第13話 弓と流銀
草原を吹き抜ける風が青々とした草を大きく揺らす。
その風を切り裂くように――。
ヒュンッ!!
銀色の槍が空を駆けた。
「……!」
バレットは半歩だけ身体をずらす。
《流銀槍》の穂先が鼻先を掠め、そのまま後方へ突き抜けた。
だが。
それで終わりではない。
「戻るッス!」
サイオンが指先を返す。
空を駆け抜けた《流銀槍》が鋭く反転。
大きく弧を描きながら、再びバレットへ襲い掛かる。
まるで獲物を狙う猛禽のような軌道。
「……厄介な能力だ」
バレットは短く呟き、静かに《流星》を引き絞った。
ヒュンッ!!
放たれた矢が《流銀槍》の腹を正確に捉える。
ガキィィィン!!
鋭い金属音が草原へ響いた。
火花を散らし、《流銀槍》が大きく弾かれる。
しかし――。
「まだッス!」
サイオンが口角を上げた。
指先が動く。
弾かれた《流銀槍》は地面へ落ちる寸前で軌道を変え、空中を大きく旋回した。
今度はバレットの背後へ。
「本当に自由自在だな」
バレットは振り返らない。
耳を澄ます。
風の音。
草の揺れる音。
その中に混じる、空気を鋭く切り裂く音。
位置を捉える。
距離を測る。
そして――。
ヒュンッ!!
振り向きざまの一矢。
ガキィィィン!!
矢は再び《流銀槍》へ命中し、その軌道を弾き逸らした。
「また弾くッスか!」
サイオンが感心したように目を見開く。
「いい腕してるッスね!」
「それはどうも」
返事は短い。
バレットはすぐに次の矢を番える。
余計な言葉はいらない。
一定の距離を保ち続ける。
近すぎず。
遠すぎず。
弓が最も力を発揮できる間合い。
そこから一歩も崩れない。
「間合い管理が上手すぎるッス!」
サイオンは楽しそうに笑った。
「普通ならもっと逃げるッスよ!」
「逃げても意味がないだろ」
「へぇ?」
「お前の槍はどこまでも追ってくる」
その一言にサイオンの笑みが深くなった。
「その通りッス!」
左手を軽く払う。
《流銀槍》が急降下した。
地面すれすれ。
草を切り裂きながら、一直線にバレットの足元を狙う。
「……!」
バレットは小さく跳んだ。
銀の槍が足元を通り抜ける。
そのまま上空へ。
「まだ終わらないッス!」
今度は真上から急降下。
ヒュォォォン!!
空気を引き裂く轟音。
バレットは身体を横へ流す。
直後――。
ドゴォン!!
《流銀槍》が地面へ突き刺さり、土煙が大きく舞い上がった。
その煙の中から。
ヒュンッ!!
一筋の矢が飛び出す。
狙いは《流銀槍》ではない。
サイオン本人。
「っと!」
サイオンは空中で身体を捻った。
矢が頬を掠め、そのまま後方へ飛び去る。
「危ない危ないッス……」
笑ってはいる。
だが、その表情から先ほどまでの余裕が少し消えていた。
「避けながらちゃんとおいらも狙ってるッスね」
「当然だ」
バレットはすでに次の矢を番えている。
その視線は一度も揺らがない。
サイオンが小さく息を吐いた。
そして。
「なら、そろそろ次を見せるッス」
右手を掲げる。
地面へ突き刺さっていた《流銀槍》が、ゆっくりと形を崩し始めた。
銀色の液体へ戻り、ふわりと空中へ浮かび上がる。
その液体が細かく分かれていく。
一つ。
二つ。
五つ。
十。
それぞれが薄く伸び、鋭い刃へと変わった。
「《流銀刃》ッス!」
十数枚の銀色の刃が、サイオンの周囲へ浮かび上がる。
一枚一枚は短剣ほどの大きさ。
陽光を浴び、鈍い輝きを放っていた。
「行くッス!」
サイオンが指先を振る。
ヒュンッ!!
一斉に飛び出す銀の刃。
正面。
左右。
頭上。
複数の方向からバレットへ襲い掛かる。
「……」
それでもバレットは落ち着いていた。
一枚目。
わずかに身体を傾けてかわす。
二枚目。
《流星》を横へ振り、軌道を逸らす。
三枚目。
ヒュンッ!!
放った矢が正確に撃ち抜いた。
ガキィィィン!!
銀の刃が弾け、液体へと崩れる。
だが――。
「終わりじゃないッス!」
サイオンが右手を握る。
散った液体金属が再び空中へ集まり、刃の形を取り戻す。
「《流銀念動》は、壊したくらいじゃ止まらないッスよ!」
さらに残った液体金属も分割される。
二十。
三十。
次々と銀色の刃が増えていく。
バレットを取り囲むように、空中を埋め尽くした。
「行くッス!」
ヒュンッ!!
ヒュンッ!!
ヒュンッ!!
銀の刃が雨のように降り注ぐ。
草原を無数の風切り音が満たした。
それでも。
バレットは一歩も慌てない。
ヒュンッ!!
一本。
ヒュンッ!!
二本。
ヒュンッ!!
三本。
放たれる矢は寸分違わず飛来する刃を捉える。
すべてを撃ち落とそうとはしない。
必要なものだけを撃つ。
自分が進むための道だけを正確に切り開いていく。
「……すごいッスね」
サイオンが思わず呟いた。
「ここまで冷静な弓使いは初めて見るッス」
その言葉への返事は――。
ヒュンッ!!
一本の矢。
一直線にサイオンへ迫る。
「甘いッス!」
サイオンは空中を蹴るように軌道を変え、矢をかわした。
そのまま右手を振る。
銀刃の一部が空中で崩れた。
液体へ戻り。
収束する。
再び一本の《流銀槍》が形作られた。
槍。
刃。
二種類の攻撃が同時にバレットへ狙いを定める。
「避けてみるッス!」
《流銀槍》が正面。
《流銀刃》が左右。
逃げ道を塞ぐように一斉に襲い掛かった。
完全な包囲。
だが。
バレットは――。
半歩、前へ出た。
「……!」
サイオンが目を見開く。
逃げない。
むしろ自分から攻撃の中心へ踏み込んでくる。
《流銀槍》の穂先を紙一重でかわす。
左右から迫る刃が閉じる、その一瞬前。
バレットはさらに踏み込んだ。
ヒュンッ!!
至近距離から放たれる一矢。
「近いッス!」
サイオンは咄嗟に身体を反らした。
矢が額を掠め、後方へ飛び去る。
一筋の汗が頬を伝った。
「やっぱり強いッスね……」
サイオンは笑う。
だが、先ほどまでの余裕はない。
バレットも何も答えない。
ただ次の矢を番える。
その姿を見てサイオンの目が細くなった。
「だったら――」
右手を大きく振り下ろす。
空を舞っていた《流銀槍》が急降下を始めた。
一直線。
鋭く。
迷いなく。
「……!」
バレットは《流星》を構える。
狙いは《流銀槍》。
真正面から撃ち落とす。
そう判断した。
だが。
その直前。
《流銀槍》が軌道を変えた。
「!」
狙いはバレットじゃない。
足元。
ドゴォォォン!!
凄まじい轟音。
《流銀槍》が地面へ突き刺さり、大量の土煙が舞い上がった。
バレットは即座に後方へ下がろうとする。
その一歩。
足裏に妙な感触が伝わった。
ぐにゃり。
「……?」
視線を落とす。
《流銀槍》はすでに槍ではなかった。
銀色の液体へ戻り、地面を這うように四方へ広がっている。
水のように。
蛇のように。
意思を持つ生き物のように。
「《流銀捕縛》ッス」
土煙の向こう。
サイオンが不敵に笑った。
「狙ってたのは最初から……」
銀色の液体がバレットの足元を囲んでいく。
「その足場ッスよ」
「……なるほどな」
バレットは小さく呟いた。
即座に跳ぶ。
だが――。
「逃がさないッス!」
サイオンが右手を強く握る。
「《流銀鎖》ッス!」
ジャララララララッ!!
地面に広がっていた液体金属が一斉に跳ね上がった。
一本。
二本。
五本。
十本。
数え切れないほどの銀色の鎖へと変わる。
右。
左。
背後。
頭上。
あらゆる方向からバレットへ襲い掛かった。
逃げ道はない。
完全包囲。
「これで――!」
サイオンが叫ぶ。
銀の鎖は目前。
もう避ける時間は残されていない。
それでも。
バレットの表情は変わらなかった。
静かに一本の矢を取り出す。
《流星》へ番える。
その姿を見て、サイオンが眉をひそめた。
「……まだ撃つ気ッスか?」
鎖はもう目の前。
それでもバレットは静かに弦を引き絞る。
狙っているのはサイオンではない。
その遥か向こう。
草原の彼方。
バレットが静かに息を吐いた。
「《追尾付与》」
淡い光が矢を包み込む。
ヒュンッ!!
放たれた矢は、サイオンとはまったく違う方向へ飛んだ。
一直線ですらない。
大きな弧を描きながら、草原の彼方へ遠ざかっていく。
「どこ狙ってるッス?」
サイオンが思わず目で追う。
その直後。
ジャララララッ!!
無数の銀鎖がバレットへ絡み付いた。
右腕。
左腕。
両脚。
胴体。
全身を締め上げ、完全に動きを封じる。
「捕まえたッス!」
サイオンが右手を握ったまま叫ぶ。
鎖がさらに強く締まる。
完全拘束。
あとは決定打を入れるだけ。
サイオンの左手に残った液体金属が集まり始めた。
鋭い刃へ。
バレットの急所を狙うための最後の一撃へ。
「これで――終わりッス!」
だが。
その瞬間だった。
ヒュンッ!!
背後から風を切り裂く音。
「……え?」
サイオンの表情が固まる。
草原の彼方へ消えたはずの矢。
大きく。
大きく旋回し。
サイオンの完全な死角――。
真後ろから戻ってきていた。
「なっ――!」
振り返る。
遅い。
ドガァッ!!
矢がサイオンの背中――。
心臓の位置を正確に捉えた。
即死判定。
ピシッ。
青い魔法石へ一気に亀裂が走る。
「しまっ――」
パリンッ!!
乾いた音。
魔法石が砕け散った。
同時に。
バレットを拘束していた銀色の鎖が形を失う。
ジャラッ――。
金属音を響かせながら液体へ戻り、地面へ崩れ落ちた。
草原に静寂が訪れる。
サイオンはしばらく呆然と立ち尽くしていた。
そして。
「……負けたッスか」
悔しそうに頭をかきながら、苦笑する。
バレットも《流星》を下ろした。
拘束されていた腕を軽く回しながら、小さく息を吐く。
「紙一重だった」
「え?」
サイオンが顔を上げる。
「あの矢が間に合わなかったら俺の負けだった」
バレットは静かにサイオンを見る。
「お前は強かった」
短い一言。
サイオンは少しだけ目を丸くした。
やがて。
照れくさそうに笑う。
「その言葉……素直に受け取っておくッス」
「ああ」
バレットもわずかに笑った。
勝敗は決まった。
だが。
決闘そのものはまだ終わっていない。
少し離れたもう一つの戦場。
そこでは――。
俺とアイスが、今なお互いの隙を探り続けていた。
第13話を読んでいただきありがとうございました。
ようやくバレットの本格戦闘を書くことができました。
次回はいよいよガウVSアイス!
二人の決着をお楽しみに!
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