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第36話 交易の誘い

「レグルスさん?」


たるとの虎耳が立っている。


「はい」


警備隊員が頷く。


商業国家ヴァレンティアのレグルス様です」


「…………」


俺は皆を見る。


レグルス。


国家代表者会議で会った。


第四階層。


商業国家ヴァレンティア


その代表。


「どうして急に……?」


たるとが首を傾げる。


「事前の連絡は?」


アレンが聞く。


「ありません」


「突然来たのか」


ハヤテが腕を組む。


「はい」


警備隊員が少し困ったように答える。


「現在は正門でお待ちいただいています」


「一人?」


俺が聞く。


「護衛の方が数名いらっしゃいます」


「どうする?」


ゴウマがたるとを見る。


「どうするって……」


たるとの虎耳が動く。


「会います!」


即答。


「国家代表者会議でもお話ししましたし!」


「それに」


少し考える。


「前に交易のお話もしていましたよね?」


「してたね」


レグルスは言っていた。


第一階層には大規模な交易拠点がほとんどない。


港。


商業区。


それを持つフェリシアには交易の中心地になれる可能性があると。


「なら」


アイスが立ち上がる。


「フェリシアを視察しに来たのだろう」


「はい!」


たるとが頷く。


「お待たせするのも悪いです!」


椅子から立つ。


「迎えに行きましょう!」



正門。


「…………」


人がいる。


中央。


一人の男。


綺麗な服。


商人らしい装い。


その後ろには数人の護衛。


そして。


俺たちに気付く。


「お久しぶりです」


男が微笑んだ。


「たるとさん」


「レグルスさん!」


たるとが駆け寄る。


「お久しぶりです!」


「突然の訪問、申し訳ありません」


「いえ!」


「でも驚きました!」


「やはり事前にご連絡するべきでしたね」


「いえいえ!」


たるとの虎耳が動く。


「それで今日はどうされたんですか?」


「以前」


レグルスがフェリシアを見る。


「国家代表者会議でお話ししたことを覚えていらっしゃいますか?」


「…………」


たるとが考える。


「交易?」


「ええ」


レグルスが笑った。


「フェリシアは、これから交易を始めるには非常に面白い場所だと」


「言ってました!」


「第一階層には大規模な交易拠点と呼べる場所がほとんどありません」


レグルスが続ける。


「そこへ」


正門の向こう。


街を見る。


「港と商業区を備えた国家が誕生した」


「…………」


「ですので」


レグルスが俺たちを見る。


「本日は実際にフェリシアを視察させていただこうと思いまして」


「視察?」


「ええ」


「交易相手となる可能性がある国です」


「自分の目で見ておきたいのですよ」


「なるほど!」


たるとの虎耳が立った。


「もちろんです!」


「ありがとうございます」


「ぜひ見ていってください!」


「では、お言葉に甘えて」


レグルスが笑う。


「…………」


俺はその顔を見る。


「…………」


「ガウ?」


たるとが俺を見る。


「なに?」


「どうしました?」


「…………」


声。


「ガウ?」


「なんでもない」


「?」


俺はレグルスを見る。


今の声。


どこかで。


「…………」


聞いたことがある。


どこ?


「…………」


レグルスが俺を見る。


「ガウさん」


「はい」


「お久しぶりです」


「うん」


「国家代表者会議以来ですね」


「そうだね」


「…………」


また。


声。


「…………」


「ガウさん?」


「いえ」


レグルスが少し笑う。


「ずいぶん見られているので」


「…………」


「何か?」


「気のせい」


「そうですか」


「うん」


「ガウ!」


たると。


「じろじろ見たら失礼ですよ!」


「見てない」


「見てました!」


「…………」


でも気になる。



「こちらが商業区です!」


たるとが両手を広げる。


「…………」


レグルスが周囲を見る。


店。


露店。


住民。


商人。


食料。


武器。


防具。


素材。


まだ大きくはない。


でも人はいる。


声もある。


「なるほど」


レグルスが歩く。


「店舗ごとに扱う商品をある程度分けているのですね」


「はい!」


「武器や防具は向こうです!」


「食料品はこちら!」


「素材関係は――」


「あっ!」


たるとが周囲を見る。


「エリックさん!」


「はい?」


少し離れたところに荷物を確認していたエリックが振り返る。


その隣にはユナ。


「たるとちゃん?」


二人がこちらへ来る。


「ちょうどよかったです!」


たるとが二人を紹介する。


「こちら、商業区を任せることになったエリックさんとユナさんです!」


「…………」


レグルスが二人を見る。


「初めまして」


商業国家ヴァレンティアのレグルスです」


「…………!」


エリックの表情が変わる。


「ヴァレンティアの……」


「はい」


「これは失礼いたしました」


エリックが丁寧に頭を下げる。


「エリックと申します」


「主に物資の管理を担当しております」


「よろしくお願いいたします」


「こちらこそ」


レグルスも頭を下げる。


「で!」


ユナが笑う。


「私はユナ!」


「食料関係を見てるよ!」


「よろしく!」


「ええ」


レグルスが微笑む。


「よろしくお願いします」


「…………」


ユナはいつも通り。


「ユナさん」


たるとが小声。


「なに?」


「相手は国の代表ですよ?」


「知ってるよ?」


「緊張しないんですか!?」


「する必要ある?」


「…………」


たるとが黙った。


「確かに」


俺が言う。


「ガウまで!?」


「ふふっ」


レグルスが笑う。


「私はその方がありがたいですよ」


「ほら!」


ユナが笑う。


「大丈夫!」


「そういう問題でしょうか……」


たるとの虎耳が下がった。



商業区。


住宅街。


畑。


港。


「…………」


レグルスは一つ一つ見ていく。


特に。


「これは」


港。


船。


倉庫。


荷物。


「思っていたより整備されていますね」


「本当ですか?」


「ええ」


レグルスが頷く。


「交易を考えるのであれば港は重要です」


「陸路だけでは運べる量に限界がありますから」


「…………」


俺は話を聞く。


さすが商業国家。


見るところが違う。


「こちらの倉庫は?」


「魚と荷物です!」


たるとが元気に答えていく。


「漁業はガロンさんたちがやっています!」


「なるほど」


「今後、交易品を保管するなら」


レグルスが倉庫を見る。


「専用の倉庫を増やした方がよいでしょう」


「交易品用ですか?」


「ええ」


「国内で消費する物資と」


「他国へ輸出する商品」


「他国から輸入した商品」


「それぞれを分けて管理できれば混乱が少なくなります」


「おお……」


たるとの虎耳が立つ。


「エリックさんに相談します!」


「よいと思います」


普通に助言してくれてる。



そして。


街道。


「転移魔法陣から?」


レグルスが聞く。


「はい!」


たるとが答える。


「フェリシアまで街道を作っています!」


「現在も?」


「工事中です!」


「中間地点には宿も建設しています」


ゴウマが補足する。


「転移魔法陣からフェリシアまで一泊二日」


「その中間に休める場所を作る予定だ」


「…………」


レグルスの目が変わった。


「それは素晴らしい」


「そうですか!?」


「ええ」


レグルスが頷く。


「国家代表者会議でお会いした時」


「フェリシアの最大の問題は立地だと考えていました」


「…………」


「第一階層のランダムな転移問題は解決出来ないでしょう」


「しかし、帰国時も転移魔法陣から遠い」


「人が集まるには不便です」


「やっぱりそうですよね……」


たるとの虎耳が少し下がる。


「ですが」


レグルスが続ける。


「街道が整備され」


「途中に宿泊施設まで設けられるのであれば」


フェリシアを見る。


「話は変わります」


「…………」


「以前お話しした時より、交易拠点としての価値はさらに高くなるでしょう」


「本当ですか!?」


「ええ」


「やった!」


たるとの虎耳が一気に立った。


「よかったですね、ガウ!」


「うん」


「ゴウマ!」


「ああ」


「アイスさん!」


「僕も聞いてるよ」


「嬉しくて!」



その後もレグルスの視察は続いた。


城。


正門。


外壁。


商業区。


港。


そして昼を過ぎた頃。


ギルド本部の二階。


会議室。


「…………」


俺たちは椅子に座っていた。


たると。


俺。


ゴウマ。


アイス。


そしてレグルス。


護衛は一階で待っている。


机の上にお茶と軽い食べ物。


「率直に申し上げます」


レグルスが口を開く。


「想像以上でした」


「本当ですか!?」


「ええ」


「まだ発展途上ではあります」


「ですが」


「港」


「商業区」


「街道」


「そして何より」


少し考える。


「住民の皆さんが自分たちで国を動かしている」


「…………」


レグルスが微笑む。


「非常に興味深い国ですね」


「ありがとうございます!」


たるとの虎耳が立つ。


「ですので」


レグルスがお茶を置く。


「ヴァレンティアとしては」


「今後、フェリシアとの交易を――」


「その前に」


俺が言葉を遮る。


「?」


たるとが俺を見る。


「ガウ?」


「聞いていい?」


レグルスを見る。


「もちろんです」


「前に」


少し考える。


「フェリシアへ人を送った?」


「…………」


静かになった。


「ガウ?」


たるとの虎耳が止まる。


ゴウマ。


アイス。


二人もレグルスを見る。


「どういう意味だ?」


ゴウマが聞く。


「前にいた人」


「前?」


「私が追いかけた」


「…………!」


ゴウマの表情が変わった。


フェリシアへ侵入していた男。


俺が尾行した。


その先。


通信宝玉。


そして。


狙撃。


「ガウ」


アイスが俺を見る。


「まさか」


「うん」


俺はレグルスを見る。


「声」


「声?」


たるとが聞く。


「通信宝玉から聞こえた声」


「…………」


「同じ」


空気が止まった。


「…………」


レグルスを見る。


「あなたでしょ?」


「…………」


少しの沈黙。


レグルスが俺を見る。


そして。


「なるほど」


小さく息を吐く。


「声だけで気付かれましたか」


「うん」


「さすが獣人」


「耳がよいのですね」


「答えは?」


「ええ」


あっさり。


「私です」


「…………」


たるとの虎耳が立った。


「ええ!?」


「レグルスさん!?」


「はい」


レグルスは落ち着いている。


「確かに、以前フェリシアへ送った者は」


俺たちを見る。


「私の指示で動いていました」


「…………」


ゴウマの表情が険しくなる。


「何のためだ?」


「調査です」


「調査?」


「ええ」


レグルスが頷く。


「国家代表者会議でフェリシアの話を聞き、私は興味を持ちました」


「交易相手としてこの国がどの程度の可能性を持っているのか……」


「事前に調べておきたかったのです」


「だったら」


俺が聞く。


「普通に来ればよかったんじゃない?」


「その通りです」


「…………」


認めた。


「ですが」


レグルスが続ける。


「商人というものは相手から見せられたものだけを信じるわけにはいきません」


「…………」


「普段の街」


「住民」


「警備」


「物資の流れ」


「外から来た人間への対応」


「そういったものを確認するため」


「一人、調査へ向かわせました」


「…………」


たるとの虎耳が少し下がる。


「でも」


「勝手に調べられるのは……」


「ええ」


レグルスが頭を下げた。


「その点については謝罪いたします」


「…………」


「申し訳ありませんでした」


「…………」


「その人」


俺が聞く。


「あなたの部下?」


「正確には」


レグルスが答える。


「《黄金の天秤》の構成員です」


「…………」


やっぱり。


「名前は?」


「…………」


レグルスが一瞬黙る。


そして。


「今となってはお伝えしても構わないでしょう」


「…………」


「ですが」


少しだけ表情が変わる。


「彼は死亡しました」


「…………」


「知ってる」


俺が答える。


「目の前で撃たれた」


「…………」


「そうですか」


レグルスが目を伏せる。


「やはり」


「やはり?」


たるとが聞く。


「はい」


レグルスが顔を上げる。


「《黄金の天秤》に彼のキルログが流れました」


「…………」


俺たちは黙る。


「フェリシアの調査中に」


「突然」


「死亡通知が届いた」


「…………」


「しかし」


レグルスが続ける。


「誰に殺されたのか」


「何があったのか」


「こちらでは分かりませんでした」


アイスが聞く。


「今回、自分で来た?」


「ええ」


「交易のための視察」


「そして」


「彼の死について確認するため」


「それも今回の訪問理由です」


「…………」


俺はレグルスを見る。


「殺した人」


「分かってるよ」


「…………」


レグルスの目が変わる。


「誰です?」


「レイヴン」


「レイヴン……?」


「《夜葬》」


「…………」


初めて。


レグルスの表情が止まった。


「《夜葬》?」


「知ってる?」


「もちろんです」


「世界指名手配ランキング第六位」


「知らない方が難しいです」


「…………」


「なぜ」


レグルスが俺を見る。


「《夜葬》が彼を?」


「分かんない」


「…………」


「でも」


俺は続ける。


「レイヴン本人から聞いた」


「男の殺害」


「それと」


「通信宝玉の回収」


「それが依頼だったって」


「…………」


レグルスが黙る。


「通信宝玉は?」


「壊された」


「回収する時間がなかったから」


「…………」


「私が追いかけてたから」


「証拠を残さないために撃ったみたい」


「なるほど」


レグルスが小さく息を吐く。


「それで通信が途絶えたのですね」


「うん」


「…………」


少しの沈黙。


「情報提供」


レグルスが俺を見る。


「感謝します」


「…………」


「こちらでも《夜葬》について調べてみましょう」


「何か分かれば?」


たるとが聞く。


「もちろん」


「フェリシアへお伝えします」


「ありがとうございます!」


「いえ」


レグルスが少しだけ笑う。


「こちらの構成員を殺害した相手でもあります。調べる理由は十分です」


「…………」


俺はレグルスを見る。


嘘を言ってるようには見えない。


「…………」



「さて」


レグルスがお茶を飲む。


「話を戻しましょう」


「はい!」


たるとの虎耳が立つ。


「交易についてです」


「ヴァレンティアとしては」


「ぜひフェリシアとの交易を始めたいと考えています」


「…………」


たるとが嬉しそう。


「私も――」


「待った」


ゴウマ。


「?」


たるとが見る。


「ゴウマ?」


「悪いが」


ゴウマはレグルスを見る。


「今すぐは無理だ」


「…………」


「ゴウマ!?」


「たると」


「でも交易ですよ!?」


「ああ」


「だからだ」


「…………」


たるとの虎耳が動く。


「どういうことですか?」


「僕も」


アイスが口を開いた。


「今は待つべきだと思う」


「アイスさんまで?」


「うん」


アイスが指を折る。


「商業区はまだ発展途中」


「街道も未完成」


「中継地点の宿も建設中」


「交易品を保管する倉庫も足りない」


「…………」


たるとの虎耳が少しずつ下がる。


「それに」


ゴウマが続ける。


「エリックとユナに商業区を任せるって決めたのも今日だ」


「…………」


「この状態で」


「ヴァレンティアみたいな商業国家と交易を始めたらどうなる?」


「…………」


たるとが考える。


「大変?」


「大変だ」


「すごく?」


「すごくだ」


「…………」


虎耳。


しょぼん。


「やりたかったです……」


「やらないとは言ってない」


ゴウマが言う。


「今じゃないって話だ」


「…………」


「準備して」


「街道を完成させて」


「商業区の体制を整えて」


「物資の管理方法も決める」


「その後だ」


「…………」


たるとの虎耳が少し戻る。


「なるほど」


「それなら!」


レグルスが口を開く。


「私も賛成です」


「え?」


たるとが見る。


「いいんですか?」


「もちろんです」


レグルスが微笑む。


「交易は始めれば終わりではありません」


「継続できなければ意味がない」


「…………」


「自国がどの程度の物資を扱えるのか」


「どの程度の商品を輸出できるのか」


「どれほどの量を輸入できるのか」


「それを理解しないまま始める方が危険です」


「…………」


ゴウマを見る。


「よい判断だと思います」


「そう言ってもらえると助かる」


「では」


レグルスが続ける。


「フェリシア側の準備が整った頃」


「改めてお話ししましょう」


「はい!」


たるとの虎耳が完全に戻った。



夕方。


正門。


空が赤い。


「本日はありがとうございました」


レグルスが頭を下げる。


「こちらこそ!」


たるとも頭を下げる。


「色々教えていただいて!」


「非常に参考になりました!」


「それは何よりです」


護衛たちも出発の準備をしている。


「では」


レグルスが俺たちを見る。


「次は」


「?」


たるとが首を傾げる。


「皆さんがヴァレンティアへいらしてください」


「ヴァレンティアに!?」


「ええ」


「交易を検討するのであれば」


レグルスが笑う。


「一度、我々の国も見ていただいた方がよいでしょう」


「市場」


「商業区」


「倉庫」


「物流」


「そして」


「我々がどのように他国と交易を行っているのか」


「実際に見た上で、フェリシアに必要なものを考えればよろしいかと」


「…………」


たるとの目が輝く。


「行きたいです!」


「たると」


ゴウマ。


「まだ日程も何も決まってない」


「でも行きたいです!」


「分かった分かった」


「アイスさんも!」


「僕?」


「一緒に行きましょう!」


「なぜ僕まで……」


「交易のお話に詳しそうだからです!」


「…………」


アイスが少し考える。


「まあ」


「必要なら」


「やった!」


虎耳。


ぴこぴこ。


「ガウも!」


「…………」


俺はレグルスを見る。


第四階層。


商業国家ヴァレンティア


「…………」


「ガウ?」


「うん」


「行きます?」


「行く」


「!」


たるとが笑う。


「決まりですね!」


「まだ決まってない!」


ゴウマ。


「決まりです!」


「だから日程を――」


「ふふっ」


レグルスが笑った。


「では」


俺を見る。


「お待ちしております」


「うん」


「ぜひ一度」


レグルスが微笑む。


商業国家ヴァレンティアへ」


「…………」


俺は頷く。


その後。


レグルスたちはフェリシアを出発した。


「…………」


遠ざかっていく背中。


「ガウ?」


隣。


たると。


「なに?」


「どうしました?」


「…………」


「やっぱり今日」


「レグルスさんのこと、ずっと見てましたよね?」


「そう?」


「見てました!」


「…………」


俺はもう一度。


レグルスが消えていった方向を見る。


話には筋が通っていた。


フェリシアへ人を送った理由。


その人が殺されたこと。


今回ここへ来た理由。


全部。


「ガウ?」


「なんでもない」


次に向かう場所は決まった。


第四階層。


商業国家ヴァレンティア

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