第18話 乾いた音
正門を抜け。
街道。
さらにその先。
「…………」
俺は木の上から前方を見る。
少し離れた場所には一人の男が歩いている。
住民たちに《フェリシア》にどんな人が住んでいるのか。
どんなギルドがいるのか。
警備隊はどんな人たちなのか。
それとなく聞いていた。
そして。
フェリシアを出た。
「…………」
怪しい。
でも。
まだ決まったわけじゃない。
ただ興味があって聞いていただけかもしれない。
だから確かめる。
別の木へ飛び移る。
音を立てないように移動する。
距離は詰めない。
離れすぎない。
男が振り返る。
「…………」
俺は木の幹へ身体を隠す。
少し待つ。
顔を出す。
また歩き始めた。
気付いてない。
「…………」
そのまましばらく追い続ける。
やがて男の足が止まった。
「……?」
街道の途中。
男が懐へ手を伸ばす。
何かを取り出した。
「…………」
男が宝玉を見る。
淡い光。
「…………」
そして。
周囲を確認する。
右。
左。
後ろ。
そのまま街道を外れた。
森の中に入っていく。
「…………」
俺は少し待つ。
そして。
木の上を移動する。
男は森の奥へ。
人目のない場所。
大きな木の陰で止まった。
「…………」
俺も少し離れた木の上で止まる。
フードの中で狼耳を立てる。
聞こえる。
『――聞こえますか?』
「!」
宝玉から。
声。
「はい」
男が答えた。
『無事にフェリシアを出ましたか?』
「はい」
「現在、帰還中です」
「…………」
帰還。
俺の目が細くなる。
『そうですか』
穏やかな男の声。
『では』
少し間。
『追加の調査をお願いします』
「追加ですか?」
『ええ』
「何を調べれば?」
『フェリシアについて、もう少し確認していただきたいことがあります』
「…………」
『詳しい内容は――』
「分かりました」
男が答えた。
「一度戻ればいいですか?」
『お願いします』
「承知しました」
「…………」
俺は動かない。
でも。
これで分かった。
こいつはただの観光客じゃない。
誰かの命令でフェリシアを調べていた。
――黒。
完全に。
「…………」
それと。
俺は宝玉から聞こえる声に集中する。
なんだろ。
この声。
「…………」
聞いたことある?
どこかで。
直接?
それとも。
誰かと話しているところ?
「…………」
思い出せない。
でも。
何か引っ掛かる。
『では、引き続き――』
その時だった。
――バンッ!
「っ!」
男の身体が揺れた。
「…………」
男が自分の胸を見る。
「……え?」
小さな穴。
「…………」
膝から崩れる。
倒れる。
「ねぇ!」
俺は木から飛び降りた。
地面へ着地。
すぐに男へ走る。
「大丈夫!?」
返事はない。
「…………」
そして。
男の身体が淡い光に包まれた。
「……!」
プレイヤーの死亡。
光の粒子。
男の身体が崩れていく。
「待って!」
何もできない。
数秒後。
男の身体は完全に消えた。
「…………」
死んだ。
今。
目の前で。
「…………」
俺は立ち尽くす。
何が起きた?
「…………」
足元には男が持っていた宝玉が転がっている。
「これ……」
宝玉を見る。
通信はもう切れている。
でも。
何か分かるかもしれない。
俺は宝玉を回収しようとしゃがむ。
その時。
「――!」
背中に一瞬。
殺気。
考えるより先に地面を蹴った。
横に飛ぶ。
直後。
――バンッ!
「っ!」
宝玉が弾けた。
土が舞う。
すぐに《朧》を抜き、木に隠れる。
「…………」
構える。
見る。
地面。
小さな穴。
その先。
「…………」
何か。
落ちている。
金属。
「……まさか」
俺は目を見開く。
「弾丸……?」
銃。
現実なら知っている。
でもここは。
《ファンタズマ・ゲイト》。
剣。
槍。
弓。
魔法。
色んな武器がある。
だけど。
「銃なんて……」
見たことない。
この世界に銃なんて存在しない……はず。
「…………」
俺は弾丸が飛んできた方向を見る。
木々。
茂み。
影。
誰もいない。
「…………」
狼耳を立てる。
音。
風。
葉。
鳥。
それ以外。
「…………」
何も聞こえない。
匂い。
気配。
「…………」
ない。
さっき。
確かに殺気を感じた。
だから避けた。
でも今は何もない。
「…………」
逃げた?
いや。
分からない。
まだ近くにいるかもしれない。
「…………」
俺は《朧》を構えたまま動かない。
一秒。
二秒。
三秒。
来ない。
「…………」
それでも警戒を解かない。
相手は一発目で男。
そして。
俺が宝玉を拾う瞬間、俺まで狙った。
「…………」
分からない。
誰?
どこ?
何のスキル?
そもそも。
「どうやって撃ったの……?」
気配がない。
撃った場所も分からない。
「…………」
俺は木々を見る。
暗殺に慣れた者の殺気。
「一流……」
小さく呟く。
そして。
視線を地面へ。
さっき撃ち込まれたもの。
「…………」
証拠。
俺は周囲を警戒したまま近づく。
小さな金属を拾う。
「……やっぱり」
弾丸。
少し変形している。
俺はそれも拾った。
「…………」
割れた宝玉。
そして。
弾丸。
二つをしまう。
ここで追う?
「…………」
危険だ。
相手の位置が分からない。
能力も分からない。
武器すら分からない。
それに。
俺が死んだらこの証拠まで失うかもしれない。
「戻ろう」
《朧》は抜いたまま。
周囲を警戒しながら。
俺はフェリシアへ戻ることにした。
◇
国家。
城。
「…………」
大きな机。
その周り。
皆が集まっている。
たると。
《四牙御免》。
《虎王近衛》。
《七彩守護刃》。
そして。
警備隊長。
アレン。
「…………」
全員の表情がいつもと違う。
「ガウ」
たるとが俺を見る。
「お願いします」
「うん」
俺は今日あったことを最初から話した。
男を尾行した。
フェリシアを出た。
街道から森へ入った。
宝玉を取り出した。
誰かと通信していた。
そして。
「『追加の調査をお願いします』」
俺は聞いた言葉をそのまま伝える。
「そう言ってた」
「…………」
たるとの虎耳がゆっくり立つ。
「じゃあ」
「うん」
俺は頷く。
「男は誰かの命令でフェリシアを調べてた」
「…………」
リンファが腕を組む。
「昨日までの行動とも一致するわね」
「住民」
「警備隊」
「施設」
「他国との交流」
「全部調べてたってことね」
「誰の命令だ?」
ゴウマが聞く。
「分からない」
「声は?」
「…………」
俺は少し考える。
「それが」
皆を見る。
「聞いたことがある気がする」
「誰ですか?」
たるとが聞く。
「分からない」
「え?」
「思い出せない」
もう一度。
頭の中で声を思い出す。
穏やか。
落ち着いている。
丁寧。
「でも」
「初めて聞いた声じゃない気がする」
「…………」
「どこかで聞いたことある」
「そうですか……」
たるとが考える。
「それで」
アイスが聞く。
「男は?」
「死んだ」
「…………」
空気が変わった。
「殺された」
俺は続ける。
「通信してる途中で……撃たれた」
「…………」
「撃たれた?」
バレットが聞き返す。
「うん」
「弓か?」
「違う」
「魔法~?」
セリア。
「それも違うと思う」
「では何で?」
シズクが聞く。
「…………」
俺は懐へ手を入れる。
小さな布。
それを机の上へ置く。
開く。
「これ」
「…………」
全員が見る。
小さな金属。
少し変形している。
「何だこれ?」
ハヤテが手を伸ばそうとする。
「待って」
「お、おう」
俺は言う。
「弾丸」
「…………」
「だんがん?」
たるとが首を傾げる。
「たぶん」
「たぶん!?」
「だって」
俺は弾丸を見る。
「銃の弾だと思う」
「銃?」
ハヤテが眉を寄せる。
「そんな武器あったか?」
「ないよね」
「僕は見たことないな」
アイスも答える。
「おいらもないッス」
サイオン。
「俺もだ」
バレットが弾丸を見る。
手には取らない。
ただ。
じっと観察する。
「少なくとも弓じゃない」
「投擲でもないな」
「これを投げて人を殺すのは無理か?」
ガンテツが聞く。
「無理ではないかもしれない」
バレットが答える。
「だが」
「ガウ」
「なに?」
「どれくらい離れてた?」
「分からない」
俺は首を横に振る。
「相手を見つけられなかったから」
「…………」
「……見つけられなかった?」
ヨミが聞く。
「うん」
「気配も?」
「なかった」
「音はした」
「殺気も一瞬だけ感じた」
「でも」
「どこにいるか全然分からなかった」
「…………」
ヨミの狐耳が少し伏せる。
「……かなりの手練れですね」
「俺もそう思う」
ゴウマが言う。
「ガウに気付かれずに狙撃位置へ入り」
「対象を殺害」
「さらにガウまで狙った」
「…………」
「ガウ!」
たるとが立ち上がった。
「なに?」
「怪我は!?」
「ないよ」
「本当に!?」
「うん」
「どこにも!?」
「避けたから」
「…………」
「どうやって?」
「なんか嫌な感じがしたから」
「…………」
たるとが固まった。
「それで避けたんですか?」
「うん」
「弾丸を?」
「たぶん」
「…………」
ハヤテが笑う。
「ガウだな」
「どういう意味?」
「そのまま」
「意味分かんない」
「でも!」
たるとが俺を見る。
「本当に危ないことしないでくださいね!」
「今回は向こうから撃ってきたんだけど……」
「それでもです!」
「はい」
「返事が軽い!」
怒られた。
「話を戻そう」
ゴウマが言う。
たるとも座る。
「それで」
ゴウマが俺を見る。
「宝玉は?」
「あるよ」
俺はもう一つ。
布に包んでいたものを机へ。
割れた宝玉。
「…………」
「これか~」
セリアの目が変わった。
「うん」
「二発目で割られた」
セリアが覗き込む。
「触っていい~?」
「いいよ」
「じゃあ~」
慎重に破片を一つ持ち上げる。
「…………」
「完全には粉々になってないね~」
「調べられそう?」
俺が聞く。
「う~ん」
セリアが破片を見る。
「やってみないと分からないかな~」
「ですが」
シズクも立ち上がる。
「通信に使われていたのであれば」
宝玉を見る。
「術式の一部が残っている可能性はあります」
「誰と通信してたか分かりますか?」
たるとが聞く。
「そこまでは何とも」
シズクが答える。
「ただ」
「何らかの情報が残っていないか確認する価値はあります」
「私も手伝うよ~」
セリアが言う。
「私も手伝います」
モルフォが眼鏡をクイッと持ち上げた。
「お願いします!」
たるとが頭を下げる。
「誰がフェリシアを調べてたのか……」
「何か分かるかもしれません!」
「任せて~」
「はい」
「善処します」
宝玉を研究組に託す。
そして。
「こっちも調べた方がいいな」
バレットが弾丸を見る。
「弾丸?」
「ああ」
「俺も見たい」
ハヤテが言う。
「お前は触りたいだけだろ」
ゴウマが言った。
「違うって!」
「本当か?」
「……半分くらい」
「半分触りたいんじゃない」
リンファが呆れる。
「だって銃だぞ!?」
「銃本体はないよ」
俺が言う。
「弾だけ」
「分かってるけどさ!」
「だったら~」
セリアが手を上げる。
「こっちも調べようか~?」
「できるの?」
「素材くらいなら分かるかもしれないよ~」
「じゃあお願い」
「は~い」
弾丸もセリアたちへ渡す。
「…………」
たるとが机を見る。
割れた宝玉。
弾丸。
二つの証拠。
「皆さん」
声。
さっきまでより少しだけ低い。
真剣な声。
「今回のことで」
皆がたるとを見る。
「少なくとも」
「誰かがフェリシアを調べていたことは分かりました」
「…………」
「それに」
たるとが俺を見る。
「その人が殺されて……」
「ガウまで狙われました」
「…………」
「偶然ではないでしょうね」
ノエルが言う。
「僕もそう思う」
アイスが続ける。
「ただ」
「まだ敵が誰なのかは分からない」
「ああ」
ゴウマが頷く。
「ここで決めつけるのは危険だ」
「じゃあ」
たるとが聞く。
「どうしますか?」
「今まで通りだ」
ゴウマが答える。
「警備は継続」
「正門のプレイヤーカード確認も続ける」
「外壁」
「巡回」
「森」
「全部だ」
「俺たち警備隊も継続します」
アレンが言う。
「ただ」
少し考え。
「今回の件を考えると、フェリシアの外へ出る者にも注意を呼び掛けた方がいいでしょう」
「単独行動を避ける?」
リンファが聞く。
「はい」
「少なくとも状況が分かるまでは」
「それがいいな」
バレットも頷く。
「相手は遠距離から攻撃してくる」
「気付かないまま狙われる可能性がある」
「…………」
たるとの虎耳が少し伏せる。
「住民の皆さんには?」
「全部話す必要はないと思う」
アイスが答える。
「まだ分からないことが多すぎる」
「ただ」
「フェリシアの外へ出る時は複数人で」
「それだけ伝えればいい」
「分かりました」
たるとが頷く。
そして皆を見る。
「お願いします」
「おう」
「分かった」
「任せてください」
それぞれが答える。
「それと」
たるとが俺を見る。
「ガウ」
「なに?」
「しばらく一人で外へ行かないでください」
「え」
「え、じゃありません!」
「でも」
「ダメです!」
「…………」
皆を見る。
助けを求める。
「諦めろ」
ハヤテ。
「たるとの言う通りだ」
ゴウマ。
「今回は私も賛成ね」
リンファ。
「そうですね」
シズク。
「一人は危ないよ~」
セリア。
「…………」
味方がいない。
「分かったよ」
「絶対ですよ!」
「はい」
「本当に?」
「本当に」
たるとの虎耳がようやく戻った。
◇
夜。
研究所の机。
その上には割れた宝玉。
そして。
一発の弾丸。
「…………」
セリア。
シズク。
モルフォ。
三人が並んで見ている。
「まずは宝玉からかな~」
「そうですね」
シズクが破片を見る。
「かなり綺麗に壊されています」
「術式は分かりそうですか?」
モルフォが心配そうに覗き込む。
「分かりません」
「やれることはやります」
シズクが静かに答える。
「これが犯人の目的なんでしょうか……」
珍しくモルフォに元気がない。
「かもしれませんね」
セリアが《創星》を手にする。
淡い光。
宝玉の破片を照らす。
「通信に使ってたんだよね~」
モルフォが答える。
「ガウの話ではそのように話してましたね」
「じゃあ~」
セリアが少し笑う。
「完全に壊れてても」
「何か残ってるかもしれないね~」
「はい」
シズクも《白晶》を構える。
この中に何が残っているのか。
誰と繋がっていたのか。
まだ何も分からない。
だけど。
俺たちは相手が残した証拠を手に入れたのだった。
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