第30話 くだらない日々
特訓から数日後。
今日は平日の夜。
《ファンタズマ・ゲイト》にログインする。
◇◇◇
「…………」
俺は周囲を見渡す。
いつもの村。
少し離れたところでは、村人たちが家の中へ入っていくところだった。
空はもう暗い。
今日は少し遅くなった。
仕事が終わって。
家に帰って。
飯を食って。
風呂に入って。
それからログイン。
最近はこんな感じ。
とりあえずみんなはいるかな。
メニューを開き、フレンドリストを見る。
「…………少ない」
《オンライン》
たると。
以上。
ハヤテはいない。
リンファもいない。
シズクもいない。
セリアも――
「…………風邪」
数日前。
セリアからメッセージが来た。
『風邪引いた~』
らしい。
少し前はアルバイト。
今度は風邪。
セリア、忙しいな。
大丈夫かな。
一応。
『お大事に』
とは送っておいた。
返事は。
『ありがと~』
だった。
「ガウさん!」
「ん?」
声。
振り返る。
たるとが走ってきた。
「こんばんは!」
「こんばんは」
「今日も来たんですね!」
「うん」
「私もさっき来たところです!」
「マルコは?」
「森の見回りに行きました!」
「また?」
「はい!」
最近。
マルコはよく森の見回りをしている。
元々やっていたらしいけど。
俺たちが村に来てからも変わらない。
プレイヤーが来ていないか。
魔物が近くまで来ていないか。
定期的に確認しているらしい。
「今日はハヤテさんもいないみたいですね」
「うん」
「リンファさんも」
「うん」
「シズクさんも」
「うん」
「セリアさんは風邪です!」
「知ってる」
「心配ですね」
「うん」
たるとが腕を組む。
「…………」
「どうしたの?」
「暇ですね!」
「…………」
確かに。
「ガウさんは何かしたいことありますか?」
「特にないかな」
マルコも巡回に行ったなら特訓も出来ないし。
クナイの練習をしてもいいけど、毎日やる必要もない。
「たるとは?」
「私も特にありません!」
「そっか」
「はい!」
「…………」
「…………」
二人で立つ。
暇。
「ガウさん!」
「何?」
「お散歩しませんか?」
「散歩?」
「はい!」
たるとが村の北側を指差す。
「海に行きましょう!」
「海?」
「この村の北側にあるんです!」
知らなかった。
「近いの?」
「そんなに遠くないみたいですよ!」
「行ったことある?」
「ありません!」
「…………」
なんでそんなに自信満々なんだろう。
「ロウガさんに聞きました!」
なるほど。
「せっかくですし、行ってみませんか?」
海か。
まあ。
他にすることもない。
「いいよ」
「やった!」
たるとが嬉しそうに笑う。
「では行きましょう!」
「うん」
俺たちは村の北側へ向かった。
◇
村を出る。
夜道。
月明かり。
森の中に細い道が続いている。
ロウガさんから教えてもらったらしい。
魔物も出るみたいだけど、レベルも低いから特に問題はない。
俺とたるとは並んで歩く。
「夜の森ってちょっと怖いですね」
「そう?」
「怖くないんですか?」
「うん」
「さすがガウさんです!」
何が?
「…………」
そういえば。
「たると」
「はい?」
「最近よく村の手伝いしてるよね」
「はい!」
畑。
掃除。
荷物運び。
この前は子供たちと何かしてた。
よく動く。
「疲れない?」
「全然です!」
「そうなんだ」
「楽しいですから!」
たるとは歩きながら笑う。
「現実だとこんなに動くことないですし!」
「大学だっけ」
「はい! 一年生です!」
「大学は楽しい?」
「楽しいですよ!」
即答。
「友達も出来ましたし、授業も大変ですけど面白いです!」
「へえ」
「でも」
たるとが少しだけ前を見る。
「私、昔は学校に行けないことも多かったんです」
「学校に?」
「はい」
声は明るい。
特に暗い感じはしない。
「小さい頃、よく病気になってたんですよ」
「病気?」
「そんなに大きな病気じゃないですよ!」
たるとが慌てて手を振る。
「ただ、身体が弱かったみたいで」
「風邪とか?」
「そうです! 熱を出したり、体調を崩したり」
「結構?」
「結構です!」
そこは元気に言うところなのかな。
「学校を何日も休んだりすることもありました」
「そうなんだ」
「はい」
たるとは変わらず歩いている。
今の姿からは想像しづらい。
元気だし。
よく走るし。
よく食べるし。
よく転ぶし。
「だから体育とかもあんまり出来なかったんですよ」
「へえ」
「そのせいで運動音痴になりました!」
「…………」
そのせいなのかな……?
「今も運動は苦手です!」
「…………」
運動音痴というか。
たるとはドジなだけなんじゃ……。
「ガウさん?」
「何?」
「今、何か失礼なこと考えてませんでしたか?」
「考えてない」
「本当ですか?」
「うん」
言わないでおこう。
「今は大丈夫なの?」
「はい!」
たるとが両腕を上げる。
「元気です!」
「見れば分かる」
「ふふふ!」
本当に元気。
「高校くらいからかなり良くなったんです」
「そうなんだ」
「はい。今は普通に大学にも通えてます!」
嬉しそう。
「だから毎日楽しいです!」
「そっか」
「大学に行って、友達と話して、ご飯を食べて」
たるとが指を折っていく。
「家に帰って、ゲームして!」
「ゲームも入るんだ」
「大事です!」
そうなんだ。
「それに」
たるとは周囲を見る。
夜の森。
「このゲームだと、こんなところにも来られますから!」
「森?」
「はい!」
「現実でも行けるでしょ」
「夜の森は嫌です!」
「さっき怖いって言ってたしね」
「怖いです!」
じゃあなんで楽しそうなんだろう。
「でも、楽しいです!」
「そっか」
「走ったり、冒険したり、知らない場所に行ったり!」
たるとが少し前へ走る。
くるっと振り返る。
後ろ向きに歩く。
「こういうのずっとやってみたかったんです!」
「…………」
「だからこのゲーム買って良かったです!」
笑顔。
「前見た方がいいよ」
「大丈夫です!」
「転ぶよ」
「転びません!」
たるとが前を向く。
数歩。
木の根。
「わっ!」
「…………」
つまずいた。
だが。
転びはしなかった。
「…………」
「…………」
たるとが俺を見る。
「転んでません!」
「うん」
「転んでませんから!」
「分かった」
やっぱりドジなだけなんじゃ。
言わないけど。
◇
しばらく歩くと森が少しずつ開けてきた。
「…………」
音。
ざあ。
ざあ。
波の音。
「ガウさん!」
「聞こえる」
「海です!」
たるとが走り出す。
「走ると転ぶよ」
「大丈夫です!」
さっきも聞いた。
俺も少し歩く速度を上げる。
木々の間。
その向こう。
一気に視界が開けた。
「わあ……!」
海。
夜の海。
月明かりが水面に伸びている。
波が砂浜へ寄せて。
戻っていく。
思っていたよりずっと広い。
「綺麗ですね!」
「うん」
たるとは砂浜へ走っていく。
俺も後を追う。
砂を踏む。
少し歩きにくい。
「海ですよ!」
「見れば分かる」
「海です!」
「うん」
楽しそう。
たるとは波打ち際まで行く。
そして。
靴を脱いだ。
「何してるの?」
「せっかくなので!」
裸足。
「冷たっ!」
「夜だからね」
「でも気持ちいいです!」
波が足元まで来る。
たるとは楽しそうに水を蹴る。
「ガウさんもほら! 来てください!」
「…………」
濡れるのは嫌だな。
「ガウさん!」
「…………分かった」
やっぱり俺は押しに弱い。
靴を脱ぐ。
裸足で波打ち際へ。
水に足を入れる。
「冷たい」
「ですよね!」
「うん」
「でも楽しいですよ!」
たるとが水を蹴る。
ぱしゃっ。
少しかかる。
「…………」
「あっ」
「…………」
たるとを見る。
「わざとじゃないですよ?」
「そう」
「本当ですよ?」
「うん」
俺は足元の水を見る。
そして。
蹴る。
ばしゃっ!
「きゃっ!」
たるとの足に水がかかる。
「…………」
「ガウさん!」
「何?」
「今のわざとですよね!」
「うん」
「認めた!」
「なんとなく」
「なんとなくで水をかけたんですか!?」
「うん」
「それなら!」
たるとが足を振る。
ばしゃっ!
「…………」
今度は俺にかかる。
「お返しです!」
得意そう。
「…………」
もう一回。
ばしゃっ!
「きゃっ!」
ばしゃっ!
「…………」
「もう一回です!」
ばしゃっ!
「冷たい」
「ガウさんが始めたんですよ!」
「そうだっけ」
「そうです!」
波打ち際を走る。
たるとが逃げる。
俺が水を蹴る。
「待ってください!」
「待たない」
「ずるいです!」
「何が?」
「分かりません!」
分からないんだ。
たるとが振り返る。
「今度はこっちから――」
足。
砂。
「わっ」
ずるっ。
「…………」
べちゃっ。
「…………」
顔からいった。
波が来る。
ざあ。
「…………」
「…………」
たるとが動かない。
「たると?」
返事がない。
「大丈夫?」
すぐに駆け寄る。
しゃがむ。
「たると」
すると。
むくっ。
顔を上げた。
「大丈夫です!」
満面の笑み。
ふんっ!
胸を張った。
「…………」
「全然平気です!」
「…………本当に?」
「はい!」
顔面からいったけど。
「痛くない?」
「ちょっとだけ!」
痛いんだ。
「休む?」
「そうですね!」
元気に答えた。
◇
俺たちは波打ち際から少し離れる。
砂浜。
並んで座る。
裸足のまま。
靴は近くに置いた。
服も少し濡れている。
「楽しかったです!」
「うん」
「ガウさんも楽しかったですか?」
「まあ」
「ふふふ!」
何。
「楽しかったんですね!」
「まあ」
「素直じゃないですね!」
「楽しかったよ」
「おお!」
そんなに驚く?
「ガウさんが素直です!」
「失礼だな」
「すみません!」
笑ってる。
俺も海を見る。
波の音。
さっきまで騒いでいたから、急に静かになった感じがする。
「綺麗ですね」
たるとが言う。
「うん」
「夜の海ってあんまり来たことないんです」
「そうなんだ」
「はい」
少しだけ間。
「昔は夜に出歩くこともあまりなかったので」
「体調?」
「それもあります」
たるとは海を見る。
「でも今はこうやって好きなところに行けます」
「うん」
「大学にも行けます」
「うん」
「ゲームも出来ます!」
「うん」
「ガウさんはこのゲーム楽しいですか?」
「楽しいよ」
「本当ですか?」
「なんで疑うの?」
「あんまり顔に出ないので!」
そうかな。
「楽しくなかったらログインしてない」
「確かに!」
納得した。
「ハヤテさんも楽しそうですよね!」
「ハヤテはいつも楽しそう」
「リンファさんも!」
「うん」
「セリアさんも!」
「風邪だけど」
「早く治るといいですね!」
「うん」
「シズクさんも!」
「うん」
少しずつ友達が増えた。
最初はハヤテとたると。
リンファ。
セリア。
シズク。
マルコ。
気づいたらいつも誰かと一緒にいる。
「…………」
俺は隣を見る。
たると。
海を見ている。
月明かり。
波。
たるとの横顔。
「私」
「ん?」
たるとは海を見たまま少しだけ笑った。
「今、とっても幸せです」
「…………」
声が優しい。
「大学に行けてることも楽しいです」
波が寄せる。
「友達と話したり」
波が戻る。
「こうやってゲームしたり」
たるとは前を向いたまま。
「みんなと一緒に遊んだり」
「…………」
「それに」
少しだけ笑みが深くなる。
「このゲームで最初に会えたのが、ガウさんとハヤテさんで良かったです」
「…………」
たるとの横顔を見る。
優しい顔。
いつもの元気いっぱいの笑顔とは少し違う。
静かで。
嬉しそうで。
幸せそうで。
「…………」
なんだろう。
目が離せない。
「…………うん」
それしか出なかった。
「…………」
たるとがこっちを見る。
目が合う。
「ガウさん?」
「…………」
たるとが顔を近づける。
覗き込んでくる。
「どうしましたか?」
「…………!」
近い。
俺は慌てて前を見る。
「なんでもない!」
「そうですか?」
「うん!」
なんで慌ててしまったんだろう。
「…………」
「…………?」
たるとがまだ見てる。
「それより」
「はい?」
「さん付け」
「さん付け?」
「もういいよ」
「え?」
俺は海を見る。
「ガウって呼んで」
「…………」
「みんなもそう呼んでるし」
「いいんですか?」
「うん」
「分かりました!」
たるとの声が弾む。
横を見る。
たるとはにっこり笑った。
そして。
「ガウ!」
「…………」
初めてたるとに呼び捨てで呼ばれた。
「うん」
「ふふふ!」
何が面白いんだろう。
「もう一回呼んでいいですか?」
「好きにして」
「ガウ!」
「うん」
「ガウ!」
「何?」
「ふふふ!」
やっぱり楽しそう。
「そんなに変わる?」
「変わります!」
「そう?」
「はい!」
たるとは笑う。
そして。
少しだけ姿勢を正した。
俺を見る。
「ガウ」
「何?」
「出会ってくれて」
「…………」
「いつも一緒に居てくれて」
たるとは本当に嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!」
「…………」
波の音。
夜の海。
月明かり。
たるとの笑顔。
「…………」
ありがとう。
なんで?
俺は何もしてない。
たまたまこのゲームを買った。
たまたまログインした。
たまたまハヤテとたるとに出会った。
それから。
一緒に遊んでるだけ。
それだけ。
でも。
たるとはそれを嬉しいと思ってるらしい。
俺と出会ったことを良かったと思ってるらしい。
「…………」
なんだろう。
胸の辺りが。
少しだけ暖かい。
俺は自然と笑っていた。
「うん」
たるとも笑う。
「…………」
また二人で海を見る。
波の音。
静か。
でも嫌じゃない。
「…………」
このゲームを買った時。
俺は何がしたかったんだろう。
新しいゲームが欲しかった。
死にゲーにも少し飽きてた。
RTAもやってた。
記録を縮めて。
何度も同じ場所を走って。
最短を探して。
世界一位まで。
あと少し。
ゲームはクリアするもの。
敵を倒すもの。
上手くなるもの。
記録を出すもの。
そういうものだと思ってた。
でも。
《ファンタズマ・ゲイト》を始めてから。
何してたっけ。
ゴブリンと戦った。
ウルフとも戦った。
ハヤテと会った。
たるとと会った。
飯を食った。
知らない場所に行った。
リンファと会った。
蜘蛛の糸を集めた。
セリアとシズクに会った。
木を殴っていた大男にも会った。
クナイを買った。
みんなでデザートを食べた。
《階層守護者》を探しに北側へ来た。
マルコに襲われた。
村に来た。
ここに滞在することになった。
着せ替え人形にされた。
子供たちと遊んだ。
マルコに怒られた。
今日。
たるとと海に来た。
水を掛け合った。
たるとが転んだ。
「…………」
なんだこれ。
ほとんど攻略と関係ない。
寄り道ばっかり。
無駄なことばっかり。
くだらないことばっかり。
「…………」
でも楽しい。
「ガウ?」
「ん?」
「どうしました?」
「なんでもない」
「またですか?」
「うん」
「今日はよく考え事しますね!」
「そうかも」
たるとはまた海を見る。
俺も見る。
「…………」
このゲームで俺は何がしたいんだろう。
強くなりたい?
まあ。
弱いよりは強い方がいい。
《階層守護者》も倒してみたい。
新しい場所にも行きたい。
でも。
それが一番?
「…………」
違う気がする。
もっと。
単純。
俺はまたみんなで飯を食いたい。
ハヤテが馬鹿なことをするのを見たい。
リンファに服を着せられるのは。
…………ほどほどでいい。
セリアの間延びした声を聞いて。
シズクが真面目に悩んで。
マルコに怒鳴られて。
村の子供たちに遊びに誘われて。
たるとが隣で笑ってる。
そんな。
何でもないこと。
「…………」
ああ。
そっか。
分かった。
俺がこのゲームでやりたいこと。
世界一位とか。
最速とか。
最強とか。
そういうのじゃない。
たるとたちと一緒に遊びたい。
笑って。
馬鹿なことをして。
寄り道して。
くだらないことで騒いで。
また次の日も。
その次の日も。
ログインして。
みんなと会って。
遊ぶ。
それでいい。
いや。
それがいい。
《ファンタズマ・ゲイト》で。
たるとたちと一緒に。
くだらない日々を過ごしたい。
それが。
俺がこのゲームでやりたいことだった。
「…………」
「ガウ?」
「何?」
「帰りますか?」
たるとが立ち上がる。
「そろそろマルコさんも戻ってるかもしれません!」
「そうだね」
俺も立つ。
砂を払う。
靴を履く。
たるとも靴を履く。
「帰りましょう!」
「うん」
たるとが歩き出す。
数歩。
振り返る。
「ガウ!」
「何?」
「また来ましょうね!」
「うん」
「次はみんなで!」
「うん」
「約束ですよ!」
「分かった」
「ふふふ!」
たるとが笑う。
俺も歩き出す。
夜の海を背に、二人で村へ戻る。
「ガウ!」
「何?」
「呼んでみただけです!」
「…………」
「楽しい?」
「楽しいです!」
「そっか」
「はい!」
くだらない。
本当にくだらない。
でも。
悪くない。
むしろ。
こういうのでいい。
これからも。
たるとたちと一緒に。
こんなくだらない日々を過ごしていきたい。
俺はそう思ったのだった。
今回はガウにとって、ひとつの大切な答えが見つかった回でした。
「誰と遊ぶか」
オンラインゲームを遊ぶ上で、私が大事にしているところです。
本作にも上手く落とし込めていたら嬉しいです。
皆さんはオンラインゲームを遊ぶ時、何を大事にしていますか?
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