第9話 満腹亭
《ファンタズマ・ゲイト》を始めて。
二週間が経った。
「…………」
俺はまだ《ファンタズマ・ゲイト》を続けている。
そして。
ハヤテ。
たると。
森で偶然出会った二人とも普通に遊ぶ仲になっていた。
◇
俺とハヤテは社会人。
平日は仕事がある。
たるとは大学生。
だから三人とも、毎日同じ時間にログインできるわけじゃない。
仕事が早く終わった日。
大学から早く帰れた日。
予定がない日。
そんな日は。
《今日やる?》
誰かがメッセージを送る。
《やる!》
《やります!》
時間が合えばログイン。
合わなければ。
《今日は無理》
《俺も残業!》
《じゃあまた明日ですね!》
それだけ。
そして。
土日祝。
三人とも予定がなければ自然と一緒に遊ぶようになっていた。
◇
土曜日。
午前十時過ぎ。
「…………」
俺はベッドに寝転がりながらスマホを見る。
三人のメッセージ。
《ハヤテ》
『今日どうする?』
《たると》
『やります!』
「…………」
早い。
ハヤテが送ってから一分も経ってない。
俺も文字を入力する。
《ガウ》
『俺も』
送信。
すぐに。
ピコン。
《ハヤテ》
『よし!』
続いて。
《ハヤテ》
『じゃあ11時!』
《たると》
『了解です!』
俺も。
《ガウ》
『了解』
「…………」
十一時。
俺はスマホを置く。
朝飯は食べた。
飲み物も用意した。
予定もない。
「じゃあやるか」
ヘッドセットを手に取る。
ベッドへ横になる。
被る。
電源。
起動。
目を閉じる。
意識が現実から離れていく。
◇◇◇
風。
人の声。
足音。
「…………」
目を開ける。
《始まりの街》。
「よし」
ログイン。
最初の頃みたいに自分の身体を確認することもなくなった。
服装も変わった。
白いTシャツ。
半ズボン。
あの初心者丸出しの格好はもう卒業。
今は動きやすい軽装。
腰には短刀。
初期装備より少し性能のいいものを買った。
二週間。
クエストを受けて。
魔物を倒して。
素材を集めて。
探索して。
少しずつ装備も変わった。
でもまだまだ初心者。
「さて」
俺は歩き出す。
向かう場所は決まっている。
冒険者ギルド前。
そこが三人の集合場所になっていた。
◇
「おはようございます!」
冒険者ギルド前。
たると。
「おはよー!」
ハヤテ。
「おはよう」
俺。
「おはよ」
集合。
「よし!」
ハヤテが両手を腰へ当てる。
腰には二本の片手剣。
二週間前に持っていた剣とは違う。
クエストの報酬で貯めた金で買ったらしい。
「今日は何する?」
「決めてないの?」
「決めてない!」
「なんでそんな元気なの」
「土曜日だから!」
「…………」
分からなくはない。
俺も土曜日は好き。
「じゃあクエスト見ます?」
たるとが冒険者ギルドを見る。
「何か面白そうなのがあるかもしれませんよ!」
「いいな!」
ハヤテが歩き出そうとする。
その時。
「あ!」
たるとが声を上げた。
「ん?」
「どうした?」
たるとの虎耳がぴんっと立っている。
「思い出しました!」
「何を?」
「今日行きたいところがあるんです!」
「行きたいところ?」
「はい!」
ハヤテが目を輝かせる。
「ダンジョン!?」
「違います!」
「強い魔物がいるところ!?」
「違います!」
「隠しエリア!?」
「違います!」
「じゃあ何!?」
たるとは笑顔で。
「ご飯屋さんです!」
「…………」
俺。
「…………」
ハヤテ。
「…………」
たると。
「ご飯屋さん?」
俺が聞く。
「はい!」
「…………ゲームで?」
「ゲームでです!」
「…………」
ハヤテが口を開く。
「飯?」
「ご飯です!」
「食べるの?」
「食べます!」
「…………」
なんだこの会話。
「なんで急にご飯屋さん?」
俺が聞く。
「あのですね!」
たるとが楽しそうに話し始める。
「大学で聞いたんです!」
「大学?」
「はい! 私、今年から大学生一年生なんです!」
「うん。言ってたね」
「大学で《ファンタズマ・ゲイト》の話をしてる人達がいて!」
「人気だもんな」
「はい! それで聞こえてきたんです!」
「何が?」
たるとの虎耳がぴくぴく動く。
「第一階層に、すっごく美味しいご飯屋さんがあるらしいです!」
「へぇ」
「NPCがやってるお店らしいんですけど、本当に美味しいって!」
「…………」
ゲーム内の飯。
そういえば。
「俺、こっちで飯食ったことないな」
「俺も!」
ハヤテが手を上げる。
「私もないです!」
たるとも。
「…………」
三人ともないじゃん。
「味するの?」
俺が聞く。
「するらしいですよ!」
「本当に?」
「草の匂いまで再現してるゲームですよ?」
「…………」
確かに。
匂い。
触覚。
風。
温度。
ここまで再現されている。
味覚があっても不思議じゃない。
「食感もちゃんとあるらしいです!」
「へぇ」
それはちょっと気になる。
すると。
ハヤテが。
「いいじゃん!」
「行く?」
「行こうぜ!」
即答。
「早いな」
「だって!」
ハヤテが笑う。
「ゲームで飯食っても現実じゃ太らないだろ!」
「そこ?」
「最高じゃん!」
「食べ過ぎても腹壊さない!」
「たぶん!」
「…………」
そこまで食うつもりなのか。
「ガウさん!」
たるとが俺を見る。
「行きましょう!」
「…………」
まあ。
特にやることも決めてなかった。
それに。
ゲームの飯。
ちょっと気になる。
「いいよ」
「やった!」
「よっしゃ!」
なんでハヤテまでそんなに喜んでるんだ。
「それで?」
俺はたるとを見る。
「その店どこにあるの?」
「えっとですね」
たるとが左手首へ指を近付ける。
ピッ。
メニュー。
何かを操作する。
「大学で聞いた名前をメモしてきたんです!」
「準備いいな」
「もちろんです!」
「店の名前は?」
「《満腹亭》です!」
「…………」
「…………」
俺とハヤテが顔を見合わせる。
「美味そうだな!」
「名前だけで判断するの?」
「満腹にしてくれるんだぞ!」
「そういう意味じゃないと思う」
たるとがマップを開く。
「場所は……」
指を動かす。
「第一階層の……」
さらに動かす。
「西側……」
さらに。
「…………」
止まった。
「…………」
たると。
「…………」
俺。
「…………」
ハヤテ。
「たると?」
「…………結構遠いです!」
「おい」
「でも!」
たるとが慌てて続ける。
「歩いて行けない距離じゃないです!」
「どのくらい?」
「えっと……」
マップを見る。
「途中に森があって」
「うん」
「川があって」
「うん」
「その先に小さな村があって」
「…………」
「その村の中です!」
「遠くない?」
「冒険じゃん!」
ハヤテだけ目を輝かせている。
「いいじゃん!」
腰の二本の剣へ手を置く。
「道中で魔物も倒せる!」
「目的変わってるよ」
「ご飯も食べられる!」
「それが目的です!」
たるとが訂正する。
「…………」
俺はマップを見る。
《始まりの街》。
そこから西。
草原。
森。
川。
そして。
小さな村。
確かに少し遠い。
でも。
「まあいいか」
「お!」
「行きます!?」
「どうせ今日は暇だし」
土曜日。
時間はある。
「飯食いに行くだけで一日使うのも面白そうだし」
「決まり!」
「やったー!」
ハヤテとたるとが喜ぶ。
「じゃあ出発だ!」
ハヤテが歩き出す。
「待ってください!」
「なんだよ!」
「西門はそっちじゃありません!」
「…………」
ハヤテが止まる。
振り返る。
「こっち?」
「こっちです!」
「よし!」
方向転換。
「…………」
本当に大丈夫か。
俺達もハヤテの後を追う。
◇
冒険者ギルドを出る。
街の中。
人。
プレイヤー。
NPC。
店。
露店。
いつもの賑やかな《始まりの街》。
「まさかウルフの群れに囲まれるとは思わなかったッス」
すれ違った時に聞こえた。
俺は何となく視線を向ける。
銀髪の小柄なプレイヤー。
何人かのプレイヤーと話しながら雑談をしていた。
「僕としては勝手に突っ込んでいった君が悪いと思うけど」
「三体ならいけると思ったッス!」
青髪の人。
苦労してそう。
前を見る。
ハヤテとたるとはずいぶんと前の方を歩いていた。
俺はそのまま二人を追いかけた。
◇
西門。
門を抜ける。
広がる草原。
青空。
風。
草の匂い。
「よーし!」
ハヤテが腕を上げる。
「《満腹亭》目指して出発!」
「おー!」
たるとも腕を上げる。
「…………」
俺は二人を見る。
「ガウも!」
「え?」
「おー!って!」
「やらない」
「なんで!?」
「恥ずかしいから」
「誰も見てないだろ!」
「門番NPCが見てるよ」
「…………」
ハヤテが門を見る。
門番がこっちを見ている。
「…………」
ハヤテ。
「…………」
門番。
「お気を付けて」
「お、おう……」
「恥ずかしくなってるじゃん」
「うるさい!」
たるとが笑う。
「ふふっ」
「…………」
今日の目的。
ダンジョン攻略でもない。
ボス討伐でもない。
レベル上げでもない。
ただ。
美味しいご飯を食べに行く。
「行きましょう!」
たるとが先へ走る。
「待てー!」
ハヤテも追いかける。
「…………」
まあ。
こういうのも悪くない。
俺も二人の後を追った。
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