第20話 広がる縁
モルフォが《王虎の牙》の集落へ来てから三日。
集落から少し離れた岩場では朝から木槌の音が響いていた。
コンコン。
カンッ。
コンコン。
大工仕事を得意とする住民たちが最後の仕上げを行っている。
入口の扉が取り付けられ。
窓枠がはめ込まれ。
最後の木材が運び込まれる。
そして。
「完成です!」
大工の一人が満面の笑みを浮かべた。
その言葉を聞き、モルフォがゆっくりと研究所を見上げる。
「おぉ……」
感嘆の声が漏れた。
岩壁にある天然の空洞を利用した研究施設。
頑丈な木製の扉。
広々とした室内。
研究机。
本棚。
素材を保管するための棚。
さらに奥には、虫たちを安全に管理するための飼育スペースも用意されている。
「こんな立派な研究所を……」
モルフォは何度も周囲を見回す。
目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「本当にありがとうございます」
「まさか、私のためにここまでしていただけるなんて……」
何度も頭を下げるモルフォにゴウマが豪快に笑った。
「礼を言うのはまだ早い」
「ここからが本番だ」
「はい!」
モルフォは力強く頷いた。
その時。
「最後に、私からも」
静かな声。
シズクが研究所の入口へ歩み出る。
その隣では、セリアが嬉しそうに手を叩いた。
「シズクの結界があれば安心だね~」
シズクは小さな杖《白晶》を掲げた。
静かに目を閉じる。
次の瞬間。
淡い青白い魔力が《白晶》から溢れ始めた。
光は地面へ流れ。
入口。
壁。
天井。
そして岩壁へ。
研究所全体を包むように広がっていく。
一瞬だけ。
透明な膜のような光が研究所を覆った。
やがて。
その光は空気へ溶け込むように消えていく。
「……すごい」
モルフォが目を見開く。
「研究所全体に結界を張っておきました」
シズクが《白晶》を下ろす。
「私たちプレイヤーの出入りには反応しません」
「ですが、虫や魔物は許可なく外へ出ることも、中へ入ることもできません」
「万が一、飼育している虫が逃げようとしても結界が止めます」
「外から魔物が入り込むこともありません」
「もしもの時にも被害を抑えられるはずです」
「ありがとうございます!」
モルフォは深々と頭を下げた。
「これなら安心して研究できます!」
「でも」
シズクが真っ直ぐモルフォを見る。
「結界があるから大丈夫、とは思わないでくださいね」
「はい」
モルフォの表情が引き締まる。
「自分でもしっかり管理します」
シズクは小さく頷いた。
「それなら大丈夫です」
「これで完成だね~」
セリアも満足そうに笑う。
「研究所か~」
興味津々といった様子で室内を覗き込む。
ゴウマが腕を組んだ。
「モルフォ」
「前に決めたことは覚えてるな?」
「もちろんです」
モルフォは迷わず答えた。
「虫たちは責任を持って管理します」
「危険な研究を一人で進めません」
「少しでも問題が起きそうなら必ず皆さんに相談します」
「研究の内容や結果もきちんと報告します」
ゴウマが大きく頷いた。
「よし」
「それを忘れなきゃいい」
「はい!」
その時。
「じゃあ、私からも一ついいかな~?」
セリアが元気よく手を挙げた。
「は、はい!」
モルフォが姿勢を正す。
セリアはにこりと笑った。
「研究で面白いことが分かったら私にも教えてほしいな~」
「私も魔法の研究をしてるからすっごく興味あるの~」
「虫の生態とか」
「アークスキルとの関係とか」
「調べたら色々分かりそうだよね~」
その瞬間。
モルフォの表情がぱっと明るくなった。
「もちろんです!」
「ぜひ一緒に研究してください!」
「やった~!」
セリアが嬉しそうに小さくガッツポーズをする。
「楽しみが増えた~」
二人の様子を見ながら。
俺も一歩前へ出た。
「じゃあ最後に、私からも」
モルフォがこちらを見る。
「私に虫を近付けないこと」
「絶対」
間髪入れずに言い切った。
沈黙。
そして。
「……やっぱりそれが一番なんですね」
モルフォが苦笑する。
「一番」
俺は真顔で頷いた。
バレットが横で吹き出した。
「まだ言うのかよ」
「大事だからね!」
「分かってます」
モルフォも笑う。
「ガウさんには絶対に近付けません」
「約束です」
「なら安心」
俺は満足して頷いた。
これで。
モルフォの研究所は完成したのだった。
◇
その日の午後。
集落へ戻ると一人の住民が慌てた様子でこちらへ駆け寄ってきた。
「ガウさん!」
「お客様がいらっしゃっています!」
「お客さん?」
思わず首を傾げる。
「はい!」
「入口でお待ちです!」
俺たちは顔を見合わせ。
そのまま集落の入口へ向かった。
そして。
門の前まで来たところで。
「あ」
見覚えのある集団が立っていた。
青い髪の青年。
アイス。
その隣には銀髪のサイオン。
さらに後ろには、《白銀戦線》の仲間たちが並んでいる。
「アイス」
俺が声を掛ける。
アイスはこちらへ気付き、静かに一礼した。
「ガウ」
「約束通り、挨拶に来た」
初めて会った時よりも。
その表情はずっと柔らかかった。
「来てくれてありがとう」
俺も自然と笑う。
その横ではサイオンがすでに落ち着きをなくしていた。
「おぉ~!」
「本当にいい場所ッスね!」
「畑もあるッス!」
「家もいっぱいあるッス!」
興味津々といった様子で集落を見回している。
サイオンは少しだけ空中へ浮かんでいた。
当然。
そんなものを子どもたちが見逃すはずもない。
「ねぇねぇ!」
「空飛んでるのすごーい!」
「どうやってるの!?」
子どもたちが一斉に集まってくる。
「これッスか?」
サイオンが得意げに胸を張った。
「見てるッス!」
ふわり。
さらに高度を上げる。
そのまま空中で一回転。
「わぁー!」
歓声が上がった。
「すごーい!」
「もう一回!」
「お安い御用ッス!」
「人気者だな」
バレットが苦笑する。
「子どもにはサービスするッスよ!」
サイオンも満更でもなさそうだった。
その時。
「いらっしゃーい!」
元気な声。
たるとが小走りでこちらへやって来た。
そのまま両手を広げる。
「ようこそ、《王虎の牙》へ!」
「歓迎します!」
アイスが軽く頭を下げる。
「突然訪ねたのにすまない」
「そんなの気にしないでください!」
たるとはにっこり笑う。
「お客さんが来てくれるのは大歓迎です!」
「皆さんも歩いて疲れたでしょうし」
「まずは集会所へ行きましょう!」
「お茶も用意します!」
《白銀戦線》のメンバーが顔を見合わせる。
槍使いの青年が小さく笑った。
「ここまで歓迎されるとは思わなかったな」
アイスはそんな仲間たちを見たあと。
ゆっくりと集落へ視線を巡らせた。
畑で働く住民たち。
元気よく遊ぶ子どもたち。
水路の近くで話している人たち。
誰もが自然に笑っている。
「……なるほど」
アイスが小さく呟いた。
俺は首を傾げる。
「?」
「君が、あの時」
アイスが俺を見る。
「『帰る場所を守るため』と言った理由が分かった」
俺は少しだけ目を丸くした。
そして。
小さく笑う。
「実際に見ると分かるでしょ?」
「ああ」
アイスも静かに頷いた。
「よく分かった」
「みなさーん!」
少し先からたるとが手を振る。
「置いていきますよー!」
「今行く」
アイスが歩き出す。
俺たちもその後へ続いた。
◇
集会所。
長机を囲むように《王虎の牙》と《白銀戦線》のメンバーが席に着いている。
しばらくすると、シズクが湯気の立つお茶を運んできた。
「どうぞ」
「ありがとう」
アイスが小さく頭を下げる。
一口。
口を付ける。
「……美味しい」
その表情が少しだけ和らいだ。
「そうでしょう!」
たるとが嬉しそうに胸を張る。
「集落で育てた薬草を使ってるんです!」
「疲れも取れるんですよ!」
《白銀戦線》の仲間たちも、それぞれ湯飲みを手に取る。
最初は少し固かった空気も少しずつ柔らかくなっていった。
やがて。
アイスが湯飲みを置く。
「改めて」
全員へ視線を向ける。
「先日の件では助かった」
「《白銀戦線》を代表して礼を言う」
ゴウマが頷く。
「困った時はお互い様だ」
「あの虫を放っておくわけにもいかなかったしな」
「そう言ってもらえると助かる」
アイスが小さく笑う。
だが。
すぐに表情を引き締めた。
「今日は礼だけを言いに来たわけじゃない」
その一言で全員の視線がアイスへ向く。
「実は、報告がある」
「僕たちの拠点近くで新しいダンジョンが発見された」
「ダンジョン?」
ハヤテが興味深そうに身を乗り出した。
「ああ」
アイスが頷く。
「見つかったばかりでほとんど情報がない」
「内部には魔物がいることだけは確認できているが」
「どれほどの規模なのか」
「どんな仕掛けがあるのか」
「ボスがいるのか」
「僕たちにもまだ分からない」
サイオンも頷く。
「入口付近までは調べたッスけど」
「情報が少なすぎるッス」
「いきなり全員で突っ込むのは危ないッスね」
「そういうことだ」
アイスは真っ直ぐ、たるとたちを見る。
「そこでお願いがある」
「《王虎の牙》にも力を貸してほしい」
「僕たちと一緒にそのダンジョンを調べてもらえないだろうか」
一瞬。
部屋が静かになる。
たるとはすぐに返事をせず。
まず仲間たちを見回した。
「みんなはどうですか?」
「俺はいいぜ」
ハヤテがすぐに笑う。
「新しいダンジョンなんて面白そうじゃん」
「慎重に調べるなら俺も異論はない」
ゴウマも頷く。
リンファも柔らかく微笑んだ。
「困ってるなら力を貸してあげたいわね」
「私も賛成です」
シズクが静かに頷く。
「二つのギルドで動けるなら安全面でも利点があります」
「私も行きたい~」
セリアも手を挙げた。
「新しい魔物とか素材とかありそうだよね~」
たるとはみんなの顔を確認すると。
満面の笑みを浮かべた。
「決まりですね!」
アイスを見る。
「もちろんです!」
「一緒に行きましょう!」
アイスが小さく頷いた。
「ありがとう」
そして。
少しだけ間を置く。
「それと」
「もう一つ、話しておきたいことがある」
たるとが首を傾げる。
「なんですか?」
「ここへ来る前に」
アイスは隣に座る仲間たちを見る。
「《白銀戦線》のみんなとも話した」
仲間たちも静かに頷く。
「僕たちは」
アイスが再び《王虎の牙》へ視線を戻した。
「今回のダンジョンだけじゃなく」
「これから先も、必要な時には互いに力を貸せる関係でいたいと思っている」
「もし君たちさえよければ」
一拍。
「《白銀戦線》と《王虎の牙》で、これからも協力していきたい」
静かな言葉だった。
正式な契約でも。
大げさな約束でもない。
ただ。
困った時は助け合う。
それだけだった。
たるとは仲間たちを見る。
誰も反対する様子はない。
むしろ。
ハヤテは楽しそうに笑っている。
ゴウマも静かに頷いていた。
リンファ。
シズク。
セリア。
みんな同じだった。
たるとは嬉しそうに笑う。
「もちろんです!」
「困った時はお互い様ですから!」
「これからもよろしくお願いします!」
アイスの表情がわずかに和らいだ。
「ああ」
「こちらこそ、よろしく頼む」
サイオンも勢いよく手を挙げる。
「これでいつでも遊びに来られるッスね!」
「そこが目的じゃないだろ」
アイスが即座に返す。
「半分くらいはそうッス!」
「半分もあるのか……」
部屋に小さな笑いが広がった。
こうして。
《王虎の牙》と《白銀戦線》。
何かあった時には互いに力を貸し合うことになった。
その時だった。
「おーい!」
集会所の外から豪快な声が響いた。
「嬢ちゃん!」
「飯食いに来たぞ!」
全員が一斉に入口を見る。
聞き覚えのある声に俺は思わず苦笑した。
「この声……」
次の瞬間。
バンッ!
扉が勢いよく開いた。
「はっはっはっ!」
姿を現したのは大きな熊獣人。
ガンテツ。
その後ろには、彼が率いるギルド《鉄球戦団》の仲間たちも一緒だった。
「ガンテツさん!」
たるとの表情がぱっと明るくなる。
「近くまで来たから寄ってみた!」
ガンテツが豪快に笑う。
シズクが少し呆れたように見る。
「ご飯が目的ではないんですか?」
「…………」
一瞬。
ガンテツが黙った。
「……半分はそうだ!」
「半分なんですね」
部屋に笑いが広がる。
だが。
その直後。
ガンテツの視線が一箇所で止まった。
「……お?」
アイスも目を見開いている。
「ガンテツ」
一瞬の沈黙。
そして。
「久しぶりだな!」
ガンテツが豪快に笑った。
アイスも珍しく口元を緩める。
「ああ」
「元気そうで何よりだ」
「そっちもな!」
二人のやり取りに俺たちは揃って首を傾げた。
「知り合いなの?」
俺が尋ねる。
ガンテツが頭を掻く。
「ああ」
「昔、攻略組で一緒に戦ったことがあってな!」
「そういうことだ」
アイスも頷いた。
「まさか、ここで再会するとは思わなかった」
「世界って意外と狭いッスね!」
サイオンが楽しそうに笑う。
「違いない!」
ガンテツも豪快に笑った。
ガンテツが集会所の外へ視線を向ける。
開いた扉の向こう。
畑で働く住民。
走り回る子どもたち。
水路の近くで話している人たち。
いつも通りの光景。
ガンテツが満足そうに頷いた。
「やっぱり、ここはいい場所だな」
アイスも静かに外を見る。
「……ああ」
その言葉にたるとが少し照れくさそうに笑った。
「はい!」
「みんなが安心して暮らせる場所にしたいんです!」
アイスは静かに頷く。
「いい目標だ」
「俺もそう思うぞ!」
ガンテツが豪快に笑う。
「嬢ちゃんならやれる!」
「ありがとうございます!」
たるとが嬉しそうに笑った。
その時。
「それじゃあ!」
サイオンが勢いよく手を挙げる。
「今度は泊まりに来てもいいッスか!?」
「もちろんです!」
たるとは即答した。
「ご飯もいっぱい作ります!」
「やったッス!」
サイオンが満面の笑みを浮かべる。
「今から楽しみッス!」
アイスが小さく息を吐く。
だが。
その口元は笑っていた。
「……本当に賑やかなギルドだ」
「毎日こんな感じだよ」
俺が肩をすくめる。
「退屈する暇はないけどね」
「悪くないな」
アイスが静かに呟いた。
その時。
パンッ!
たるとが手を叩く。
「せっかくみんな集まったんですから!」
満面の笑み。
「今日は一緒にご飯を食べましょう!」
「賛成ッス!」
「おう!」
「異議なし」
「腹減ったな!」
一気に賑やかになる。
《王虎の牙》。
《白銀戦線》。
そして。
《鉄球戦団》。
三つのギルドが同じ場所で。
同じ食卓を囲む。
少し前までこんな光景は想像もしていなかった。
笑い声の絶えない食卓を眺めながら。
俺は小さく笑った。
こういうのも悪くない。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
次回は白銀戦線と共に新たに発見されたダンジョンへ!
二つのギルドがどんな連携を見せるのかお楽しみに!




