第31話 ELPIS
「では、定例会議を始めます」
長机を囲むように座った十数人の男女。
正面の大型モニターには、いくつものグラフと数字が表示されている。
その中には見覚えのある文字もあった。
《ファンタズマ・ゲイト》
VRゲーム開発会社。
《ネクサス・クリエイト》。
ここは、その本社にある会議室だった。
「まず、現在の第一階層の攻略状況について報告します」
一人の男性社員が立ち上がる。
手元の端末を操作するとモニターの表示が切り替わった。
「現在、第一階層の攻略進捗は全体の七十八パーセントです」
「七十八か」
「はい。こちらは事前の想定範囲内となっています」
発売から一ヶ月以上。
先日。
初の大型アップデートも実施された。
プレイヤーたちの攻略速度に大きな問題はない。
「階層守護者は?」
「未討伐です」
画面に新たな項目が表示される。
《第一階層 階層守護者》
討伐者。
なし。
「実装されてからまだそれほど経っていません。発見報告はいくつか上がっていますが、討伐には至っていません」
「難易度は?」
「現時点では調整の必要はないと考えています」
「分かった。しばらく様子を見よう」
別の社員が端末を操作する。
「続いて、先日のアップデートで実装されたギルド機能についてです」
画面に数字が表示された。
六十四パーセント。
「現在、アクティブプレイヤーの約六十四パーセントが、いずれかのギルドに所属しています」
「結構多いな」
「元々パーティーを組んでいたプレイヤーたちが、そのままギルドを設立するケースが多いようです」
「残りは?」
「小規模パーティー、もしくはソロですね」
一人の女性社員が資料を見る。
「ソロプレイヤーも想定より残っていますね」
「はい。ギルド機能の実装後も一人で遊ぶことを好む層が一定数存在しています」
「今後の魔物はどうする?」
「そこが今回の議題の一つです」
モニターに魔物やボスのデータが並ぶ。
「今後、ギルドや大人数パーティーを前提に難易度を上げすぎると、ソロプレイヤーが攻略に参加しにくくなる可能性があります」
「かといって、簡単にしすぎれば大人数で挑む意味が薄れる」
「はい」
少しの間。
意見が飛び交う。
魔物の強さ。
出現数。
ボスの耐久力。
人数による難易度変動。
様々な案が出されていく。
「では、現時点では大幅な変更は行わず、プレイヤーの動向を見ながら調整する方向でいこう」
「異議ありません」
次の資料。
「続いて、PKについてです」
会議室の空気がほんの少しだけ変わった。
「現在、一部のプレイヤーによる他プレイヤーへの攻撃行為が確認されています」
「もう始まったか」
「自由度を高く設定した以上、想定していたことではあります」
《ファンタズマ・ゲイト》ではプレイヤー同士の戦闘そのものは禁止されていない。
街などの一部区域を除けば。
他のプレイヤーへ攻撃することも出来る。
「問い合わせは?」
「数件届いています。ただ、現時点では大きな問題にはなっていません」
「なら仕様変更は必要ないだろう」
「私もそう思います」
別の社員が頷く。
「自由度の高さは本作の売りの一つです。運営側がプレイヤーの遊び方を制限しすぎるのは避けるべきかと」
「ただし、今後クレームが増えた場合は?」
「その場合は対策を検討します」
「分かった。それでいこう」
話題が変わる。
サーバーの稼働状況。
ゲーム内通貨の流通。
アイテムの取引。
現在確認されている軽微な不具合。
どれも今すぐ大きな対応が必要なものではなかった。
《ファンタズマ・ゲイト》は順調だった。
「次に、プレイヤーの行動傾向についてです」
画面に複数のグラフが表示される。
「少し興味深い結果が出ています」
「興味深い?」
「はい。攻略以外の行動に費やされている時間が、事前の想定を上回っています」
「例えば?」
「生産、料理、釣り、観光、素材収集。それからプレイヤー同士の交流ですね」
「なるほど」
「中にはほとんど攻略を進めず、特定の地域に長時間滞在しているプレイヤーもいます」
何人かが資料へ目を落とす。
「問題は?」
「いえ」
男性社員は首を振った。
「むしろ、その層の継続率は高いです」
「なら問題ないな」
「はい。遊び方はプレイヤー次第ですから」
攻略する。
強くなる。
未知の場所へ進む。
それだけがゲームの遊び方ではない。
誰かと話す。
料理を食べる。
景色を見る。
意味もなく寄り道をする。
そんな遊び方をしているプレイヤーも少なくないようだった。
「NPC関連は?」
一人の社員が尋ねる。
担当者が資料を切り替える。
「現在のところ、大きな問題は確認されていません」
「異常行動は?」
「ありません。設定された思考プログラムの範囲内です」
「プレイヤーとの交流状況は?」
「そちらは想定値を上回っています」
「NPCとの交流が?」
「はい」
画面に数字が並ぶ。
「クエストとは無関係に、特定のNPCと継続的に交流しているプレイヤーが一定数確認されています」
「面白いな」
「NPCと一緒に食事をしたり、仕事を手伝ったり、中には毎日のように同じNPCのところへ通っているプレイヤーもいるようです」
「そこまでか」
「はい」
少しだけ会議室がざわつく。
だが。
「問題がないなら、そのままでいいだろう」
「そうですね」
それだけだった。
プレイヤーがどう遊ぶか。
誰と過ごすか。
それを決めるのは運営ではない。
「以上が、現在の主な状況です」
報告をしていた社員が席へ戻る。
会議もそろそろ終わる。
そんな空気が流れ始めた。
その時だった。
コンコン。
会議室の扉が叩かれる。
「はい?」
扉が開いた。
「失礼するよ」
一人の男性が入ってくる。
年齢は四十代ほど。
落ち着いた雰囲気の男だった。
その姿を見て社員たちが少し驚く。
「社長?」
「どうされたんですか?」
《ネクサス・クリエイト》代表取締役。
神代彰人。
この会社の社長だった。
「会議中に悪いね」
神代は軽く手を上げる。
「順調そうだね。《ファンタズマ・ゲイト》は」
「はい。現時点では大きな問題はありません」
「そうか」
神代がモニターを見る。
現在のプレイヤー数。
攻略状況。
ギルド所属率。
様々な数字が並んでいる。
しばらくそれを眺めて。
「予想以上だな」
「売上も好調です」
「ありがたいことだね」
神代が笑う。
そして。
「ちょうどいい。みんな揃っているなら、少し話しておこうと思ってね」
「話、ですか?」
「ああ」
神代が空いている席へ座る。
社員たちの視線が集まった。
「《ファンタズマ・ゲイト》に、新しいシステムを導入しようと思っている」
「新しいシステム?」
「ああ」
神代は頷く。
「現在の《ファンタズマ・ゲイト》は、こちらが用意したシステムに従って世界が動いている」
NPC。
魔物。
クエスト。
アイテム。
ゲーム内経済。
プレイヤーの行動に合わせて運営側でも調整は行っている。
だが。
「プレイヤーが増えれば当然行動も増える。今後、第二階層、第三階層と攻略が進めば、管理するものはさらに増えていく」
一人の社員が尋ねる。
「運営人員を増やすということですか?」
「いや」
神代が首を振る。
「人を増やすだけでは追いつかなくなる」
「では?」
神代が答える。
「AIだよ」
会議室が静かになる。
「AI……?」
「ああ」
神代が端末を操作した。
大型モニターの画面が暗くなる。
そして。
中央に白い文字が浮かび上がった。
《ELPIS》
「現在、開発部で最終調整を行っている最新型の自律学習AIだ」
「自律学習……」
「プレイヤーの行動を学習し、それに合わせてゲーム内の環境を調整する」
神代が説明を続ける。
「魔物の行動。クエスト。経済。NPC。それ以外にも様々な分野で運営を補助させる予定だ」
「NPCにも?」
「ああ」
神代は頷いた。
「今よりも自然にプレイヤーと接することが出来るようになる」
先ほど。
報告されたばかりだった。
NPCと交流するプレイヤーが想定以上に多い。
それなら。
その体験をもっと良いものに出来る。
「それだけではない」
神代が続ける。
「このAIにはプレイヤーの安全管理も任せる予定だ」
「安全管理?」
「フルダイブ中のプレイヤーの状態を常時監視する。異常を検知した場合は、既存の安全装置と連携してプレイヤーの保護を最優先に行う」
社員の一人が感心したように声を漏らす。
「そこまで出来るんですか?」
「ああ」
神代がモニターを見る。
「もちろん、安全性については徹底的に検証する。問題が残った状態で実装するつもりはない」
画面には一つの名前だけが映っている。
《ELPIS》
「名前は?」
女性社員が尋ねた。
神代が答える。
「エルピス」
「エルピス……」
「古い言葉で――」
神代は少し笑った。
「『希望』という意味だよ」
誰かが呟く。
「希望……」
「ああ」
神代は頷く。
「《ファンタズマ・ゲイト》を、今よりもっと自由で、もっと楽しい世界にする」
そして。
モニターに映る文字を見ながら言った。
「そのためのAIだ」
しばらく誰も何も言わなかった。
やがて。
一人の社員が口を開く。
「導入時期は?」
「最終試験が終わり次第だね」
「では、近いうちに?」
「ああ。その予定だ」
神代が立ち上がる。
話は終わった。
そう思われた。
だが。
「それと」
神代が足を止める。
「もう一つ、追加してほしいものがある」
「追加?」
「ああ」
再び端末を操作する。
《ELPIS》の文字が消えた。
代わりに。
十個の空欄が表示される。
「ボスモンスターを追加しよう」
「ボス?」
「階層守護者とは別に、ですか?」
「ああ」
神代が頷く。
「階層守護者は、あくまで次の階層へ進むために倒す必要がある存在だ」
第一階層を攻略する。
階層守護者を倒す。
次の階層へ進む。
それが《ファンタズマ・ゲイト》における基本的な攻略方法だった。
「だが」
神代が続ける。
「全員がそれだけで満足するとは限らないだろう?」
「と、言いますと?」
「もっと強い敵と戦いたいプレイヤーもいる」
社員の何人かが顔を見合わせる。
「攻略には一切関係ない」
神代が説明する。
「倒さなくてもいい」
「見つけなくてもいい」
「その存在を知らなくても、ゲームの攻略には何の問題もない」
「隠しボス……ですか?」
「ああ」
神代が笑う。
「そういうことだ」
一人の社員が資料を見る。
「強さはどの程度を想定していますか?」
「階層守護者より遥かに強くしてほしい」
「遥かに?」
「ああ」
神代はあっさり答える。
「簡単には倒せないくらいでいい」
「ですが、それでは――」
「だからこそだよ」
神代が楽しそうに笑った。
「倒す必要がないんだ。だったら、とことん強くしてしまえばいい」
「なるほど……」
「攻略だけがゲームの楽しみじゃない」
「強敵との戦いを楽しむ者もいる」
神代が十個の空欄を見る。
「遊び方はプレイヤー次第だ」
「そういうプレイヤーのために、とびきり強い奴を用意しておこう」
「十体ですか?」
「ああ」
「各階層に一体ずつ?」
「基本的には、その予定だ」
第一階層から。
第十階層まで。
それぞれの世界のどこかに存在する。
攻略には必要ない。
倒さなくても先へ進める。
だが。
その強さは階層守護者とは比較にならない。
十体の規格外の隠しボス。
「名称は?」
そう尋ねられ。
神代は少しだけ考える。
そして。
口を開いた。
「《十界魔獣》」
会議室にその名前が静かに響く。
「《十界魔獣》……」
「ああ」
神代が笑う。
「世界に十体だけ存在する、規格外の魔物だ」
一人の社員が呟く。
「そんなもの……倒せるんですか?」
「さあ?」
神代は肩をすくめる。
「それを考えるのはプレイヤーたちだろう?」
《ELPIS》
そして。
《十界魔獣》。
《ファンタズマ・ゲイト》へ。
二つの新たな要素が追加されようとしていたのだった。
今回は少し視点を変えて、《ファンタズマ・ゲイト》を運営する側のお話でした。
新たに登場した《ELPIS》。
そして《十界魔獣》。
この二つが今後どう関わってくるのか。
ぜひ覚えておいていただけると嬉しいです!
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