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第30話 新たな一歩

王虎の牙の集落。


ノエルがこの場所へ来てから一週間が経った。


最初の頃のノエルはどこか遠慮がちだった。


「何か手伝えることはありませんか?」


「私にできることなら何でも言ってください」


何かをしていなければ落ち着かない。


そんな様子で朝から晩まで働こうとしていた。


だが――。


「ノエルお姉ちゃん!」


「今日も畑手伝ってー!」


「うん! もちろん!」


今では子どもたちに囲まれ、笑顔で畑へ向かっている。


「ノエルさん、この箱を運んでもらえる?」


「はい!」


「こっちはもう終わりました!」


NPCたちも自然と声を掛けるようになり、ノエルも笑顔で応える。


重たい木箱を運び。


畑へ水を引き。


壊れた柵を直し。


収穫した野菜を運ぶ。


戦うことだけが役目ではない。


誰かの日常を支えることもこの集落では大切な仕事だった。


「ありがとうございます!」


「助かりました!」


NPCたちの笑顔を見るたび、ノエルも自然と笑みを浮かべる。


「いえ、これくらいならいつでも頼ってください!」


そんな何気ない会話が少しずつ増えていった。



作業がひと段落し、ノエルはそっと空を見上げた。


青い空。


吹き抜ける風。


子どもたちの笑い声。


畑では住民たちが楽しそうに話しながら作業をしている。


誰かが困れば、自然と誰かが手を貸す。


そこにプレイヤーもNPCも関係ない。


この集落ではそれが当たり前だった。


「……不思議です」


ノエルは小さく呟く。


「守るって」


「戦うことだけじゃないんですね」


その言葉にはどこか驚きが混じっていた。


今までのノエルは仲間を守るために盾を構え。


敵の攻撃を受け止めることが自分の役目だと思っていた。


だが。


この場所では違う。


畑を耕すことも。


荷物を運ぶことも。


困っている人を手伝うことも。


誰かを笑顔にすることも。


全部が誰かの暮らしを支えることへ繋がっている。


少し離れた場所でその姿を見ていたリンファは優しく微笑んだ。


「少しずつ馴染んできたみたいね」


その声は誰にも聞こえないほど小さかった。


けれど、その表情はどこか嬉しそうだった。



その頃。


たるとは集落の入口近くに立ち、一人で辺りを見渡していた。


夕暮れの柔らかな光が集落全体を優しく照らしている。


畑では住民たちが収穫を終え、楽しそうに話しながら家路につく。


子どもたちは広場を元気いっぱい走り回り、その後ろをNPCの女性たちが笑顔で追い掛けていた。


あちこちから笑い声が聞こえる。


その光景を見つめながらたるとは小さく微笑んだ。


「……大きくなりましたね」


最初は何もなかった。


ただの小さな空き地。


そこへ少しずつ家を建て。


畑を作り。


井戸を掘り。


仲間たちと力を合わせて、ここまで築き上げてきた。


そして今では。


《王虎の牙》の仲間。


集落で暮らすNPCたち。


バレット。


近くに建てた研究所で暮らすモルフォ。


そして今はノエルもいる。


近くにはガンテツたち《鉄球戦団》も暮らしている。


《白銀戦線》のみんなも訪れるようになった。


少しずつ。


本当に少しずつだが、この場所に関わる人は増えていた。


それは嬉しいことだった。


けれど――。


たるとは集落をもう一度見渡す。


「……足りない」


小さく呟く。


新しく建てた家ももうすぐ埋まってしまう。


畑も以前より広げた。


それでも、この先さらに人が増えれば足りなくなるだろう。


住民たちが安心して暮らせる場所も。


この集落のままではいつか限界が来る。


「もっと……」


たるとはぎゅっと胸の前で手を握る。


「もっと、たくさんの人を助けられる場所にしたい」


帰る場所を失った人。


困っている人。


安心して暮らせる場所を必要としている人。


そんな人たちを受け入れられる場所を作りたい。


その想いは日に日に大きくなっていた。


その時だった。


「たるとちゃ〜ん」


後ろからどこか眠たそうな声が聞こえてきた。


振り返るとそこにはセリアが立っていた。


セリアはいつもの眠たそうな表情のまま、ゆっくりとたるとの隣へ並ぶ。


「どうしたの〜?」


「難しい顔してるよ〜?」


たるとは少し照れたように笑った。


「そんな顔してましたか?」


「してたよ〜」


セリアはくすっと笑い、たるとと同じように集落を見渡した。


「みんな楽しそうだね〜」


その言葉にたるとも頷く。


「はい」


「毎日こうして笑って過ごせるのが本当に嬉しくて」


少しだけ間を置く。


「でも……」


その表情が僅かに曇った。


「最近、考えることが増えたんです」


「考えること〜?」


「はい」


たるとは集落を見渡しながら話し始める。


「ここへ来る人が少しずつ増えています」


「《白銀戦線》のみなさんとも交流が増えました」


「これからも、帰る場所を失った人が現れるかもしれません」


セリアは静かに耳を傾ける。


「でも、このままじゃ受け入れられなくなる日が来ます」


「家も……畑も……足りません」


「守れる人にも限界があります」


たるとは胸の前で手を握り締めた。


「もっと安心して暮らせる場所にしたいんです」


「それに……約束だってあります」


「だから……」


一度。


言葉を止める。


「街を作りたいって思うようになりました」


静かな風が二人の間を通り抜けた。


セリアは少しだけ目を丸くしたあと、ふわりと笑う。


「そっか〜」


「やっぱりたるとちゃんらしいね〜」


「え?」


「困ってる人を見ると放っておけないもんね〜」


「だから、もっとたくさん助けられる場所を作りたい」


「そういうことでしょ〜?」


たるとは目を見開く。


その言葉で、自分の中にあった考えが少しだけ整理されたようだった。


「……はい」


「その通りです」


セリアは嬉しそうに頷いた。


「だったらみんなに話してみよう〜」


その言葉にたるとは大きく頷いた。


「……はい!」


その瞳にはギルドマスターとしての強い意志が宿っていた。


「みんなを集めます」


「ここから先へ進むための話をします」



その日の夕方。


たるとの呼び掛けを受け、集落の住民たちが次々と集会所へ集まってきた。


「急に集まれって、何かあったのか?」


「魔物でも出たのか?」


NPCたちが顔を見合わせる。


しかし。


たるとの表情に慌てた様子はない。


集会所には長い机と椅子が並べられ、多くの人で賑わっている。


《王虎の牙》のメンバー。


俺。


ハヤテ。


ゴウマ。


リンファ。


シズク。


セリア。


ガンテツと《鉄球戦団》のメンバー。


バレット。


モルフォ。


そして、ノエル。


さらに集落で暮らすNPCたちも集まっていた。


いつもならそれぞれが仕事をしている時間。


これほど大勢が一度に集まるのは珍しい。


「何の話だろうな」


ハヤテが首を傾げる。


「たるとのことだから悪い話じゃないと思うけど」


「そうね」


リンファも優しく微笑んだ。


「でも、今日はいつもと少し雰囲気が違うわ」


その横でガンテツが豪快に笑う。


「はっはっはっ!」


「嬢ちゃんが呼ぶってことは、面白ぇ話に決まってる!」


「相変わらずですね」


《鉄球戦団》副ギルドマスターのドランが苦笑する。


「まだ何も聞いておらんでしょうに」


「勘だ!」


ガンテツは胸を張る。


「こういう勘だけは当たるんだよ!」


「根拠になってませんよ」


モルフォが呆れたように肩をすくめた。


そのやり取りを見て、集会所には小さな笑いが広がる。


ノエルも少し緊張した様子で辺りを見回していた。


これだけ多くの人が自然と笑い合っている。


ノエルはどこか不思議そうに、その輪を見つめていた。


その時。


集会所の前へ、たるとがゆっくりと歩み出る。


自然と周囲の話し声が止んでいく。


その表情を見ただけで分かる。


今日はいつもの相談ではない。


ギルドマスターとして何か大切な話をしようとしている。


集会所は静寂に包まれた。


たるとは一度、深呼吸をする。


そして。


集まった全員をゆっくりと見渡した。


一人ひとりの顔を見る。


小さく息を吸う。


「皆さん」


「今日は集まってくださってありがとうございます!」


誰もがたるとの次の言葉を待っていた。


「私はこの集落が大好きです」


その一言にNPCたちは優しく微笑んだ。


たるとは続ける。


「最初は何もありませんでした」


「家も少なくて」


「畑もなくて」


「本当に小さな場所でした」


少しだけ懐かしそうに笑う。


「でも、皆さんがいてくれたから」


「ここまで大きくすることができました」


「一緒に家を建てて」


「畑を耕して」


「ご飯を食べて」


「笑って」


「泣いて」


「支え合って」


「ここは、みんなが安心して暮らせる場所になりました」


その言葉に何人ものNPCが嬉しそうに頷く。


たるとの表情が少しだけ真剣になる。


「でも最近、思うようになったんです」


集会所に静寂が広がる。


「この場所だけでは、足りないって」


「これから先も」


「帰る場所を失う人がいるかもしれません」


「助けを必要としている人がいるかもしれません」


ぎゅっと拳を握る。


「その時」


「私はその人たちを助けたい」


「安心して笑える場所を作りたい」


そして。


たるとは真っ直ぐ前を向いた。


その瞳には迷いはなかった。


「だから私は決めました!」


少しだけ声が大きくなる。


「この集落を――」


一拍置く。


「街にします!」


その宣言は集会所中に力強く響き渡った。


誰も言葉を発しない。


静寂が流れる。


けれど。


その静寂は戸惑いではなかった。


たるとの覚悟を全員が静かに受け止めていた。


静寂を破ったのは――。


「はっはっはっ!!」


ガンテツの豪快な笑い声だった。


集会所中に響き渡る大声にたるとは目を丸くする。


「ガ、ガンテツさん?」


ガンテツは腕を組み、満足そうに何度も頷いた。


「やっぱりそう来たか!」


「最初に会った時から何か他のギルドと違うと思ってたんだ!」


「だから街を作るなんて、今さら驚く話じゃねぇ!」


「むしろ遅ぇくらいだ!」


その言葉に集会所の空気が少しだけ和らぐ。


たるとも思わず笑みを浮かべた。


続いてゴウマが静かに口を開く。


「俺も賛成だ」


全員の視線がゴウマへ集まる。


「今の集落はもう小さな集落じゃない」


「これから人はもっと増えるだろう」


「住む場所も」


「畑も」


「防衛も」


「全部、今まで以上に考える必要がある」


たるとは真っ直ぐ頷く。


「はい」


「簡単じゃないことも分かっています」


「それでもやりたいです」


ゴウマは静かに笑った。


「だったら俺たちが支える」


「一人で背負う必要はない」


その言葉にたるとの表情がぱっと明るくなる。


「ありがとうございます!」


その隣でハヤテが笑いながら立ち上がった。


「俺も賛成!」


「街なんて最高だろ!」


「今よりもっと賑やかになるってことだろ?」


「面白そうじゃん!」


バレットも小さく息を吐いた。


「……俺も反対はしない」


「この場所には世話になってるからな」


短い言葉だった。


ノエルもゆっくりと立ち上がる。


「私もお手伝いさせてください!」


集まった全員がノエルを見る。


「私は今まで、守ることは戦うことだと思っていました」


「でも、この場所へ来て気付いたんです」


「誰かの暮らしを支えることも守ることなんだって」


たるとは笑顔で大きく頷く。


「はい!」


「一緒に作りましょう!」


ノエルも穏やかに笑った。


「はい」


その言葉にリンファもセリアも優しく微笑んだ。


「私も協力しますよ」


白衣姿のモルフォが静かに手を挙げる。


「研究所まで用意していただきましたからね」


「この恩は研究だけでは返しきれません」


少し照れくさそうに笑う。


「それに、私はこの場所が好きなんです」


「ここなら安心して研究できますから」


その言葉にたるとは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます!」


続いてシズクが一歩前へ出る。


「もちろん私もです」


「街を守る結界ならお任せください」


その静かな言葉には強い決意が込められていた。


リンファも優しく微笑む。


「家族が増えるなら私も頑張らないとね」


「住む人が増えたらお裁縫も忙しくなりそう」


その言葉に小さな笑いが起こる。


セリアものんびりと手を挙げた。


「私も手伝うよ〜」


「建物とか魔法とか色々考えるの楽しそう〜」


「街が完成したら魔法研究ももっと進みそうだしね〜」


次々と賛成の声が上がる。


そして最後に――。


集落で暮らすNPCたちも立ち上がった。


年配の男性が一歩前へ出る。


元村長の狸獣人。


ロウガだ。


「たると様」


「わしらもお手伝いさせてくだされ」


その言葉をきっかけに周囲のNPCたちも大きく頷いた。


「家なら建てます!」


「畑ももっと広げましょう!」


「子どもたちの遊び場も作りたいですね!」


「みんなで頑張りましょう!」


温かな声が次々と重なっていく。


たるとの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「皆さん……」


「ありがとうございます!」


「私一人じゃできません」


「でも、皆さんと一緒なら」


「きっとできます!」


その言葉に大きな拍手が沸き起こった。


俺はその光景を静かに見つめていた。


小さな集落から始まった俺たち。


仲間が増え。


笑顔が増え。


この場所で暮らす人も増えた。


もちろん。


楽しいことばかりだったわけじゃない。


それでも。


みんなでここまで歩いてきた。


そして今日。


新しい目標が生まれた。


――街を作る。


誰もが安心して暮らせる場所を。


もっと大きく。


もっと賑やかに。


その夢へ向かって。


俺たちは新たな一歩を踏み出した。



その日の夜。


集会が終わり、集落はいつもの穏やかな時間を取り戻していた。


家々からは温かな灯りが漏れ、あちこちから笑い声が聞こえてくる。


畑では夜風が静かに作物を揺らしていた。


俺は集落を見渡せる小高い丘に立っていた。


「ここにいたんだ」


後ろから声が聞こえる。


振り返ると、たるとが歩いてきた。


「今日はお疲れさま」


たるとは少し照れくさそうに笑う。


「緊張しました」


「でも、みんなが賛成してくれて嬉しかったです」


俺は小さく頷く。


「たるとなら大丈夫だと思ってたよ」


「ガウ……」


たるとは集落へ視線を向ける。


灯りが一つ。


また一つ。


夜の集落を優しく照らしている。


「もっと大きくしたいです」


「もっとたくさんの人が笑って暮らせる場所に」


その横顔にはもう迷いはなかった。


俺も同じ景色を見つめる。


最初は何もなかった。


小さな家を建てて。


畑を作って。


仲間が増えて。


笑顔が増えて。


そして今日。


《王虎の牙》は新しい目標を手に入れた。


「忙しくなるね」


俺が笑う。


たるとも元気よく笑顔を返した。


「はい!」


「もっともっと頑張ります!」


俺たちの眼下には家々の温かな灯りが並んでいた。


今はまだ小さな集落。


でも。


いつか、この灯りがもっと遠くまで広がっていく。


そんな未来を思い浮かべながら。


俺は静かに笑った。

最後までお読みいただき本当にありがとうございます!


これにて第1章「仲間が集う場所」は完結です!


第1章では、《王虎の牙》の小さな集落での日常を中心に、少しずつ仲間が増えていく様子や、それぞれの出会いを描いてきました。


ガウたちにとってこの場所はただ暮らすだけの場所ではなく。


みんなで笑って。


助け合って。


疲れた時には帰って来られる。


そんな「帰る場所」になっていきました。


そして最後には小さな集落からさらに一歩進み、「街を作る」という新しい目標も生まれました。


《王虎の牙》のみんなを見守っていただけていたらとても嬉しいです!


そして次回からは――。


第2章「深淵の剣編」が始まります!


第1章の日常中心の雰囲気から少し変わり、これまで以上にシリアスな展開や危険な敵との戦いが増えていきます。


もちろん。


《王虎の牙》らしい仲間との掛け合いや、みんなで過ごす温かな日常も変わらず大切に描いていく予定です!


小さな集落から始まった《王虎の牙》がこれからどんな仲間と出会い、どんな道を歩んでいくのか。


第2章も楽しんでいただければ幸いです!


ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました!


これからも『ファンタズマ・ゲイト』をよろしくお願いします!

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