第22話 氷雪と灼熱
光が視界を覆う。
階層転送陣。
第七階層。
魔導国家。
俺たちはそこへ向かって――。
「…………」
光が消えた。
次の瞬間。
ヒュオオオオオオオオッ!!
「…………」
風。
雪。
真っ白。
「…………」
寒い。
「さっむぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
たるとの声が響いた。
「寒いです!!」
「……」
「ものすごく寒いです!!」
「……」
「ガウ!?」
「…………」
俺は動けなかった。
寒い。
寒い。
寒い。
第一階層とは全然違う。
目の前には一面の雪。
遠くには巨大な雪山。
岩肌には氷。
木々にも大量の雪が積もっている。
空からも雪。
そして。
風。
ヒュオオオオオッ!
「…………」
眠たくなってきたーー
「ガウ?」
シズクが俺を見る。
「大丈夫ですか?」
「…………」
「ガウ?」
「……スゥ……」
「寝ちゃだめ!」
「防寒着来て!」
たるとがぶんぶん揺らしてくる。
「!?」
「防寒着!」
俺は即座にアイテムボックスを開いた。
「早く!」
「は、はい!」
たるとたちも慌ててアイテムボックスを開く。
少しして。
「ふぅ……」
たるとは厚手のコート。
シズクも防寒用のローブ。
セリア。
モルフォ。
ノア。
リオ。
ミナ。
全員が厚手の装備へ着替えた。
そして。
俺も。
「…………」
厚手のコート。
さらに。
その上から。
もっと厚手。
手袋。
マフラー。
首元までしっかり巻く。
最後。
フード。
「…………」
よし。
「これで大丈夫」
「…………」
返事がない。
「?」
振り返ると全員が俺を見ている。
「なに?」
「…………」
「たると?」
「かわいいです!」
たるとが笑っていた。
「とても似合っています」
シズク。
「かわいいね~」
セリア。
「非常にお似合いです」
モルフォ。
「ガウさん、かわいいです!」
ノア。
「お似合いです」
リオ。
「素敵です」
ミナ。
「かわいいです」
なんで。
「寒いから着てるだけなんだけど」
「でもかわいいです!」
たるとが俺の前まで来る。
「見てください!」
「何を?」
「もこもこです!」
「見れば分かるよ」
「マフラーも!」
「寒いからね」
「手袋も!」
「寒いから」
「全部かわいいです!」
「理由になってないよ」
「なってます!」
「ガウちゃん~」
セリアが俺を見る。
「マフラーで顔半分隠れてるのもかわいいよ~」
「…………」
俺はマフラーを少し上げた。
口元。
鼻の下まで隠す。
「これなら?」
「もっとかわいいです!」
「なんで!?」
意味が分からない。
「耳も出てますね!」
たるとが俺の頭を見る。
フードの隙間から。
狼耳。
「…………」
寒い。
俺は狼耳を伏せる。
そして。
フードの中へ。
すぽっ。
「これでいい」
「あー!」
「なに?」
「耳がなくなりました!」
「寒いんだってば!」
「少しくらい出してても!」
「嫌だよ!」
「かわいいのに!」
「防寒が優先!」
「むぅ……」
なんで不満そうなの。
「でも」
シズクが周囲を見る。
「リュミエールさんから、第七階層が極寒の雪山地帯だと聞いておいてよかったですね」
「本当です!」
たるとも頷く。
「知らなかったら防寒着なんて用意してませんでした!」
「…………」
俺は周囲を見る。
吹雪。
雪。
氷。
「知らなかったら帰ってた」
「来たばっかりですよ!?」
「だって寒い」
「ガウ、狼獣人ですよね?」
「そうだけど」
「寒さに強そうです!」
「見た目で判断しないで」
「毛ありますよ?」
「耳と尻尾だけだよ!」
全身毛皮じゃない。
「でも~」
セリアが俺の尻尾を見る。
「尻尾は暖かそうだよ~」
「触らないでよ?」
「まだ何もしてないよ~」
「手が伸びてる」
「ばれた~」
危ない。
「それにしても……」
モルフォが周囲を見渡す。
「ここが第七階層ですか」
「すごいですね」
ノアも遠くを見る。
どこまでも続く雪。
雪山。
白い森。
俺たちが立っているのは雪原の一角。
当然。
「…………」
魔導国家は見えない。
「たると」
「はい?」
「どっち?」
「…………」
たるとが周囲を見る。
右。
左。
前。
後ろ。
「…………」
俺を見る。
「ガウは分かります?」
「分かるわけないじゃん」
「ですよね!」
胸を張ることじゃない。
第五階層と違って。
他の階層では転移地点が完全にランダム。
第七階層へ来たからといって。
ミスティアの近くへ出られるわけじゃない。
「まずマップを確認しましょう」
シズクが言う。
「そうですね!」
たるとが頷く。
「ミスティアを探して――」
その時。
ザッ。
「…………」
音。
雪。
少し離れた場所。
何かが動いた。
「ガウ?」
たるとの声。
「うん」
俺は《朧》へ手を掛ける。
雪の中。
一つ。
二つ。
三つ。
影。
「魔物ですね」
シズクが小杖《白晶》を構える。
「そうみたい」
「戦闘準備です!」
たるとの声。
セリアが魔杖《創星》を持つ。
シズク。
モルフォ。
ノア。
リオ。
ミナ。
そして。
「…………」
全員。
俺を見る。
「なに?」
「…………」
「なんで私を見るの?」
「ガウ」
たるとが言う。
「前衛お願いします!」
「…………」
俺は皆を見る。
たると。
回復。
シズク。
結界。
セリア。
魔法。
モルフォ。
研究者。
ノア。
助手。
リオ。
助手。
ミナ。
助手。
そして。
俺。
「…………」
もう一度見る。
「ガウ?」
「私しかいないの?」
「…………」
たるとも皆を見る。
「…………」
「…………」
虎耳が動く。
「ガウしかいません!」
「編成間違えたんじゃない?」
「今気付いたんですか!?」
「たるともでしょ!」
「私は代表です!」
「戦闘では関係ないよ!」
「そうですけど!」
ザザッ!
雪の中。
大きな影が飛び出した。
白い毛。
鋭い牙。
四足。
さらに後ろにも。
「来ます!」
シズク。
「分かった!」
俺は《朧》を抜く。
もこもこ。
手袋。
マフラー。
超厚手。
「…………」
動きにくい。
「ガウ!」
「なに!?」
「頑張ってください!」
「この格好で!?」
「脱いだら寒いですよ!」
「分かってるよ!」
魔物が飛び掛かってくる。
「もう!」
地面を蹴る。
雪。
足が沈む。
「走りにくい!」
それでも。
一気に前へ。
《朧》を振るう。
ガキンッ!
牙を受ける。
直後。
横から別の魔物。
「《障壁》!」
ガキィンッ!
透明な壁。
魔物が弾かれる。
「助かった!」
「後ろは任せてください!」
さらに。
「いくよ~」
セリア。
魔杖《創星》。
魔法陣。
「風だと寒いから~」
「炎にするね~」
直後。
炎が雪原を走った。
「熱っ!」
「ガウちゃん避けて~」
「先に言って!」
「言ったよ~」
遅い!
でも。
戦える。
前衛は俺一人。
だけど。
後ろには皆がいる。
シズクの結界。
セリアの魔法。
たるとの応援。
うん?応援?
「ガウ!」
「うん!」
《朧》を構える。
「行くよ!」
◇
同じ頃。
第六階層。
光が消える。
「…………」
ゴウマは目の前の景色を見た。
黒い大地。
乾燥した空気。
遠く。
巨大な火山。
赤い溶岩。
地面から立ち上る熱気。
空気そのものが揺らいで見える。
「…………暑いな」
「暑い……」
アイスが答える。
その隣。
ヴォルグ。
いつもと変わらない。
「この程度で音を上げるな」
「ヴォルグは慣れてるだろ」
ゴウマが言う。
「ああ」
「…………」
「…………」
アイスが笑う。
「参考にならないね」
「ああ」
「行くぞ」
ヴォルグが歩き始める。
「待て」
ゴウマが呼び止める。
「なんだ」
「グランヴァルはどっちだ?」
「…………」
ヴォルグが止まる。
周囲を見る。
右。
左。
遠く。
「…………」
「ヴォルグ?」
「現在地を確認している」
「分からないのか?」
「転移地点はランダムだ」
「お前の国がある階層だろ?」
「だから何だ」
「…………」
「転移はランダムだから仕方ない」
アイスが苦笑する。
「第六階層も広いからね」
「黙って待て」
ヴォルグが低い声で言う。
しばらくして。
「……あれだ」
ヴォルグが指差した。
遠く。
黒い山々。
空を切り裂くように連なっている。
「あれが《黒鉄山脈》だ」
「黒鉄山脈……」
ゴウマが見る。
「軍事国家は?」
「山脈の東側」
ヴォルグが歩き始める。
「ここからなら半日ほどだ」
「結構近いな」
「ああ」
三人は灼熱の大地を歩き始めた。
◇
道中。
「止まれ」
ヴォルグが突然足を止めた。
ゴウマ。
アイス。
二人も止まる。
「どうした?」
「来る」
「…………」
次の瞬間。
ドンッ!
岩陰から巨大な魔物が飛び出した。
黒い甲殻。
太い腕。
熱を帯びた身体。
「早速か」
ゴウマが構える。
アイスも杖へ手を掛ける。
だが。
ヴォルグは慌てない。
「この辺りでは珍しくない」
「これが?」
「ああ」
さらに。
二体。
三体。
岩陰から姿を現す。
「……多いな」
アイスが呟く。
「これも珍しくない」
「…………」
ゴウマがヴォルグを見る。
「お前たち」
「よくこんな場所に国を作ったな」
「作りたかったわけではない」
「?」
ヴォルグが大剣へ手を掛ける。
「生き残るためだ」
低い声。
「第六階層では魔物の襲撃が多い」
「街を守るには壁がいる」
「兵がいる」
「戦える者が必要になる」
大剣を抜く。
「だから」
一歩、前へ。
「グランヴァルは軍事国家になった」
「…………」
ゴウマが僅かに目を細める。
そして笑う。
「なるほどな」
「何がだ?」
「フェリシアの警備隊に厳しかった理由だ」
「…………」
「ここで暮らしていれば」
周囲の魔物を見る。
「嫌でも防衛を考えるようになるか」
「ああ」
ヴォルグが大剣を構えた。
「甘ければ死ぬ」
そして。
「それだけだ」
地面を蹴る。
巨体が一気に前へ出た。
◇
何度か魔物と遭遇した。
一度。
二度。
三度。
「…………」
ゴウマは歩きながら周囲を見る。
岩場。
黒い大地。
遠くに見える溶岩。
魔物の気配。
「第一階層とは全然違うな」
「ああ」
ヴォルグが答える。
「グランヴァル周辺はさらに多い」
「さらに?」
アイスが聞く。
「ああ」
「だから常に監視を置いている」
「外壁には?」
「監視塔」
「交代制か?」
「ああ」
「何人だ?」
「場所による」
アイスが次々と質問。
ヴォルグが答える。
「…………」
ゴウマがアイスを見る。
「楽しそうだな」
「学べることは多そうだからな」
「ゴウマもだろう?」
「ああ」
フェリシア。
俺たちの国。
まだ足りないものは多い。
ヴォルグの国を見れば何か参考になるかもしれない。
さらに歩く。
黒鉄山脈が近づく。
巨大な黒い岩山。
その麓。
「もうすぐだ」
ヴォルグが言う。
「グランヴァルか?」
「ああ」
岩場を越える。
坂を上る。
そして。
視界が開いた。
「…………」
ゴウマが足を止める。
巨大な黒い岩山を背に一つの都市があった。
高い城壁。
分厚い門。
いくつもの監視塔。
壁の上を歩く兵士。
外側にも防衛設備。
街の奥。
巨大な城塞。
さらに。
遠くからでも分かる。
訓練場。
整列する兵士たち。
武器を持つ者。
盾を構える者。
街そのものが一つの巨大な要塞に見えた。
「……すごいな」
ゴウマが呟く。
「これは」
アイスも目を細める。
「フェリシアとは全然違う」
「ああ」
二人の前にヴォルグが出る。
巨大な要塞都市を見る。
「ここが」
「軍事国家」
ヴォルグは自分たちの国を見上げた。
「――俺たちの国だ」
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