第15話 魂との契約
国家。
朝。
正門前には大勢のプレイヤーたちが訪れていた。
「次の方、プレイヤーカードをお願いします」
警備隊長。
アレンの声が響く。
「はい」
一人のプレイヤーがカードを差し出した。
アレンが受け取る。
名前。
所属ギルド。
その他の情報。
一つずつ確認していく。
「…………」
問題なし。
「確認できました」
カードを返す。
「ようこそ、フェリシアへ」
「新国家!楽しみだ!」
プレイヤーが正門をくぐる。
その後ろでは。
「次の方、お願いします」
また一人。
そしてその後ろにも。
「…………」
俺は少し離れた場所から正門を見る。
「増えたね」
「増えたわね」
隣にいるリンファも同じ場所を見ていた。
「昨日より多くない?」
「多いと思うわ」
入国を待っているプレイヤーたち。
一人。
二人。
三人。
それどころじゃない。
何人もいる。
「フェリシアってここで合ってるよな?」
「ああ」
「本当に第一階層に国があるんだな」
「最近できたらしいぞ」
「アルカディアでも噂になってた」
「ガルド王も来たんだろ?」
「ガルド王はビルズさんから叱られて地下牢に入れられたって噂だぜ」
そんな会話まで聞こえてくる。
「…………」
俺の狼耳が動く。
「アルカディアから来た人もいるみたい」
「みたいね」
リンファが答える。
その時。
「隊長!」
正門から声。
アレンが振り返る。
警備隊員の一人。
「こっち終わりました!」
「ああ」
アレンが答える。
「なら少し休んでこい。交代してから結構経ってるだろ」
「でも、まだ並んでますよ?」
「だからって休憩を抜くな」
「分かりました」
「戻ったら外壁の方と代わってくれ」
「了解!」
警備隊員が離れていく。
すぐにアレンは来訪者へ向き直った。
「お待たせしました。プレイヤーカードをお願いします」
「これでいいですか?」
「はい」
受け取る。
確認。
「国家からですね」
「ああ」
「最近、新しい国ができたって聞いてな」
「観光ですか?」
「それと商売になるものがないか見に来た」
「分かりました」
アレンがカードを返す。
「問題ありません。どうぞ」
「ありがとう」
また一人。
フェリシアへ入っていく。
「ちゃんと国っぽいね」
俺が言った。
「今さら何言ってるのよ」
「いや」
正門を見る。
「こうやって見ると」
少し前までここへ来る人なんていなかった。
第一階層。
その最果て。
小さな集落。
俺たち《王虎の牙》と住民たちが暮らしていた場所。
それが今は。
「次の方、お願いします」
人が並んで。
プレイヤーカードを確認して。
国へ入っていく。
「本当に国になったんだなって」
「とっくになってるわよ」
「分かってるよ」
「ならいいけど」
リンファが笑う。
「…………」
その横でヨミは黙って正門を見ていた。
狐尻尾が小さく動く。
「ヨミ?」
「……はい」
「何かいた?」
「……いえ」
ヨミが首を横に振る。
「今のところは不審な方はいません」
「そっか」
俺。
リンファ。
ヨミ。
三人は昨日。
ゴウマとアイスから頼まれた。
フェリシアへ来るプレイヤーの調査。
もちろん。
最初から全員を犯罪者扱いするつもりはない。
プレイヤーカードは警備隊が確認している。
俺たちがやるのは。
その後。
フェリシアの中で不審な行動をする者がいないか。
それを見ること。
だけど。
「…………」
俺はもう一度、正門前を見る。
「無理じゃない?」
「何が?」
「この人数」
「…………」
リンファも見る。
また一人。
その後ろ。
さらに三人。
その後ろにも。
「そうね」
「三人で見るの?」
「その予定だったけど……」
「絶対見失うよ」
「そうなるわよね」
「どうする?」
「それを今考えてるのよ」
「リンファに任せた」
「あなたも考えなさい」
「えー」
「えーじゃない」
その時。
「……でしたら」
小さな声。
俺たちはヨミを見る。
「ヨミ?」
「……私に」
少しだけ間を置いて。
「考えがあります」
◇
「…………」
俺は目の前を見る。
「……ここなら大丈夫です」
ヨミが言った。
場所を移した。
正門から少し離れた場所。
人通りは少ない。
俺。
リンファ。
ヨミの三人だけ。
「何するの?」
俺が聞く。
「少し離れていてください」
「?」
言われた通りに下がる。
ヨミが背中へ手を伸ばした。
大鎌を構える。
「え」
俺は《朧》へ手を伸ばす。
「戦うの?」
「違います」
即答された。
「じゃあなんで大鎌?」
「……必要なので」
「もしかして手当たり次第に拉致しないよね?」
「ヨミがそんなことする訳ないでしょ」
リンファに言われた。
「だって大鎌出したから……」
「…………」
ヨミがこっちを見ている。
「ごめん」
「……いえ」
小さく息を吐く。
そして。
大鎌の柄を地面へ。
「…………」
空気が変わった。
ヨミの足元から淡い光。
魔法陣が描かれる。
「これ……」
俺は初めて見る。
ヨミの力。
そして。
ヨミが静かに告げた。
「ーーアークスキル」
「《冥魂契約》」
魔法陣が広がった。
「!」
黒い霧。
地面を這うように広がっていく。
その中で何かが動いた。
一つ。
二つ。
三つ。
「…………」
小さい。
さらに。
四つ。
五つ。
六つ。
まだ増える。
「…………」
俺は瞬きをする。
黒い霧が消えた。
そこにいたのは。
「…………ネズミ?」
小さな鼠。
何匹もいる。
普通の鼠とは少し違う。
身体が半透明。
淡い光を纏っている。
尻尾。
小さな耳。
赤く光る目。
30匹以上。
「いっぱい出てきたわね……」
リンファが呟いた。
「……はい」
ヨミは普通に答える。
「…………」
俺は鼠たちを見る。
鼠たちも俺を見る。
「…………」
「…………」
一匹。
首を傾げた。
「かわいい」
「そこ?」
リンファに言われた。
「だって」
しゃがむ。
鼠を見る。
「触れるの?」
「ガウ」
「なに?」
「今は仕事よ」
「分かってるよ」
立ち上がる。
「それで」
俺はヨミを見る。
「この子たちは?」
「《影鼠》です」
「《影鼠》?」
「……はい」
ヨミが鼠たちを見る。
「……隠密と探索を得意とする小型の魔物です」
「魔物……」
リンファが一匹を見る。
「でも死んでるのよね?」
「……死霊です」
「…………」
改めて見る。
確かに普通の生き物じゃない。
半透明の身体。
足元には影がない。
「これが」
俺はヨミを見る。
「ヨミのアークスキル?」
「……はい」
ヨミが大鎌を持ったまま頷いた。
「《冥魂契約》」
静かな声。
「……過去に倒した魔物の魂と契約して死霊として召喚する能力です」
「倒した魔物なら何でも?」
「いいえ」
ヨミが首を横に振る。
「……魂が契約に応じてくれなければ呼べません」
「応じる?」
「……はい」
「…………」
ヨミは足元の《影鼠》を見る。
「……私は」
少しだけ声が変わった。
「この子たちを支配しているわけではありません」
「…………」
「契約して」
「力を貸してもらっています」
その言葉。
ーー支配。
俺は少しだけヨミを見る。
ヨミは以前。
自分の意思とは関係なく戦わされていた。
《深淵の剣》。
ゼノス。
《呪印支配》。
俺たちへ大鎌を振るった時もヨミ自身が望んでいたわけじゃない。
だからなのか。
ヨミが言った。
支配しているわけじゃない。
その言葉が少しだけ重く聞こえた。
「じゃあ」
俺は鼠たちを見る。
「仲間みたいなもの?」
「…………」
ヨミの尻尾が小さく動いた。
そして。
「……そうですね」
「そういうものだと思います」
「そっか」
俺は笑う。
「ならよろしくね」
鼠たちを見る。
「…………」
一匹がまた首を傾げた。
やっぱりかわいい。
「ガウ」
「仕事ね」
「……はい」
「でも」
リンファが聞く。
「この子たちをどう使うの?」
「……フェリシアの中へ放ちます」
「…………」
「全部?」
「……はい」
ヨミが頷く。
「……来訪者の多い場所を中心に配置します」
正門。
商業区。
住宅街。
ギルド本部周辺。
宿。
人が集まりやすい場所。
「……この子たちは小さいので」
ヨミが続ける。
「人目につかず移動できます」
「なるほど」
リンファが納得する。
「私たちが直接ついて回るより自然ね」
「……はい」
「ヨミはこの子たちが見てるものを見られるの?」
俺が聞く。
「……全てをそのまま見ることはできません」
「違うんだ」
「……はい」
ヨミが説明する。
「……距離にもよりますが、感じ取れるのは断片的です」
「危険」
「異常」
「誰かを追っている」
「何かを見つけた」
「そういった情報です」
「遠くなるほど?」
「……曖昧になります」
「じゃあフェリシア全部は無理?」
「……今の街の広さなら」
少し考える。
「大まかな異常を察知する程度なら可能です」
「便利ね」
リンファが言う。
「でも、これだけ召喚して大丈夫なの?」
「……《影鼠》は弱い魔物なので」
ヨミが答える。
「一体ごとの負担は小さいです」
「強い魔物だと違うの?」
「……はい」
「強力な魂ほど」
ヨミが大鎌を握る。
「召喚にも、維持にも、大きな負担が掛かります」
「なるほど」
弱い魔物なら大量。
強い魔物なら少数。
そういう使い分けができるらしい。
「じゃあ」
俺は鼠たちを見る。
「お願いしようか」
「……はい」
ヨミが一歩前へ。
そして。
足元に集まった《影鼠》たちを見る。
「……お願いします」
「…………」
次の瞬間。
ササササササササッ!
「うわっ」
一斉に散った。
右。
左。
路地。
建物の陰。
植え込み。
あっという間。
「…………」
いなくなった。
「速い」
「小さいからね」
リンファが笑う。
「でも」
周囲を見る。
どこに行ったのか。
もう俺にも分からない。
「これなら気付かれないかも」
「……はい」
ヨミが頷く。
リンファが話す。
「不審な行動をしたからといって、すぐに拘束するわけではないからね」
「そうだね」
「まず私たちで確認しましょう」
「分かった」
たるとが言っていた。
最初から全員を疑う国にはしたくない。
それは俺も同じ。
だから。
探すのは誰かを疑うためじゃない。
何かあった時。
守れるようにするため。
「じゃあ」
リンファが歩き出す。
「私たちも行きましょう」
「どこへ?」
「普通に見回りよ」
「あ」
鼠任せじゃないんだ。
「当たり前でしょう?」
「はい」
「ふふっ」
ヨミが小さく笑った。
◇
昼前。
正門。
「次の方」
アレンがカードを受け取る。
「…………」
確認。
顔を上げる。
目の前には五人のプレイヤー。
装備も揃っている。
「皆さん、同じ所属ですか?」
「ああ」
先頭の男が答える。
「俺たちは第二階層から来た」
「第二階層?」
「ああ」
男が笑う。
「フェリシアって国ができたって聞いてな」
後ろの仲間も続く。
「どんな国か見てみようって話になったんだ」
「なるほど」
アレンがカードを確認していく。
一枚。
二枚。
三枚。
問題なし。
「確認できました」
カードを返す。
「ようこそフェリシアへ」
「ありがとう」
五人が正門をくぐる。
「おお……」
「本当に街だ」
「結構でかいぞ」
「第一階層だよな?」
声が遠ざかっていく。
その後ろ。
また別のプレイヤー。
今度は三人。
「プレイヤーカードをお願いします」
「はい」
「国家からですか?」
「そうです」
「どうぞ」
次。
また一人。
その次。
「…………」
アレンが一瞬。
列を見る。
「隊長」
横から警備隊員が話しかける。
「増えましたね」
「ああ」
アレンが苦笑する。
「まさかこんなに早く増えるとは思ってなかった」
「人員増やします?」
「今のところは大丈夫だ」
「ただ、昼から交代を早めよう」
「了解」
「無理して倒れるなよ」
「隊長もですよ」
「分かってる」
そして。
また来訪者へ向き直る。
「お待たせしました」
カードを受け取る。
確認。
「問題ありません」
返す。
「ようこそ、フェリシアへ」
◇
商業区。
「…………」
男は店先の商品を眺めていた。
ゴブリンに襲われ。
フェリシアに助けられた男。
そして。
レグルスにフェリシアに入ったことを報告した男。
「兄ちゃん!」
店主が声を掛ける。
「昨日食ってたやつ、今日もあるぞ!」
「さすがに毎日は食わないよ」
「美味いって言ってただろ?」
「美味かったけどな」
「じゃあ食え!」
「商売強引だな」
男が笑う。
「後でな」
「絶対だぞ!」
「ああ」
歩く。
今日も普通の来訪者。
観光客。
そんな顔をしてフェリシアを見る。
警備隊。
施設。
人。
新しく入国してきたプレイヤーたち。
――来訪者が増えたな。
男は考える。
これは都合がいい。
人が増えれば自分一人が街を歩いていても目立たない。
それに警備隊は確かに警戒を強めている。
だが。
誰彼構わず止めている様子はない。
――入国者を過度に疑ってはいない。
昨日。
ゴブリンが正門を襲った。
あれは男にとっても想定外だった。
レグルスから聞いていない。
偶然なのか。
それとも。
――何か別の動きがある?
分からない。
男は足を止めない。
自分の仕事は調査。
それだけ。
余計なことへ首を突っ込む必要はない。
「…………」
男はギルド本部を見る。
そして。
そのまま通り過ぎた。
その時。
少し離れたところ。
木箱の陰。
「…………」
小さな影が動く。
赤い目。
《影鼠》。
男を見る。
そして。
ササッ。
物陰へ消えた。
◇
「…………」
ヨミの狐耳が動いた。
「どうしたの?」
俺が聞く。
「……一匹から反応がありました」
「もう?」
リンファもヨミを見る。
「……はい」
「怪しい人?」
「……分かりません」
ヨミが目を閉じる。
少し集中。
「……来訪者の一人を見ています」
「何してる?」
「……歩いています」
「…………」
「それだけ?」
「……はい」
「じゃあ普通だね」
俺が言う。
「そうね」
リンファも頷く。
「今の段階じゃ何も分からないわ」
「……はい」
ヨミが目を開く。
「……引き続き見てもらいます」
「お願い」
「……分かりました」
俺たちは再び歩き出した。
その時。
「ガウちゃん!」
「?」
声。
振り返る。
知らないプレイヤー。
女の人。
「あなたがガウちゃん?」
「そうだけど」
「本物だ!」
「?」
なんで知ってるの?
「レイナさんから聞いたよ!」
「フェリシアに狼獣人のすごく強い子がいるって!」
「…………」
レイナ。
そんなこと言ったの。
「耳触っていい!?」
「いいよ」
「やった!」
「ガウ」
リンファ。
「なに?」
「少しは警戒しなさい」
「プレイヤーカード確認してるんでしょ?」
「そういう問題じゃないわよ」
「?」
わしゃわしゃ。
「わぁ!」
「ふわふわ!」
「そう?」
「最高!」
「よかった」
もちろん尻尾は対策済み。
あの時の失態は繰り返さない。
うん。
俺偉い。
「…………」
ヨミが俺を見ている。
「どうしたの?」
「……いえ」
狐耳が少し伏せた。
「……ガウさんらしいなと」
「どういう意味?」
「……そのままの意味です」
なんか納得できない。
◇
午後。
さらに来訪者は増えた。
アルカディア。
第二階層。
別の地域。
いくつものギルド。
商人。
冒険者。
ただ遊びに来た者。
フェリシアを見に来た者。
目的は様々。
「……すごいですね」
ヨミが呟いた。
「うん」
俺も正門を見る。
ここは第一階層の最果てにある。
小さな集落だった。
外から誰かが来ることなんて珍しかった。
俺たちがいて。
住民がいて。
皆で食べて。
笑って。
それだけだった場所。
それが。
今。
「次の方、プレイヤーカードをお願いします!」
アレンの声。
人が来る。
また一人。
また一人。
フェリシアへ。
「…………」
本当に世界と繋がり始めている。
「ガウ」
リンファが呼ぶ。
「なに?」
「ぼーっとしてないで行くわよ」
「どこ?」
「見回り」
「また?」
「仕事でしょう?」
「はいはい」
「返事は一回」
「お母さん?」
「誰がお母さんよ!」
「痛っ!」
背中を叩かれた。
「ふふっ」
ヨミが笑う。
俺たちは歩き出す。
その後ろ。
道の端では一匹の《影鼠》が走っていく。
さらに別の道。
もう一匹。
屋根の下。
路地。
商業区。
宿の近く。
人々に気付かれることなく。
小さな死霊たちがフェリシアを駆け回る。
誰かを疑うためではなく。
この場所を守るために。
ヨミが契約した。
小さな魂たち。
そして。
そのうちの一匹は。
今も一人の男を静かに追い続けていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
今回はヨミのアークスキル《冥魂契約》が初登場!
大量の《影鼠》たちが、フェリシアの新たな監視役になりました。
そして交流が広がる一方で、潜入者の調査も続いています。
次回もよろしくお願いします!




