第25話 最前線
魔導国家。
中央研究院。
「…………」
俺はこたつに入っていた。
暖かい。
すごく暖かい。
「ガウ」
「なに?」
「そろそろ出ませんか?」
隣にたると。
「たるとも入ってるじゃん」
「…………」
「さっきより深く入ってる」
「これは……」
たるとの虎耳が動く。
「ガウが出ないからです!」
「なんで私のせいなの?」
「一人にしたら駄目だと思ったんです!」
「じゃあ出たら?」
「…………」
たるとがこたつを見る。
「あと少しだけ」
「駄目虎」
「ガウにだけは言われたくありません!」
その少し離れた場所。
研究者が展開した魔法陣をセリアが覗き込んでいる。
「この部分~」
セリアが魔法陣を指差す。
「やっぱり普通の通信術式とは違うね~」
「ええ」
リュミエールが頷く。
「接続情報を隠蔽するための術式だと思われます」
「こちらにも似た術式があります」
シズクが別の破片を見る。
「一つではない?」
「そのようですね」
「…………」
モルフォが宝玉を見る。
「かなり慎重に作られていますね」
「ええ」
リュミエールの表情は真剣。
「まだ断定はできませんが」
破片を見る。
「解析されることそのものを想定して作られた可能性がありますね」
「…………」
俺はこたつから顔だけ出して聞いていた。
難しい。
でも。
一つだけ分かる。
あの宝玉は普通の物じゃない。
そして。
作った人はかなり用心深い。
「もう少し調べたいね~」
セリアが言う。
「残ってる術式を一つずつ分けてみたいな~」
「時間が掛かりそうですか?」
たるとが聞く。
「掛かるよ~」
即答。
「どれくらいですか?」
「分かんない~」
「…………」
たるとの虎耳が動く。
「今日中には?」
「無理だと思う~」
「明日は?」
「それも分かんない~」
「…………」
たるとがリュミエールを見る。
「そんなに大変なんですか?」
「ええ」
リュミエールが答える。
「破損している魔導具の解析ですから」
「残存している術式を壊してしまえば、二度と確認できなくなる可能性もあります」
「そのため慎重に進める必要があります」
「なるほど……」
たるとの虎耳が少し伏せる。
「じゃあ」
俺が聞く。
「まだ時間掛かる?」
「掛かりますね」
「…………」
こたつ。
暖かい。
なら問題ない。
「ガウ」
「なに?」
「今、嬉しそうでしたよね?」
「気のせい」
「絶対こたつに入っていられるからですよね?」
「気のせい」
「目を逸らさないでください!」
その時。
「ふふっ」
リュミエールが笑った。
「でしたら」
「?」
俺とたるとが見る。
「解析の結果が出るまで」
リュミエールさんが言う。
「お二人は街をご覧になってはいかがですか?」
「街を?」
たるとの虎耳が立つ。
「ええ」
「せっかくミスティアまでいらしたのですから」
「研究院にずっといるのも退屈でしょう?」
「…………」
俺はこたつを見る。
「ガウ」
「なに?」
「行きますよ」
「まだ何も言ってない」
「顔に書いてあります!」
「書いてないよ」
「こたつ見てるじゃないですか!」
「別れの挨拶を……」
「行きますよ!」
リュミエールがまた笑った。
「案内役を一人お付けします」
「いいんですか?」
「もちろんです」
そして。
研究組を見る。
「皆さんは引き続きこちらで?」
「やるよ~」
セリア。
「お願いします」
シズク。
「私も残ります」
モルフォ。
三人とも即答。
「ノア」
「はい?」
俺が見る。
「セリアをよろしく」
「任せてください!」
「ガウちゃん~?」
「リオ」
「はい」
「シズクも」
「承知しました」
「ガウ?」
「ミナ」
「はい」
「モルフォを――」
「監視します」
モルフォの声。
「私だけ扱いがおかしくありませんか!?」
◇
研究院の入口。
「お待たせいたしました」
「!」
一人の女性が立っていた。
青いローブ。
腰には小さな杖。
年齢は俺たちより少し上くらいに見える。
「リュミエール様より、お二人の案内を任されました」
軽く頭を下げる。
「よろしくお願いいたします」
「こちらこそ!」
たるとも頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
「まずはどちらをご覧になりますか?」
「おすすめはありますか?」
たるとが聞く。
「でしたら」
女性が少し考える。
「一通り街をご案内しましょう」
「お願いします!」
俺たちは研究院を出た。
◇
「…………」
改めて見る。
ミスティア。
石造りの建物。
高い塔。
道の脇には青白い魔法灯。
建物の壁。
道路。
至る所に小さな魔法陣がある。
そして。
街全体を覆う巨大な結界。
その向こう。
吹雪。
「…………」
俺は結界の外を見る。
真っ白。
雪が横向きに飛んでいる。
「すごい」
「結界ですか?」
案内役の女性が聞く。
「うん」
「外と全然違う」
「ミスティアの生命線です」
女性が答える。
「第七階層の寒さと吹雪を完全に防ぐことはできません」
「ですが、結界によって街内部への影響を大幅に軽減しています」
「もし壊れたら?」
俺が聞く。
「大変なことになります」
「…………」
俺は結界を見る。
「絶対壊しちゃ駄目だね」
「はい」
即答。
「特にガウは困りますね!」
たると。
「なんで私だけ?」
「死にかけてたじゃないですか!」
「死にかけてないよ」
「寝ようとしてました!」
「ちょっと眠かっただけ」
「それを死にかけてるって言うんです!」
「そのため」
案内役が続ける。
「結界は複数の術式で構成されています」
「一部に異常が発生しても、すぐに全体が停止しないようになっています」
「へえ」
「シズクが聞いたら喜びそうですね!」
「うん」
たぶん一日中見てる。
◇
「ここは商業区です」
「おお!」
たるとの虎耳が立つ。
店。
露店。
人。
かなり多い。
「防寒具!」
たるとが指差す。
厚手のコート。
手袋。
靴。
マフラー。
大量。
「こっちにもあります!」
「雪山用の装備ですね」
案内役が説明する。
「ミスティアの外で活動する方には必須です」
「こっちは?」
俺が見る。
小さな箱。
「携帯用の暖房魔導具です」
「…………」
「ガウ?」
俺は箱を見る。
「欲しい」
「即答!?」
「外でも暖かい?」
「周囲の温度をある程度保つことができます」
「買う」
「ガウ!」
「必要だよ」
「目が本気です!」
「必要だから」
「…………」
たるとも箱を見る。
「…………」
「たると?」
「一個くらいなら……」
「欲しいんじゃん」
「ガウが寒そうだからです!」
絶対違う。
他にも。
凍結耐性を高めるポーション。
雪山用の靴。
氷を砕く道具。
簡易テント。
魔物避けの魔導具。
「フェリシアと全然違いますね」
たるとが周囲を見る。
「そうだね」
フェリシアの商業区。
食べ物。
日用品。
装備。
色んな物がある。
ここも同じ。
だけど。
商品を見るだけで分かる。
この国の外がどれだけ危険なのか。
◇
「こちらは宿泊区域です」
「宿泊?」
「はい」
大きな建物がいくつも並んでいる。
出入りする人はプレイヤーしかいない。
武器。
防具。
明らかに戦闘職が多い。
「攻略組?」
俺が聞く。
「ええ」
案内役が頷く。
「第七階層を攻略している方々です」
近くにいた数人のプレイヤーが大きな地図を広げていた。
「昨日のルートは無理だ」
「吹雪が強すぎる」
「西側から回るか?」
「そっちは氷結種が増えてるぞ」
「なら南側は?」
「崖が凍ってる」
「…………」
攻略の話。
別の場所。
「明日は北東を調べる」
「回復役は?」
「二人確保した」
「タンクが足りない」
「他のギルドに声掛けてみる」
「…………」
俺は周囲を見る。
「すごい人ですね」
たるとも驚いている。
「常にこのくらいいるんですか?」
「時期にもよりますが」
案内役が答える。
「ミスティアは第七階層攻略の拠点ですから」
「攻略の拠点……」
「はい」
さらに進む。
「こちらです」
大きな建物。
中。
カンッ!
カンッ!
金属音。
「鍛冶場?」
「装備整備施設です」
傷だらけの盾。
刃こぼれした剣。
凍りついた鎧。
「これ全部?」
「外から戻った攻略組の装備です」
「…………」
職人たちが次々修理している。
「第七階層では装備の消耗が激しいんです」
「寒さ」
「氷」
「魔物」
「長時間の探索」
「そのため、装備を整備する施設も必要になります」
「なるほど……」
たるとが真剣に見ている。
さらに。
隣の建物。
「治療施設です」
中。
ベッド。
回復役。
怪我をしたプレイヤー。
「っ……」
腕に包帯。
「凍傷ですね」
治療する人の声。
奥には鎧を脱いで座り込んでいる人。
疲れている。
奥を見ると片腕が無いプレイヤー。
「…………」
さっきまで魔法の街。
綺麗。
すごい。
そんなことばっかり考えてた。
でも違う。
ここは。
「……最前線なんだ」
俺が呟く。
「はい」
案内役が答える。
「魔導国家は」
少し先を見る。
「魔法研究の中心地であると同時に」
「第七階層攻略の最前線基地でもあります」
「…………」
「ここから先を目指す攻略組へ」
「装備」
「食料」
「宿泊場所」
「情報」
「治療」
「必要なものを提供する」
「そして」
「探索から戻った者たちを受け入れる」
「それもミスティアの役目です」
「…………」
たるとの虎耳が動いた。
「帰ってくる場所なんですね」
案内役がたるとを見る。
「帰ってくる場所?」
「はい」
たるとが笑う。
「攻略に出た人たちが」
「疲れたり」
「怪我したりしても」
「ここまで戻ってくれば休める」
「…………」
「また頑張ろうって思える場所です」
案内役が少し驚いた顔をする。
そして。
微笑んだ。
「そうですね」
「そういう意味では」
街を見る。
「ここは彼らの帰る場所なのかもしれません」
「…………」
たるとの尻尾。
ゆらゆら。
「嬉しそう」
俺が言う。
「はい!」
「なんで?」
「フェリシアと少し似てると思ったので!」
「確かに」
国の形は全然違う。
フェリシア。
ミスティア。
でも。
帰ってこられる場所。
そこは少し似ている。
◇
「ここは攻略情報共有所です」
「…………」
またすごい。
大きな建物。
壁一面。
地図。
第七階層のマップ。
雪山。
雪原。
森。
谷。
洞窟。
色んな場所に印。
「この印は?」
俺が聞く。
「魔物の確認地点です」
「いっぱいある」
「はい」
「こっちは?」
たるとが指差す。
「危険区域です」
「こっちは?」
「現在調査中の地域ですね」
「…………」
情報が細かい。
壁には紙も大量に貼られている。
《吹雪発生区域》。
《氷結湖・通行注意》。
《大型魔物確認》。
《雪崩発生》。
《未確認反応》。
「情報は随時更新されます」
案内役が説明する。
「探索から戻った攻略組から情報を集め」
「他の攻略組へ共有しています」
「すごいですね……」
たるとが地図を見る。
「フェリシアにもこういうの欲しいです!」
「第一階層で?」
俺が聞く。
「国の外の情報を共有する場所です!」
「ああ」
それなら便利かも。
「帰ったらゴウマたちにも相談しましょう!」
「うん」
たると。
ちゃんと勉強してる。
俺も何か――。
「…………」
あ。
「ガウ?」
「なに?」
「どこ見てるんですか?」
「向こう」
「?」
売店。
湯気。
何か暖かそうな飲み物。
「…………」
「ガウ」
「寒くないけど」
「まだ何も言ってません!」
「暖かい物は大事だよ」
「さっき暖房魔導具買いましたよね!?」
「それとこれとは別」
「もう!」
◇
街を歩いた。
魔法道具を扱う店。
攻略組向けの食堂。
補給施設。
衛兵の詰所。
街の至る所に。
第七階層を攻略するための設備がある。
「…………」
俺は歩きながら周囲を見る。
到着した時はただすごい魔法の国だと思った。
でも違った。
ここで研究して。
ここから攻略へ出て。
戻ってきて。
装備を直して。
怪我を治して。
情報を集めて。
また外へ出る。
「本当に基地なんだね」
「はい!」
たるとも街を見る。
「でも」
「?」
「皆さん楽しそうです!」
言われて見る。
店で笑っている人。
攻略から戻って仲間と話している人。
食事をしている人。
研究者。
衛兵。
攻略組。
「最前線なのに」
たるとが言う。
「ちゃんと皆が暮らしてる」
「うん」
フェリシアとは違う。
でも。
いい国だと思う。
その時だった。
――ウゥゥゥゥゥゥゥゥン!!
「…………!」
大きな音。
街中。
一斉に響いた。
「なに!?」
たるとの虎耳が立つ。
さっきまで青白かった魔法灯。
赤に一斉に変わる。
「…………」
空気が変わった。
「警報です!」
案内役の表情が変わる。
「警報?」
次の瞬間。
「全員、持ち場へ!」
衛兵の声。
「北東門へ急げ!」
「結界術師は防壁へ!」
「治療班、準備!」
街中。
人が動く。
さっきまで食事をしていた攻略組。
立ち上がる。
武器。
装備。
店の人たちも商品を片付け始める。
「…………」
早い。
迷いがない。
「何があったんですか!?」
たるとが聞く。
「分かりません!」
案内役が周囲を見る。
その時。
「退いてくれ!」
衛兵。
走ってくる。
「緊急報告!」
「北東監視所より確認!」
周囲の衛兵が振り返る。
「何が来た!」
「魔物です!」
「数は!?」
衛兵が息を切らしながら答える。
「多数!」
「正確な数は確認できません!」
「…………!」
そして叫んだ。
「魔物の群れ多数!」
一拍。
「――ミスティアへ接近中!!」
「…………」
俺は北東を見る。
巨大な結界。
その向こう。
真っ白な吹雪。
何も見えない。
だけど。
遠く。
雪の向こうから何かが近付いていた。
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