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第45話 幸せの国

翌朝――。


目を覚ました俺は、しばらく天井を見上げていた。


「……」


静かだ。


昨日と同じ。


木槌を打つ音も。


石材を運ぶ音も。


誰かが大声で指示を飛ばす声も聞こえない。


街づくりは終わった。


昨日。


ゴウマがそう宣言した。


何ヶ月も続いていた作業が本当に終わった。


「……終わったんだよね」


分かっているはずなのに。


まだ少しだけ実感がない。


俺は身体を起こす。


身支度を整え、いつものように外へ出た。



朝の街。


涼しい秋の風が吹いている。


住宅街では、家々から住民たちが出てきていた。


「おはようございます!」


「おはよう」


「今日は畑か?」


「ああ!」


「昼には戻るよ!」


そんな会話が聞こえる。


商業区ではすでに店を開ける準備が始まっていた。


「そっちの商品並べて!」


「分かった!」


「パン焼けたよー!」


美味しそうな匂いが漂ってくる。


正門へ向かえば濃紺の制服を身につけた警備隊が交代している。


「お疲れ様です!」


「異常なし!」


「了解!」


アレンとダリオの姿も見える。


いつもの朝。


「……」


俺は立ち止まった。


昨日。


街は完成した。


皆で祝った。


大騒ぎして。


たくさん笑って。


たくさん食べて。


それでも。


朝になれば。


皆はいつも通りに起きて。


仕事へ向かって。


店を開いて。


畑へ行って。


街を守っている。


当たり前だ。


街が完成したからって。


ここでの暮らしが終わるわけじゃない。


むしろ。


これからも続いていく。


「ガウ姉ちゃん!」


「ん?」


声の方を見る。


いつもの子供たちが走ってきた。


「おはよう!」


「おはよう」


「今日ね!」


「お母さんのお手伝いする!」


「偉いね」


「僕は畑!」


「俺は遊ぶ!」


「手伝わないの?」


「……」


男の子が止まった。


「遊ぶ!」


「手伝おうね」


「えー!」


笑い声。


いつもと変わらない。


俺も思わず笑った。


「じゃあね!」


「また後で!」


「うん」


走っていく子供たちを見送る。


その向こう。


完成した城が見えた。


昨日までと同じ城。


でも。


今日からはもう。


建設途中の姿を見ることはない。


「……」


なんだか少し寂しい。


でも。


それ以上に嬉しかった。


俺たちが作っていたものが。


今はもう。


皆が暮らす場所になっている。


「さて」


俺も歩き出す。


今日は昼頃。


中央広場へ全員が集まることになっている。


昨日。


たるとが言った。


この場所のこれからについて。


皆に話があると。


「何を話すんだろう」


なんとなく予想はできる。


昨日の夜。


この街に名前がないことに気付いたばかりだ。


きっとそのことだ。


そんなことを考えながら。


俺はいつもの食堂へ向かった。



昼――。


中央広場。


そこには大勢の人が集まっていた。


《王虎の牙》の仲間たち。


街で暮らすプレイヤー。


警備隊。


NPC住民。


大人も。


子供も関係ない。


この場所で暮らしている人たちが。


皆。


集まっている。


「すごい人数だな」


ハヤテが周囲を見渡す。


「改めて見ると本当に増えたよな」


「そうだね」


俺も頷く。


昔なら全員集まっても。


小さな集会場で十分だった。


それが今は中央広場が人で埋まっている。


「ガウ」


リンファが隣へ来る。


「たるとちゃんから何か聞いてる?」


「何も」


「私も」


リンファは城の方を見る。


そこにはたると。


ゴウマ。


アイス。


何人かの姿がある。


「昨日の話でしょうね」


「たぶん」


少し離れた場所。


ガンテツは腕を組み。


バレットはその隣。


シズク。


セリア。


ノエル。


ヨミとツキ。


モルフォ。


サイオン。


皆。


たるとを待っている。


やがて。


「皆さん!」


聞き慣れた元気な声が響いた。


ざわついていた中央広場が少しずつ静かになる。


たるとが皆の前へ立つ。


背後には完成した城。


秋の風を受け、《王虎の牙》の旗が揺れていた。


「今日は!」


いつものように大きな声。


だけど。


「皆さんに」


一度、息を吸う。


「大切なお話があります!」


誰も口を挟まない。


昨日までならハヤテ辺りが何か言っていたかもしれない。


でも今日は違った。


たるとの表情がいつもより少しだけ真剣だったから。


「昨日」


たるとはゆっくりと話し始める。


「私たちの街が完成しました!」


拍手が起こる。


最初は小さく。


でもすぐに広場全体へ広がっていった。


たるとは嬉しそうに笑う。


「ありがとうございます!」


そして。


「この場所は」


街へ視線を向ける。


「最初からこんな場所だったわけではありません」


「小さな集落でした」


「家も少なくて」


「畑も小さくて」


「道も今みたいに綺麗ではありませんでした」


「……」


俺は静かに聞いていた。


覚えている。


初めてこの場所へ来た時のことを。


本当に小さな集落だった。


「そこへ」


たるとは続ける。


「少しずつ人が増えました」


「一緒に暮らす仲間が増えて」


「住む場所が足りなくなって」


少しだけ笑う。


「だったら作ろうって」


「皆で家を作りました」


住宅街を見る。


「もっと安心して暮らせるように」


「外壁を作りました」


「道を作りました」


「お店を作りました」


「畑を広げました」


「港を整備しました」


「ギルド本部を作りました」


そして後ろを振り返る。


「最後に」


完成した城を見上げる。


「このお城を作りました」


「……」


静かだった。


でも重苦しい静けさじゃない。


誰もがたるとの言葉を聞いている。


「気付いたら」


たるとは少し照れたように笑う。


「こんなに大きな街になっていました」


小さな笑い声が起こる。


「昨日」


たるとはゴウマを見る。


「ゴウマさんに聞かれました」


「この街の名前は何なのかって」


「……」


「それで」


困ったように笑った。


「初めて気付きました」


「私たち」


「街の名前を決めていなかったんです!」


「今さらかよ!」


やっぱりハヤテだった。


「仕方ないじゃないですか!」


「ずっと作ることばっかり考えてたんです!」


「普通途中で気付くだろ!」


「ハヤテさんだって気付いてなかったじゃないですか!」


「俺はギルドマスターじゃない!」


「ずるいです!」


笑い声が広がる。


昨日と同じ。


いつもの俺たち。


たるとも笑っていた。


やがてその笑い声が落ち着く。


「それで」


たるとは再び前を向いた。


「昨日の夜」


「ずっと考えました」


「この場所に」


「どんな名前を付けようかって」


「……」


「でも」


たるとの声が少しだけ変わった。


「考えているうちに思ったんです」


「もう」


街を見る。


「街の名前だけを決めるのは違うんじゃないかなって……」


「……?」


周囲が僅かにざわついた。


俺もたるとを見る。


どういうことだ?


たるとはゆっくり街を見渡していく。


「ここには」


「たくさんの人が暮らしています」


「家があります」


「お店があります」


「畑があります」


「港があります」


「外壁があります」


「皆さんを守ってくれる警備隊があります」


アレンたちを見る。


警備隊員たちが少しだけ背筋を伸ばした。


「そして」


「ここを」


胸の前で両手を握る。


「自分の居場所だと思ってくれている人たちがいます」


「……」


風が吹く。


たるとの髪が揺れる。


虎耳が僅かに動いた。


「だから」


たるとは真っ直ぐ前を見る。


「私は」


一拍。


「この場所を」


その言葉をはっきりと口にした。


「一つの国にしたいと思います!」


「……」


一瞬。


誰も反応できなかった。


俺も。


ハヤテも。


リンファも。


周りにいる皆も。


ただたるとを見ていた。


「……国?」


誰かが呟いた。


ざわざわと少しずつ声が広がっていく。


「国って……」


「ここを?」


「本当に?」


たるとは皆の反応を見ながら静かに頷いた。


「はい」


「ここを」


「私たちの国にしたいです」


「……」


国。


その言葉が頭の中で何度も響いた。


この場所を国にする。


俺は周囲を見る。


高い外壁。


住宅街。


商業区。


畑。


港。


ギルド本部。


警備隊。


そして城。


確かにもう小さな集落じゃない。


ただのギルド拠点とも違う。


沢山の人が暮らしている。


「もちろん」


たるとが続ける。


「私は」


「世界で一番大きな国を作りたいわけではありません」


「世界で一番強い国にしたいわけでもありません」


「誰かと戦うための国でもありません」


一つずつ。


ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「私が作りたいのは」


住民たちを見る。


「ここで暮らしている皆さんが」


「毎日笑って」


「一緒にご飯を食べて」


「困った時には助け合って」


「疲れた時には帰ってきて」


「……」


たるとの瞳が少しだけ潤む。


それでも笑っていた。


「ただいまって」


「そう言える場所です」


「……」


胸の奥が少しだけ熱くなった。


ああ。


そうだ。


俺たちが作ってきたのは。


ずっと。


そういう場所だった。


「プレイヤーだからとか」


「NPCだからとか」


たるとは首を横に振る。


「そんなことは関係ありません!」


「昔どこにいたのかも」


「どんなギルドにいたのかも関係ありません」


その言葉にアレンが。


ダリオが。


ヨミが。


そしてここへ辿り着いた多くの者たちが。


静かにたるとを見ていた。


「ここで暮らしたいと思ってくれる人が」


「ここを帰る場所だと思ってくれる人が」


「笑って暮らせる」


「そんな国にしたいです」


「……」


たるとは一度、大きく息を吸った。


「だから」


「この国に」


「名前を付けたいと思います」


静寂。


今度こそ誰一人として言葉を発さなかった。


秋の風だけが中央広場を吹き抜けていく。


「この場所で暮らす皆さんが」


「これからも」


「たくさん笑って」


「たくさん幸せになれるように」


「そして」


「いつでも」


「帰ってこられる場所であるように」


たるとは満面の笑みを浮かべた。


「そんな願いを込めて――」


一拍。


「この国を!」


大きな声が。


街中へ響き渡る。


「《フェリシア》と名付けます!」


「……」


静寂。


ほんの。


一瞬だけ。


そして。


「おおおおおおおおおおおおおお!!」


大歓声が爆発した。


「フェリシア!」


「いい名前だ!」


「俺たちの国だ!」


「やったー!」


「国だー!」


拍手。


歓声。


笑い声。


あちこちから次々と声が上がる。


「フェリシア!」


「フェリシア!」


誰かが名前を呼ぶ。


すると別の誰かも。


「フェリシア!」


「フェリシア!」


声が重なる。


プレイヤーも。


NPCも。


大人も。


子供も。


皆が笑っている。


「……」


俺も気付けば笑っていた。


「フェリシア……」


口にしてみる。


不思議だ。


さっき初めて聞いた名前なのに。


ずっと前から。


この場所の名前だったような気がした。


「いい名前だね」


隣のリンファが笑う。


「うん」


「たるとちゃんらしい」


「うん」


本当にそう思う。


その時。


「ねぇ!」


子供の大きな声が響いた。


「ん?」


皆がそちらを見る。


いつもの男の子。


その子がたるとを指差した。


「じゃあ!」


満面の笑み。


「たるとお姉ちゃんが王様なの!?」


「……」


「……」


「……」


たるとが固まった。


俺も。


ハヤテも。


皆も。


一瞬。


黙る。


「そうなるな!」


真っ先に答えたのはガンテツだった。


「なりませんよ!?」


たるとが叫ぶ。


「何でですか!」


「国ができた!」


ガンテツが指を一本立てる。


「城がある!」


二本目。


「ギルドマスター!」


三本目。


「王様だ!」


「最後がおかしいです!」


「でも」


ハヤテが真剣な顔で城を見る。


「城に住むんだろ?」


「住みますけど!」


「国も作った」


「作りましたけど!」


「じゃあ王様じゃん」


「違います!」


「たると王様ー!」


子供たちが一斉に声を上げる。


「王様ー!」


「たると王様ー!」


「だから違いますー!」


大爆笑。


たるとの顔が真っ赤になっている。


「もう!」


「国の名前を発表したばっかりなのに!」


「なんでこうなるんですかー!」


「はっはっは!」


「いいじゃねぇか!」


「よくありません!」


いつもの光景。


いつもの笑い声。


国になったからって。


俺たちまで急に変わるわけじゃないらしい。


それでいい。


きっと。


それがいい。



しばらくして俺は少しだけ皆から離れた。


中央広場の端。


そこから皆を見る。


子供たちに追いかけられているたると。


それを見て笑っているハヤテ。


ゴウマ。


リンファ。


シズク。


セリア。


バレット。


ガンテツ。


ドラン。


ノエル。


ヨミ。


ツキ。


モルフォ。


アイス。


サイオン。


ユナ。


エリック。


ノア。


ミナ。


アレン。


ダリオ。


そして。


名前を挙げきれないほど。


たくさんの仲間たち。


「……」


本当に増えたな。


最初は小さな集落だった。


名前すらなかった。


そこに。


俺たちはいた。


別に世界を救いたかったわけじゃない。


最強になりたかったわけでもない。


大きな国を作ろうなんて。


考えてもいなかった。


ただ。


仲間と一緒に笑って。


くだらないことで騒いで。


皆で飯を食って。


疲れたら帰ってきて。


また明日って。


そう言える場所が欲しかった。


それだけだった。


でも。


一人。


また一人。


仲間が増えて。


帰ってくる人が増えて。


気付けば。


小さな集落は街になった。


そして今日。


その場所に名前が付いた。


「フェリシア……」


俺はもう一度その名前を口にする。


幸せを願って付けられた。


俺たちの国。


「ガウー!」


遠くから。


たるとの声。


「助けてくださーい!」


見る。


子供たちに囲まれている。


「王様ー!」


「王様ー!」


「違いますー!」


「……」


俺は思わず吹き出した。


「今行く!」


皆のもとへ歩き出す。


俺たちが作った。


俺たちの街。


俺たちの国。


そして――。


俺たちがいつでも帰ってこられる場所。


その名は。


《フェリシア》。


今日。


この世界に。


新しい国が生まれた。

ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!


これにて第3章、完結です!


小さな集落から始まった場所。


皆で家を建て、道を作り、外壁を築き、たくさんの人が集まり。


ついに一つのフェリシアが誕生しました!


いやぁ……長かった!


でも、ガウたちらしくワイワイ騒ぎながら、少しずつ自分たちの帰る場所を作っていく姿を書けて本当に楽しかったです。


そして物語はここで終わりではありません。


国ができたということは――。


今度は国として、外の世界と関わっていくことになります。


次章。


第4章――《繋がる世界》編。


新たな出会い。


ギルドとの交流。


他国との関わり。


そして《フェリシア》という国がこれからどんな道を歩んでいくのか。


もちろん、王虎の牙らしいワイワイした日常も変わりません!


まずは建国したばかりのフェリシア。


国としてやらなければならないことがまだまだ沢山あるようで……?


《王虎の牙》はここからさらに広がっていきます。


第4章《繋がる世界》編もよろしくお願いします!

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