第27話 黒い煙
巨大な扉。
その先から。
重い気配が漂っていた。
空気が震えている。
俺はゆっくりと扉へ手を伸ばす。
「開けるぞ。」
「はい。」
シズクが頷く。
たるとは杖を握り締める。
ノエルは大盾を構えた。
「大丈夫です。」
「私が守ります。」
その言葉に迷いはなかった。
俺は少しだけ笑う。
そして。
扉を開いた。
◇
広い空間。
天井は見えないほど高い。
中央には巨大な影があった。
ゆっくりと立ち上がる。
ドォン。
ドォン。
足音だけで地面が揺れる。
姿を現したのは――
巨大な熊型モンスター。
四メートルを超える巨体。
太い腕。
鋭い爪。
そして。
全てを噛み砕きそうな巨大な牙。
防御よりも。
ただ力で押し潰すために進化したような身体だった。
「……。」
ノエルが息を呑む。
「大きい……。」
シズクが警戒する。
「気を付けてください。」
「一撃でも受けたら危険です。」
熊型モンスターがこちらを見る。
そして。
咆哮。
ギャオォォォォ!!
洞窟全体が震える。
ノエルが大盾を前へ構える。
「行きましょう!」
その声には、もう迷いがなかった。
「あ。」
俺は一歩前へ出る。
「私一人でやらせてもらっていい?」
ノエルが目を丸くする。
「え?」
俺は《朧》を抜いた。
黒い刀身が静かに光を反射する。
「久しぶりに。」
少しだけ笑う。
「本気出して戦いたい。」
その言葉に。
ノエルは驚いた。
でも。
すぐに理解する。
この人は。
誰かを守るためだけに戦うだけじゃない。
自分自身のために戦う強さも持っている。
「ゆっくり休んでて。」
「……分かりました。」
ノエルは頷いた。
「お気を付けて。」
「ああ。」
俺はシズクを見る。
「結界を頼む。」
「たるととノエルを守って。」
シズクは迷わず頷いた。
「任せてください。」
杖を掲げる。
淡い光が広がる。
「《守護結界》。」
光の壁が展開される。
たるととノエルを包み込む。
「これで大丈夫です。」
「二人には近付けません。」
「ありがとう。」
俺は前を見る。
熊型モンスターが唸り声を上げている。
◇
次の瞬間。
地面が爆発した。
熊型モンスターが突進する。
速い。
巨体からは想像できない速度。
巨大な爪が迫る。
俺は一歩だけ横へずれる。
爪が目の前を通り過ぎる。
そのまま懐へ入る。
《朧》。
一閃。
ギィィン!!
硬い。
刃が弾かれる。
「……。」
防御力も高いか。
熊の魔物が腕を振り回す。
横薙ぎ。
しゃがむ。
頭上を爪が通り過ぎる。
続けて。
牙。
拳。
踏み潰し。
全てが一撃必殺級。
でも。
見える。
動きが大きい。
力に頼った攻撃。
俺には届かない。
「すごい……。」
ノエルが呟く。
「全部、避けてる。」
たるとは静かに笑う。
「ガウさんは強いですから。」
シズクは結界を維持しながら戦況を見る。
「でも……。」
「まだ本気ではありませんね。」
その言葉通り
熊の魔物が咆哮する。
怒り。
焦り。
目の前の小さな獲物を仕留められないことへの苛立ち。
巨大な腕が振り下ろされる。
ドォン!!
地面が砕ける。
俺は後ろへ跳ぶ。
「……。」
強い。
間違いなく、このダンジョンの主だ。
力。
耐久力。
速度。
どれも高い。
でも。
足りない。
「まだか。」
俺は小さく呟く。
熊型モンスターが突進する。
真正面から。
俺は動かない。
「危ない!」
ノエルが叫ぶ。
その瞬間。
俺は一歩踏み込んだ。
ギリギリ。
爪が頬を掠める。
そのまま身体を滑らせる。
《朧》が走る。
ギィィン!!
また弾かれる。
だが。
今度は違う。
熊型モンスターの足元。
ほんの僅かな隙間。
そこへ刃が届く。
「ギャオォォ!!」
初めて。
熊型モンスターが苦痛の声を上げた。
「なるほど。」
「硬い場所と、弱い場所があるか。」
ノエルは目を見開く。
ただ斬っているわけじゃない。
見ている。
相手の動き。
癖。
弱点。
全てを読み取っている。
熊の魔物が再び立ち上がる。
怒りの咆哮。
そして。
全力の突進。
俺は《朧》を鞘に納める。
その瞬間だった。
俺の周囲から。
ほんの少しだけ。
黒い煙が漏れた。
「……。」
ノエルが息を呑む。
「黒い煙……?」
その反応に、たるとは小さく笑った。
「久しぶりですね。」
シズクも静かに頷く。
「はい。」
「ガウさんが本気になる時だけ使う力です。」
ノエルは驚いた顔で二人を見る。
黒い煙が俺の周囲を漂う。
形を変える。
刃のように。
霧のように。
静かに広がる。
熊型モンスターが迫る。
巨大な爪。
巨大な牙。
その一撃を。
俺は避けない。
一歩。
前へ出る。
「ガウさん!?」
ノエルの声。
次の瞬間。
俺は熊型モンスターの横を通り過ぎた。
ただ。
それだけ。
何も起きない。
熊の魔物は数歩進む。
そして。
ドサッ。
巨大な音。
魔物の首が床へ落ちた。
静寂。
ノエルは目を見開いたまま動けない。
何をしたのか。
いつ斬ったのか。
見えていなかった。
俺はゆっくり振り返る。
「ふぅ。おしまい!」
その横で。
たるととシズクは、いつもの光景を見るように静かに笑っていた。
洞窟に残った黒い煙が。
ゆっくり消えていった。
27話でした!
今回はガウの本気バトル回でした。
普段は仲間を守るために戦うガウですが、今回は久しぶりに自分自身のために戦いました。
そして少しだけ登場した黒い煙。
あれはいったい何なのか……?
ガウが隠している力については、今後少しずつ明かしていく予定です。
次回は、いよいよ分断された仲間たちとの合流!




