第17話 調査
国家。
翌朝。
商業区。
「おはよう!」
「おはようございます!」
「今日は魚入ってるぞー!」
「あとで見に行くよ!」
朝からいつものように賑やかな声が飛び交っている。
店を開く者。
荷物を運ぶ者。
朝食を食べに向かう者。
そして。
フェリシアへ遊びに来たプレイヤーたち。
その中を一人の男が歩いていた。
「…………」
数日前。
ゴブリンに襲われ。
フェリシアへ逃げ込んできたプレイヤー。
昨日、新しい命令を受けた。
――フェリシアにどのような者たちが暮らしているのか。
――詳しく調べてください。
「…………」
男は周囲を見る。
「兄ちゃん!」
「ん?」
声を掛けられた。
何度か利用した店。
店主が手を上げている。
「今日も見て回るのか?」
「ああ」
男が笑う。
「せっかく来たんだからな」
「気に入ったか?」
「悪くない」
「悪くないってなんだよ!」
「はははっ」
普通の会話。
男はそのまま店先へ近づく。
「そういえば」
「ん?」
「この国って結構色んな奴が住んでるよな」
「そりゃそうだ」
「元々ここにいた人だけじゃないのか?」
「ああ」
店主が頷く。
「色んなところから集まってきたからな」
「へえ」
男は何気ない顔で聞く。
「どんな人たちがいるんだ?」
◇
「《白銀戦線》?」
男が聞き返した。
「ああ」
目の前に二人のプレイヤー。
どちらも戦闘職ではない。
一人は料理。
もう一人は生産系の仕事をしている。
二人とも《深淵の剣》に捕らえられていた元奴隷プレイヤーだった。
今はフェリシア住民。
「知らないのか?」
「名前くらいは聞いたことある」
男が答える。
もちろん。
本当は知っている。
攻略組の中でも有名なギルド。
「今はここにいるのか?」
「ああ」
「アイスさんたちだな」
「サイオンさんもいるぞ」
「へえ」
男は少し驚いた顔を作る。
「有名な奴らじゃないか」
「そうなのか?」
「お前知らないの?」
「俺、攻略とか全然やってなかったからな」
「俺も」
二人が笑う。
「…………」
男も笑う。
そのまま。
「他には?」
「他?」
「有名な奴」
「あー」
一人が考える。
「あ!」
「ガンテツさん!」
「ガンテツ?」
「熊獣人の」
「ああ」
男が頷く。
「《鉄球戦団》か」
「そうそう!」
「声でかい人!」
「声で覚えてんのかよ!」
「だって遠くからでも分かるぞ?」
「はははっ!」
男は笑いながら。
頭の中へ情報を刻む。
――《白銀戦線》。
――《鉄球戦団》。
昨日までにも何度か見かけていた。
だが。
正式に確認できた。
「あと」
もう一人が言う。
「ノエルさんもいるぞ」
「ノエル?」
「《不動の盾》の」
「…………」
男の目がほんの一瞬だけ変わった。
「……あのノエルか?」
「知ってるのか?」
「そりゃな」
《不動の盾》。
そして。
ノエル。
ダンジョン攻略で有名な名前。
「なんでそんな人までここに?」
男が聞く。
「さあ?」
「俺たちに聞かれてもな」
「俺たちがここに来た時にはいたからな」
「適当だな」
「だって本当にそうなんだよ」
「はははっ!」
笑い声。
男も笑う。
しかし。
内心は違った。
――想定以上だ。
有名なギルド。
有名なプレイヤー。
第一階層。
新しくできた国家。
もっと小さな集団だと思っていた。
だが違う。
ここには。
想像以上の戦力が集まっている。
「そういや」
住民の一人が言った。
「ガンテツさん、昨日も食堂で飲んでたな」
「あの人いつも飲んでないか?」
「飲んでる」
「はははっ!」
「昼になったら行ってみろよ」
「運が良ければいるぞ」
「そうするよ」
男は笑った。
◇
昼。
食堂。
「はっはっはっ!」
入った瞬間に大きな声が響いた。
「…………」
いた。
男は声の方向を見る。
大きな身体。
熊耳。
ガンテツ。
その周囲。
サイオン。
さらに少し離れた場所には。
アイス。
ノエル。
他にも何人かいる。
「…………」
男は一瞬だけ見る。
すぐに視線を外した。
「いらっしゃい!」
「一人だ」
「空いてるところ座って!」
「ああ」
席へ。
料理を注文する。
しばらくして。
「お待ち!」
「ありがとう」
食べる。
その間も周囲から色々な声が聞こえる。
「ガンテツさん!昼から飲んでるんですか!?」
「一杯だけだ!」
「昨日も言ってましたよね!?」
「昨日は昨日だ!」
「意味分からないッス!」
「はっはっはっ!」
「…………」
男は料理を口へ運ぶ。
――ガンテツ。
間違いない。
そして。
「サイオン」
「なんスか?」
「それ取ってくれ」
「これッスか?」
「ああ。ありがとう」
――サイオンとアイス。
その近く。
「ノエル、午後の予定は?」
「住民の方と話をする予定です」
「忙しいだろが頼む」
「これも役目ですから」
――ノエル。
情報は正しかった。
その時。
「兄ちゃん」
「ん?」
朝。
話をしていた元奴隷プレイヤーの一人。
料理を持って男の近くへ座った。
「ここいいか?」
「ああ」
「混んできたからな」
「最近、人増えたよな」
「そうなんだよ」
男は周囲を見る。
「他の国からも来てるらしいな」
「ああ」
「昨日も使者が来てたぞ」
「へえ」
知らないふり。
「すごいな」
「俺も驚いてる」
男は料理を食べながら自然に話を続ける。
「でも」
「ん?」
「これだけ人が増えると大変じゃないか?」
「何が?」
「治安とか」
「ああ」
男が窓を見る。
ちょうど警備隊員が二人一組で歩いている。
「警備隊も結構いるよな」
「いるな」
「強いのか?」
「強いぞ」
即答。
「へえ」
「隊長のアレンさんなんて特にな」
「アレン……」
男が名前を覚える。
「剣士か?」
「ああ」
「元々戦ってた人なのか?」
「…………」
一瞬。
目の前の住民が止まった。
「?」
男は何も知らない顔をする。
「どうした?」
「いや」
住民が少し迷う。
そして。
「まあ、今は隠してることでもないしな」
「?」
「アレンさんたちは」
少しだけ声を落とした。
「元《深淵の剣》だよ」
「…………」
男の手が止まりかける。
だが。
すぐに料理を口へ運んだ。
「……《深淵の剣》?」
「ああ」
「あの指名手配三位の?」
「そう」
「…………」
男が警備隊を見る。
驚いた顔。
それを作る必要はなかった。
本当に予想していなかった。
「なんで?」
男が聞く。
「そんな奴らが警備隊やってるんだ?」
「…………」
住民は少し黙る。
「まあ」
「そう思うよな」
「だって」
男は声を抑える。
「《深淵の剣》だぞ?」
「ああ」
「俺たちも最初はそうだった」
「え?」
「俺たち」
住民が自分を指差す。
「元々、《深淵の剣》に捕まってたんだよ」
「…………」
今度こそ。
男が止まった。
「奴隷だったんだよ」
「…………」
「俺は戦えないけど……」
住民が笑う。
「剣や槍を無理やり持たされて……戦わせられてたんだ」
「それを救ってくれたのが《王虎の牙》なんだよ」
「…………」
男は何も言わない。
「だから」
住民が続ける。
「アレンさんたちがここに来た時は」
少しだけ目を伏せる。
「怖かったよ」
「そりゃ……」
「ああ」
「許せないって奴がほとんどだったさ」
「…………」
「でもな」
住民が窓の外を見る。
警備隊。
「今は違う」
「違う?」
「ああ」
「毎日、街を守ってる」
「朝から夜までな」
「困ってる人がいれば助けてくれる」
「俺が荷物ぶちまけた時なんて、一緒に拾ってくれたぞ」
「それは警備の仕事なのか?」
「知らん」
二人が少し笑う。
「…………」
そして。
住民が言った。
「昔やったことが消えるわけじゃない」
「…………」
「俺だって全部忘れたわけじゃない」
「でも」
外を見る。
「今のアレンさんたちを見てるからな」
「…………」
「少なくとも俺は」
少し笑った。
「もう《深淵の剣》だとは思ってないよ」
「今はフェリシアの警備隊だ」
「…………」
男は黙って住民を見る。
「そうか」
「ああ」
「変な国だろ?」
「…………」
男は少し考える。
そして。
「そうだな」
笑った。
「変な国だ」
◇
食事を終え、男は食堂を出た。
「…………」
歩く。
商業区。
宿へ向かう。
頭の中で情報を整理する。
《白銀戦線》。
《鉄球戦団》。
《不動の盾》。
そして。
――《深淵の剣》。
「…………」
これは報告する必要がある。
男は歩く。
その背後。
少し離れた場所。
人混み。
「…………」
一人の人物がいた。
フード付きの目立たない服。
深く被ったフード。
顔はほとんど見えない。
「…………」
男が曲がる。
その人物はすぐには動かない。
少し待つ。
そして。
ゆっくりと同じ方向へ歩き出した。
◇
宿。
「ただいま」
「おかえりなさい!」
受付。
「今日は色々見られました?」
「ああ」
男が笑う。
「面白かったよ」
「よかったです!」
「少し休む」
「はい!」
階段。
二階。
部屋。
扉を閉める。
鍵を掛ける。
「…………」
窓。
確認。
誰もいない。
男は懐から宝玉を取り出した。
淡い光。
「報告です」
少しして。
『聞きましょう』
レグルス。
「フェリシアの住民について調査しました」
『どうでした?』
「まず」
男が答える。
「攻略組の有力プレイヤーが複数確認できました」
『名前は?』
「《白銀戦線》」
「《鉄球戦団》」
「それから《不動の盾》のノエル」
少し間。
『なるほど』
レグルスの声は変わらない。
「他にもいる可能性があります」
『十分でしょう』
「それから」
男が続ける。
「もう一つ」
『何です?』
「フェリシアの警備隊についてです」
『警備隊?』
「はい」
男は昼間の会話を思い出す。
「隊長のアレンを含め」
一拍。
「元《深淵の剣》の構成員が所属しています」
『…………』
沈黙。
ほんの少し。
「住民から直接確認しました」
『……そうですか』
それだけ。
驚いた様子も。
喜んだ様子もない。
「ただ」
男が続ける。
「フェリシア住民の中には、《深淵の剣》に奴隷として捕らえられていたプレイヤーもいます」
『…………』
「彼らは……」
「アレンたちの過去を知った上で現在は受け入れているようです」
『なるほど』
レグルスが答える。
「今のところ確認できたのは以上です」
『分かりました』
そして。
少し間。
『十分です』
「では、引き続き――」
『いいえ』
「?」
『帰国しなさい』
男が少しだけ目を細める。
「もうよろしいのですか?」
『ええ』
穏やかな声。
『必要な情報は集まりました』
「…………」
『これ以上滞在して余計な疑いを持たれる必要もありません』
「承知しました」
『ご苦労様でした』
通信が切れる。
宝玉の光が消える。
「…………」
男は宝玉を懐へ戻した。
そして。
窓からフェリシアを見る。
◇
宿。
「もう帰られるんですか?」
「ああ」
男が鍵を返す。
「急だな」
「仕事を思い出してな」
「そうなんですか?」
「ああ」
「また来てくださいね!」
「機会があればな」
「はい!」
男は宿を出る。
商業区。
大通り。
正門へ。
「…………」
その途中。
何度か話した店主がいた。
「お!」
「兄ちゃん!」
「もう帰るのか?」
「ああ」
「もうちょっといればいいのに」
「また来るよ」
「絶対だぞ!」
「ああ」
男が笑う。
歩く。
そして。
正門。
「プレイヤーカードをお願いします」
警備隊員。
男がカードを渡す。
確認。
その近く。
「ん?」
アレンが気付いた。
「ああ」
男も見る。
何度か街中で見かけた。
フェリシア警備隊長。
元《深淵の剣》。
「お帰りですか?」
「ああ」
「短い滞在だったが十分楽しめたよ」
「それならよかったです」
アレンが笑う。
「道中、お気を付けてください」
「ありがとう」
男はカードを受け取る。
正門をくぐる。
一歩。
二歩。
フェリシアを離れていく。
振り返らない。
そのまま街道を進んでいった。
◇
――その日の朝。
「…………」
俺はフードを深く被った。
普段とは違う服。
目立たない。
狼耳もフードの中。
尻尾も隠している。
「…………」
視線の先。
一人の男。
昨日。
ヨミの《影鼠》が何度も追っていた来訪者。
正門。
外壁。
警備隊。
ギルド本部。
城。
何度も見ていた男。
怪しい。
でも。
それだけじゃ何も分からない。
だから。
「…………」
俺が直接見ることにした。
男が店主と話している。
俺は離れた場所で別の店を見るふりをする。
狼耳をフードの中で動かす。
「この国って、結構色んな奴が住んでるよな」
聞こえる。
「…………」
男が移動する。
俺はすぐには追わない。
少し待つ。
人を挟む。
歩く。
止まる。
また歩く。
「《白銀戦線》?」
「…………」
聞いてる。
住民のこと。
所属しているギルド。
どんな人がいるのか。
「…………」
偶然?
まだ分からない。
俺は追う。
◇
昼。
食堂。
男が入る。
俺は少し待った。
そのまま入ったら怪しい。
だから。
別の入口。
少し離れた席。
背中を向ける。
「…………」
ガンテツ。
声でかい。
どこにいるかすぐ分かる。
俺は男の視線に注視する。
サイオン。
アイス。
ノエル。
男は一瞬だけ皆を見た。
「…………」
俺は飲み物を口へ運ぶ。
「警備隊も結構いるよな」
「…………」
また。
「強いのか?」
警備隊。
「隊長のアレンさんなんて特にな」
「…………」
そして。
「アレンさんたちは」
少しだけ声が落ちる。
俺の狼耳が動く。
「元《深淵の剣》だよ」
「…………」
男は驚いている。
ように見える。
でも。
その後も聞いている。
アレンたちのこと。
元奴隷だった住民のこと。
過去。
今。
全部。
「…………」
俺は何も言わない。
ただ。
聞く。
やがて男が食事を終える。
立ち上がる。
俺はまだ動かない。
少し待つ。
飲み物を飲み終える。
それから席を立った。
◇
男が宿へ入った。
「…………」
俺は通りの反対側。
建物の陰。
見ている。
「宿……」
中までは追えない。
無理に入ればこっちが怪しまれる。
「…………」
だから待つ。
しばらく。
そして。
男が出てきた。
荷物。
「…………」
帰る?
男は大通りへ。
正門。
俺も離れて追う。
アレンと話している。
笑っている。
そして。
正門を出た。
「…………」
俺はアレンに合図を送る。
アレンはそっと俺を通す。
そして俺はそのまま木の上に飛び乗る。
前方には例の男が歩いている。
俺は一定の間隔を保ったまま、尾行を続けるのだった。
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