第18話 百虫の王
「本当に申し訳ありませんでした。」
モルフォは深々と頭を下げた。
さっきまで響いていた笑い声は消え、洞窟には重たい空気が流れていた。
「全部、僕の責任です。」
その言葉に、その場の空気が張り詰める。
白銀戦線のメンバーは自然と武器へ手を添えた。
モルフォは小さく息を吸う。
「僕は昔から虫が好きなんです。」
「現実世界にいた頃から、休みの日は山へ行って虫を観察したり、図鑑を読んだりしていました。」
「この世界へ来てからも、それは変わりませんでした。」
「ファンタズマ・ゲイトには現実には存在しない虫型モンスターがたくさんいます。」
「毎日観察して。」
「記録を付けて。」
「生態を調べて。」
「気付けば、虫のことばかり考えていました。」
「筋金入りだな。」
バレットが苦笑する。
モルフォは少し照れくさそうに笑った。
「その結果、一つのレアスキルを習得しました。」
「虫との意思疎通や、生態を把握することに特化したレアスキルです。」
「でも、それで満足はできませんでした。」
「もっと虫を知りたい。」
「もっと能力を極めたい。」
「そう思って研究を続けた結果……。」
モルフォは自分の両手を見つめる。
「レアスキルは極限まで昇華すると、アークスキルへ進化します。」
その一言で、その場の空気が変わった。
「僕が手に入れたのは――」
少しだけ間を置く。
「《百虫の王》です。」
サイオンが思わず声を漏らす。
「アークスキルッスか……。」
白銀戦線のメンバーも驚きを隠せない。
アークスキル。
世界でも限られた者しか持たない固有能力。
その希少性は、この場にいる全員が知っていた。
もっとも、この場で驚いているアイスとサイオンもまた、その力を宿す一人である。
アイスが持つ《氷界支配》。
サイオンが持つ《流銀念動》。
どちらも世界でも数少ないアークスキルであり、二人が攻略組最前線で名を馳せる理由の一つでもあった。
だからこそ、モルフォがアークスキル保持者だと知り、その驚きは決して小さくなかった。
「《百虫の王》は、虫を使役し、操り、進化させる能力です。」
「ですが。」
モルフォは苦しそうに俯く。
「手に入れたばかりで、能力をまったく制御できませんでした。スキルを試したくても街の近くで試すわけにはいきません。」
「だから、人が来ないこのマップ最果ての洞窟へやって来たんです。」
「ここなら誰にも迷惑を掛けず、能力の研究ができると思いました。」
その声は少し震えていた。
アイスは腕を組み、静かに問い掛ける。
「なら。」
「外にいた巨大な虫型モンスターは、どうして生まれた?」
その問いに。
モルフォは目を閉じ、小さく拳を握り締めた。
モルフォはしばらく俯いたまま動かなかった。
洞窟には水滴の音だけが響く。
やがて、小さく口を開いた。
「……僕は。」
「《百虫の王》を手に入れてから、虫同士を融合させる研究を始めました。」
「融合?」
バレットが眉をひそめる。
モルフォは頷く。
「はい。」
「このアークスキルは、虫を操るだけではありません。」
「複数の虫を融合させ、新しい個体を生み出すこともできます。」
「もちろん、最初から上手くいったわけではありません。」
「失敗ばかりでした。」
「融合してもすぐに崩れたり。」
「暴れ出したり。」
「思った能力にならなかったり。」
「それでも研究を続けました。」
「能力を理解したかったんです。」
「《百虫の王》を使いこなせるようになりたかった。」
「そして……。」
握り締めた拳が震える。
「ある日、一匹だけ成功してしまったんです。」
洞窟が静まり返る。
「成功?」
アイスが静かに尋ねる。
「はい。」
「普通の虫では考えられないほど巨大で。」
「知能も高く。」
「魔物として成立してしまうほどの個体が生まれました。」
「……あいつか。」
俺は外で戦った巨大な虫を思い出す。
モルフォはゆっくり頷いた。
「最初は制御できていました。」
「命令にも従ってくれました。」
「だから大丈夫だと思ってしまったんです。」
苦しそうに目を閉じる。
「でも。」
「突然、制御が切れました。」
「え?」
サイオンが思わず声を漏らす。
「僕の命令を無視して暴れ始めたんです。」
「止めようとしました。何度も命令しました。」
「でも、言うことを聞いてくれませんでした。」
モルフォは唇を噛み締める。
「そのまま洞窟の外へ逃げ出してしまい、追い掛けました。」
「でも……。」
首を横へ振る。
「逃げられてしまいました。」
「それが、外にいた巨大な虫です。」
誰も口を開かない。
あの巨大な虫。
あれは偶然生まれた魔物ではなかった。
モルフォの研究が生み出した存在だった。
「本当に申し訳ありません。」
モルフォは再び深く頭を下げる。
「もし皆さんが倒してくれなければ、もっと多くの人が危険な目に遭っていたかもしれません。」
「全部、僕の責任です。」
「どんな処分でも受けます。」
震える声で続ける。
その言葉に嘘はなかった。
洞窟には、再び静かな空気が流れていた。
誰もすぐには言葉を返さなかった。
モルフォは頭を下げたまま動かない。
「……。」
やがて。
アイスが静かに口を開いた。
「君に悪意がなかったことは分かった。」
「だが。」
「結果として巨大な虫が生まれ、多くのプレイヤーが危険に晒されたのも事実だ。」
「……はい。」
モルフォは力なく頷く。
「反論できません。」
「だから。」
モルフォはゆっくり顔を上げた。
その目には覚悟が宿っていた。
「もし許されるなら。」
「ここでもう一度、《百虫の王》を研究させてください。」
全員がモルフォを見る。
「この力を制御できなければ、また同じことが起きるかもしれません。」
「だったら。」
「僕が責任を持って使いこなせるようにならないといけない。」
「そのためなら、この洞窟から一歩も出ません。」
「虫も絶対に外へ逃がしません。」
「お願いします。」
「研究を続けさせてください。」
必死だった。
アイスは腕を組み、静かに考え込む。
サイオンも珍しく真面目な表情をしている。
白銀戦線のメンバーも答えを出せずにいた。
その時だった。
「……たるとなら。」
小さく呟いたのは俺だった。
全員の視線が集まる。
俺は少しだけ考えながら続ける。
「たるとなら。」
「きっと追い出したりしない。」
「まず、この人を助けようって言うと思う。」
モルフォが目を丸くする。
俺は苦笑した。
「正直。」
「虫は苦手。」
「できれば近寄りたくない。」
「……。」
「でも。」
「あなたは悪い人じゃない。」
「事故を起こしたことをちゃんと反省してる。」
「だったら。」
「研究する場所を変えればいい。」
モルフォがゆっくり顔を上げる。
「場所……ですか?」
「うん。」
俺は頷く。
「この洞窟じゃなくて。」
「もっとマップの端。」
「私たちの集落の近くに、まだ誰も使ってない土地がある。」
「そこに研究所を建てればいい。」
「研究所……。」
モルフォは呆然と呟く。
「もちろん条件付き。」
俺は指を一本立てた。
「虫は絶対に管理すること。」
「二度と外へ逃がさないこと。」
「それから。」
一歩だけ後ろへ下がる。
「私に虫を近付けないこと。」
「それ大事。」
真顔だった。
洞窟が静まり返る。
そして。
「……ぷっ。」
サイオンが吹き出した。
「最後だけ本音ッスね。」
「本音。」
俺は即答する。
「絶対だから。」
「一匹でも近付けたら逃げる。」
「そこまでッスか。」
「そこまで。」
バレットも苦笑した。
「まぁ、それくらいなら守れるだろ?」
モルフォは何度も頷く。
「はい!」
「もちろんです!」
「ガウさんには絶対に虫を近付けません!」
「研究所にも勝手に入れません!」
「虫は全部、僕が責任を持って管理します!」
その声には、先ほどまでの沈んだ様子はなかった。
希望を見つけた人の声だった。
俺は小さく笑う。
「なら。」
「一度、うちのギルドマスターに会ってみる?」
その一言に。
モルフォの目から、一筋の涙が零れ落ちた。
「……ありがとうございます。」
深々と頭を下げる。
その姿を見て、アイスも小さく息を吐いた。
「君達がそれでいいならもう何も言わない。」
「ただし。」
アイスは真っ直ぐモルフォを見る。
「次はない。」
「はい!」
モルフォは力強く頷いた。
こうして。
虫を愛し過ぎた一人の研究者は。
新たな居場所へ向かうことになった。
今回初めて『アークスキル』という単語が出ました。
スキルの説明を活動報告にて投稿しています。
また、キャラの設定等も投稿も!
手が空いたタイミングで補足等を投稿していこうと思います!




