第24話 学ぶもの
魔導国家。
研究院。
「…………」
俺は部屋の中を見回していた。
広い。
壁一面の本棚。
大量の魔導書。
棚に並べられた宝玉。
見たことのない魔法道具。
机の上にはいくつもの魔法陣が浮かんでいる。
奥では白衣を着た研究者たちが何かを話し合っていた。
「すごい~」
セリアの目が輝いている。
「見て~」
「なに?」
「あの術式~」
「うん」
「魔力の流れを三つに分けてるよ~」
「へえ」
「こっちは魔法陣を重ねてる~」
「そうなんだ」
「ガウちゃん興味ない~?」
「分かんない」
「そっか~」
セリアは気にせず別の物を見る。
「…………!」
また目が輝いた。
楽しそう。
「こちらがミスティアの中央研究院です」
リュミエールが説明する。
「魔法」
「術式」
「結界」
「魔導具」
「それぞれ専門の研究者が在籍しています」
「結界もですか?」
シズクが反応した。
「ええ」
「街を覆っている結界も?」
「もちろんです」
「…………」
シズクの目も変わった。
「詳しく見せていただくことは可能でしょうか?」
「機密に関わらない範囲でしたら」
「ありがとうございます!」
シズクまで楽しそう。
「モルフォさん」
たるとが見る。
「はい?」
「モルフォさんは大丈夫ですか?」
「もちろんです」
モルフォは落ち着いている。
「…………」
その視線。
研究院の奥。
素材棚。
「…………」
「モルフォさん?」
「はい」
「見たいんですよね?」
「…………」
「顔に出てますよ?」
「少しだけ」
やっぱり。
「師匠」
ミナがモルフォを見る。
「宝玉が先です」
「分かっています」
「本当ですか?」
「ミナ」
「はい?」
「私はそこまで信用がありませんか?」
「ありません」
「…………」
モルフォが黙った。
助手に負けた。
「セリアさんもですよ」
ノアが言う。
「え~?」
「勝手にどこかへ行かないでくださいね?」
「行かないよ~」
「今、あちらへ行こうとしてましたよね?」
「…………」
セリアの足。
研究設備の方向を向いている。
「ばれた~」
「ばれます!」
「シズク様も」
リオ。
「はい?」
「結界の見学は宝玉の調査が終わってからです」
「…………」
「シズクさん?」
「分かっています」
少し残念そう。
「…………」
たるとが三組を見る。
セリアとノア。
シズクとリオ。
モルフォとミナ。
「助手の皆さんが一番しっかりしてません?」
「そうかも」
俺も頷く。
「大変ですね……」
たるとが三人を見る。
「お気持ちは分かります」
ノアが苦笑する。
「シズクさん、珍しくはしゃいでいますね」
リオ。
「モルフォさんの取説を作りましたので大丈夫です」
ミナ。
ミナ!?
その時。
「…………」
俺の視界の端に何かが映った。
「…………」
ん?
部屋の隅。
四角い机。
その上。
厚い布団。
「…………」
まさか。
いや知っている。
俺はあれを知っている。
「ガウ?」
たるとが俺を見る。
「どうしました?」
「…………」
俺は歩く。
「ガウ?」
一歩。
二歩。
「どこ行くんですか?」
近づく。
間違いない。
「…………」
俺は振り返った。
「リュミエールさん」
「はい?」
「あれ」
指差す。
「こたつ?」
「ええ」
リュミエールさんが頷く。
「寒いので作りました」
「…………!」
あった。
この世界にこたつが!
「研究院では長時間作業する者も多いですから」
リュミエールさんが説明する。
「休憩用として置いている物です」
「…………」
休憩。
暖房。
こたつ。
「ガウ?」
たるとの声。
聞こえない。
俺はこたつへ近づいた。
そして。
すぽっ。
「…………」
暖かい。
「…………」
すごい。
「ガウ?」
「…………」
外。
雪。
吹雪。
寒い。
ここ暖かい。
「…………」
もう出たくない。
「ガウ!」
「なに?」
「何してるんですか!?」
「暖まってる」
「宝玉の調査ですよ!?」
「聞いてる」
「まだ始まってません!」
「始まったら聞く」
「こたつから出てください!」
「ここで聞けるよ」
「出てください!」
「嫌」
「即答!?」
俺はさらに深く入る。
足。
暖かい。
尻尾も。
すぽっ。
「…………」
完璧。
「ガウ!」
「寒かったんだよ」
「ここは結界の中だから暖かいですよ!」
「でもこたつはもっと暖かい」
「そういう問題じゃありません!」
「たるとも入れば分かるよ」
「入りません!」
「本当に?」
「…………」
たるとがこたつを見る。
「…………」
「入りたい?」
「入りません!」
ちょっと迷ってる。
「ガウちゃん~」
セリア。
「なに?」
「猫みたいだね~」
「狼なんだけど」
「駄目猫~?」
「狼!」
「駄目狼~?」
「…………」
「否定しなくなりましたね!?」
たるとが叫んだ。
「ふふっ」
リュミエールさんまで笑っている。
「気に入っていただけたようで何よりです」
「すごくいい」
「ガウ!」
「フェリシアにも欲しい」
「…………」
たるとの虎耳が動く。
「あ」
「欲しくなった?」
「ちょっとだけ……」
「でしょ?」
「でも今は調査です!」
◇
調査室。
中央の大きな机。
その上には宝玉の破片。
リュミエール。
ミスティアの研究者たち。
たるとたち。
そして。
俺とこたつ。
「なんで持ってきたんですか!?」
「リュミエールがいいって」
「許可したんですか!?」
「ええ」
リュミエールが微笑む。
「調査の邪魔にはなりませんから」
「…………」
たるとが俺を見る。
「ガウ」
「なに?」
「皆さん勉強してるんですよ?」
「私も学んだよ」
「何をですか?」
「こたつは危険」
「なんでですか?」
「出られなくなる」
「自分の意志で出てください!」
無理。
「始めましょうか」
リュミエールの一言。
空気が変わる。
「お願いします!」
たるとも席につく。
研究者の一人が宝玉の破片へ手を伸ばした。
直接触れず。
魔法陣を展開する。
青白い光。
破片がゆっくり浮かび上がる。
「…………」
セリアが見る。
さっきまでとは違う。
研究者の顔。
「残存魔力を調べてるんだね~」
「ええ」
リュミエールさんが頷く。
「破壊されていても、術式そのものが完全に消えるとは限りません」
「私たちも試しました」
シズクが言う。
「ですが接続先までは確認できませんでした」
「おそらく難しいでしょう」
「やはりですか?」
「ええ」
リュミエールさんが破片を見る。
「破損が激しすぎます」
「…………」
たるとの虎耳が少し伏せる。
「じゃあ、やっぱり……」
「ただし」
「!」
虎耳が立つ。
「接続先そのものが分からなくとも」
リュミエールが続ける。
「どのような術式が使用されていたか」
「そこから得られる情報はあります」
「なるほど~」
セリアが身を乗り出す。
「術式の構造から調べるんだ~」
「その通りです」
「面白い~」
セリアの目がまた輝いた。
「セリアさん」
ノア。
「分かってるよ~」
「まだ何も言ってません」
「研究に夢中にならないで、でしょ~?」
「分かってるじゃないですか!」
「ふふっ」
リュミエールが笑う。
そして。
研究は続いた。
破片を一つずつ。
残った魔力。
術式。
構造。
何度も確認する。
「…………」
しばらくして。
一人の研究者が眉を寄せた。
「リュミエール様」
「どうしました?」
「こちらを」
浮かぶ魔法陣。
その中。
複雑な線。
俺には全然分からない。
だけど。
セリア。
シズク。
モルフォ。
リュミエール。
四人の表情が変わった。
「これ……」
セリアが呟く。
「変だね~」
「何が?」
俺が聞く。
「普通の通信術式と違うよ~」
「どう違うの?」
「う~ん」
セリアが考える。
「わざと遠回りしてる感じ~?」
「?」
分からない。
「通常」
リュミエールが説明する。
「通信用の魔導具は、あらかじめ登録された相手との接続を可能にする術式が組まれています」
「はい」
たるとが頷く。
「ですが、この宝玉は」
破片を見る。
「接続情報そのものを隠す術式が組み込まれているようです」
「隠す?」
「ああ~」
セリアが頷く。
「だから私たちが調べても接続先がほとんど残ってなかったんだ~」
「破壊されたからだけではない?」
シズクが聞く。
「その可能性があります」
リュミエールさんが答える。
「元々」
一拍。
「誰と通信したのかを追跡されにくいように作られている」
「…………」
部屋が静かになる。
俺はこたつの中から宝玉を見る。
潜入していた男。
誰かとの通信。
そして。
直後に撃ち抜かれた宝玉。
男も殺された。
「最初から……」
たるとが呟く。
「隠すつもりだったんですね」
「断定はできません」
リュミエールさんが答える。
「ですが」
「少なくとも一般的な通信用宝玉ではありません」
「…………」
「さらに詳しく調べることは?」
モルフォが聞く。
「可能です」
リュミエールさんが頷く。
「ただ」
「少し時間をいただくことになるでしょう」
「構いません!」
たるとが即答した。
「お願いします!」
「承知しました」
そして。
「セリアさん」
「はい~?」
「よろしければ解析に参加されますか?」
「いいの~!?」
目がすごく輝く。
「もちろんです」
「やる~!」
「シズクさんも」
「ぜひお願いします!」
「モルフォさんも」
「喜んで」
三人は完全にやる気。
「…………」
助手たちを見る。
ノア。
「頑張ります」
リオ。
「勉強させていただきます」
ミナ。
「師匠を監視します」
「ミナ?」
一人だけ目的が違う。
「じゃあ」
たるとが俺を見る。
「ガウも――」
「ここにいる」
「こたつから出てください!」
◇
同じ頃。
第六階層。
軍事国家。
翌朝。
「遅い!」
ヴォルグの声が響く。
ドンッ!!
「っ!」
ゴウマが地面を踏みしめた。
目の前。
巨大な盾。
その横。
兵士。
さらに後ろにも兵士。
「前へ出るなと言ったはずだ!」
「敵が来ているんだぞ!」
「だから何だ!」
「…………」
ヴォルグが腕を組む。
「お前一人ならそれでいい」
「だが」
訓練場。
周囲には数十人の兵士。
ゴウマもその中に入っている。
「今のお前は部隊の一員だ」
「…………」
「お前が勝手に前へ出れば」
ヴォルグが指差す。
「そこに穴が空く」
ゴウマが後ろを見る。
自分がいた場所。
確かに隊列が崩れている。
「……なるほどな」
「戻れ!」
「ああ!」
ゴウマがすぐに隊列へ戻る。
「再開!」
「「「サー!」」」
兵士たちが動く。
「右!」
「三体!」
「前衛そのまま!」
「後衛!」
「準備できています!」
後方。
アイス。
杖を構える。
「《氷槍》」
魔法陣。
氷の槍が出現する。
狙い。
前方。
「撃つな!」
「!」
ヴォルグの声。
アイスが止める。
「なぜだ?」
「前衛を見ろ」
「…………」
見る。
兵士たちが移動している。
その先にはアイスが狙った場所。
「なるほど」
「今撃てば次に前へ出る部隊の邪魔になる」
「ああ」
ヴォルグが答える。
「敵だけを見るな」
「味方を見ろ」
「味方が今どこにいる」
「次にどこへ動く」
「それを考えて撃て」
「…………」
アイスが少し笑う。
「難しいね」
「当然だ」
「僕はここまでの大人数で戦ったことないからな」
「なら学べ」
「そのために来たんだろう」
「ああ」
アイスが杖を構え直す。
「よろしく頼む」
隊列。
動く。
前衛が下がる。
次の部隊が前へ。
その瞬間。
「今だ!」
ヴォルグ。
「《氷槍》!」
バシュッ!!
氷の槍が飛ぶ。
前衛の隙間。
その先。
訓練用の標的へ直撃。
ドォンッ!!
「よし!」
「次!」
訓練が続く。
◇
数時間後。
「休憩!」
「「「サー!」」」
兵士たちが散っていく。
「…………」
ゴウマが地面へ座った。
「疲れた」
「珍しい」
アイスが隣へ。
「ゴウマが訓練で疲れたなんて言うのは」
「身体じゃない」
ゴウマが頭を指差す。
「こっちだ」
「同感だ」
アイスも笑う。
「考えることが多い」
「ああ」
敵。
味方。
隊列。
指揮。
位置。
次の動き。
普段の戦いとは違う。
「どうだ」
ヴォルグが歩いてくる。
「勉強になっているか?」
「ああ」
ゴウマが即答する。
「かなりな」
「僕もだ」
アイスが続ける。
「僕は長く《白銀戦線》で攻略をしていたが……」
訓練している兵士たちを見る。
「国の防衛となると違う」
「当然だ」
ヴォルグが答える。
「どれだけ頑丈な壁を作ろうと」
「守る者が未熟なら意味はない」
「逆も同じだ」
「優秀な兵がいても、守るための設備や戦術がなければ被害は増える」
「両方必要ということか」
「ああ」
ゴウマが腕を組む。
「フェリシアとはかなり違うな」
「そうだな」
アイスが頷く。
グランヴァル。
軍事国家。
常に魔物の襲撃を警戒する国。
フェリシア。
皆が笑って暮らせる場所。
国の成り立ち。
環境。
考え方。
全部違う。
「だが」
ゴウマが訓練場を見る。
「持ち帰れるものは多い」
「うん」
アイスも頷く。
「全部を真似する必要はない」
「フェリシアを軍事国家にする必要もないだろう」
「当然だ」
ヴォルグが言う。
「国には国の形がある」
「…………」
ゴウマがヴォルグを見る。
「意外だな」
「何がだ」
「もっと『兵を増やせ』『武器を増やせ』と言われると思っていた」
「馬鹿を言え」
ヴォルグが腕を組む。
「フェリシアにはフェリシアの守り方がある」
「…………」
「俺が教えられるのは」
兵士たちを見る。
「グランヴァルが今まで生き残るために身につけてきた方法だけだ」
「それをどう使うかは」
ゴウマを見る。
「お前たちが決めろ」
「…………」
ゴウマが笑った。
「ああ」
そして。
拳を握る。
「いっぱい持って帰らせてもらう」
「好きにしろ」
「僕もね」
アイスが笑う。
「まずは監視塔の配置から――」
「休憩中だぞ」
ゴウマが言う。
「聞くだけなら休憩できる」
「本当に好きだな」
「役に立つからね」
ヴォルグが二人を見る。
そして。
「なら午後は監視塔を回る」
「本当かい?」
アイスの目が輝く。
「ああ」
「その後は外壁」
「夜は夜間警備だ」
「…………」
ゴウマが止まった。
「夜も?」
「当然だ」
「寝る時間は?」
「ある」
「どれくらいだ?」
「安心しろ」
ヴォルグが答える。
「死にはしない」
「答えになってないぞ」
アイスが吹き出した。
◇
同じ頃。
ミスティア。
研究院。
「…………」
俺はこたつに入っていた。
俺の隣にはたると。
暖かい。
静か。
最高。
「セリアさんこちらを」
「うん~」
「シズクさんこの術式ですが――」
「なるほど……」
「モルフォさん!」
「少し見るだけです」
「素材棚から離れてください!」
「ミナ……」
研究は続いている。
「…………」
俺も学んだ。
こたつは素晴らしい。
すると。
たるとの虎耳がゆっくり伏せる。
「暖かいです……」
「でしょ?」
「…………」
さらに深く入る。
「たると」
「なんですか?」
「駄目虎になってるよ」
「ガウにだけは言われたくありません!」
研究院に俺たちの声が響いた。
こたつって素晴らしいですよね……。
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