第31話 依頼
魔導国家。
中央研究院。
「…………」
俺は椅子に座っていた。
目の前にたると。
「ガウ」
「はい」
「私、言いましたよね?」
「…………」
「無茶しないでくださいって」
「言ってたね」
「言いましたよね!?」
「……はい」
たるとの虎耳が立ってる。
すごく立ってる。
「それなのに!」
ビシッ!
指を差される。
「一人で雪山まで行ったんですよね!?」
怒ってる。
すごく怒ってる。
「シズクさんたちを置いて!」
「ものすごい速度で行ったって聞きました!」
「逃げられそうだったから」
「それで!」
俺の傷は治療済み。
「撃たれたんですよね!?」
「二発くらい」
「二発もです!」
「でも勝ったよ?」
「結果の話をしてるんじゃありません!」
怒られた。
「…………」
少し離れたところ。
シズク。
セリア。
モルフォ。
ノア。
リオ。
ミナ。
そしてリュミエール。
全員いる。
「…………」
助けてほしい。
シズクを見る。
「ガウ」
「はい?」
「私は『無事に帰ってきてください』と言いました」
「…………」
駄目だった。
セリアを見る。
「ガウちゃんすごかったね~」
「セリア!」
「は~い」
セリアも駄目。
モルフォ。
「私はガウの判断は合理的だったと思います」
「モルフォ!」
「ですが単独行動は推奨しません」
裏切られた。
「ガウ」
たると。
「はい」
「聞いてます?」
「聞いてます」
「本当に?」
「はい」
「次から絶対に一人で行かないでください!」
「…………」
「ガウ?」
「場合による」
「ガウ!」
「分かりました……」
虎耳がさらに立った。
怖い。
「まったく……」
たるとが大きく息を吐く。
「心配したんですからね」
「…………」
俺を見る。
「ガウが怪我して帰ってくるんですもん」
「ごめんなさい」
「…………」
たるとの虎耳が少しだけ下がった。
「本当に気をつけてください」
「うん」
「約束ですよ?」
「うん」
今度はちゃんと答えた。
「では」
リュミエールが微笑む。
「そろそろ参りましょうか」
「はい!」
たるとの表情が変わる。
◇
ミスティア。
地下牢。
カツ。
カツ。
カツ。
石造りの通路。
壁には青白い魔法灯。
左右にはいくつもの鉄格子。
さらに。
床。
壁。
天井。
淡く光る魔法陣。
「すごい結界ですね」
シズクが周囲を見る。
「逃走防止用です」
リュミエールが答える。
「魔法」
「スキル」
「アイテム」
「それぞれに対する術式が組まれています」
「…………」
シズクの目が変わった。
「詳しく――」
「シズクさん」
リオ。
「…………」
「あとにしましょう」
「はい」
残念そう。
「モルフォさんもです」
ミナ。
「私は何も言っていませんよ」
「魔法陣を触ろうとしていました」
「…………」
手が伸びてる。
「師匠」
「はい」
「戻してください」
「…………」
モルフォが手を戻した。
俺は二人を見る。
「研究者って大変だね」
「ガウちゃんも人のこと言えないよ~?」
「私は研究者じゃないよ」
「こたつの研究してたよ~」
「…………」
してない。
たぶん。
「こちらです」
リュミエールが止まった。
牢。
その中。
「…………」
男が座っている。
白い外套はない。
長銃も。
小銃も。
全部没収済み。
両手には魔法陣の刻まれた拘束具。
狙撃手。
レイヴン。
「来たか」
「うん」
俺は鉄格子の前へ。
「話してもらうよ」
「…………」
レイヴンが俺を見る。
「さっきも言ったはずだ」
「何を?」
「俺が知っていることは多くない」
「知ってることだけでいいよ」
「…………」
俺はレイヴンを見る。
「まず」
フェリシア。
あの日。
「フェリシアで何してたの?」
「…………」
少し沈黙。
そして。
「任務だ」
「どんな?」
「男の殺害」
「…………」
たるとの表情が変わる。
あの男はフェリシアへ侵入し、俺が尾行した。
そして。
殺された。
「それと」
レイヴンが続ける。
「男が所持していた通信宝玉の回収」
「…………」
「宝玉」
シズクが呟く。
「では、やはり」
「あなたが破壊したのですね」
「ああ」
「でも」
俺は聞く。
「回収するんじゃなかったの?」
「その予定だった」
「じゃあなんで壊したの?」
「お前だ」
「私?」
「ああ」
レイヴンが俺を見る。
「対象を追っていたお前が、予想以上に近くまで来た」
「…………」
「男を処理した時点で」
「宝玉を回収する時間がなくなった」
「だから」
レイヴンが答える。
「破壊した」
「じゃあ」
俺は少し考える。
「私を撃ったんじゃなかったの?」
「撃ってない」
「…………」
「狙ったのは宝玉だ」
「…………」
「ガウ?」
たるとが俺を見る。
「なに?」
「もしかして」
「…………」
「避けたと思ってました?」
「…………」
「ガウ?」
「今は尋問中」
「思ってたんですね!?」
「今は関係ないでしょ!」
「ふふっ」
リュミエールが笑ってる。
「ガウちゃん~」
セリア。
「避けてなかったんだね~」
「セリアは黙ってて」
「は~い」
恥ずかしい。
「ですが」
シズクがレイヴンを見る。
「これで一つ繋がりました」
「ええ」
リュミエールも頷く。
「宝玉そのものが証拠だった」
「回収できないなら破壊する」
「…………」
砕けた宝玉。
それでも完全には消えなかった。
だから今。
ミスティアで調べている。
「依頼した人は?」
俺が聞く。
「知らん」
「本当に?」
「ああ」
「誰から依頼されたか知らないのに動いてるの?」
「俺が依頼主と直接やり取りするわけじゃない」
「じゃあ誰が?」
「ボスだ」
「…………」
「依頼を受けるのはボス」
レイヴンが続ける。
「俺たちは必要な情報と指示だけを受け取る」
「なら」
たるとが聞く。
「今回のミスティアでの襲撃も」
虎耳が少し動く。
「そのボスからの指示ですか?」
「ああ」
「目的は?」
「…………」
レイヴンがたるとを見る。
「お前だ」
「…………」
空気が変わった。
「私?」
「正確には」
レイヴンが静かに答える。
「お前の殺害」
「…………」
誰も喋らない。
俺はレイヴンを見る。
「魔物の襲撃も?」
「ああ」
「全部?」
「全部だ」
レイヴンが壁にもたれる。
「最初の襲撃でミスティアの防衛戦力を確認した」
「…………」
「兵の動き」
「攻略組の対応」
「研究者」
「結界」
「そして」
俺たちを見る。
「お前たちがどう動くか」
「…………」
百を超える魔物。
あれは。
「偵察だったの?」
「偵察だけじゃない」
「可能ならそこで仕留めてもよかった」
「だが」
レイヴンがセリアを見る。
「予想以上の戦力がいた」
「…………」
セリアが首を傾げる。
「私~?」
「あの魔法だ」
「あ~」
セリアの特大魔法。
雪原から魔物がほとんど消えた。
「だから二度目は数を減らした」
レイヴンが続ける。
「多すぎれば警戒される」
「少なすぎれば戦力が外へ出ない」
「…………」
「魔物使いが数を調整し」
「お前たちを外へ誘い出した」
ガウ。
シズク。
セリア。
モルフォ。
「回復役は後方へ残る」
「…………」
たると。
「そこを撃った」
「…………」
俺は拳を握る。
「もし」
声が少し低くなった。
「偽物じゃなかったら?」
「ガウ」
たるとが俺を見る。
レイヴンは黙らない。
「殺していた」
「…………」
「心臓を狙った」
「…………」
黒煙が少しだけ指先から漏れた。
「ガウ」
たるとが俺の袖を掴む。
「私は大丈夫です」
「…………」
「ここにいますから」
「……うん」
黒煙が消える。
「それで」
たるとがレイヴンを見る。
「なぜ私なんですか?」
「知らん」
「…………」
「依頼内容は対象の殺害」
「理由までは伝えられていない」
「依頼主は?」
「知らん」
「ボスなら?」
「知っているだろうな」
「…………」
俺は鉄格子へ少し近付く。
「じゃあボスは誰?」
「言えん」
「名前は?」
「言えん」
「どこにいるの?」
「言えん」
「…………」
頑固。
「だったら」
シズクが聞く。
「あなたたちの組織名を教えてください」
「断る」
即答。
「そこも?」
「ああ」
「お願いします!」
たると。
「断る」
「教えて~」
セリア。
「断る」
「興味があります」
モルフォ。
「断る」
「…………」
全滅。
「レイヴン」
俺が呼ぶ。
「なんだ」
「負けたよね?」
「ああ」
「捕まったよね?」
「ああ」
「武器もないよね?」
「ああ」
「じゃあ教えてよ」
「断る」
「なんで!?」
変なところで頑固。
「組織を売るつもりはない」
「…………」
レイヴンが目を閉じる。
「聞きたいことはそれだけか?」
「…………」
俺たちは顔を見合わせる。
「困りましたね」
シズクが言う。
「無理やり聞き出すわけにもいきませんし」
「そうだね~」
「時間を掛けるしかないでしょうか」
モルフォも考える。
その時。
「仕方ありませんね」
「?」
リュミエール。
ずっと静かに話を聞いていた。
微笑んでる。
「レイヴンさん」
「なんだ」
「ちょうどよかったです」
「何がだ?」
「研究院で」
にっこり。
「新しい術式の実証実験を行おうと考えていたところなのです」
「…………」
レイヴンが目を開く。
「実証実験?」
「ええ」
「ですが一つ問題がありまして」
「…………」
「人体への影響を確認するための被験者がいまさんでした」
「…………」
静かになった。
「リュミエールさん?」
たるとが見る。
「なんでしょう?」
「人体……?」
「実験です」
「…………」
笑顔。
「ガウちゃん~」
セリアが小声。
「なに?」
「そんな研究あった~?」
「私に聞かないで」
「聞いたことないよ~」
「…………」
リュミエール。
いや、リュミエールさん。
笑顔が怖い。
「具体的には」
リュミエールが話し始める。
「まず魔力回路へ術式を直接接続し」
「待て」
レイヴン。
「その後、身体各部への魔力負荷を段階的に上昇させます」
「待て」
「さらに複数属性の魔力を同時に流した場合の――」
「待てと言っている!」
「どうされました?」
「…………」
レイヴンの顔。
さっきまでと違う。
「安全なのか?」
「…………」
リュミエールが少し考える。
「それを確認するための実験です」
「…………」
「…………」
俺は一歩下がった。
「怖い」
「私もです……」
たるとも一歩下がる。
「興味深いですね」
モルフォ。
「モルフォさん!?」
「複数属性を同時に流す場合、どのような術式を――」
「師匠」
ミナ。
「はい」
「黙ってください」
「…………」
「ちなみに」
リュミエールが続ける。
「実験中に何らかの異常が発生した場合は」
レイヴンが見る。
「場合は?」
「その時に考えましょう」
「…………」
「…………」
沈黙。
レイヴンが俺を見る。
シズクを見る。
たるとを見る。
セリア。
モルフォ。
そして。
リュミエールさん。
「…………」
大きく息を吐いた。
「すみません」
「?」
リュミエールが首を傾げる。
「勘弁してください」
「…………」
折れた。
「レイヴン?」
俺が見る。
「なんだ」
「さっきまで格好よかったのに」
「うるさい」
「組織を売らないって」
「命あっての物種だ」
「早くない?」
「お前も実験内容を聞いただろう!」
「うん」
俺は頷く。
「私でも喋る」
「だろう!?」
初めて意見が合った。
「残念ですね」
リュミエールさん。
「残念なんですか!?」
たるとの虎耳が立った。
「冗談ですよ」
にっこり。
「…………」
本当に?
「それでは」
シズクがレイヴンを見る。
「教えていただけますね?」
「…………」
レイヴンが大きく息を吐く。
「分かった」
空気が戻る。
「俺が所属している組織は」
一拍。
「《夜葬》」
「ナイト・レクイエム」
レイヴンが続ける。
その瞬間。
「…………」
リュミエールの表情から笑みが消えた。
「知ってるの?」
俺が聞く。
「ええ」
リュミエールはレイヴンを見る。
そして。
静かに告げた。
「世界指名手配ランキング」
一拍。
「第六位」
「…………」
「依頼を受け」
「暗殺」
「誘拐」
「破壊工作」
「その他、多数の裏仕事に関与しているとされる組織」
リュミエールの目が細くなる。
「《夜葬》」
「…………」
俺はレイヴンを見る。
フェリシアへ潜入していた男。
通信宝玉。
狙撃。
ミスティアを襲った魔物。
そして。
たるとの暗殺。
バラバラだったものに。
ようやく一つの名前が付いた。
《夜葬》。
世界指名手配ランキング。
第六位。
だけど。
「…………」
俺はレイヴンを見る。
まだ分からない。
一番大事なこと。
誰が何のために。
「たるとを殺せ」
そう依頼したのか。
その答えを知っているのは《夜葬》のボスだけだった。
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