第9話 突然の国賓
国家。
ギルド本部。
「それじゃあ、警備隊の訓練についてだけど」
俺は机の上に広げられた紙を見る。
昨日。
アルカディアから帰ってきた俺たちは国家代表者会議で聞いたことを皆に伝えた。
世界指名手配第一位。
《七つの大罪》。
第三階層の国家をたった二人で壊滅させた存在。
だから。
今日から俺たちは少しずつ動き始めていた。
「まずは今の訓練内容を整理した方がいいな」
ゴウマが言う。
「そこから足りない部分を考える」
「そうね」
リンファが頷く。
「いきなり全部変えても混乱するだけでしょうし」
「俺としては実戦形式を増やした方がいいと思うけどな!」
ハヤテ。
「だから、あなたは張り切りすぎるって言ってるの」
「まだ何もしてねえだろ!?」
「これからするでしょう?」
「決めつけんなよ!」
いつも通りだ。
「アレンさんたちとも相談しましょう」
シズクが言う。
「実際に警備をしている方々の意見も必要ですから」
「だね~」
セリアが頷く。
「訓練場の結界も確認しないと~」
「俺が壊す前提になってない?」
ハヤテが聞く。
「念のため~」
「なんで!?」
「日頃の行いじゃない?」
俺が言う。
「ガウまで!?」
「はははっ!」
バレットが笑う。
今日もフェリシアは平和だ。
少なくとも。
この時までは。
バンッ!
「失礼します!」
突然。
会議室の扉が開いた。
「わっ!?」
たるとの虎耳が跳ねる。
入ってきたのは警備隊の一人。
かなり慌てている。
「どうしました!?」
たるとが立ち上がる。
「正門から緊急連絡です!」
「正門?」
何かあった?
魔物?
それとも怪しいプレイヤー?
昨日の話を聞いたばかりだから。
一瞬、嫌な想像が頭をよぎった。
だけど。
「来訪者です!」
「来訪者?」
たるとが首を傾げる。
「はい!」
「どなたですか?」
警備隊員は。
一度、息を整える。
そして。
「国家のガルド王です!」
「…………」
「…………」
ガルド?
「え?」
たるとの虎耳が立つ。
「ガルドさん?」
「はい!」
「なんで?」
「分かりません!」
「何か用事かな?」
俺が聞く。
「私たちが帰る時に何か言ってたっけ?」
「いや」
ゴウマが首を横に振る。
「来るとは聞いていない」
「私も聞いてないわよ」
リンファ。
「俺も」
ハヤテ。
「じゃあ急に来たのかな?」
「恐らく……」
警備隊員が言いにくそうに続ける。
「それと」
「はい?」
「ガルド王は……」
なぜか。
少し間を置く。
「お一人です」
「…………」
「…………」
「一人?」
たるとが聞き返した。
「はい」
「護衛の方は?」
「いません」
「アルカディアの人は?」
「誰も」
「冒険者ギルドの人とか」
「いません」
「…………」
たるとの虎耳がゆっくり伏せていく。
「本当に?」
「本当にお一人です」
「…………」
そして。
「なんで!?」
叫んだ。
「いや、俺に聞かれても!」
警備隊員が困る。
「と、とにかく行こう!」
俺たちは急いで正門へ向かった。
◇
正門。
「お!」
近づくとすぐに見つけた。
大柄な男。
ガルド。
本当にいる。
そして。
本当に一人だった。
「おう!」
俺たちに気付いて大きく手を上げる。
「久しぶりだな!」
「一昨日ぶりですよ!?」
たるとが即座に突っ込んだ。
「ああ、そうだったな!」
「そうですよ!」
たるとはガルドの周囲を見る。
右。
左。
後ろ。
「…………」
誰もいない。
「ガルドさん」
「なんだ?」
「皆さんは?」
「皆?」
「アルカディアの!」
「いないぞ?」
「護衛は?」
「いない」
「同行者は?」
「いない」
「…………」
「一人で来た!」
胸を張った。
「なんで!?」
正門の警備兵とたるとの声が重なった。
「はははっ!」
「笑い事じゃないです!」
たるとが詰め寄る。
「ガルドさん、国王ですよね!?」
「そうだぞ」
「冒険者ギルドのギルド長ですよね!?」
「ああ」
「なんで一人で来るんですか!?」
「一人の方が気楽だからな!」
「気楽とかそういう問題じゃないです!」
「いいじゃねえか。ちゃんと着いたんだから」
「よくないです!」
……なんだろう。
たるとがビルズに見えてきた。
「そういえば」
ゴウマが口を開く。
「ビルズはどうした?」
「ああ」
ガルドさんが答える。
「言ってない」
「…………」
「え?」
たるとの動きが止まった。
「今、なんて?」
「ビルズには言ってないぞ」
「…………」
俺たちは顔を見合わせた。
「内緒で来たの?」
俺が聞く。
「ああ!」
「なんで!?」
「言ったら止めるだろ?」
「でしょうね!!」
今度は全員の声が揃った。
「ははははっ!」
ガルドさんが豪快に笑う。
「いやぁ、やっぱり来てよかった!」
「まだ正門ですよ!?」
「もう楽しいからな!」
自由だ。
この人。
思ってた以上に。
自由だ。
「というか」
ハヤテがふと気付いたように聞く。
「いつアルカディア出たんだ?」
「今朝だ」
「…………」
「今朝?」
「ああ」
ハヤテが俺を見る。
俺もハヤテを見る。
「近くに転移したんのかな?」
たるとも何かに気付いた。
「ガルドさん」
「なんだ?」
「第一階層に着いたのは?」
「朝だな」
「そこからフェリシアまで……」
「走ってきた」
「…………」
「マップだと徒歩三日くらいだったからな」
「三日!?」
「夕方には着くだろうと思って」
「なんで!?」
今日。
何回目だろう。
この言葉。
「いや~」
サイオンが苦笑する。
「普通は着かないッスよ」
「そうか?」
「そうッス」
アイスも笑っている。
「ガルド基準で考えない方がいいと思う」
「そうか?」
「はい」
「まあ」
ガルドが笑う。
「着いたんだからいいだろ!」
「よくないです!」
またたるとが叫んだ。
◇
「とりあえず」
少しして。
たるとが大きく息を吐いた。
「正門でずっと話してても仕方ないですから」
「そうだな!」
「フェリシアへようこそ!」
さっきまで怒っていた顔からいつもの笑顔へ。
「歓迎します!」
「おう!」
ガルドさんが笑う。
そして。
正門をくぐった。
「…………」
その瞬間。
ガルドさんの足が止まった。
「どうしました?」
「いや」
目の前。
大通り。
行き交う住民たち。
その先に広がる街並み。
ガルドはゆっくり周囲を見渡す。
「外から見ても思ったが」
そして。
「でかいな」
「えへへ」
たるとの虎耳が立つ。
「頑張りました!」
「本当に半年で作ったんだよな?」
「はい!」
「…………」
ガルドが頭を掻いた。
「やっぱおかしいだろ」
「また言った!?」
皆が笑う。
「せっかくだし」
たるとが言う。
「案内します!」
「おう。頼む!」
「まずはどこから行きます?」
「全部!」
即答。
「全部!?」
「せっかく来たんだからな!」
「今日中に回れるかな……」
俺が呟く。
「回れるだろ!」
「ガルドさん基準で言わないで!」
「はははっ!」
こうして。
突然始まった。
ガルドのフェリシア見学。
◇
最初は。
住宅街。
「ここが皆さんの住んでいる場所です!」
「かなり家があるな」
「今も少しずつ増やしてます!」
道を歩けば。
住民たちが声を掛けてくる。
「あ、たるとちゃん!」
「こんにちは!」
「ガウちゃんたちも!」
「こんにちは」
そして。
知らない大男が一緒にいることに気付いて首を傾げる。
「そちらは?」
「あ!」
たるとが紹介しようとして一瞬止まった。
「国家の――」
「ガルドだ!」
本人が先に言った。
「よろしくな!」
「よろしくお願いします!」
普通に挨拶が返ってくる。
「…………」
ガルドが少し笑った。
「どうしました?」
「いや」
「いいなと思ってな」
「?」
次。
商業区。
「ここが商業区です!」
「おお」
店。
屋台。
食堂。
色々な声が飛び交う。
「たるとちゃん! これ食べてく?」
「後で!」
「ガウちゃんも!」
「後で行くよ」
「ハヤテ! 昨日頼まれてたやつ入ったぞ!」
「マジ!?」
「今行かないでよ」
リンファがハヤテの服を掴む。
「ちょっとだけ!」
「後にしなさい」
「はい……」
ガルドがそれを見て笑っている。
「どうした?」
ハヤテが聞く。
「いや」
「本当に普通だな」
「何が?」
「国の代表が歩いてるのに」
ガルドがたるとを見る。
「誰も畏まらない」
「あ」
たるとの虎耳が動く。
「私、そういうの苦手なので」
「知ってる」
「だから今のままでいいんです!」
「はははっ!」
次。
畑。
「ここはロウガさんたちが中心になって管理してます!」
「かなり広いな」
「いっぱい増やしました!」
港。
「海まで使ってるのか」
「ガロンさんたちが漁に出てくれてます!」
笑い声。
どこへ行っても。
誰かがいる。
誰かが笑っている。
プレイヤー。
NPC。
そんな区別なんて誰も気にしていない。
同じ店で働いて。
同じ畑を耕して。
同じ道を歩いて。
同じ場所で暮らしている。
「…………」
時々。
ガルドが何も言わずそんな光景を見ていた。
◇
そして。
ギルド本部。
「ここが《王虎の牙》のギルド本部です!」
「立派なもんだな」
「一階は誰でも使えるようになってます!」
広い一階。
受付。
掲示板。
休憩スペース。
食事ができる場所。
ギルドメンバーだけじゃなく。
住民たちも普通に出入りしている。
「へえ」
ガルドが壁に掛けられた《王虎の牙》の看板を見る。
「そういや」
ハヤテが。
ふと口を開いた。
「ガルドって、自分のギルドもあるんだよな?」
「ん?」
「冒険者ギルドのギルド長じゃなくて」
「ああ。あるぞ」
そういえば俺も知らない。
ガルドがどこのギルドなのか。
「なんてギルド?」
俺が聞く。
「《黎明の騎士団》だ」
「へえ」
かっこいい名前。
「…………」
「…………」
ん?
何人かの反応が。
おかしい。
アイス。
サイオン。
ガンテツ。
ノエル。
モルフォ。
それに少し離れたところにいたドランまで。
普通にガルドを見ている。
驚いてはいない。
むしろ。
「……ガウ」
アイスが俺を見る。
「知らなかったのか?」
「何が?」
「ガルドが《黎明の騎士団》のギルドマスターだってこと」
「うん」
「…………」
アイスが少し困った顔をした。
「そうだったのか」
「そんなに有名なの?」
俺が聞く。
「有名どころじゃない」
「え?」
「《黎明の騎士団》は」
アイスが答える。
「ギルドランキング第三位」
「…………」
「…………」
「え?」
たるとの虎耳が。
ピンッ!
と立った。
「三位!?」
「ああ」
ガルドが普通に頷く。
「今は三位だな」
「ガルドさんがギルドマスターなんですか!?」
「そうだぞ?」
「知らなかったです!」
「そうなのか?」
「聞いてないです!」
「聞かれなかったからな!」
「またそれですか!?」
たるとが叫ぶ。
「いや~」
サイオンが笑う。
「てっきり知ってると思ってたッス」
「俺もだ!」
ガンテツが豪快に笑う。
「攻略に関わってりゃ《黎明の騎士団》の名前は何度も聞くからな!」
「かなり有名なギルドですよ」
ノエルも言う。
「攻略組では知らない者の方が少ないでしょうね」
「ランキング第三位……」
シズクがガルドを見る。
「国王で」
俺が言う。
「冒険者ギルド長で」
ゴウマ。
「ランキング第三位のギルドマスター」
リンファ。
「…………」
たるとが指を折りながら数える。
そして。
「ガルドさん」
「なんだ?」
「肩書き多すぎません?」
「俺もそう思う!」
「本人も!?」
また笑いが起こった。
◇
最後。
俺たちは。
城へ向かった。
「…………」
城を見上げて。
ガルドさんが止まる。
「これも半年?」
「はい!」
「…………」
「皆で作りました!」
「…………」
「ガルドさん?」
「いや」
大きく息を吐く。
「アルカディアでも城を作るのは苦労したからな」
「そうなんですか?」
「ああ」
「途中で資材が足りなくなってな」
懐かしそうにガルドが笑う。
「集めても集めても足りない」
「建てたら建てたで修正が出る」
「人手も足りない」
「何度やめようと思ったか」
「でも」
ガルドはフェリシアの城を見る。
「完成した時は嬉しかった」
「分かります!」
たるとの尻尾が大きく揺れた。
「私たちもです!」
「だろうな」
そのまま城の中へ。
そして高い場所から街を見る。
住宅街。
商業区。
畑。
港。
ギルド本部。
外壁。
「…………」
ガルドはしばらく何も言わなかった。
「どうですか?」
たるとが少し不安そうに聞く。
「フェリシア」
「…………」
ガルドは街を見る。
そして。
「いい国だな」
たるとの虎耳が立った。
「本当ですか!?」
「ああ」
ガルドが笑う。
「会議でお前が言ってただろ」
ーー皆が笑って暮らせる。
ーー困った時には。
ーー助け合える。
ーー疲れた時には。
ーー帰ってこられる。
「正直」
ガルドが続ける。
「聞いただけじゃ分からない部分もあった」
「でも」
街を見る。
「実際に来てみたら」
少し笑った。
「分かった気がする」
「…………」
「お前が言ってた」
ガルドがたるとを見る。
「帰ってこられる場所ってやつがな」
「…………はい!」
たるとが嬉しそうに笑った。
俺も街を見る。
いつものフェリシア。
俺たちにとっては見慣れた景色。
でも。
外から来た人には違って見えるのかもしれない。
「いやぁ」
ガルドさんが。
大きく伸びをする。
「来てよかった!」
「勝手に来たこと以外はですけどね!」
「まだ言うのか!?」
「言います!」
「ははははっ!」
◇
夜。
《王虎の牙》。
ギルド本部一階。
「それじゃあ!」
ガルドが大きな杯を持ち上げた。
その周りには俺たち《王虎の牙》。
警備隊。
住民たち。
気付けばかなりの人数が集まっていた。
テーブルには大量の料理。
そして。
酒。
「いやぁ」
俺はガルドが持ってきた物を見る。
「まさかこれまで持ってきてたとは……」
「当たり前だろ!」
ガルドさんが笑う。
「フェリシアの建国祝いだからな!」
ガルドさんが持ってきたのはアルカディアの酒。
それもかなりの量。
「これを渡すのも目的だったんだ!」
「だったら普通に持ってきてください!」
たるとが突っ込む。
「普通に来ただろ?」
「どこがですか!?」
「正面入口から来たぞ?」
「そういう意味じゃありません!」
「ははははっ!」
ガルドは本当に楽しそうだ。
「まあまあ」
杯を上げる。
「細かいことはいいじゃねえか!」
「細かくないです!」
「今日は祝いだ!」
「うっ」
たるとが止まる。
「フェリシアが国になった」
ガルドが皆を見る。
「俺は世界で最初に国を作った」
少しだけ声が落ち着く。
「だから分かる」
「国を作るってのは」
「建物を作れば終わりじゃない」
「そこに住む奴らがいて」
「守る奴らがいて」
「笑う奴らがいて」
「初めて国になる」
皆がガルドを見る。
「今日」
フェリシアの皆を見る。
「この国を見て回って」
そして笑った。
「ここはもう立派な国だと思った!」
「…………」
たるとの虎耳が小さく揺れる。
「だから!」
ガルドが再び杯を高く掲げた。
「国家の建国を祝って!」
大きな声。
「乾杯!」
「乾杯!」
いくつもの杯が一斉に上がった。
「かんぱーい!」
「おお!」
「飲むぞ!」
「ガンテツさん、飲みすぎないでくださいよ!」
「まだ一杯目だぞ!」
「始まる前だから言ってるんです!」
「はっはっは!」
「ガウ!」
「なに?」
ハヤテが料理を指差す。
「それ取ってくれ!」
「自分で取って」
「遠い!」
「立てば届くでしょ」
「ガウ姉ちゃん!」
今度はツキ。
「これ美味しい!」
「よかったね」
「もう一個食べていい!?」
「私に聞かなくてもいいよ」
「やった!」
走っていった。
「ガウさん」
ヨミが苦笑する。
「ツキ、食べすぎないように見てて」
「はーい」
「ガウ~!」
「今度はなに!?」
「飲んでるか!」
ガルドさん。
「私はお酒飲まないようにしてる!」
「なんでだ?」
「飲むと記憶飛ぶから」
「はっはっはっ!」
「飲み過ぎだろうな!一杯だけ付き合え!」
「なんでガルドさんが仕切ってるの!?」
「宴会だからな!」
理由になってない。
だけど。
楽しい。
笑い声。
料理。
酒。
ジュース。
プレイヤー。
NPC。
ギルド。
国。
そんなもの今は関係ない。
皆で。
笑って。
騒いで。
食べて。
飲んで。
「いやぁ!」
ガルドさんの声が響く。
「フェリシア最高だな!」
「まだ一日もいませんよ!?」
たるとが笑う。
「十分分かった!」
「何がですか!」
「楽しい国だ!」
「それなら……」
たるとが少しだけ照れながら笑った。
「よかったです!」
また皆が笑う。
その夜。
《王虎の牙》のギルド本部一階では遅くまで笑い声が途切れることはなかった。
ガルドも誰より楽しそうにその輪の中で笑っていた。
ただ。
この時。
ガルドはまだ知らなかった。
フェリシアで楽しく過ごした。
その先にアルカディアへ帰った後。
本当の試練が待っていることを。
そしてお酒を飲んだガウにも試練があるのことも。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
今回はガルド、まさかの一人旅!
アルカディアをこっそり抜け出し、ついにフェリシアへやって来ました(笑)
そして判明した《黎明の騎士団》ギルドマスターという新たな肩書き。
フェリシアの建国祝いも無事にできましたが――。
アルカディアに帰った後が怖いですね(笑)
次回もよろしくお願いします!




