第14話 ただのゴブリン
たるとは静かに聞いた。
「どう思いますか?」
「…………」
すぐに答える者はいなかった。
机の上。
バレットが置いた一本の投げナイフ。
逃げたゴブリン。
謎の笛。
突然始まった同士討ち。
そして。
見つからなかった誰か。
「普通に考えたら」
最初に口を開いたのはハヤテだった。
「笛が怪しいよな」
「そうね」
リンファが頷く。
「笛が聞こえた直後に同士討ちを始めたんでしょう?」
「ああ」
バレットが答える。
「ほぼ同時だった」
「だったら」
ハヤテが腕を組む。
「その笛でゴブリンを操ったとか?」
「魔物を操るスキル……」
シズクが考える。
「存在していても不思議ではありませんね」
「だね~」
セリアも頷く。
「私が知らない魔法もいっぱいあるからね~」
ゴウマが言う。
「今まで知らなかった能力が存在していてもおかしくない」
「笛が何らかの能力の発動条件だった可能性もある」
「でも」
アイスが口を開いた。
「まだ笛で操ったと決めつけるのは早いと思う」
「そうだな」
バレットも頷く。
「姿は確認できてない」
「笛を吹いた奴がいたとしても」
サイオンが続ける。
「おいらは見つけられなかったッス」
「周囲にも痕跡はありませんでした」
アレンも言う。
「俺たち警備隊も探しましたが、足跡らしいものすら見つけられていません」
「うーん……」
たるとの虎耳が少し伏せる。
「分からないことだらけですね」
「そうだね」
アイスが答える。
そして。
「だからこそ」
少しだけ表情を変えた。
「僕はもう一つ気になってる」
「もう一つ?」
たるとの虎耳が動く。
「ああ」
アイスは机の上の投げナイフを見る。
「そもそも」
そして。
「ゴブリンがフェリシアを襲ったこと自体、本当に偶然だったのか?」
「…………」
俺はアイスを見る。
「どういうこと?」
「今回の流れを最初から考えてみよう」
アイスが指を一本立てる。
「まず、約二十体のゴブリンがフェリシアの正門に現れた」
二本目。
「ガウたちと警備隊が迎撃」
三本目。
「生き残ったゴブリンが森へ逃走」
四本目。
「バレットが《追跡付与》を使って追跡」
そして。
「ゴブリンが追跡に使われたナイフを発見した直後、笛の音が聞こえた」
最後。
「その直後に全員が同士討ちして死亡」
「…………」
改めて並べられると。
確かに。
「出来すぎてないか?」
アイスが言った。
「…………」
会議室が静かになる。
「待ってください」
たるとが聞く。
「それって……」
「仮に」
アイスが続ける。
「本当に誰かがゴブリンを操れるとしたら」
そして。
「フェリシアを襲わせることもできたんじゃないか?」
「……!」
たるとの虎耳が立つ。
俺もようやくアイスが言いたいことに気付いた。
「自演……?」
「ああ」
アイスが俺を見る。
「可能性の一つとしてね」
「じゃあ」
ハヤテが身を乗り出す。
「誰かがわざとゴブリンをフェリシアにけしかけたってことか?」
「分からない」
アイスはすぐに答えた。
「証拠はない」
「だから、あくまで可能性だ」
「でも」
ノエルが考える。
「もしそうだとしたら目的は何でしょう?」
「そこだ」
ゴウマが腕を組む。
「フェリシアを攻め落とすためとは考えにくい」
「ゴブリン二十体だもんね~」
セリアが言う。
「それだけでこの国を落とすのは無理だよ~」
「そうですね」
シズクも頷く。
外壁。
警備隊。
そして。
ここにいる俺たち。
ゴブリン二十体でどうにかできるような場所じゃない。
実際。
今回も大きな被害は出ていない。
「じゃあ何のため?」
俺が聞く。
「…………」
また静かになる。
「試した?」
リンファが呟いた。
「何を?」
「フェリシアを」
「…………」
「例えば」
リンファが指を折る。
「魔物が襲ってきた時にどれくらい早く対応するのか」
「誰が出てくるのか」
「どれくらいの戦力があるのか」
「…………」
「なるほどな」
ゴウマが頷く。
「威力偵察か」
「いりょくていさつ?」
たるとが首を傾げる。
「実際に小規模な攻撃を仕掛けて、相手の反応や戦力を探る方法だ」
ゴウマが説明する。
「今回がそうだと決まったわけじゃないが」
「つまり」
俺は考える。
「ゴブリンに勝たせる必要はなかった?」
「ああ」
ゴウマが頷く。
「俺たちがどう動くのかを見ることが目的ならな」
「…………」
それならゴブリンが負けても問題ない。
むしろ。
負けることまで分かっていた?
「それで追跡されたから」
ハヤテが言う。
「笛でゴブリンを殺した?」
「……証拠を消すため?」
ヨミが呟く。
「あり得なくはないね」
アイスが答える。
「ただ」
すぐに続ける。
「全部推測だ」
「笛と同士討ちに本当に関係があるのか」
「ゴブリンが誰かに操られていたのか」
「フェリシアへの襲撃そのものが仕組まれていたのか」
「何一つ証明できていない」
「…………」
たるとが考える。
その虎耳が小さく動いている。
「他にも目的は考えられます」
ノエルが言った。
「例えば、私たちの注意を正門へ向けること」
「陽動か」
ゴウマが呟く。
「はい」
「別の場所で何かをするために、わざと騒ぎを起こした可能性もあります」
「…………」
陽動。
威力偵察。
ただの偶然。
未知の魔物の行動。
誰かのスキル。
候補ばかり増えていく。
でも答えはない。
「バレットさん」
モルフォが口を開いた。
「ゴブリンの死体は?」
「回収してある」
「全部?」
「ああ」
バレットが頷く。
「警備隊に運んでもらった」
アレンも頷く。
「現在は城の保管場所に置いてあります」
「なら」
モルフォの目が変わった。
「調べましょう」
「やっぱり言った」
ハヤテが呟く。
「当然です」
モルフォが俺たちを見る。
「突然同士討ちを始めた魔物です」
「研究対象としてこれ以上ない」
「楽しそうですね!?」
たるとが突っ込む。
「楽しんでいるわけじゃないです」
「目が楽しそうです!」
「……気のせいです」
絶対違う。
「私も調べたいな~」
セリアが手を上げる。
「魔法とか魔力の痕跡が残ってるかもしれないし~」
「でしたら」
シズクも続く。
「私も同行します」
「シズクも?」
俺が聞く。
「はい」
「術式や精神への干渉であれば、何か残っている可能性があります」
「なるほど」
モルフォ。
セリア。
シズク。
三人ならかなり色々な方向から調べられそう。
「お願いします!」
たるとが頭を下げる。
「何か分かったら教えてください!」
「はい」
「任せて~」
「分かりました」
「それと」
ゴウマがアレンを見る。
「しばらく警備を増やした方がいい」
「俺もそう思います」
アレンが頷く。
「正門と外壁の人数を増やします」
「森の巡回も必要だな」
バレットが言う。
「ああ」
「ただし」
アレンが続ける。
「警備隊には単独行動をさせません」
「何か見つけても深追いは禁止」
「今日みたいに相手の能力が分からない以上、無理に追わせるのは危険です」
「お願いします」
たるとが頷く。
「あと」
少し考える。
「住民の皆さんには……」
「必要以上には広めない方がいいでしょうね」
ノエルが言った。
「まだ何者かに狙われていると決まったわけではありません」
「変に不安にさせる必要はないと思います」
「そうですね」
たるとが頷く。
そして。
少しだけ迷ってから。
「でも」
皆を見る。
「警備を強くするからって」
「フェリシアに来る人を、最初から全員疑うようなことはしたくありません」
「…………」
「知らない人だから怪しい」
「外から来た人だから入れない」
「そういう国にはしたくないです」
たるとらしい。
「大丈夫だ」
ゴウマが言った。
「警戒することと疑うことは別だ」
「ゴウマさん……」
「必要な警戒はする」
「だが、誰かを理由もなく敵扱いする必要はない」
「はい!」
たるとの虎耳が立った。
「それでお願いします!」
「分かりました」
アレンが頷く。
「警備隊にも伝えます」
こうして。
フェリシアの警備を一時的に強化することが決まった。
◇
会議後。
俺。
リンファ。
ヨミ。
三人がゴウマとアイスに呼ばれた。
「不審な事が起きた異常、三人に頼みたい事がある」
ゴウマが話す。
「なんとなく分かるわ」
リンファがゆっくりと頷く。
「たるとはああ言ったけど、フェリシアに来たプレイヤーを僕は警戒したい」
アイスが真剣な顔で話す。
「思い違いならいい」
「だが」
「何か起きてからでは遅い」
俺はアイスを見る。
「分かったよ」
ヨミも頷く。
「……分かりました」
「もし不審なプレイヤーを見つけたら拘束を頼む」
ゴウマが頭を悩ませながら話す。
俺はゴウマを見て話す。
「プレイヤーの調査は任せて」
「ゴウマとアイスは防衛面を頼むね」
こうして。
俺たち三人は来訪者の調査が決まった。
◇
翌朝。
国家。
商業区。
「おはようございます!」
「おはよう」
宿の受付。
昨日。
ゴブリンに襲われていた男が鍵を返す。
「今日はどこか行かれるんですか?」
「ああ」
男が答える。
「せっかく来たんだ」
「もう少し街を見て回ろうと思ってな」
「いいですね!」
受付の女性が笑う。
「おすすめのお店もいっぱいありますよ!」
「そうなのか?」
「はい!」
「なら行ってみるよ」
「いってらっしゃいませ!」
「ああ」
男は宿を出た。
「…………」
朝。
すでに街には人がいる。
店を開く者。
荷物を運ぶ者。
仕事へ向かう者。
子供たち。
男はその中を歩く。
「…………」
昨日と。
少し違う。
正門。
警備隊員の数が増えている。
外壁の上。
昨日より多い。
さらに街中を歩く警備隊。
二人一組。
「…………」
男は足を止めない。
何気なく。
ただ街を見ているように。
そのまま通り過ぎる。
――もう動いたか。
昨日のゴブリンは想定外だった。
だが。
疑われずに入国できたのはでかい。
その日の夜。
そして翌朝。
すでに警備体制を変更している。
――対応は早い。
男は頭の中に記憶する。
正門。
外壁。
警備隊。
巡回経路。
人数。
交代。
そして街を歩く。
「おはよう!」
「おはようございます!」
道の向こう。
一人のプレイヤーと一人のNPC。
一緒に荷物を運んでいる。
別の場所。
店。
NPCの店主。
プレイヤーが手伝っている。
子供たち。
プレイヤー。
NPC。
関係なく遊んでいる。
「…………」
男の目が少し細くなる。
――区別していない?
昨日も気付いていた。
だが。
改めて見る。
プレイヤー。
NPC。
どちらも同じように暮らしている。
同じ店。
同じ仕事。
同じ街。
「…………」
男は歩く。
そして。
何も知らない観光客のように店へ入った。
「いらっしゃい!」
「昨日、あとで寄るって言ったからな」
「おお!本当に来たのか!」
店主が笑う。
「何食う?」
「おすすめ」
「任せろ!」
「…………」
男は席へ座った。
そして。
普通に朝食を食べ始めた。
◇
同じ頃。
フェリシア。
研究所。
「…………」
机。
その上にゴブリンの死体。
その周囲にモルフォ。
セリア。
シズク。
三人が立っていた。
残りの死体も別の場所に保管されている。
「まず外傷から確認しましょう」
モルフォが言う。
「死因も含めて詳しく調べます」
「は~い」
セリアが杖《創星》を手にする。
「私は魔力を見てみるね~」
「私は術式や干渉の痕跡を確認します」
シズクも小杖《白晶》を構える。
調査が始まった。
◇
時間が過ぎる。
「…………」
モルフォが傷を見る。
「頭部への打撃」
別の死体。
「腹部に刺し傷」
さらに。
「これは噛み傷ですね」
「全部~」
セリアが聞く。
「ゴブリン同士で~?」
「はい」
モルフォが答える。
「バレットたちの証言とも一致しますね」
「毒は~?」
「検出されません」
「寄生生物は~?」
「いないです」
「病気とか~」
「目立ったものはありません」
「…………」
モルフォが次の死体へ。
確認。
さらに確認。
その横ではセリアは《創星》を死体へ向けている。
淡い光。
魔力を調べる。
「う~ん」
「どうですか?」
シズクが聞く。
「普通だね~」
「普通?」
「うん」
セリアが首を傾げる。
「変な魔力が残ってないよ~」
「魔法を使われた痕跡は?」
「今のところないかな~」
「…………」
シズクも《白晶》を向ける。
目を閉じる。
集中。
術式。
結界。
精神干渉。
外部から何かを作用させた痕跡を探す。
「…………」
何もない。
別の死体。
何もない。
さらに何もない。
「おかしいですね」
シズクが呟く。
「だよね~」
セリアもいつもの口調。
だけどその顔は真剣だった。
さらに時間が過ぎる。
一体。
二体。
三体。
回収されたゴブリンを。
可能な限り調べる。
そして。
「…………」
三人が止まった。
「モルフォ~」
セリアが見る。
「どう~?」
「…………」
モルフォは手元の資料を見る。
外傷。
毒。
病気。
寄生。
肉体的異常。
「何もありません」
「こっちも~」
セリアが言う。
「変な魔力反応は見つからなかったよ~」
「私もです」
シズクが続ける。
「術式や精神干渉を受けた痕跡は確認できませんでした」
「…………」
静かになる。
目の前。
ゴブリンの死体。
突然。
仲間同士で殺し合った魔物。
そのはずなのに。
「……変だね~」
セリアが呟く。
「はい」
モルフォも頷く。
「何かされたから同士討ちした」
「そう考えた方が自然ですが……」
シズクが言う。
「その『何か』が見つからないですね」
「はい……」
モルフォが資料を見る。
もう一度。
最初から確認する。
それでも結果は同じ。
「おかしい」
「…………」
そして。
モルフォは目の前に横たわる死体を見る。
「少なくとも」
静かに告げた。
「私たちが調べた限り」
一拍。
「ゴブリンは――」
「ただのゴブリンです」
最後まで読んでいただきありがとうございます!
謎の笛。
突然の同士討ち。
そして調べても何も出てこないゴブリンたち。
フェリシアも少しずつ警戒を始めました。
果たして今回の出来事は偶然なのか。
次回もよろしくお願いします!




