第27話 距離
《ファンタズマ・ゲイト》にログインする。
「…………」
俺は村の中を歩いていた。
昨日は残業でゲームが出来なかった。
ハヤテは早上がりだったらしく、マルコと二刀流の特訓をしていたらしい。
今日の朝に。
『二刀流の極意を掴んだ!』
そんなメッセージが来ていた。
「…………」
極意。
一日で?
まあ。
ハヤテなら言いそうだ。
今日はまだログインしていない。
たるとは畑。
リンファは裁縫。
セリアとシズクはログインしていない。
そして。
俺は。
「…………」
暇。
特にやることがない。
森を探索してもいい。
素材を集めてもいい。
《階層守護者》を探してもいい。
でも。
今日はなんとなく。
そんな気分じゃない。
だから。
なんとなく村を歩いている。
「こんにちは」
「ああ、こんにちは」
畑へ向かう途中。
村人とすれ違う。
挨拶を返してくれる。
ここへ来たばかりの頃とは少し違う。
最初は俺たちを見る目に警戒があった。
それも当然だ。
何度かプレイヤーに襲われている。
そんなことがあれば、プレイヤーを警戒するのは当たり前。
でも。
ここで過ごすようになって数日。
少しずつ挨拶をしてくれる人が増えた。
「…………」
俺も軽く頭を下げる。
そのまま歩く。
村の中央にある広場。
何人かの子供が遊んでいるのが見えた。
全員NPCだけど、無邪気に遊んでいる獣人の子供たち。
犬。
猫。
兎。
いろんな耳。
手には丸い木のボール。
「それ!」
「こっち!」
「わっ!」
ぽーん。
ボールが高く飛ぶ。
「あ」
「あっ!」
そのまま木の方へ。
ガサッ。
枝に引っかかった。
「…………」
子供たちが木を見上げる。
ボール。
かなり高い場所にある。
「届かない……」
「木、揺らそう!」
一人が幹を押す。
「んー!」
動かない。
もう一人。
「僕も!」
二人。
「んんー!」
当然。
動かない。
「…………」
俺は少し離れた場所からそれを見る。
どうするんだろ。
「もっと!」
「うん!」
三人。
「せーの!」
「んんんー!」
「…………」
無理だと思う。
木はびくともしない。
「取れない……」
「どうしよう」
「…………」
まあ。
手伝うか。
近づこうとする。
その時。
一人の子供がこっちを見た。
目が合う。
「…………」
「…………」
子供が俺を見る。
狼耳。
尻尾。
顔。
そして。
「あ!」
何かに気づいた。
「お姉ちゃん!」
「…………」
誰?
周りを見る。
誰もいない。
「狼のお姉ちゃん!」
「…………」
あ。
俺か。
たるとに言われた言葉を思い出す。
『ガウさんはこの世界だと女の子なんです!』
「…………」
忘れよう。
「どうしたの?」
子供たちのところへ行く。
「あれ!」
木の上を指差す。
「ボールが取れないの!」
「取って!」
「…………」
見上げる。
木の枝に引っ掛かってるボール。
「いいよ」
「ほんと!?」
「うん」
木の幹に手をかける。
足を乗せる。
身体を持ち上げる。
「おお!」
「すごい!」
枝。
次の枝。
さらに上。
ゲームだからなのか。
狼獣人だからなのか。
思っていたより簡単に登れる。
「…………」
ボールのある枝へ。
手を伸ばす。
取る。
「取れた!」
「お姉ちゃんすごい!」
「…………」
そのまま下りる。
地面へ。
すとっ。
「ほら」
ボールを渡す。
「ありがとう!」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「うん」
これで終わり。
俺はその場を離れようとする。
「ねえ!」
「ん?」
「お姉ちゃんも遊ぼ!」
「一緒に!」
「…………」
俺も?
そう言おうとして。
「お……」
止まる。
子供たちが俺を見る。
「…………」
『お姉ちゃん』と呼ばれた。
見た目は女性。
狼獣人。
この見た目で『俺』は……。
子供相手に少し高圧的というか。
怖くないのかな?
「…………」
この前。
たるとに言われた言葉が頭に浮かぶ。
『「俺」は禁止です!』
いや。
禁止はされてない。
勝手に禁止された。
俺は俺。
でも。
「…………私もいいの?」
「うん!」
「遊ぼ!」
「…………」
言っちゃった。
私って。
「早く!」
「分かったよ」
子供たちが走っていく。
俺もついていく。
「…………」
私。
やっぱり慣れない。
でも。
まあ。
子供相手だけなら別にいいか。
色々考えているとボールが飛んできた。
「お姉ちゃん!」
「ん?」
受け取る。
投げる。
「それ」
「わっ!」
子供が追いかける。
別の子が拾う。
「こっち!」
「はい」
投げる。
「きゃっ!」
「取れた!」
「…………」
しばらく一緒に遊ぶ。
走る。
投げる。
取る。
たまに。
尻尾を触ろうとしてくる。
「お姉ちゃん!」
「なに?」
「尻尾触っていい?」
「駄目」
「なんで?」
「なんとなく」
「ちょっとだけ!」
「駄目」
「お願い!」
「…………」
じー。
見られる。
「…………」
この前。
一つ分かったことがある。
俺は押しに弱い。
そして。
もう一つ。
「…………ちょっとだけならいいよ」
「やった!」
俺は子供にも弱い。
「ふわふわ!」
「ほんとだ!」
「わっ!」
「…………」
三人に触られる。
変な感じ。
「私の尻尾は引っ張らないでね」
「はーい!」
「優しくね」
「うん!」
「…………」
「ガウさん?」
「ん?」
声。
振り返る。
そこにはたるとが立っていた。
手には籠。
中には野菜。
畑仕事の帰りらしい。
「何してるんですか?」
「見れば分かるでしょ」
「遊んでるんですか?」
「そうだけど」
「楽しそうです!」
「そう?」
「はい!」
子供たちがたるとを見る。
「あ!」
「たるとお姉ちゃん!」
「こんにちは!」
「たるとお姉ちゃんも遊ぼ!」
「いいですよ!」
「即答」
たるとが籠を置く。
そのまま子供たちの中へ。
「何して遊んでたんですか?」
「ボール!」
「ガウお姉ちゃんが取ってくれた!」
「木の上にあったの!」
「ガウさんが?」
「うん!」
たるとが俺を見る。
「…………」
「何?」
「ガウお姉ちゃん」
「やめて」
「似合ってますよ!」
「何が?」
「お姉ちゃんがです!」
「意味が分からない」
たるとが笑う。
「じゃあ、遊びましょう!」
「おー!」
「…………」
それから。
たるとも一緒に遊んだ。
ボールを投げる。
走る。
追いかける。
たるとは本気。
「こっちです!」
「待てー!」
「わっ!」
「たるとお姉ちゃん速い!」
「ふふん!」
「…………」
子供相手に本気だ。
「ガウお姉ちゃん!」
「ん?」
「こっち!」
「分かった」
ボールを投げる。
子供が取る。
「やった!」
「上手」
「…………」
少し離れた場所。
視線。
「…………?」
見る。
ロウガがこっちを見ている。
目が合う。
「ほっほっほ」
笑った。
「…………」
なんだろ。
しばらくして。
子供たちが別の場所へ走っていく。
たるとは籠を持ち上げる。
「楽しかったですね!」
「疲れた」
「そうですか?」
「たるとが元気すぎる」
「まだまだ遊べますよ!」
「私は無理」
「…………」
たるとが止まる。
「何?」
「今」
「何?」
「『私』って言いました?」
「言ったけど」
「…………」
たるとがじっと見る。
「何?」
「子供たちと話してる時」
「…………」
「『私』って言ってませんでした?」
「言ってない」
「言ってました!」
「聞き間違い」
「絶対言ってました!」
「知らない」
「ガウさん!」
「…………」
言ってしまった。
たるとの顔が明るくなる。
「やっぱり言ってたんですね!」
「…………」
「どうでした!?」
「何が?」
「『私』です!」
「違和感しかない」
「そのうち慣れますよ!」
「慣れる気はない」
「でも使ってました!」
「子供相手だけ」
「じゃあ次は私たちにも!」
「嫌」
「なんでですか!?」
「嫌だから」
「ガウさん!」
「俺は俺」
「俺って言いました!」
「うるさいな」
歩く。
たるとが後ろからついてくる。
「私ですよ!」
「俺」
「私!」
「俺」
「私!」
「しつこい」
「ふふふ」
「…………」
楽しんでる。
絶対。
「ガウお姉ちゃーん!」
後ろから声。
振り返る。
さっきの子供たちが手を振っている。
「また明日ねー!」
「また遊ぼー!」
「…………」
俺は手を上げる。
「うん」
少しだけ迷って。
「また明日」
子供たちが笑う。
「また明日ー!」
走っていく。
「…………」
たるとが隣で笑っている。
「何?」
「いえ」
「…………」
「ガウさん!」
少し先。
村人が手を振る。
「こんにちは!」
「こんにちは」
返す。
「…………」
ほんの数日。
それだけ。
でも。
最初より少しだけ近くなった気がする。
俺たちとこの村の距離が。
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