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第28話 再会

黒煙はゆっくりと霧散していく。


熊型魔物は地面へ横たわったまま動かない。


ボス部屋には静寂が訪れていた。


「終わった……」


ノエルが呆然と呟く。


目の前で起きた出来事をまだ理解し切れていないようだった。


ほんの一瞬。


黒い煙が広がったと思った次の瞬間にはダンジョンの主は倒れていた。


「ガウさん……」


ノエルがおそるおそる口を開く。


「あれが……《黒煙支配シャドウ・ドミネーション》なんですね」


俺は《朧》の柄から手を離す。


「うん」


「私のアークスキルだよ」


「……すごいです」


ノエルは倒れた熊型魔物と俺を交互に見る。


まだ驚きは消えていないようだった。


それでも、それ以上は何も聞かなかった。


その時だった。


カツ……。


カツ……。


静まり返ったボス部屋に誰かの足音が響く。


四人の表情が一斉に引き締まった。


シズクが素早く《白晶》を構える。


「誰か来ます」


結界を維持したまま静かに入口へ視線を向ける。


ノエルも反射的に大盾を握り直した。


すると――。


「ガウーー!!」


聞き慣れた声が通路の奥から響き渡る。


「いるのかー!」


俺は思わず笑みを浮かべた。


「この声は……」


「ハヤテだ」


やがて通路の奥から三人の人影が姿を現す。


先頭を走っていたのはハヤテ。


その後ろにはアイス。


さらに白銀戦線の槍使いの青年も続いていた。


「ガウ!」


ハヤテは駆け寄るなり俺の肩を軽く叩いた。


「無事だったか!」


「ああ」


俺も笑って頷く。


「そっちも無事みたいだね」


「もちろん!」


ハヤテは親指を立てる。


「こっちも何とか切り抜けた!」


アイスも静かに息を吐いた。


「ようやく合流できたな」


「転移してから連絡が取れなかったから心配していた」


「心配かけたね」


「いや」


アイスは首を横に振る。


「全員無事ならそれで十分だ」


槍使いの青年も安堵したように笑う。


「本当に良かったです」


その言葉にその場の空気が少しだけ和らぐ。


張り詰めていた緊張がようやく解けたのだろう。


たるとは嬉しそうに笑った。


「皆さんも無事でよかったです!」


ノエルは目の前で笑い合う仲間たちを静かに見つめていた。


戦いが終われば互いの無事を喜び合う。


自然と笑顔が生まれる。


その光景はノエルにとってどこか懐かしく。


そして。


少しだけ眩しく映っていた。


その時だった。


「おーい!」


さらに通路の奥から元気な声が響く。


「こっちもいるッスよー!」


「この声は……!」


たるとがぱっと表情を明るくする。


「サイオンさんです!」


やがて通路の奥から六人の姿が現れた。


先頭を歩くのはゴウマ。


その隣にはバレット。


少し後ろからサイオンが大きく手を振っている。


さらに、大剣使いの青年。


魔法職の女性。


弓使いの女性も続いていた。


「やっと合流できたッス!」


サイオンが満面の笑みで駆け寄ってくる。


「もう虫は当分見たくないッス!」


その言葉にハヤテが吹き出した。


「ははっ! 散々相手してたみたいだな!」


「笑い事じゃないッスよ!」


サイオンは肩を落とす。


「数が多すぎて、本気で終わったと思ったッス……」


「でも」


そう言ってゴウマを見る。


「この人たちが来てくれたおかげで助かったッス!」


ゴウマは照れる様子もなく小さく頷いた。


「間に合ってよかった」


バレットも静かに口を開く。


「誰も欠けていないようだな」


「うん」


俺は全員を見回す。


ハヤテ。


ゴウマ。


バレット。


アイス。


サイオン。


そして白銀戦線の仲間たち。


たると。


シズク。


分断されていた十二人が全員ここにいる。


ダンジョン探索。


突然の転移。


離れ離れになった仲間たち。


それぞれが危険な戦いを切り抜け。


誰一人欠けることなく、再び顔を合わせることができた。


「そういえば」


俺はノエルへ視線を向ける。


「まだちゃんと紹介してなかったね」


ノエルは少し緊張した様子で姿勢を正した。


「初めまして」


「私はノエルと申します」


「今回のダンジョンでガウさんたちに助けていただきました」


そう言って丁寧に頭を下げる。


ゴウマが軽く会釈を返す。


「俺はゴウマだ」


「よろしく」


「バレットだ」


サイオンも笑顔で手を振る。


「サイオンッス!」


ハヤテも笑いながら口を開く。


「俺はハヤテ!」


「《王虎の牙》の剣士だ!」


アイスも小さく頷く。


「僕はアイスだ」


「よろしく」


その後。


白銀戦線の大剣使い。


槍使い。


魔法職の女性。


弓使いの女性も簡単に自己紹介を済ませた。


たるとは嬉しそうに笑う。


「これでみんな知り合いですね!」


その言葉に自然と笑みがこぼれる。


張り詰めていた空気が和らぎ。


ようやく全員が一堂に会した。


ノエルはその光景を静かに見つめていた。


互いを信じ。


再会を喜び合い。


自然と笑顔が生まれる。


その姿はかつて自分が仲間たちと過ごしていた日々と重なって見えた。


その和やかな空気の中。


ゴウマがふとノエルへ視線を向けた。


「ノエル」


「はい?」


呼ばれたノエルが振り返る。


ゴウマは腰に提げた収納袋へ手を伸ばした。


「一つ聞きたいことがある」


袋から一本の剣を取り出す。


続いて。


もう一本の剣。


杖。


弓。


そして小さな装飾が付いた短剣。


五つの武器を一つずつ丁寧に地面へ並べていった。


「道中で見つけた装備なんだ」


「後で供養しようと思って回収しておいた」


ゴウマは静かに武器へ視線を落とす。


「もし知っている持ち主がいるなら教えてくれ」


その瞬間。


ノエルの表情が固まった。


「……っ」


震える足取りで武器へ近付く。


そっと一本目の剣へ手を伸ばした。


「これ……」


忘れるはずがない。


何度も背中を預け合った仲間の剣。


もう一本の剣。


杖。


弓。


短剣。


一つ。


また一つ。


手に取るたびにノエルの瞳が潤んでいく。


「みんなの……」


小さく呟いた声は震えていた。


レイン。


クロス。


ミリア。


ガイル。


アルド。


もう二度と会うことのできない仲間たち。


仲間が死んだことは分かっていた。


死亡通知を見た時から。


もう戻ってこないことも理解していた。


それでも。


最後まで一緒に戦ってきた武器を目の前にすると。


押し込めていた感情が再び胸の奥から込み上げてきた。


ノエルは大切そうに五つの武器を抱き締める。


「……ありがとうございます」


「拾ってくださったんですね」


ゴウマは静かに頷いた。


「ああ」


「誰の物か分からなかったがそのままにはできなかった」


「持ち主の仲間に返せてよかった」


その言葉にノエルの頬を静かに涙が伝った。


広間には静かな空気が流れていた。


誰も何も言わない。


たるとは心配そうにノエルを見つめる。


シズクも静かに目を伏せた。


ハヤテは腕を組んだまま黙って立ち。


サイオンも珍しく口を閉ざしている。


アイスも静かにノエルを見守っていた。


しばらくしてノエルはゆっくりと涙を拭う。


仲間たちの武器を一本ずつ大切に収納袋へしまっていく。


そして。


収納袋を胸の前で抱き締めた。


「……必ず」


小さく息を吸う。


「皆の分まで生きます」


その声は震えていた。


それでも。


その瞳には確かな決意が宿っていた。


ゴウマは静かに頷く。


「ああ」


ノエルは俺たちを見渡した。


そして。


少しだけ照れくさそうに笑う。


「……ありがとうございます」


その笑顔は先ほどまでとは少し違って見えた。


悲しみが消えたわけじゃない。


きっと。


これからも何度も思い出す。


それでも。


少しだけ前を向けるようになった。


そんな笑顔に見えた。


たるとは嬉しそうに微笑む。


俺は静かに前を向いた。


「ダンジョンを出よう」


「そうだな」


ゴウマが頷く。


ハヤテも刀を肩へ担ぎ直した。


「ようやく帰れるな」


サイオンは大きく伸びをする。


「もう虫は見たくないッス!」


その一言に思わず笑いがこぼれた。


張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。


俺たちはダンジョンの出口へ向かって歩き始めた。


長い通路を抜ける。


全員が静かに出口を目指して歩き続けた。


一歩ずつ。


前へ進んでいく。


やがて。


通路の先に眩しい光が見えた。


「出口だ」


ハヤテが小さく呟く。


その一言に自然と全員の足が少しだけ速くなる。


そして――。


眩しい陽射しが俺たちを包み込んだ。


「……外だ」


ノエルが思わず空を見上げる。


どこまでも広がる青空。


頬を撫でる心地よい風。


さっきまでいた薄暗い迷宮とはまるで別世界だった。


一週間。


ずっと見ることのできなかった空。


ノエルは眩しそうに目を細める。


「終わったッスー!」


サイオンが両手を大きく広げる。


「やっと地上ッス!」


「大袈裟だな」


ハヤテが苦笑する。


「いやいや!」


「もう洞窟は勘弁ッス!」


アイスも静かに息を吐く。


「無事に攻略できて何よりだ」


白銀戦線の仲間たちも安堵したような表情を浮かべる。


分断されていた《王虎の牙》と《白銀戦線》。


全員無事に地上へ戻ることができた。


その時だった。


「あっ!」


たるとが何かを思い付いたように声を上げる。


全員の視線が集まる。


たるとは少し照れくさそうに笑った。


「皆さん!」


「せっかくですし、このまま《王虎の牙》の集落へ来ませんか?」


「集落へ?」


アイスが聞き返す。


たるとは大きく頷いた。


「はい!」


「ダンジョン攻略のお祝いをしましょう!」


「みんなで美味しいご飯を食べて、ゆっくり休むんです!」


その笑顔は太陽のように明るかった。


ノエルは少し驚いたようにたるとを見る。


ダンジョンを攻略した直後に。


一緒にご飯を食べて。


みんなで笑って。


ゆっくり休もうと言ってくれる人がいる。


そんな温かさがひどく懐かしく感じられた。


アイスは仲間たちと顔を見合わせ、小さく笑う。


「悪くない提案だ」


「お言葉に甘えよう」


「やったー!」


たるとは嬉しそうに両手を上げる。


その隣でサイオンがお腹を押さえた。


「ちなみに今日は何が食べられるッスか?」


「お前はそればっかりだな」


ハヤテが呆れたように笑う。


たるともつられて笑った。


「腕によりをかけて作りますね!」


その言葉に再び笑い声が広がる。


ノエルはそんな皆の姿を静かに見つめていた。


そして。


胸元の収納袋へ、そっと手を添える。


その中には大切な仲間たちが残した五つの武器。


忘れることはない。


忘れたくもない。


それでも。


今は少しだけ前へ進んでみようと思えた。


こうして俺たちは《王虎の牙》の集落へ向かって歩き始めた。

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