第13話 笛の音
国家。
正門から少し離れた森の中。
「こっちだ」
バレットの声に続いて森の奥へ進んでいた。
先頭を走るバレット。
サイオン。
ガンテツ。
警備隊長のアレン。
そして警備隊員五名。
フェリシアの正門を襲ったゴブリン。
約二十体。
そのほとんどは倒した。
だが残った数体は森へ逃げていった。
バレットはそのうち一体へ投げナイフを刺し。
アークスキル《魔法付与》によって。
《追跡付与》。
追跡できるようにしていた。
「まだ動いてるッスか?」
サイオンが聞く。
「ああ」
バレットが答える。
「止まってない」
「結構奥まで行くッスね」
「そうだな」
木々の間。
草を踏み。
枝を避けながら進んでいく。
「しかし!」
ガンテツが楽しそうに笑う。
「巣があるなら話は早い!」
「何が早いんスか?」
「全部ぶっ潰せばいい!」
「やっぱりそれッスか!」
「はっはっは!」
「ガンテツさん」
アレンが苦笑する。
「先ほども言いましたが、洞窟だった場合は崩さないでくださいね」
「分かっとる!」
「本当ッスかねぇ……」
「信用しろ!」
「日頃の行いッス」
「サイオン!」
「はははっ!」
その後ろで警備隊員たちも笑っている。
「隊長」
一人がアレンへ声を掛けた。
「もし本当に巣だったら、増援呼びます?」
アレンが答える。
「規模を確認してからだな」
そして。
「無理に突っ込むなよ」
「俺たちの仕事は討伐じゃなくて、まずフェリシアへの危険があるか確認することだ」
「了解」
「でもガンテツさんが突っ込みそうです」
別の警備隊員が言う。
「おい!」
ガンテツが振り返った。
「俺をなんだと思っとる!」
「洞窟を壊す人です」
「壊さんわ!」
「本当ですか?」
「たぶん!」
「たぶんじゃ困るんです!」
アレンが即座に突っ込んだ。
「はっはっは!」
その時。
「ん?」
バレットが突然、足を止めた。
「どうしました?」
アレンが聞く。
「……止まった」
「何がッスか?」
「反応だ」
バレットが森の奥を見る。
「《追跡付与》を付けたゴブリンが止まった」
「巣に着いたッスかね?」
「可能性はある」
バレットが周囲を見る。
「ここからは静かに行くぞ」
「分かりました」
アレンが振り返る。
さっきまで笑っていた警備隊員たちの表情が変わる。
「お前たち、周囲警戒」
「了解」
「ガンテツさん」
「ああ」
今度はガンテツも声を抑える。
ゴブリン討伐隊はゆっくりと森の奥へ進んだ。
◇
木の陰。
茂み。
そこから少し先を見ていた。
「…………」
いた。
ゴブリン。
逃げていった数体。
そのうち一体。
背中にはバレットが投げたナイフが刺さったまま。
「見つけたッスね」
サイオンが小さな声で言う。
「ああ」
バレットが答える。
だけど様子がおかしい。
「……何してるんスかね?」
サイオンが呟く。
ゴブリンたちは動かない。
巣があるわけでもない。
洞窟もない。
ただ。
森の中で立っている。
「周囲に他のゴブリンは?」
アレンが聞く。
「見える範囲にはいないな」
「巣らしきものもありませんね」
「ああ」
バレットが目を細める。
「なら、なぜここで止まった?」
誰も答えない。
ゴブリンたちは逃げるでもなく。
何かを探すでもなく。
その場にいる。
「……妙ッスね」
サイオンの声から。
いつもの軽さが少し消えた。
「妙だな」
バレットも同じらしい。
その時。
一体のゴブリンが背中へ手を伸ばした。
「ギギ……?」
刺さっているナイフ。
掴む。
「気付いたか」
バレットが呟く。
ゴブリンがナイフを抜いた。
地面へ落とす。
カラン。
そして。
「ギッ!」
何かを叫ぶ。
他のゴブリンたちもナイフを見る。
「…………」
「追跡に気付かれた?」
警備隊員が呟く。
「いや」
アレンが答える。
「ゴブリンがそこまで理解できるとは思えない」
「なら偶然ですか?」
「分からない」
バレットも何も言わずゴブリンたちを見ている。
そして。
――ピィィィィィ……。
「!」
音。
小さい。
でも確かに聞こえた。
「……笛?」
ガンテツが呟く。
「今の」
アレンが周囲を見る。
「どこからだ?」
警備隊員たちも一斉に剣へ手を掛ける。
「サイオン」
バレットが呼ぶ。
「はいッス」
「周囲を――」
その瞬間。
「ギャアアッ!」
「!?」
目の前。
一体のゴブリンが。
突然。
隣にいたゴブリンへ襲い掛かった。
「ギッ!?」
棍棒。
振り下ろす。
頭に直撃。
「何してる!?」
ガンテツが声を上げる。
次。
別のゴブリンが仲間へ飛び掛かる。
「ギャッ!」
「ギギギッ!」
殴る。
刺す。
噛みつく。
「同士討ち……?」
アレンが目を見開く。
「なんでだ?」
誰も答えられない。
さっきまで。
一緒に逃げていたゴブリンたちが。
突然。
殺し合いを始めた。
「ギャアアッ!」
一体倒れる。
もう一体。
倒れる。
それでも止まらない。
「…………」
バレットは弓へ手を掛けていた。
だけど。
引かない。
ただ。
目の前の光景を見ている。
「こんなの……」
そして。
「初めて見た」
数体しか残っていなかったゴブリン。
最後の二体。
互いに武器を振り。
一体が倒れた。
そして。
残った一体も。
すでに深い傷を負っている。
「ギ……」
ふらつく。
一歩。
二歩。
そして倒れた。
「…………」
静かになった。
鳥の声。
木々が揺れる音。
それだけ。
「全滅……」
警備隊員が呟く。
俺たちは。
一匹も手を出していない。
なのに。
ゴブリンは全滅した。
「……さっきの笛ッス」
サイオンが空を見る。
「何かあるかもしれないッス」
そして。
「上から確認するッス!」
地面を蹴る。
一気に上昇。
木々を越える。
「俺たちは周囲を探す」
アレンが部下たちを見る。
「二人一組。離れすぎるな」
「了解!」
「何か見つけても一人で追うなよ!」
「はい!」
警備隊員たちが動き出す。
ガンテツも周囲を見る。
「俺も探してくるぞ」
「木を倒さないでくださいね」
「倒さん!」
「お願いしますよ」
「アレンまで疑うな!」
ガンテツが森の奥へ。
バレットは倒れたゴブリンへ近づく。
「…………」
死んでいる。
全部。
「バレットさん」
アレンが戻ってくる。
「どうです?」
「分からない」
バレットがしゃがむ。
「何か魔法を受けた痕跡も見当たらない」
「では」
「ただ突然、仲間同士で殺し合った」
「…………」
アレンが笛の聞こえた方を見る。
「偶然とは思えませんね」
「ああ」
しばらくして。
「バレット!」
上。
サイオンの声。
降りてくる。
「どうだった?」
「ダメッス」
サイオンが首を横に振る。
「かなり広く見たッスけど、人影はないッス」
「魔物は?」
「小型が少しいるくらいッス。ゴブリンの群れも見当たらないッスね」
「……そうか」
「笛を吹いた奴がいたとしても」
サイオンが森を見る。
「もう逃げた後かもしれないッス」
「だろうな」
バレットが立ち上がる。
「…………」
森。
ゴブリン。
謎の笛。
同士討ち。
「一度戻りましょう」
アレンが言った。
「これ以上、手掛かりなしで森を探すのは危険です」
「ああ」
バレットも頷く。
「たるとたちにも報告した方がいい」
「ですね」
「隊長!」
警備隊員たちも戻ってくる。
「何もありません!」
「こっちもです!」
「分かった」
アレンが頷く。
「全員戻るぞ」
「了解!」
バレットたちはゴブリンの死体をもう一度見る。
結局。
巣は見つからなかった。
そして。
笛を吹いた者も見つからなかった。
◇
少し前。
国家。
正門。
「それじゃあ!」
レイナが元気よく手を上げた。
「今日は帰るね!」
「はい!」
たるとも手を上げる。
《蒼穹の翼》の皆も帰る準備を終えていた。
「本当に今日はありがとうございました!」
「こっちこそ!」
レイナが笑う。
「楽しかった!」
「それならよかったです!」
「フェリシアも見れたし!」
「はい!」
「美味しいものも食べたし!」
「はい!」
「虎耳は触れなかったし!」
「最後だけおかしいです!」
「えー!」
「えーじゃありません!」
俺は横でそのやり取りを見る。
ちなみに。
狼尻尾はまだ足に巻き付けている。
ちょっと痛い。
「ガウちゃん」
「なに?」
レイナが俺を見る。
「今度は尻尾ね!」
「やだ」
「即答!?」
「耳ならいいよ」
「じゃあ今!」
「いいよ」
「ガウ!?」
たるとが振り返った。
「なんで!?」
「別にいいじゃん」
「よくないです!」
「なんでたるとが決めるの?」
「なんとなくです!」
「意味分かんない」
「やった!」
レイナが俺の前へ。
そして。
狼耳。
わしゃわしゃ。
「…………」
「やっぱり最高!」
「そう?」
「うん!」
「ならよかった」
「…………」
たるとが俺を見る。
「なに?」
「尻尾」
「巻いてるよ」
「絶対外さないでくださいね」
「分かってる」
「前みたいにぶんぶん振ったらまた弄られますよ」
「分かってる!」
「ガウちゃん?」
レイナが笑顔で俺を見る。
「何の話?」
「なんでもない」
「怪しい!」
「なんでもない!」
危ない。
「そうだ!」
たるとが話を変える。
「レイナさん!」
「なに?」
「約束、忘れないでくださいね!」
「約束?」
「セレスティアです!」
「あ!」
レイナの顔が明るくなる。
「もちろん!」
「今度は私たちが遊びに行きます!」
「来て来て!」
「絶対ですよ!」
「任せて!」
レイナが胸を張る。
「私が全部案内する!」
「お願いします!」
「危険なところも!」
「そこは案内しなくていいです!」
「面白いのに!」
「観光ですよ!?」
「探索しようよ!」
「しません!」
「俺は行きたいけどな」
ハヤテが言った。
「ほら!」
「ハヤテは黙っててください!」
「なんで!?」
皆が笑う。
「ガウちゃんも行こうね!」
「うん」
「やった!」
「ガウとハヤテは返事が早すぎます!」
「だからなんで?」
「絶対二人で危険なところ行きそうだからです!」
「大丈夫だって」
「その言葉が一番信用できません!」
失礼な。
「ふふっ」
レイナが笑う。
そして。
少しだけ俺を見る。
さっきまでとは違う目。
正門前。
ゴブリンとの戦闘。
あれから。
時々。
こういう目で見られる。
「レイナさん?」
「ん?」
「どうしたの?」
「なんでもない!」
いつもの笑顔。
「じゃあ」
レイナさんが手を上げる。
「次はセレスティアで!」
「はい!」
「待ってます!」
「絶対行きます!」
「ガウちゃん!」
「なに?」
「狼耳!」
「セレスティアでも触るの?」
「もちろん!」
「……まあいいけど」
「やった!」
「ガウ!」
またたると。
なんで怒られるの。
こうして。
《蒼穹の翼》の皆はフェリシアを出発した。
レイナは見えなくなるまでずっと手を振っていた。
「…………」
たるとも手を振る。
「楽しかったですね」
「うん」
「今度はセレスティアか」
ゴウマが言う。
「また世界が広がるわね」
リンファも笑う。
「楽しみだね~」
セリア。
「私も興味があります」
シズク。
新しい国。
新しい場所。
また楽しみが一つ増えた。
◇
その頃。
フェリシア。
商業区。
一人の男が歩いていた。
「…………」
さっきゴブリンに襲われ。
フェリシアに助けられたプレイヤー。
男はゆっくりと街を歩く。
店。
建物。
道。
人。
その目は何かを探すように。
一つ一つ。
確認していた。
「いらっしゃい!」
店から声が飛ぶ。
男が見る。
「兄ちゃん!何か食ってくか?」
「……いや」
少し考え。
「あとで寄るよ」
「おう!」
歩く。
商業区。
住宅街。
ギルド本部。
遠くに見える城。
外壁。
正門。
警備隊。
「…………」
何気なく。
ただ観光しているように歩いていく。
途中。
何度か住民から声を掛けられた。
「見ない顔だね」
「ああ。今日来た」
「そうなの?」
「いいところだな」
「だろ?」
男は笑う。
「宿探してるなら、あっちにあるよ」
「助かる」
「ゆっくりしていってくれ!」
「ああ」
男は教えられた方向へ向かう。
そして。
宿。
扉を開く。
「いらっしゃいませ!」
受付。
「泊まりたいんだが」
「何泊ですか?」
男は少し考える。
「とりあえず三泊」
「分かりました!」
料金を聞く。
男は普通に金を払った。
「こちらがお部屋の鍵です!」
「ありがとう」
「二階の奥になります!」
「ああ」
鍵を受け取り、階段を上がる。
廊下。
部屋。
扉を開ける。
「…………」
中へ。
扉を閉める。
カチャ。
鍵を掛ける。
「…………」
しばらく何も言わない。
窓へ。
外を見る。
フェリシアの街。
人々が歩いている。
子供たちの声。
商人の声。
笑い声。
男はその景色を眺める。
そして。
懐へ手を入れた。
小さな宝玉。
「…………」
淡い光。
「潜入継続」
静かな声。
「現在、国内を調査中」
少し間。
「警備体制」
「主要施設」
「住民構成」
「順次確認します」
宝玉の向こう。
返事はない。
男は続ける。
「今のところ」
窓の外を見る。
「こちらを疑っている者はいません」
そして。
「引き続き調査します」
通信を切る。
光が消える。
男は宝玉を懐へ戻した。
「…………」
ベッドを見る。
そして腰を下ろした。
「悪くない宿だな」
小さく呟く。
そのまましばらく休むことにした。
◇
夜。
フェリシアにある城にみんなが集まっていた。
「全員、揃いました」
シズクが言った。
「ありがとうございます!」
たるとが頭を下げる。
大きな机。
その周りには。
俺。
ハヤテ。
ゴウマ。
リンファ。
《四牙御免》。
シズク。
セリア。
《虎王近衛》。
そして。
バレット。
ガンテツ。
アイス。
サイオン。
ノエル。
モルフォ。
ヨミ。
《七彩守護刃》。
フェリシアの主要役職者。
全員。
そして警備隊長。
アレン。
「では」
たるとが皆を見る。
「バレットさん」
「お願いします」
「ああ」
バレットが頷く。
「まず」
机の上に一本の投げナイフを置いた。
昼間にゴブリンへ刺したもの。
「逃げたゴブリンは追跡できた」
「巣はあったの?」
俺が聞く。
「いや」
バレットが首を横に振る。
「なかった」
「え?」
「ゴブリンは森の途中で止まった」
「途中で?」
「ああ」
「そこで何をしてたんだ?」
ハヤテが聞く。
「何も」
「何も?」
「ただ立っていた」
「…………」
ゴウマが腕を組む。
「妙だな」
「ああ」
バレットも頷く。
「それから」
少し間。
「ゴブリンが俺のナイフに気付いた」
「追跡されていることに気付いたということですか?」
シズクが聞く。
「そこまでは分からない」
「ただナイフを抜いた」
「その直後だ」
バレットの表情が変わる。
「笛の音が聞こえた」
「笛?」
たるとの虎耳が動く。
「ああ」
「誰かいたんですか?」
「分からない」
「サイオン」
バレットが見る。
「はいッス」
サイオンが答える。
「おいらが上空から周囲を確認したッス」
「でも」
首を横に振る。
「人影は一つも見つからなかったッス」
「俺たち警備隊も周囲を探しました」
アレンが続ける。
「ですが、こちらも何も発見できませんでした」
「…………」
静かになる。
「それで?」
リンファが聞く。
「ゴブリンはどうしたの?」
バレットが少し黙る。
そして。
「全滅した」
「え?」
たるとが聞き返す。
「倒したんですか?」
「いや」
「…………」
「俺たちは」
バレットが全員を見る。
「一匹も倒してない」
「…………」
たるとの虎耳がゆっくり立った。
「じゃあ」
「どうして……?」
「同士討ちだ」
バレットが答える。
「笛が聞こえた直後」
「突然」
「ゴブリン同士で殺し合いを始めた」
「…………」
今度こそ誰もすぐには口を開かなかった。
「魔物が……」
ヨミが呟く。
「突然、仲間同士で?」
「ああ」
「そんなことあるの~?」
セリアが聞く。
「俺は知らない」
バレットが答える。
「俺は初めて見た」
「僕も聞いたことがないな」
アイスが言う。
「ゴブリン同士で争うこと自体はあり得るとしても」
「笛の直後に一斉に、というのは……」
「偶然とは考えにくいですね」
ノエルが続ける。
「ですよね」
アレンも頷く。
「俺もそう思います」
「…………」
たるとが机の上を見る。
投げナイフ。
ゴブリン。
笛。
同士討ち。
そして。見つからなかった誰か。
「…………」
さっきまでレイナたちと笑っていた。
いつものたるとじゃない。
国家。
その代表としてゆっくり顔を上げる。
そして。
ここにいる大切な仲間たちを見た。
「……皆さん」
たるとは。
静かに聞いた。
「どう思いますか?」
最後まで読んでいただきありがとうございます!
今回はゴブリンを追跡したバレットたちが、不可解な同士討ちを目撃しました。
謎の笛。
そして姿の見えない何者か。
次回もよろしくお願いします!




