっ!」


たるとが何かを思い出したように声を上げる。


「そういえば!」


「アイスさんたちと約束してました!」


「約束?」


リンファが首を傾げる。


「《白銀戦線》の拠点へ遊びに来てくださいって」


「前に約束したんです!」


その言葉で俺も思い出した。


《白銀戦線》。


アイスとサイオン。


ダンジョンから帰ったあと。


別れ際に、今度は自分たちの拠点へ遊びに来てほしいと言っていた。


ゴウマも小さく頷く。


「ちょうどいいな」


「《白銀戦線》は街ではないが大規模ギルドだ」


「大人数をまとめる方法や拠点をどう運営しているのか」


「参考になることは多いだろう」


たるとの表情がぱっと明るくなる。


「アイスさんたちにも会えますね!」


「うん」


俺も自然と笑った。


「一人は相変わらず騒がしいだろうけどね」


「ふふっ」


たるとは小さく笑う。


「それも楽しみです!」


集会所の空気が少し和らぐ。


ただ勉強をしに行くだけではない。


友人に会いに行く。


その楽しみもあった。


ゴウマは全員を見渡す。


「異論がなければ、《白銀戦線》へ向かおう」


「街づくりの参考にもなる」


「約束も果たせる」


「一石二鳥だ」


反対する者はいなかった。


「問題は誰が行くかだ」


ゴウマの一言で和やかだった空気が少しだけ引き締まる。


街づくりは始まったばかり。


全員が集落を離れるわけにはいかない。


この場所に残る者も必要だ。


「私が行きます!」


最初に手を挙げたのはたるとだった。


「ギルドマスターとして色々見て勉強したいです」


「《白銀戦線》の皆さんがどうやって拠点を運営しているのか」


「実際にこの目で見てきたいです」


真っ直ぐな瞳。


迷いは一切なかった。


「私も行く」


俺は迷わず答える。


「たるとの護衛も必要だからね」


「ありがとうございます、ガウ!」


たるとは嬉しそうに笑った。


その隣でゴウマも静かに頷く。


「俺も同行する」


「運営を見るなら現場を見ておきたい」


「帰ってきたらこの街に取り入れられるものを整理する」


ゴウマらしい答えだった。


目的は観光ではない。


学び。


それを街へ生かす。


そのための同行だ。


「私も行きます」


シズクが静かに手を挙げる。


「結界や防衛設備を見てみたいです」


「参考になることがあるかもしれません」


「そうだね~」


セリアものんびりと頷く。


「私も見てみたいけど~」


「今回は街に残るよ~」


「こっちの結界も考えておきたいしね~」


「頼む」


ゴウマが短く返す。


セリアはにこりと笑った。


「任せて~」


その時だった。


「だったら俺も行く!」


ガンテツが豪快に立ち上がる。


「大きな拠点なんざ滅多に見られねぇ!」


「建物の造りも見てぇしな!」


ドランも苦笑しながら頷く。


「建築技術を見るのは勉強になりますからな」


「わしも同行しましょう」


「おう!」


ガンテツは嬉しそうに笑った。


そして――。


「……俺も行く」


静かな声が響く。


バレットだった。


「サイオンにも会いたいしな」


一度。


言葉を止める。


「……それだけだ」


ハヤテがにやりと笑う。


「照れなくてもいいじゃん」


「友人に会いに行くんだろ?」


「違う」


「違わないだろ」


「……うるさい」


集会所に小さな笑いが広がる。


バレットもため息をつきながら小さく口元を緩めていた。


こうして同行するメンバーが決まっていく。


残る仲間たちはこの場所を守りながら街づくりを進める。


「留守は任せて」


最初に口を開いたのはリンファだった。


穏やかな笑みを浮かべながらたるとへ視線を向ける。


「みんなが安心して出掛けられるよう、私たちが守るわ」


「リンファ……」


たるとは嬉しそうに微笑んだ。


「俺も残るよ」


ハヤテが軽く手を挙げる。


「街づくりもまだ始まったばかりだしな」


モルフォも静かに頷く。


「私は研究所に残ります」


「街の発展に役立つ物を少しでも形にしたいので」


「期待してるよ」


俺が言うと、モルフォは照れくさそうに眼鏡を押し上げた。


そして。


ノエルも一歩前へ出る。


「私も残ります」


「集落を空ける方が多いなら、その間の警備はお任せください」


「ありがとうございます」


たるとは深く頭を下げる。


「皆さんがいてくれるなら安心です」


リンファが優しく笑う。


「だから心配しないで」


「《白銀戦線》のみんなとゆっくり話しておいで」


「はい!」


たるとは力強く頷いた。


こうして役割は決まった。


《白銀戦線》へ向かうのは――。


俺。


たると。


ゴウマ。


シズク。


ガンテツ。


ドラン。


そしてバレット。


七人。


残る仲間たちは集落を守り。


街づくりを進める。


それぞれが自分にできることをする。


それが今の《王虎の牙》だった。



翌朝。


出発の準備はすでに整っていた。


集落の入口には俺たちを見送る仲間や住民たちが集まっている。


「気を付けて行ってきてくださいね!」


子どもたちが大きく手を振る。


「お土産話、楽しみにしてるよ!」


「ちゃんと勉強してくるんだぞ!」


住民たちも笑顔で送り出してくれた。


「任せてください!」


たるとは元気よく手を振り返す。


「しっかり勉強してきます!」


リンファが優しく微笑む。


「集落のことは気にしなくていいわ」


「帰ってきた時にはまた少し賑やかになっているかもしれないわね」


「はい!」


たるとは嬉しそうに頷いた。


ノエルも一歩前へ出る。


「安心して行ってきてください」


その言葉には強い決意が込められていた。


「頼んだよ」


俺がそう言うとノエルは静かに頷く。


「お任せください」


モルフォは研究所の方を振り返りながら小さく笑った。


「帰ってくる頃には、一つくらい成果をお見せできるよう頑張ります」


ガンテツが豪快に笑う。


「よーし!」


「さっさと行くぞ!」


「ガンテツさん、落ち着いてください」


ドランが苦笑する。


「目的は見学ですからな」


「分かってる分かってる!」


そう言いながらもガンテツは今にも歩き出しそうだった。


バレットは門の外へ視線を向ける。


その横顔はどこか懐かしそうだった。


たるとは全員を見渡す。


そして。


大きく息を吸った。


「それじゃあ――」


「行ってきます!」


その元気な声に、集まっていた全員が笑顔になる。


「「「行ってらっしゃい!」」」


たくさんの声に見送られながら。


俺たちはゆっくりと歩き出した。


目指す先は《白銀戦線》の拠点。


以前交わした約束を果たすため。


友人たちに会うため。


そして。


これから作る街のために新しいことを学ぶため。


俺たちは約束の場所へ向かった。

最後まで読んでいただきありがとうございました!


次回はいよいよ白銀戦線の拠点へ!

アイスやサイオンとの再会、そして新たな学びを楽しみにしていただけたら嬉しいです。


次回もよろしくお願いします!

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