第28話 罠
バァンッ!!
銃声。
弾丸が――
たるとの胸を貫いた。
「…………」
小さな身体が揺れる。
胸。
ぽっかりと穴が開いている。
「たるとさん!?」
ノアの声。
「っ!」
リオが振り返る。
「たると様!」
ミナも目を見開く。
周囲にいた衛兵たちが一斉に武器を構えた。
「敵襲!?」
「どこからだ!」
「狙撃だ!」
「たると殿を――!」
その時。
「…………」
たるとの身体が揺らいだ。
「え?」
ノアが止まる。
虎耳。
尻尾。
腕。
脚。
輪郭がぼやけていく。
そして。
パァァァァ……。
淡い光。
たるとの身体が魔力の粒子となって崩れていった。
「…………」
ノア。
リオ。
ミナ。
衛兵。
全員が固まる。
「…………え?」
そこには何も残っていなかった。
◇
雪山。
高い崖。
吹雪。
白い外套の男はスコープを覗き続けていた。
「…………」
その隣。
魔物たちに囲まれた男が笑う。
「やったな」
「…………」
返事がない。
「おい」
「…………」
「どうした?」
白い外套の男が僅かに眉を動かす。
「違う」
「何が?」
「…………」
スコープの先。
正門。
撃ち抜いた虎獣人。
その姿が消えていく。
「偽物だ」
「…………は?」
男の笑みが消えた。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ」
「…………」
「俺が撃ったのは」
白い外套の男が低く告げる。
「ターゲットじゃない」
◇
雪原。
――バァンッ!!
「!」
銃声。
来た。
俺は反射的に身体をずらした。
右。
一歩。
「…………?」
何も来ない。
「ガウ?」
シズクが俺を見る。
「どうしました?」
「今」
銃声。
前と同じ。
フェリシア。
あの時。
俺を狙った。
「…………」
俺は振り返る。
正門が遠い。
でも見える。
衛兵たちが騒いでいる。
ノア。
リオ。
ミナ。
その近くで淡い光が消えていく。
「…………」
あれ。
「ガウちゃん~?」
セリアの声。
「そっち?」
「なにが~?」
俺じゃない。
狙われたのは。
「…………」
たると。
「グオオオオオッ!!」
「!」
目の前。
巨大な熊型の魔物。
「ガウ!」
シズク。
「《障壁》!」
キィィンッ!!
透明な壁が爪を受け止める。
「今は戦闘中です!」
「ごめん!」
結界を蹴る。
タンッ!
上。
魔物の頭上。
《朧》。
「《朧斬》!」
ザンッ!!
「グオッ!」
魔物がよろめく。
着地。
雪。
ズボッ。
「…………」
やっぱり歩きにくい。
「ガウ!」
「分かってる!」
結界。
蹴る。
「《瞬牙》!」
ザシュッ!!
魔物の横を抜ける。
巨体が雪へ倒れた。
「…………」
俺はもう一度正門を見る。
「ガウ」
シズクが隣へ。
「何があったんですか?」
「撃たれた」
「え?」
「たるとが」
「っ!?」
シズクの顔色が変わる。
「たるとさんが!?」
「大丈夫」
「大丈夫って――」
「偽物だから」
「…………」
シズクが止まった。
「偽物?」
「うん」
「どういうことですか?」
「ガウちゃん~」
セリアが近付いてくる。
「ちゃんと上手くいったみたいだね~」
「うん」
「…………」
シズクが俺とセリアを交互に見る。
「説明してください」
「あとで」
「ガウ!」
「今は魔物」
まだいる。
数は減った。
でも戦闘は終わってない。
「…………」
シズクが小杖《白晶》を握る。
「分かりました」
そして。
「ですが」
俺を見る。
「絶対にあとで説明してください」
「うん」
「私にも~?」
「セリアは知ってるでしょ」
「そうだった~」
「…………」
シズクの視線が怖い。
◇
少し前。
中央研究院。
「セリア」
「なに~?」
「お願いがあるんだけど」
「お願い~?」
「うん」
俺はこたつから顔を出す。
「たるとの偽物って作れる?」
「…………」
セリアが瞬きをする。
「たるとちゃんの~?」
「うん」
「作れると思うよ~」
「本当?」
「見た目だけなら簡単~」
セリアが魔杖《創星》を見る。
「動かすなら少し調整がいるけど~」
「喋れる?」
「できるよ~」
「近くで見ても分からないくらい?」
「たぶん~」
「たぶん?」
「やってみないと分かんない~」
「…………」
少し不安。
「ガウ」
隣。
たるとの声。
「はい?」
「私の偽物を作ってどうするんですか?」
「念のため」
「何の!?」
「狙撃」
「…………」
たるとの虎耳が止まった。
「狙撃?」
「うん」
「昨日の魔物」
俺はこたつから少しだけ出る。
「変だったでしょ?」
「はい」
「誰かが操ってたなら」
「うん」
「ミスティアを襲わせた理由がある」
「…………」
「フェリシアの時も」
男。
通信。
宝玉。
銃声。
「混乱してる時に撃たれた」
「…………」
たるとの表情が変わる。
「同じ人だと思ってるんですか?」
「分かんない」
「でも」
また来るかもしれない。
「狙われるなら」
俺は自分を指差す。
「たぶん私かも」
「…………」
「前も撃たれたから」
「だったら!」
たるとがこたつから飛び出した。
「ガウの偽物を作ってください!」
「私はいいよ」
「なんでですか!?」
「避けるから」
「…………」
「そういう問題じゃありません!!」
虎耳が立った。
「危ないじゃないですか!」
「前も避けたよ」
「次も避けられるとは限りません!」
「避けるよ」
「なんで言い切れるんですか!?」
「避けるから」
「答えになってません!」
「ガウちゃん~」
セリアが笑う。
「ガウちゃんの偽物も作ろうか~?」
「いらない」
「ガウ!」
「だって」
俺はたるとを見る。
「私は避けられるけど」
たると。
「たるとは無理でしょ?」
「…………」
虎耳が止まる。
「だから」
念のため。
「たるとの方を偽物にする」
「…………」
たるとが俺を見る。
「ガウ」
「なに?」
「私だって避けられます!」
「弾丸?」
「…………」
「避けられる?」
「…………」
虎耳が伏せる。
「たぶん」
「たぶんじゃ駄目だよ」
「むぅ……」
「それに」
本当に俺が狙われるならーー
何も起きない。
それならいい。
「保険」
「…………」
たるとが黙る。
そして。
「分かりました」
「いいの?」
「納得はしてません!」
「うん」
「ガウも偽物にしてほしいです!」
「それは嫌」
「なんでですか!」
「戦えないから」
「偽物に戦ってもらえばいいじゃないですか!」
「それは無理だよ~」
セリアが答えた。
「見た目とか動きは作れるけど~」
魔杖《創星》を持ち上げる。
「ガウちゃんと同じ強さまでは再現できないよ~」
「…………」
「ほら」
「ほらじゃありません!」
「たるとちゃんの偽物も~」
セリアが続ける。
「戦闘は無理だよ~」
「だから本物のたるとは安全な場所にいて」
「…………」
「お願い」
「…………」
たるとは俺を見る。
じー。
「…………」
「じー」
「自分で言うようになったね」
「誰のせいですか!」
「知らない」
「ガウです!」
そして。
たるとが大きく息を吐いた。
「分かりました」
「うん」
「でも!」
指を差される。
「絶対に無茶しないでください!」
「分かった」
「絶対ですよ!」
「うん」
「本当に!?」
「たぶん」
「ガウ!」
◇
正門へ向かう途中。
「セリア」
「なに~?」
俺は走りながら声を落とす。
「さっき言ってたことなんだけど……」
「うん~」
「やっぱりお願い」
「分かった~」
セリアが魔杖《創星》へ触れる。
「たるとちゃんは~?」
「リュミエールに頼んで研究院に残ってもらう」
「じゃあ~」
セリアが笑う。
「正門に着く前に入れ替えるね~」
「うん」
◇
雪原。
「…………」
俺は目の前の魔物を見る。
狙撃。
来ると思ってた。
だけど。
狙われるのは俺だと思ってた。
前に撃たれたから。
たるとは念のため。
それだけだった。
「…………」
でも。
違った。
狙われたのはたると。
「…………」
《朧》を握る手に力が入る。
もし。
偽物を用意してなかったら。
「…………」
胸。
そこを撃ち抜かれた。
本物だったら。
「ガウ?」
シズク。
「…………」
「ガウ?」
「ごめん、あとよろしく」
深く沈みこむ。
「アークスキル」
「《黒煙支配》」
俺の周りに黒い煙が漂う。
視線を伸ばす。
雪山。
高い場所。
「…………」
吹雪の中。
一瞬の小さな光。
俺は目を細める。
弾丸の軌道。
発砲時の光。
重なる場所。
雪山。
高い崖。
「……見つけた」
◇
「撤退するぞ」
魔物使いが言う。
「…………」
白い外套の男はまだスコープを覗いている。
「聞いてるか?」
「ああ」
「偽物を置いてたってことは」
男がミスティアを見る。
「警戒されてた」
「…………」
「長居はまずい」
周囲。
魔物たちが立ち上がる。
狼。
鳥。
巨大な獣。
「次はどうする?」
「ボスに報告する」
狙撃手が武器を下ろす。
「ターゲットの殺害に失敗」
「それと」
「?」
「…………」
スコープから目を離す。
その時。
遠くの雪原に一人。
こちらを睨み付ける狼獣人が居た。
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