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第19話 新しい居場所

俺たちは洞窟の出口へ向かって歩いていた。


洞窟の中には足音と水滴の落ちる音だけが静かに響いていた。


ぽたっ。


ぽたっ。


やがて。


前方に眩しい光が見えてくる。


一歩。


また一歩。


そして。


洞窟の外へ出た瞬間。


暖かな陽射しと心地よい風が全身を包んだ。


薄暗い洞窟とは違い、草原には穏やかな時間が流れている。


先ほどまで戦いがあったとは思えないほど静かだった。


アイスは草原を一度見渡すと、小さく息を吐いた。


「……ひとまず、これで一件落着だな」


その言葉をきっかけに、全員の表情からようやく緊張が抜けていく。


俺はアイスへ視線を向けた。


「モルフォを集落へ連れて帰るよ」


アイスは静かに頷く。


「わかった」


「モルフォのこと、よろしく頼む」


「任せて」


俺も頷き返した。


その横ではサイオンが空中でくるりと一回転する。


「今度は遊びに行くッス!」


そして、バレットへ顔を向けた。


「その時は決着を付けるッスよ!」


「望むところだ」


バレットが小さく笑う。


「次は負けない」


「おいらもッス!」


二人は笑い合い。


軽く拳を合わせた。


決闘で始まった関係。


今では次の勝負を約束する相手になっていた。


アイスが改めて俺へ向き直った。


「ガウ」


「近いうちに正式な挨拶へ伺う」


「次はギルド《白銀戦線》として、《王虎の牙》を訪問させてもらう」


俺は自然と笑みを浮かべた。


「みんなで待ってるよ」


「その時はギルマスも紹介するね」


「楽しみにしている」


アイスの表情もわずかに和らぐ。


「今度は敵ではなく、隣人として会おう」


「もちろん」


短い会話だった。


それだけで十分だった。


「では、また」


アイスが静かに踵を返す。


「またッスー!」


サイオンが大きく手を振る。


《白銀戦線》の仲間たちも続く。


やがて、その姿は草原の向こうへ消えていった。


俺たちはしばらくその背中を見送る。


「行こうか」


俺が言うと、バレットが頷いた。


「ああ」


モルフォも小さく頭を下げる。


「よろしくお願いします」


こうして。


俺たちも《王虎の牙》の集落へ向かって歩き始めた。



森の中を歩く。


枝葉の隙間から木漏れ日が差し込み、鳥のさえずりが静かに響いていた。


「……緊張します」


モルフォがぽつりと呟いた。


声には不安が滲んでいる。


「大丈夫だ」


バレットが軽く肩を叩く。


「たるとはいきなり人を追い返すような奴じゃない」


「そうそう」


俺も笑った。


「まずは『ようこそ』って言ってくれる人だから」


「事情はちゃんと話さないといけないけどね」


「……そうだといいんですけど」


モルフォは苦笑する。


「正直、まだ信じられないんです」


「こんなことをした私を受け入れてもらえるなんて……」


「まだ受け入れてもらえるって決まったわけじゃないよ」


「えっ」


モルフォが不安そうに俺を見る。


俺は笑った。


「でも、ちゃんと話は聞いてくれる」


「そこは心配しなくていいよ」


「……はい」


モルフォは小さく頷いた。


その表情からほんの少しだけ力が抜けた。


やがて。


森を抜ける。


視界が一気に開ける。


青々と広がる畑。


澄んだ水が流れる水路。


木造の家々。


夕食の準備をしているのか、いくつもの煙が空へ昇っている。


そして。


俺たちが帰る、小さな集落。


思わず笑みがこぼれた。


「ただいまー!」


俺が声を上げる。


すると。


集落のあちこちから顔が上がった。


「あっ! ガウさんだ!」


「おかえりなさい!」


畑仕事をしていた住民たちが笑顔で手を振る。


子どもたちも嬉しそうに駆け寄ってきた。


「ガウお姉ちゃん、おかえりー!」


「今日は何か獲れた?」


「今日は色々あったよ」


「なにそれー!」


「あとでね」


子どもたちの頭を撫でる。


その賑やかな光景を見て。


モルフォが足を止めていた。


「……すごい」


小さな声。


目の前に広がる集落をじっと見つめている。


住民たちが笑い合い。


子どもたちが走り回る。


誰かが水路の近くで洗濯をし。


畑から戻ってきた人がその日の収穫を抱えて歩いている。


モルフォが小さく息を呑んだ。


「ここが……《王虎の牙》」


「うん」


俺は頷いた。


「私たちの帰る場所」


モルフォは何も言わなかった。


ただ。


少しだけ笑った。


その時。


「ガウー!」


聞き慣れた元気な声。


振り向く。


たるとが勢いよくこちらへ駆けてきた。


「おかえりなさい!」


「ただいま」


その後ろから。


ハヤテ。


ゴウマ。


リンファ。


シズク。


セリア。


みんなも歩いてくる。


「無事だったか」


ゴウマが安心したように笑う。


「色々あったけどね」


俺も苦笑した。


ハヤテがモルフォへ視線を向ける。


「その人は?」


「うん」


俺は頷く。


「ちょっと長くなるから」


「みんな、集会所で話そう」



集会所。


《王虎の牙》のメンバーが席に着いている。


モルフォだけはどこか落ち着かない様子で立ったままだった。


俺は今日起きた出来事を順番に話していく。


《白銀戦線》との出会い。


決闘。


巨大な虫との共闘。


洞窟で出会ったモルフォ。


そして。


アークスキル《百虫のインセクト・ロード》。


巨大な虫が生まれた経緯も。


隠さずに話した。


誰も口を挟まない。


最後まで静かに聞いていた。


話し終えると部屋に静かな空気が流れた。


モルフォが一歩前へ出る。


そして。


深々と頭を下げた。


「皆さん、本当に申し訳ありませんでした」


「ガウさんとバレットさんを巻き込み」


「それだけでなく、多くの人を危険な目に遭わせてしまうところでした」


「全部、私の未熟さが招いたことです」


震える声。


「言い訳するつもりはありません」


「本当に――」


「ストップです!」


「えっ?」


たるとの元気な声が響いた。


モルフォが驚いて顔を上げる。


たるとは席を立つと。


そのままモルフォの前まで歩いていった。


「謝る前に、一つだけいいですか?」


「は、はい……」


たるとはにこっと笑う。


「まだ、あなたからお名前を聞いてません!」


「……え?」


「ガウから聞くのと、本人から聞くのは別です!」


胸を張る。


「これから一緒にお話しするんですから、まずは自己紹介ですよ!」


一瞬。


モルフォが呆然とする。


それから。


小さく頭を下げた。


「……モルフォです」


「虫の研究をしています」


「モルフォさんですね!」


たるとは満面の笑みを浮かべた。


「はい!」


「改めて――」


両手を広げる。


「集落へようこそ!」


モルフォが目を見開いた。


「……ようこそ?」


「はい!」


たるとは元気よく頷く。


だが。


その表情が少しだけ真剣なものへ変わった。


「もちろん」


「起きたことをなかったことにはできません」


モルフォの肩が小さく揺れる。


「……はい」


「危ない虫が外へ出てしまったことも」


「誰かが怪我をしていたかもしれないことも」


「ちゃんと考えないといけないと思います」


「はい……」


モルフォは俯いた。


けれど。


たるとは笑った。


「だからこそです!」


「え?」


「もう同じことが起きないように、これからどうするかを考えましょう!」


モルフォが顔を上げる。


「一人で全部やろうとして失敗したなら……」


「今度は一人でやらなければいいんです!」


その言葉に俺は思わず笑った。


やっぱり。


たるとはたるとだった。


「研究を続けたいんですよね?」


「……はい」


「だったら、安全に研究できる方法をみんなで考えましょう!」


「それに」


たるとはモルフォを真っ直ぐ見る。


「ちゃんと反省して、もう一度頑張ろうとしてる人を私は追い出したくありません」


「だから」


笑う。


「まずは、ここにいてください!」


モルフォの瞳が揺れた。


「……いいんですか?」


「もちろんです!」


「ただし!」


たるとが人差し指を立てる。


「危ない研究は一人でしないこと!」


「何かあったらすぐに相談すること!」


「虫さんたちもしっかり管理すること!」


「はい!」


モルフォが勢いよく頷く。


その横から俺も人差し指を立てた。


「あと、私に虫を近付けないこと」


「ガウ、それは今じゃなくてもいいだろ」


ハヤテが呆れたように言う。


「今だから大事なの!」


「そこだけは譲らないんだな……」


「譲らない」


サイオンがいたら絶対笑ってる。


モルフォも少しだけ笑った。


「はい」


「それも必ず守ります」


「絶対ね」


「絶対です」


たるとが満足そうに頷く。


「じゃあ決まりですね!」


「明日、安全に研究できる場所を探しましょう!」


ゴウマが腕を組む。


「分かった。 俺も一緒に探そう」


「よろしくお願いします!」


たるとが頷いた。


その瞬間。


モルフォの目から一筋の涙が零れ落ちた。


「……ありがとうございます」


何度も。


何度も。


頭を下げる。


「本当に……ありがとうございます……!」


誰も止めなかった。


ただ。


みんなが笑っていた。



翌朝。


集落は朝から活気に満ちていた。


住民たちは畑へ向かい。


子どもたちは元気よく走り回っている。


そして。


昨日決めた通り。


俺たちはモルフォが安全に研究できる場所を探すことになった。


集まったのは。


俺。


ゴウマ。


バレット。


そしてモルフォ。


ゴウマが簡単な地図を広げる。


「研究場所は集落から少し離した方がいいだろ」


「何かあっても、すぐ住民を巻き込まない場所が理想だ」


「はい」


モルフォも真剣な表情で頷く。


「私もその方が安心です」


「今度は一人で判断せず、何かあれば必ず相談します」


「それでいい」


ゴウマが大きく頷いた。


「よし!」


「行くか!」



集落から歩くこと三十分ほど。


森を抜けると辺りは岩場の多い地形へ変わっていく。


住民が立ち寄ることもほとんどない。


バレットが周囲を見渡す。


「静かだな」


「ああ」


俺も頷く。


「人もあまり来ないしね」


「でも、雨風を防げる場所も欲しいかな」


その時だった。


「あっ!」


先頭を歩いていたモルフォが足を止めた。


「皆さん!」


「こっちです!」


俺たちは急いで駆け寄る。


岩壁の一角。


そこに。


大きな天然の空洞が広がっていた。


入口は広い。


高さも十分。


奥行きもある。


中へ入ると外より少しひんやりしていた。


モルフォの目が一気に輝く。


「すごい……!」


奥へ駆けていく。


「ここなら温度も安定しています!」


壁へ手を当てる。


「湿度も虫の飼育にちょうどいい……」


俺はそっと入口の方へ一歩下がった。


「研究設備も十分置けます!」


「標本棚も作れそうですし!」


「奥は飼育スペースにもできます!」


さらに一歩。


「……ガウ」


バレットが苦笑する。


「安心しろ」


「まだ虫はいない」


「今はね!」


思わず本音が漏れた。


ゴウマが豪快に笑う。


「はっはっはっ!」


「研究者ってのは好きなことになると止まらないもんだな!」


「……あっ」


モルフォが我に返る。


「す、すみません!」


「つい夢中になってしまいました」


「いや」


ゴウマは笑いながら腕を組んだ。


「そのくらい熱中できる方がいい」


周囲を見渡す。


「集落からも遠すぎず、何かあればすぐ呼びに来られる」


「入口も一つだから管理もしやすい」


そして。


大きく頷いた。


「場所はここで良さそうだな」


「ありがとうございます!」


モルフォは嬉しそうに頭を下げた。



その日の午後。


集落から大工仕事が得意な住民たちにも声を掛け、研究所づくりが始まった。


「柱を運ぶぞ!」


「了解!」


「木材はこっちだ!」


掛け声が飛び交う。


ゴウマは柱を組み上げ、建物全体の位置を調整する。


バレットは木材を切り揃え。


扉や棚に使う材料を加工していた。


俺は資材を運びながら、周囲の安全確認をする。


住民たちも慣れた手つきで作業を進めていた。


その中心。


モルフォは何度も辺りを見回している。


「ここに机を置いて……」


「薬品棚はあっちですね」


「標本棚は壁際がいいかな……」


「虫たちの飼育箱は奥にまとめて……」


まだ完成もしていないのに。


頭の中ではもう研究所が出来上がっているらしい。


「楽しそうだね」


俺が声を掛ける。


モルフォが振り向いた。


少し照れくさそうに笑う。


「はい」


「こんな場所を用意してもらえるなんて思っていませんでした」


建設途中の研究所へ視線を戻す。


「昨日までは」


「一人で洞窟に閉じこもるしかないと思っていたんです」


一拍。


「でも」


モルフォは、木材を運んでいる住民たちを見る。


ゴウマ。


バレット。


そして俺。


「誰かと一緒に作る研究所なんて」


小さく笑った。


「夢みたいです」


「よかったな」


バレットも静かに笑う。


「今度こそ失敗するなよ」


「はい!」


モルフォが力強く頷いた。


「今度は何かあったら必ず皆さんに相談します!」


そして。


建設中の研究所を見上げる。


「《百虫のインセクト・ロード》も」


「ちゃんと皆さんの役に立てられる力にしたいです」


その声には迷いはなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございました!


モルフォとこれから王虎の牙の仲間たちとどんな日々を過ごしていくのか、ぜひ楽しみにしていただけたら嬉しいです!


そして次回は白銀戦線との"ご近所付き合い"も少しずつ始まっていきます。


ぜひ次回もお楽しみください!

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