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第26話 鉄拳の援軍

ダンジョン内。


薄暗い通路に無数の足音が響き渡っていた。


カサカサ。


ドタドタ。


カサカサカサ……。


耳障りな音が四方八方から迫ってくる。


壁。


天井。


地面。


ありとあらゆる場所を埋め尽くすように魔物の群れが押し寄せていた。


狼型。


蜥蜴型。


虫型。


様々な魔物が入り乱れ、不気味な鳴き声と足音が洞窟中へ響き続ける。


「多すぎないッスか!?」


サイオンが思わず叫んだ。


その周囲では銀色の液体金属が生き物のように宙を舞っている。


槍。


刃。


盾。


次々と姿を変えながら、襲い掛かる魔物の群れを迎え撃っていた。


「《流銀刃》!」


サイオンが右手を振る。


ヒュンッ!!


銀色の刃が一直線に飛び、先頭を走る狼型と虫型の魔物をまとめて貫いた。


ギャッ!!


ギシャァァァッ!!


数匹が悲鳴を上げて倒れる。


しかし――。


その奥からさらに新たな群れが姿を現した。


「まだ来るッスか!」


サイオンは苦笑しながら後ろへ跳ぶ。


液体金属が再び形を変え、今度は巨大な槍となって突き出された。


ズドォォン!!


数匹をまとめて吹き飛ばす。


それでも敵は減らない。


倒した数以上の魔物が暗闇の奥から次々と姿を現していた。


「きりがないな」


隣ではバレットの弓《流星》が静かに引き絞られる。


「《火炎付与フレイム・ショット》」


矢へ赤い炎が宿る。


ヒュンッ!!


放たれた矢は虫型モンスターへ突き刺さり、次の瞬間、小さな爆炎を巻き起こした。


ドォン!!


ギシャァァァッ!!


周囲の魔物ごと焼き払い、数匹がまとめて倒れる。


間髪入れず、次の矢を番える。


「《連鎖付与チェイン・ショット》」


今度は矢へ青白い雷光が宿った。


ヒュンッ!!


先頭の一匹を射抜いた瞬間、雷撃が周囲の魔物へ飛び移る。


バチバチバチッ!!


雷は連鎖し、近くにいた狼型や蜥蜴型の魔物を次々と貫いていく。


「さすがッスね!」


サイオンが感心したように声を上げる。


「喋る暇があるなら手を動かせ」


「了解ッス!」


サイオンは苦笑しながら再び銀色の刃を放った。


その少し後ろでは、白銀戦線の弓使いの女性も休むことなく矢を放ち続けている。


ヒュンッ!


ヒュンッ!


横から回り込もうとした二匹の狼型モンスターが額を射抜かれ、その場へ倒れた。


「右から来ます!」


女性が声を上げる。


「任せる!」


バレットが短く答える。


弓使いの女性はすぐに向きを変え、天井から飛び掛かってきた虫型モンスターを正確に射抜いた。


三人は互いの死角を補いながら、押し寄せる群れを少しずつ削っていく。


しかし。


バレットは一瞬だけ矢筒へ視線を向ける。


「……」


残りは半分を切っていた。


バレットのアークスキル。


魔法付与エンチャントマスター》は強力だ。


だが、それだけ魔力の消耗も大きい。


ここで使い過ぎればこの先の戦いが苦しくなる。


長期戦になれば不利。


それを理解しているからこそ、バレットは必要最低限の付与だけを選ぶ。


そして一本一本を確実に放っていた。


「バレット」


サイオンが横目で尋ねる。


「まだいけるッスか?」


「問題ない」


迷いのない返事だった。


短い間だが一緒に戦ってきたサイオンには分かる。


それは仲間を安心させるための言葉だった。


「なら――」


サイオンは深く息を吸う。


「おいらももう少し派手に行くッス!」


両手を広げる。


銀色の液体金属が一気に膨れ上がり、巨大な壁となって三人の前へ展開された。


ドォォン!!


突っ込んできた魔物が弾き返される。


その勢いのまま壁は何本もの槍へ変形し、魔物の群れへ突き刺さった。


ギャァッ!!


ギシャァァァッ!!


数匹がまとめて吹き飛ぶ。


「少しは減ったッスね!」


そう笑った、その時だった。


ズシン……。


ズシン……。


今までとは違う重い足音が響く。


三人の表情が変わる。


暗闇の奥。


魔物の群れを押し退けるように一体の大型甲虫型モンスターが姿を現した。


二メートルを超える巨体。


暗褐色に光る分厚い甲殻。


頭部から伸びる太い一本角。


六本の脚が石床を踏み締めるたび、重い音が響く。


「……」


バレットが静かに目を細める。


「厄介なのが来たな」


サイオンも苦笑した。


「これはちょっと大変そうッスね」


弓使いの女性も弓を強く握り直す。


「まだ増えるんですか……」


大型甲虫が低い咆哮を上げる。


ギギギギギッ!!


その声を合図にしたかのように周囲の魔物たちも一斉に襲い掛かってきた。


「来るぞ!」


バレットが矢を放つ。


ヒュンッ!!


眉間を射抜かれた狼型モンスターが倒れる。


同時にサイオンの液体金属が何本もの刃へ変化し、群れを切り裂いていく。


弓使いの女性も矢を連射し、横から迫る蜥蜴型モンスターを次々と射抜いた。


だが。


数が多すぎる。


大型甲虫は一直線に突進し、小型の魔物たちは左右から回り込む。


三人は少しずつ押され始めていた。


「くっ!」


サイオンが展開した銀色の盾へ、大型甲虫の角が叩き付けられる。


バギィィン!!


盾が砕け散る。


「まずいッス!」


バレットは大型甲虫へ矢を放つ。


ガキィン!!


矢は分厚い甲殻に弾かれた。


「硬い……!」


「後ろにも来ます!」


弓使いの女性が叫ぶ。


別方向から数匹の魔物が一斉に飛び掛かってくる。


前には大型甲虫。


左右にも群れ。


避けきれない。


三人がそう判断した――その瞬間だった。


ドゴォォォォォォォン!!


轟音が洞窟全体を揺らした。


壁が内側から弾け飛ぶ。


岩石が砕け散り、土煙が視界を覆う。


魔物たちの動きが止まる。


サイオンもバレットも弓使いの女性も、思わず音のした方へ視線を向けた。


土煙の向こうに三つの人影が浮かび上がる。


やがて煙が晴れ、三人のプレイヤーが姿を現した。


先頭を歩くのは大きな身体を持つ男。


岩のように鍛え上げられた肉体。


拳には《岩砕》が装着されている。


その後ろから大剣使いの青年と魔法職の女性も姿を現した。


男は周囲をゆっくりと見回し、小さく息を吐く。


「随分と派手に暴れてるな」


低く落ち着いた声が通路へ響く。


その姿を見たサイオンが目を丸くした。


「え……?」


バレットもわずかに目を細める。


「来たか」


弓使いの女性もほっとしたように息を吐いた。


「ゴウマさん……!」


ゴウマは軽く頷いた。


「戦闘音が聞こえたから近くまで来てみれば……大騒ぎだな」


周囲には無数の魔物の群れ。


通路を埋め尽くすほどの狼型、蜥蜴型、虫型モンスターが、なおも押し寄せてきていた。


だが、ゴウマの表情に焦りは一切ない。


サイオンが苦笑する。


「ちょっと数が多すぎたッス!」


「十分持ちこたえた」


ゴウマは短く答えた。


「ここからは俺たちもやる」


その瞬間だった。


ギギギギギッ!!


大型甲虫型モンスターが咆哮を上げる。


標的をゴウマへ変え、一気に突進した。


太い一本角が正面から迫る。


「危ない!」


サイオンが叫ぶ。


しかし。


ゴウマは微動だにしなかった。


静かに《岩砕》を握り締める。


「……」


重心を落とす。


大型甲虫が目前まで迫る。


あと一歩。


その距離まで引き付けると――。


「邪魔だ!」


ドンッ!!


右拳が一直線に突き出される。


《岩砕》が唸りを上げた。


次の瞬間。


ドゴォォォォォン!!


轟音が迷宮を揺らす。


大型甲虫の巨体が宙へ浮いた。


そのまま勢いよく石壁へ激突する。


ズガァァァァン!!


壁が砕ける。


岩石が崩れ落ちる。


大型甲虫は地面へ叩き付けられた。


「……一撃!?」


弓使いの女性が息を呑む。


だが。


ギギ……。


「まだだ」


バレットが静かに呟く。


大型甲虫の脚が僅かに動いた。


ゆっくりと身体を起こそうとする。


分厚い甲殻には大きな亀裂が走っていた。


ゴウマはそれを見ても表情一つ変えない。


「頑丈だな」


「だったら今度は全員で行くぞ」


大剣使いの青年がすぐに前へ出る。


「はい!」


魔法職の女性も杖を構える。


「援護します!」


弓使いの女性も矢を番え直した。


「私も行きます!」


サイオンが銀色の液体金属を再び展開する。


「反撃開始ッス!」


バレットも弓《流星》へ矢を番えた。


「囲まれる前に片付けるぞ」


大型甲虫が再び起き上がる。


同時に周囲の魔物たちも一斉に六人へ襲い掛かった。


「行くぞ!」


ゴウマの声を合図に六人が動く。


ゴウマが正面から群れへ踏み込む。


右拳。


左拳。


《岩砕》が唸るたび、魔物が次々と吹き飛ばされていく。


その横を大剣使いの青年が駆け抜ける。


「はぁぁっ!」


大剣を横薙ぎに振り抜き、ゴウマの横を抜けようとした狼型モンスターをまとめて斬り伏せた。


「皆さん、援護します!」


魔法職の女性が杖を掲げる。


淡い光が六人の身体を包み込む。


身体が軽くなる。


「助かるッス!」


サイオンが宙へ手を伸ばした。


「《流銀刃》!」


いくつもの銀色の刃が飛び交い、壁や天井を這う虫型モンスターを切り裂いていく。


「右は任せてください!」


弓使いの女性が次々と矢を放つ。


ヒュンッ!


ヒュンッ!


群れの隙間を縫うように矢が飛び、接近する魔物を正確に射抜いていった。


バレットは大型甲虫へ視線を向ける。


ゴウマの拳で亀裂が入った甲殻。


狙う場所は一つ。


「《爆破付与エクスプロージョン・ショット》」


矢に強い魔力が集まる。


ヒュンッ!!


放たれた矢が亀裂へ突き刺さった。


次の瞬間。


ドゴォォォォン!!


爆発。


大型甲虫の甲殻が大きく砕け散る。


ギギギギギッ!!


「今ッス!」


サイオンが右手を振り下ろす。


銀色の液体金属が一本の巨大な槍へ変形した。


「《流銀槍》!」


ズドォォォン!!


砕けた甲殻の内側へ槍が突き刺さる。


大型甲虫の身体が大きく跳ねた。


そして。


ズゥゥゥン……。


巨体が地面へ崩れ落ちる。


「やったッス!」


サイオンが笑う。


だが。


まだ周囲には魔物が残っている。


ゴウマはすぐに視線を切り替えた。


「気を抜くな!」


「残りも全部片付けるぞ!」


「はい!」


六人は再び動き出す。


ゴウマが正面から群れを押し返し。


大剣使いの青年がその横をすり抜ける魔物を斬り伏せる。


魔法職の女性が援護魔法を維持する。


銀色の刃が宙を駆け。


二人の弓使いが次々と矢を放つ。


先ほどまで三人を追い詰めていた魔物たちは、六人の反撃によって次々と数を減らしていった。



しばらくしてノエルは泣き止んだ。


赤くなった目。


少し乱れた呼吸。


それでも、先ほどまで張り詰めていた表情は少しだけ柔らかくなっていた。


「……すみません」


ノエルは照れくさそうに頭を下げる。


「お恥ずかしいところをお見せしました」


たるとは優しく首を横に振った。


「そんなことありません」


「たくさん頑張ってきた証拠ですから」


その言葉にノエルは少しだけ目を伏せる。


「……ありがとうございます」


俺はその様子を静かに見つめていた。


この人は一週間もの間。


たった一人でこのダンジョンを生き抜いてきた。


仲間を失い。


誰にも頼れず。


それでも盾を手放さなかった。


その強さは本物だ。


「少し休もう」


俺が口を開く。


「この先も何が待っているか分からない」


「体力を戻せる時に戻しておこう」


「はい」


ノエルは素直に頷いた。



近くの小さな広間へ移動し、四人は束の間の休息を取ることにした。


たるとは収納から水筒と軽食を取り出し、順番に配っていく。


「はい、どうぞ!」


「ありがとうございます」


ノエルは受け取った温かいお茶を両手で包み込む。


湯気が立ち上る。


一口飲むと、強張っていた身体から少しずつ力が抜けていった。


「……温かい」


思わず漏れた一言にたるとは嬉しそうに微笑む。


「疲れている時は温かいものを飲むと少し落ち着きますよ」


「はい……」


そのやり取りを横目に、シズクは入口付近へ結界を展開していた。


「周囲に魔物の反応はありません」


「ですが、長居は禁物ですね」


「ありがとう、シズク」


俺は周囲を見回しながら頷く。


すると、ノエルがぽつりと呟いた。


「……皆さん、本当に仲がいいんですね」


「ん?」


「見ていて分かります」


ノエルは少し照れたように笑う。


「誰が何をするのか言葉にしなくても自然に動けます」


俺は少しだけ考えてから答えた。


「長い付き合いだからね」


「失敗もたくさんしてきたから、その分お互いを信じられるようになったんだと思うよ」


たるとも笑顔で頷く。


「私たちは家族みたいな感じなんです!」


その言葉を聞いたノエルはどこか懐かしそうに目を細めた。


「……私たちも同じでした」


「私が前で守って」


「仲間が後ろから攻撃する」


「誰一人欠けることなく帰る」


「それが当たり前だと思っていました」


その笑顔はすぐに寂しげなものへ変わる。


「でも……」


言葉はそこで止まった。


たるとは何も聞かなかった。


ただ、ノエルの隣へ静かに座る。


ノエルもその気遣いに気付き、小さく笑う。


「ありがとうございます」


休憩を終えた四人は立ち上がる。


ノエルは大盾を背負い直した。


「行きましょう」


力強い声だった。


俺は笑みを浮かべる。


「うん」


シズクも静かに頷く。


「油断せず行きましょう」


たるとも元気よく拳を握った。


「頑張りましょう!」


四人は再び迷宮の奥へと歩き始めた。


先頭は俺。


その隣をノエルが歩く。


後方ではたるととシズクが周囲を警戒していた。


洞窟は先へ進むほど静まり返っていく。


先ほどまで聞こえていた魔物の気配もない。


足音だけが通路へ反響する。


「……静かですね」


ノエルが小さく呟く。


「ああ」


俺は短く答えた。


「静かすぎる」


シズクも周囲へ視線を巡らせる。


「魔力の流れも先ほどまでとは違います」


「この先に何かあります」


その言葉に全員が表情を引き締めた。


しばらく進むと、通路の先に巨大な扉が姿を現す。


高さは五メートル近く。


黒い石で造られた重厚な両開きの扉だった。


無数の紋様が刻まれ、その隙間から禍々しい魔力がゆっくりと漏れ出している。


「これは……」


ノエルが思わず息を呑む。


俺は扉の前で足を止めた。


その瞬間だった。


ズン……。


胸の奥まで響くような重い気配が扉の向こうから伝わってくる。


思わず《朧》へ手を掛ける。


間違いない。


この気配は今までの魔物とは比べ物にならない。


「ボスだね」


俺が静かに呟く。


シズクも《白晶》を握り直した。


「かなり強力な気配を感じます」


「これまでとは別格です」


ノエルは深く息を吸い、大盾を構える。


「前は私が受け止めます」


その瞳に迷いはなかった。


たるとも両手を胸の前で握りしめる。


「頑張りましょう!」


俺は仲間たちを見渡し、小さく頷く。


「行こう」


ゆっくりと黒い扉へ手を掛ける。


重い音を立てながら扉が少しずつ開き始めた――。

ここまで読んでいただきありがとうございました!


次回はいよいよダンジョンボス戦!

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