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第9話 満腹亭

《ファンタズマ・ゲイト》を始めて。


二週間が経った。


「…………」


俺はまだ《ファンタズマ・ゲイト》を続けている。


そして。


ハヤテ。


たると。


森で偶然出会った二人とも普通に遊ぶ仲になっていた。



俺とハヤテは社会人。


平日は仕事がある。


たるとは大学生。


だから三人とも、毎日同じ時間にログインできるわけじゃない。


仕事が早く終わった日。


大学から早く帰れた日。


予定がない日。


そんな日は。


《今日やる?》


誰かがメッセージを送る。


《やる!》


《やります!》


時間が合えばログイン。


合わなければ。


《今日は無理》


《俺も残業!》


《じゃあまた明日ですね!》


それだけ。


そして。


土日祝。


三人とも予定がなければ自然と一緒に遊ぶようになっていた。



土曜日。


午前十時過ぎ。


「…………」


俺はベッドに寝転がりながらスマホを見る。


三人のメッセージ。


《ハヤテ》


『今日どうする?』


《たると》


『やります!』


「…………」


早い。


ハヤテが送ってから一分も経ってない。


俺も文字を入力する。


《ガウ》


『俺も』


送信。


すぐに。


ピコン。


《ハヤテ》


『よし!』


続いて。


《ハヤテ》


『じゃあ11時!』


《たると》


『了解です!』


俺も。


《ガウ》


『了解』


「…………」


十一時。


俺はスマホを置く。


朝飯は食べた。


飲み物も用意した。


予定もない。


「じゃあやるか」


ヘッドセットを手に取る。


ベッドへ横になる。


被る。


電源。


起動。


目を閉じる。


意識が現実から離れていく。


◇◇◇


風。


人の声。


足音。


「…………」


目を開ける。


《始まりの街》。


「よし」


ログイン。


最初の頃みたいに自分の身体を確認することもなくなった。


服装も変わった。


白いTシャツ。


半ズボン。


あの初心者丸出しの格好はもう卒業。


今は動きやすい軽装。


腰には短刀。


初期装備より少し性能のいいものを買った。


二週間。


クエストを受けて。


魔物を倒して。


素材を集めて。


探索して。


少しずつ装備も変わった。


でもまだまだ初心者。


「さて」


俺は歩き出す。


向かう場所は決まっている。


冒険者ギルド前。


そこが三人の集合場所になっていた。



「おはようございます!」


冒険者ギルド前。


たると。


「おはよー!」


ハヤテ。


「おはよう」


俺。


「おはよ」


集合。


「よし!」


ハヤテが両手を腰へ当てる。


腰には二本の片手剣。


二週間前に持っていた剣とは違う。


クエストの報酬で貯めた金で買ったらしい。


「今日は何する?」


「決めてないの?」


「決めてない!」


「なんでそんな元気なの」


「土曜日だから!」


「…………」


分からなくはない。


俺も土曜日は好き。


「じゃあクエスト見ます?」


たるとが冒険者ギルドを見る。


「何か面白そうなのがあるかもしれませんよ!」


「いいな!」


ハヤテが歩き出そうとする。


その時。


「あ!」


たるとが声を上げた。


「ん?」


「どうした?」


たるとの虎耳がぴんっと立っている。


「思い出しました!」


「何を?」


「今日行きたいところがあるんです!」


「行きたいところ?」


「はい!」


ハヤテが目を輝かせる。


「ダンジョン!?」


「違います!」


「強い魔物がいるところ!?」


「違います!」


「隠しエリア!?」


「違います!」


「じゃあ何!?」


たるとは笑顔で。


「ご飯屋さんです!」


「…………」


俺。


「…………」


ハヤテ。


「…………」


たると。


「ご飯屋さん?」


俺が聞く。


「はい!」


「…………ゲームで?」


「ゲームでです!」


「…………」


ハヤテが口を開く。


「飯?」


「ご飯です!」


「食べるの?」


「食べます!」


「…………」


なんだこの会話。


「なんで急にご飯屋さん?」


俺が聞く。


「あのですね!」


たるとが楽しそうに話し始める。


「大学で聞いたんです!」


「大学?」


「はい! 私、今年から大学生一年生なんです!」


「うん。言ってたね」


「大学で《ファンタズマ・ゲイト》の話をしてる人達がいて!」


「人気だもんな」


「はい! それで聞こえてきたんです!」


「何が?」


たるとの虎耳がぴくぴく動く。


「第一階層に、すっごく美味しいご飯屋さんがあるらしいです!」


「へぇ」


「NPCがやってるお店らしいんですけど、本当に美味しいって!」


「…………」


ゲーム内の飯。


そういえば。


「俺、こっちで飯食ったことないな」


「俺も!」


ハヤテが手を上げる。


「私もないです!」


たるとも。


「…………」


三人ともないじゃん。


「味するの?」


俺が聞く。


「するらしいですよ!」


「本当に?」


「草の匂いまで再現してるゲームですよ?」


「…………」


確かに。


匂い。


触覚。


風。


温度。


ここまで再現されている。


味覚があっても不思議じゃない。


「食感もちゃんとあるらしいです!」


「へぇ」


それはちょっと気になる。


すると。


ハヤテが。


「いいじゃん!」


「行く?」


「行こうぜ!」


即答。


「早いな」


「だって!」


ハヤテが笑う。


「ゲームで飯食っても現実じゃ太らないだろ!」


「そこ?」


「最高じゃん!」


「食べ過ぎても腹壊さない!」


「たぶん!」


「…………」


そこまで食うつもりなのか。


「ガウさん!」


たるとが俺を見る。


「行きましょう!」


「…………」


まあ。


特にやることも決めてなかった。


それに。


ゲームの飯。


ちょっと気になる。


「いいよ」


「やった!」


「よっしゃ!」


なんでハヤテまでそんなに喜んでるんだ。


「それで?」


俺はたるとを見る。


「その店どこにあるの?」


「えっとですね」


たるとが左手首へ指を近付ける。


ピッ。


メニュー。


何かを操作する。


「大学で聞いた名前をメモしてきたんです!」


「準備いいな」


「もちろんです!」


「店の名前は?」


「《満腹亭》です!」


「…………」


「…………」


俺とハヤテが顔を見合わせる。


「美味そうだな!」


「名前だけで判断するの?」


「満腹にしてくれるんだぞ!」


「そういう意味じゃないと思う」


たるとがマップを開く。


「場所は……」


指を動かす。


「第一階層の……」


さらに動かす。


「西側……」


さらに。


「…………」


止まった。


「…………」


たると。


「…………」


俺。


「…………」


ハヤテ。


「たると?」


「…………結構遠いです!」


「おい」


「でも!」


たるとが慌てて続ける。


「歩いて行けない距離じゃないです!」


「どのくらい?」


「えっと……」


マップを見る。


「途中に森があって」


「うん」


「川があって」


「うん」


「その先に小さな村があって」


「…………」


「その村の中です!」


「遠くない?」


「冒険じゃん!」


ハヤテだけ目を輝かせている。


「いいじゃん!」


腰の二本の剣へ手を置く。


「道中で魔物も倒せる!」


「目的変わってるよ」


「ご飯も食べられる!」


「それが目的です!」


たるとが訂正する。


「…………」


俺はマップを見る。


《始まりの街》。


そこから西。


草原。


森。


川。


そして。


小さな村。


確かに少し遠い。


でも。


「まあいいか」


「お!」


「行きます!?」


「どうせ今日は暇だし」


土曜日。


時間はある。


「飯食いに行くだけで一日使うのも面白そうだし」


「決まり!」


「やったー!」


ハヤテとたるとが喜ぶ。


「じゃあ出発だ!」


ハヤテが歩き出す。


「待ってください!」


「なんだよ!」


「西門はそっちじゃありません!」


「…………」


ハヤテが止まる。


振り返る。


「こっち?」


「こっちです!」


「よし!」


方向転換。


「…………」


本当に大丈夫か。


俺達もハヤテの後を追う。



冒険者ギルドを出る。


街の中。


人。


プレイヤー。


NPC。


店。


露店。


いつもの賑やかな《始まりの街》。


「まさかウルフの群れに囲まれるとは思わなかったッス」


すれ違った時に聞こえた。


俺は何となく視線を向ける。


銀髪の小柄なプレイヤー。


何人かのプレイヤーと話しながら雑談をしていた。


「僕としては勝手に突っ込んでいった君が悪いと思うけど」


「三体ならいけると思ったッス!」


青髪の人。


苦労してそう。


前を見る。


ハヤテとたるとはずいぶんと前の方を歩いていた。


俺はそのまま二人を追いかけた。



西門。


門を抜ける。


広がる草原。


青空。


風。


草の匂い。


「よーし!」


ハヤテが腕を上げる。


「《満腹亭》目指して出発!」


「おー!」


たるとも腕を上げる。


「…………」


俺は二人を見る。


「ガウも!」


「え?」


「おー!って!」


「やらない」


「なんで!?」


「恥ずかしいから」


「誰も見てないだろ!」


「門番NPCが見てるよ」


「…………」


ハヤテが門を見る。


門番がこっちを見ている。


「…………」


ハヤテ。


「…………」


門番。


「お気を付けて」


「お、おう……」


「恥ずかしくなってるじゃん」


「うるさい!」


たるとが笑う。


「ふふっ」


「…………」


今日の目的。


ダンジョン攻略でもない。


ボス討伐でもない。


レベル上げでもない。


ただ。


美味しいご飯を食べに行く。


「行きましょう!」


たるとが先へ走る。


「待てー!」


ハヤテも追いかける。


「…………」


まあ。


こういうのも悪くない。


俺も二人の後を追った。

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