第8話 国王の一人旅
早朝。
第五階層。
国家。
まだ街が完全に目を覚ます前。
俺は自室の扉をゆっくり開けた。
「…………」
右。
誰もいない。
左。
誰もいない。
「よし」
小さく呟く。
背中には旅用の装備。
食料。
回復アイテム。
その他必要な物は、昨日のうちにアイテムボックスへ入れてある。
準備は完璧。
あとはここを出るだけだ。
別に悪いことをするわけじゃない。
ちょっと出掛けるだけだ。
行き先は第一階層。
国家。
「…………」
第五階層から第一階層。
ちょっと。
……ではないかもしれない。
まあいい。
俺は静かに扉を閉める。
そして廊下を歩き始めた。
目的地はアルカディア正面入口。
「…………」
自分の国なのに。
妙に緊張する。
理由は分かっている。
ビルズだ。
あいつに見つかると面倒なことになる。
――どちらへ行かれるのですか?
――護衛は?
――同行者は?
――いつ戻られる予定ですか?
――そもそも、なぜ事前に相談しないのですか?
…………。
容易に想像できる。
「だから言わない」
我ながら。
完璧な解決策だ。
角を曲がる。
誰もいない。
階段を下りる。
誰もいない。
「よしよし」
そのまま俺は冒険者ギルド本部を出た。
朝の空気が気持ちいい。
「いやぁ」
大きく伸びをする。
「いい朝だな!」
久しぶりの一人旅。
悪くない。
俺はそのまま。
アルカディアの正面入口へ向かって歩き始めた。
◇
その頃。
冒険者ギルド本部。
「ガルド」
書類の束を抱えたビルズが。
一つの部屋の前で立ち止まった。
コンコン。
扉を叩く。
「起きていますか?」
返事はない。
「…………」
もう一度。
コンコン。
「ガルド?」
返事なし。
ビルズが眉を寄せる。
「入りますよ」
扉を開いた。
「今日中に確認してほしい書類が……」
そこで止まる。
「…………」
誰もいない。
ベッド。
空。
机。
空。
そして。
普段置かれているはずの装備もない。
「…………」
ビルズは静かに部屋を見回した。
もう一度確認する。
いない。
「…………」
そして。
「いない!?」
早朝の冒険者ギルド本部に。
ビルズの声が響いた。
「最近は大人しいと思っていたのに……!」
すぐに部屋から飛び出す。
「伝令!」
「は、はい!」
近くにいた職員が驚いて振り返る。
「今すぐ正面入口を封鎖!」
「え!?」
「急いでください!」
「な、何があったんですか!?」
「ガルドがいません!」
「ガルド様が!?」
「恐らく外出するつもりです!」
「では行き先を確認して――」
「私に何も言わず旅装備まで持ち出しているのです!」
「…………」
職員の顔が引きつった。
「ああ……」
「納得している場合ですか!」
「す、すみません!」
ビルズが指示を飛ばす。
「正面入口の警備兵へ!」
そして。
「ガルドを外へ出してはいけません!」
「ガ、ガルド様をですか!?」
「そうです!」
「ですが……」
「急いでください!」
「は、はい!」
職員が走り出す。
ビルズは大きく息を吐いた。
「まったく……」
そして額に手を当てる。
「今度は何をするつもりなんですか……」
◇
俺はアルカディアの大通りを歩いていた。
朝だから昼間ほど人はいない。
店を開け始めている商人。
早朝から依頼へ向かう冒険者。
そんな人たちと時々すれ違う。
「おはようございます、ガルドさん!」
「おう! おはよう!」
「今日は早いですね!」
「ちょっと出掛けてくる!」
「お気をつけて!」
「おう!」
やっぱり。
朝はいいな。
歩いているうちに。
アルカディアの正面入口が見えてきた。
その向こう。
すぐ目の前には巨大な転移魔法陣。
各階層を移動するために使われているものだ。
「あそこまで行けば――」
その時。
後ろから。
何か聞こえた。
「伝令ー!」
「ん?」
振り返る。
遠く。
大通りを誰かが走ってくる。
「正面入口へ伝令ー!」
「…………」
嫌な予感。
「ビルズ様からの命令!」
「…………」
まさかな。
「正面入口を封鎖しろー!」
「…………」
俺は前を向いた。
正面入口。
あと少し。
「ガルド様を外へ出すなとの命令だー!」
「バレたか!」
早くないか!?
まだ部屋を出てから。
そんなに経ってないぞ!?
「ガルド様?」
正面入口にいた警備兵が俺を見る。
その顔が徐々に怪訝そうなものへ変わる。
「…………」
俺は笑った。
「おはよう!」
「お、おはようございます」
「いい朝だな!」
「は、はい」
後ろ。
「入口を封鎖しろー!」
警備兵。
俺を見る。
後ろを見る。
もう一度。
俺を見る。
「…………」
「…………」
よし。
「じゃあな!」
走る。
「ガルド様!?」
一気に正面入口へ。
「お、お待ちください!」
「悪い! ちょっと出掛けてくる!」
「どちらへですか!?」
「フェリシア!」
「フェリシア!?」
警備兵たちが驚く。
「お一人で!?」
「おう!」
「護衛は!?」
「いらん!」
「同行者は!?」
「いない!」
「待ってください!」
正面入口が閉じ始める。
「お」
間に合う。
「ガルド様ー!」
地面を蹴る。
閉じていく入口。
その隙間を一気に抜けた。
「よし!」
正面入口の外。
目の前には転移魔法陣。
後ろから。
「ガルド様! お戻りください!」
「帰ってくるから大丈夫だ!」
「そういう問題ではありません!」
「ビルズによろしく言っといてくれ!」
「ご自分で言ってくださーい!」
俺はそのまま転移魔法陣へ飛び込んだ。
光が身体を包む。
直前。
警備兵の声が聞こえた。
「ガルド様ぁぁぁぁぁ!!」
そして景色が変わった。
「…………」
静かになった。
「よし」
無事。
アルカディアを出られた。
……たぶん。
ビルズは怒っている。
「まあ」
俺は歩き出す。
「帰ってから考えればいいか!」
今はフェリシアだ。
◇
俺はガルド。
四十歳。
ギルドランキング第三位。
《黎明の騎士団》。
そのギルドマスターをやっている。
そして。
国家の代表。
冒険者ギルドのギルド長でもある。
こうやって並べてみると。
我ながらずいぶん面倒な肩書きが増えたものだ。
最初からこんなことをするつもりだったわけじゃない。
ゲームを始めた頃は。
ただ。
仲間たちと攻略して。
強い魔物と戦って。
新しい場所を見つけて。
それで十分だった。
《黎明の騎士団》もそんな仲間たちと作ったギルドだ。
攻略を続けて。
気付けばランキング第三位。
第五階層へ到達して。
そこで人が集まる場所が必要になった。
だから作った。
最初は本当に小さかった。
休める場所。
物を置ける場所。
装備を整えられる場所。
少しずつ人が増えた。
建物が増えた。
道ができた。
店ができた。
そして。
一年ほど経った頃。
ようやく街と呼べる場所になった。
それが今のアルカディアの始まりだ。
だからたるとたちの話を聞いた時は驚いた。
半年。
たった半年。
それだけの時間で街を作った。
それだけじゃない。
国にした。
「…………」
会議で聞いた言葉を思い出す。
――皆が笑って暮らせる場所です。
――困った時には助け合えて。
――疲れた時には帰ってこられて。
――皆が『ただいま』って帰ってこられる。
「いい国じゃねえか」
まだ見たこともないけどな。
だから見てみたくなった。
どんな街なのか。
どんな奴らが暮らしているのか。
たるとたちが。
半年かけて。
何を作ったのか。
国の代表として。
……というのも。
もちろんある。
でも一番は。
「気になったからな!」
それで十分だろ。
◇
俺は第一階層へ到着した。
目の前には広い草原。
「懐かしいな」
第一階層。
ゲームを始めた頃。
俺たちもここで散々戦った。
弱い魔物に囲まれて。
装備もろくに揃っていなくて。
それでも。
新しいものを見るたびに。
仲間たちと騒いでいた。
今では第五階層が俺たちの拠点。
攻略自体はさらにその先まで進んでいる。
こうして第一階層へ来るのも久しぶりだ。
「さて」
俺はマップを開いた。
現在地。
ここ。
目的地。
国家。
第一階層の最果て。
「…………」
遠いな。
経路を確認。
距離。
地形。
普通に歩いた場合のおおよその所要時間。
「徒歩で三日ってとこか……」
俺は空を見る。
まだ朝。
「なら夕方には着くな」
マップを閉じる。
「よし!」
行くか。
俺は地面を蹴った。
◇
草原を走る。
風が身体を抜けていく。
久しぶりだ。
こうやって何も考えず。
ただ目的地へ向かって走るのは。
国を作ってから。
仕事は増えた。
冒険者ギルド。
国家間の問題。
攻略情報。
交易。
治安。
その他。
色々。
ビルズがかなり引き受けてくれているとはいえ。
俺にしかできないこともある。
だから。
こうして一人でただ走る時間は貴重なのかもしれない。
「ははっ!」
楽しい。
前方。
魔物の群れ。
俺に気付いた。
「ギャッ!」
「ギャギャ!」
ゴブリン。
数は十体くらいか。
武器を持って道を塞ぐ。
「お?」
俺は速度を落とす。
ゴブリンたちがこちらへ向かってくる。
「そういや」
どこかで聞いた気がする。
たるとがゴブリンがどうとか。
「…………」
なんだったか。
まあいい。
一体が棍棒を振り上げる。
「遅い!」
踏み込む。
殴る。
「ギャッ!?」
吹き飛ぶ。
そのまま。
二体目。
三体目。
「ギャギャ!」
後ろから。
「そこか!」
振り向き。
蹴る。
吹き飛んだゴブリンが別のゴブリンを巻き込む。
「おっと」
横。
剣。
身体を逸らす。
そのまま腕を掴み。
「ほらよ!」
投げる。
「ギャァァァ!?」
地面へ。
数分も。
掛からなかった。
「…………」
静かになった。
「弱いな」
まあ。
第一階層だ。
当然か。
「さて」
俺は再び。
フェリシアへ向かう。
「急ぐか!」
走り出した。
◇
昼。
走る。
「お?」
魔物。
倒す。
走る。
川。
飛び越える。
走る。
森。
抜ける。
走る。
途中。
何人かのプレイヤーとすれ違った。
「…………」
「…………」
皆。
なぜか俺を見ていた。
まあ気にしない。
走る。
ひたすら走る。
◇
そして。
夕方。
「…………」
俺は足を止めた。
遠くに見える巨大な外壁。
「お」
マップを確認する。
間違いない。
「着いたな」
国家。
夕方には着いた。
「…………」
しかし。
俺はマップを閉じてもすぐには動けなかった。
遠くからでも分かる。
外壁。
でかい。
想像していたよりずっと。
「…………」
俺はゆっくり歩き始めた。
近づく。
さらに見えてくる。
外壁の向こう。
建物。
人の気配。
整備された道。
そして。
大きな正門。
「これが……」
フェリシア。
たるとたちが作った。
国。
「…………」
半年。
聞いていた。
何度も。
分かっていた。
つもりだった。
だけど。
実際に見ると全然違う。
俺たちがアルカディアを作った時。
まともな街になるまで。
一年。
それでも早い方だと思っていた。
それをこいつらは。
「半年……」
頭を掻く。
「いやぁ……」
思わず笑ってしまった。
「いくらゲームとはいえ」
もう一度。
フェリシアを見る。
「やっぱりおかしいだろ、半年は」
俺は早く中を見たくなった。
◇
正門へ近づく。
すると。
警備をしていた二人が。
こちらに気付いた。
「止まってください」
「おう」
一人が俺の前へ。
「フェリシアへ御用ですか?」
「ああ」
ちゃんとしてるな。
装備。
立ち位置。
もう一人もいつでも動ける位置にいる。
「お名前を伺っても?」
「ガルド」
「ガルドさんですね」
警備兵が何かを確認する。
「所属は?」
「アルカディア」
「アルカディア……」
手が止まった。
顔を上げる。
「国家ですか?」
「おう」
「…………」
もう一人の警備兵がこっちを見る。
「失礼ですが」
最初の警備兵が少し慎重に聞いてくる。
「アルカディアでの役職は?」
「代表だ」
「…………」
「…………」
二人とも固まった。
「それと」
俺は付け加える。
「冒険者ギルドのギルド長もやってる」
「…………」
「《黎明の騎士団》のギルドマスターでもあるな」
「…………」
反応がない。
どうした?
「おーい?」
一人がゆっくり隣を見る。
隣もゆっくりそいつを見る。
そして。
二人同時に。
俺を見る。
「……ガルド王?」
「おう」
「国家の?」
「そうだ」
「ギルドランキング第三位《黎明の騎士団》のギルドマスター?」
「ああ」
「…………」
「…………」
「ガ、ガルド王!?」
やっと大きな声が出た。
「おう!」
「な、なんで!?」
なんで?
「フェリシアを見に来た」
「そうではなく!」
「ん?」
警備兵が俺の後ろを見る。
右。
左。
さらに遠くを見る。
「……あの」
「なんだ?」
「護衛の方々は?」
「いない」
「…………」
「では、同行者は?」
「いないぞ」
「…………」
また二人が顔を見合わせた。
「まさか……」
恐る恐る。
聞かれる。
「お一人で来られたのですか?」
「ああ!」
俺は笑って答えた。
「一人で来た!」
「…………」
「…………」
そして。
夕方のフェリシア正門に警備兵の声が響いた。
「なんで!?」
こうして。
ガルド。
四十歳。
国家代表。
冒険者ギルド長。
そして。
ギルドランキング第三位。
《黎明の騎士団》ギルドマスター。
その男は。
誰にも知らせず。
護衛も連れず。
たった一人で。
国家へ到着した。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
今回はガルド、まさかの一人旅!
次回、フェリシアはどうなる!?
次回もよろしくお願いします!




