第44話 私たちの街
数日後――。
朝。
いつものように目を覚ました俺は、しばらく天井を見上げていた。
「……」
静かだ。
妙に。
静かだった。
いつもなら朝になればどこかから聞こえてくる。
カンッ。
カンッ。
トントントン。
木槌を打つ音。
石材を運ぶ音。
誰かが誰かへ指示を出す声。
「木材こっち!」
「石材足りないぞ!」
「ガンテツ!」
「任せろ!」
そんな声が今日は聞こえない。
「……」
俺は身体を起こす。
狼耳をぴくりと動かす。
やっぱり静かだ。
外から聞こえてくるのは。
鳥の鳴き声。
風に揺れる木々の音。
そして遠くから聞こえる住民たちの話し声くらい。
でも別に何かがあったわけじゃない。
今日は朝から城の前へ皆で集まることになっている。
ここ数日。
城の建設は本当に最後の仕上げへ入っていた。
家具の搬入。
細かな内装。
結界術式の最終確認。
外装の仕上げ。
そして今日。
全員で完成状況を確認する予定になっている。
だから朝一番の建設作業もない。
「……それにしても」
俺は静かな朝へ耳を澄ませる。
「変な感じ」
ずっと聞いてきた音がない。
それだけなのにいつもの朝とはまるで違って感じる。
俺はベッドから降りた。
「そろそろ行こうかな」
身支度を整え。
城へ向かうことにした。
◇
外へ出る。
涼しい風が頬を撫でる。
季節はすっかり秋へ入り始めていた。
真夏の頃とは違う。
朝の空気には少し冷たさが混じっている。
「……」
街を見る。
住宅街。
家々から住民たちが出てくる。
店へ向かう人。
畑へ向かう人。
港へ向かう人。
そして今日はいつもより多くの人たちが同じ方向へ歩いていた。
城。
どうやら完成状況が気になっているのは俺たちだけじゃないらしい。
「ガウ姉ちゃん!」
「ん?」
後ろから元気な声。
振り返る。
いつものNPCの子供たちだった。
「おはよう!」
「おはよう」
「ガウ姉ちゃんもお城行くの?」
「うん」
「皆で集まるからね」
「僕たちも行く!」
「私も!」
子供たちは嬉しそうに城の方角を指差す。
「たると王様もいる?」
「いると思うよ」
「王様じゃありませんー!」
遠くから聞こえた。
「……」
俺と子供たちが顔を見合わせる。
「聞こえてたね」
「うん!」
随分耳がいい。
「お城に住むから王様なのにね!」
「その話は直接たるとにしてあげて」
「分かった!」
絶対また怒られる。
そんなことを話しながら俺たちは城へ向かった。
◇
城の前。
そこにはすでに大勢の人が集まっていた。
《王虎の牙》の仲間たち。
警備隊。
街のプレイヤー。
NPC住民。
完成間近の城を見上げながらどこか期待したような表情を浮かべている。
「ガウ!」
ハヤテが俺へ手を振った。
「こっちだ!」
「おはよう」
「おう!」
俺は皆のところへ向かう。
「今日は何を確認するの?」
「知らない」
「ハヤテも?」
「ああ」
ハヤテは城を見る。
「ゴウマからは朝ここへ集まれって言われただけだ」
「私も」
どうやら集合することは知らされていたけど何をするのかまでは聞かされていないらしい。
「最終確認じゃないの?」
「たぶんな」
そんな話をしていると。
「皆さん!」
たるとが元気よく声を上げた。
「おはようございます!」
「おはようございます!」
大勢の返事にたるとは嬉しそうに笑う。
「本日は!」
一度、城を見上げる。
「皆さんに集まっていただきました!」
「それは知ってる!」
ハヤテが叫んだ。
笑い声が広がる。
「理由を教えてくれ!」
「それはですね――」
たるとが答えようとした時。
カンッ――。
乾いた音が城の正面から響いた。
「……?」
皆が見る。
城の正面。
そこにはドランが脚立の上に立っていた。
手には金槌。
壁には小さな金具。
どうやら何かを取り付けていたらしい。
ドランはしばらく仕上がりを確認する。
そしてゆっくりと木製の脚立から降りた。
「ドラン?」
俺が声を掛ける。
「今の何?」
「最後の仕事じゃ」
「最後?」
「ああ」
ドランは完成した城を見上げる。
「これで終わりじゃ」
「……」
「……」
「何が?」
ハヤテが首を傾げた。
ドランは呆れたように髭を撫でる。
「何がって」
一度皆を見る。
「全部じゃ」
「……全部?」
「城の建設」
ドランは胸を張った。
「終わったぞ」
「……」
一瞬、誰も言葉を発さなかった。
俺も。
たるとも。
ハヤテも。
目の前の城を見る。
「……完成?」
俺が呟く。
「ああ」
ドランが笑う。
「完成じゃ」
「……」
完成。
その言葉がすぐには頭へ入ってこなかった。
城を見る。
足場はない。
積み上げられていた資材もない。
壁。
窓。
屋根。
正面に掲げられた《王虎の牙》の紋章。
全部、出来上がっている。
「本当に……?」
たるとが小さく呟く。
「ああ」
ゴウマが答えた。
その手には何枚もの資料がまとめられている。
「城だけではない」
「……え?」
たるとの耳が動く。
ゴウマは資料へ視線を落とした。
「昨日までに最終確認を行った」
一枚。
紙をめくる。
「住宅街」
「整備完了」
「商業区」
「整備完了」
「主要道路」
「整備完了」
静かな声が城の前へ響く。
「外壁」
「防御結界を含め運用中」
「畑」
「拡張完了」
「港」
「整備完了」
「ギルド本部」
「運用開始済み」
「研究所」
「稼働中」
さらに。
「研究所への通路」
「完成」
「地下訓練場」
「完成」
「地下牢への連絡路」
「完成」
「警備隊」
アレンとダリオ。
そして新しい制服を身につけた警備隊へ視線を向ける。
「正式運用開始済み」
最後に城を見る。
「そして」
一度、資料を確認する。
「城」
「全工程完了」
「……」
ゴウマはゆっくり資料を閉じた。
「以上をもって」
一拍。
「街づくり計画」
皆を見る。
「全工程――完了だ」
「……」
誰も声を発さなかった。
静かだった。
さっきまで聞こえていた住民たちの話し声も。
子供たちの笑い声も。
全部止まったように感じる。
「……終わった?」
ハヤテが。
ぽつりと呟いた。
「終わった」
ゴウマが答える。
「本当に?」
「ああ」
「もう」
ハヤテは恐る恐る聞く。
「木材運ばなくていい?」
「当分はな」
「……」
ハヤテの目が大きく見開かれた。
「終わったぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「おおおおおおおおお!!」
次の瞬間、歓声が爆発した。
「完成だぁ!」
「やったー!」
「終わった!」
「長かったぁぁ!」
「もう穴掘らなくていい!」
「石材も運ばなくていいぞ!」
「木材もだ!」
「うおおおお!」
あちこちから。
声。
声。
声。
プレイヤーも。
NPCも関係ない。
皆が笑っていた。
エリックはその場へ膝をついた。
「ついに……」
「木材から……」
「解放された……」
「大袈裟だよ」
ユナが呆れたように見る。
「毎日運んでみろよ!」
「私も運んでたよ?」
「……そうだった」
隣。
セリアも両手を大きく上げる。
「もう建築魔法しなくていい~?」
「当分はな」
ドランが答える。
「やった~!」
ぺたん。
その場に座った。
「セリアさん」
ノアが見下ろす。
「研究所の仕事はありますよ」
「……」
「セリアさん?」
「聞こえない~」
「聞こえていますよね?」
「今日はお休み~」
「今日だけですよ」
「は~い」
一方。
ガンテツだけは完成した城を見ながらどこか寂しそうだった。
「……終わりなのか?」
「なんで残念そうなんだよ!」
バレットが突っ込む。
「まだまだ運べるぞ!」
「もう運ばなくていいんだ!」
「石材も余っとるぞ!」
「倉庫に入れろ!」
「はっはっは!」
何故笑う。
笑い声。
歓声。
拍手。
完成した城の前が一気に賑やかになっていく。
「……」
その中。
たるとはまだ何も言わずに城を見上げていた。
「たると?」
俺は隣へ歩く。
「どうしたの?」
「いえ」
たるとはゆっくり首を横に振る。
その瞳は少しだけ潤んでいた。
「本当に」
小さな声。
「完成したんですね」
「……うん」
「全部」
「うん」
俺も改めて街を見る。
長かった。
本当に。
長かった。
何ヶ月も。
次は何を作る。
どこを直す。
何が足りない。
そんなことばかり考えていた。
それが今日終わった。
俺たちが皆で作ってきた街。
その一つの形がようやく完成した。
しばらくして歓声が落ち着いた頃。
「皆さん!」
たるとが大きく手を挙げた。
「はい!」
皆の視線が集まる。
「せっかくなので!」
「完成した街を」
満面の笑み。
「皆で見て回りませんか?」
「おっ!」
ハヤテが反応する。
「いいな!」
「賛成ッス!」
サイオンも手を挙げた。
「僕も異論はない」
アイスが穏やかに頷く。
「これだけ長い時間をかけて作った街だ」
完成した街並みへ視線を向ける。
「今日くらい」
「皆でゆっくり見てもいいだろう」
「はい!」
たるとの尻尾が嬉しそうに揺れる。
「では!」
「街を一周しましょう!」
「おおー!」
こうして俺たちは自分たちの手で作り上げた街を皆で歩いて回ることになった。
◇
最初に向かったのは住宅街。
広い大通り。
そこから枝分かれする。
いくつもの小道。
その両側にたくさんの家が並んでいる。
でも建てたばかりの頃とはもう全然違っていた。
窓にはカーテン。
玄関先には。
小さな植木鉢。
庭には花。
軒先では。
洗濯物が風に揺れている。
家の前を掃除する人。
隣人と話している人。
庭で作業をする人。
そして。
道路では子供たちが走り回っている。
「……」
俺は一軒の家を見つめる。
俺たちが作った。
石。
木。
扉。
窓。
最初はただそれだけだった。
でも今はちゃんと誰かの家になっている。
「ガウ姉ちゃん!」
「たるとお姉ちゃん!」
元気な声。
一軒の家から二人の子供が走ってくる。
「あっ」
見覚えがある。
住宅建設を始めた日に。
最初に完成した家へ入った。
あの家族の子供たち。
「おはよう!」
「おはよう」
「見て!」
一人の女の子が嬉しそうに家の前を指差す。
そこには小さな花壇。
赤。
黄色。
白。
色々な花が綺麗に並んで咲いていた。
「これ!」
「お母さんと作ったの!」
「綺麗でしょ!」
「うん」
俺は笑う。
「すごく綺麗」
「やった!」
「私も植えた!」
「僕も!」
二人とも本当に嬉しそうだ。
その時、家の中から母親も顔を出した。
「皆さん」
俺たちを見る。
そして。
深く頭を下げた。
「本当に」
自分たちの家へ視線を向ける。
「ありがとうございました」
「いえ!」
たるとがすぐに答えた。
「今はもう」
その家を見る。
「皆さんのお家ですから!」
「……」
母親は少しだけ驚いたようにたるとを見る。
そして穏やかに笑った。
「はい」
「私たちの家です」
「……」
その言葉が妙に嬉しかった。
俺たちが建てた家。
でももう俺たちのものじゃない。
ここで暮らす人たちの帰る場所になったんだ。
◇
次に向かったのは商業区。
ここは住宅街とはまるで違う。
「いらっしゃい!」
「今日の野菜は新鮮だよ!」
「魚あるぞー!」
「パン焼き上がりましたー!」
声。
声。
声。
色んな匂い。
沢山の人。
そして。
店。
店。
店。
通りの両側には様々な看板が並んでいる。
野菜。
果物。
肉。
魚。
焼きたてのパン。
雑貨。
服。
武器。
防具。
食器。
生活用品。
最初は何もなかった更地。
そこが今では街の中でも特に賑やかな場所になっていた。
「わぁ……!」
ツキが目を輝かせる。
「あっ!」
指差す。
「お菓子!」
「ツキ」
ヨミが静かに呼ぶ。
「……見るだけ」
「まだ何も言ってない!」
「……顔に書いてある」
「むぅ……」
頬を膨らませるツキ。
でもヨミの口元も少しだけ笑っている。
「ガウ!」
今度はユナの声。
「こっち!」
ユナとエリックが一軒の雑貨屋の前に立っていた。
「見て!」
「新しいお店!」
店先には。
食器。
木製の小物。
ランプ。
布製品。
様々な生活用品が並んでいる。
「こういうお店が増えると」
ユナは嬉しそうに商品を見る。
「暮らしやすくなるよね!」
「そうだね」
昔なら必要な物があれば作っていた。
でも今は街の中で揃えられる。
「……便利になったなぁ」
「でしょ!」
その隣でエリックは何故か椅子へ座っていた。
「何してるの?」
「休憩です」
「まだ全然歩いてないよ?」
「俺は」
遠い目。
「建設で酷使された身体を休めています」
「大袈裟」
「ガウさんまで!?」
元気そうだし放っておこう。
◇
商業区を抜け。
次はギルド本部。
《王虎の牙》の名が掲げられた大きな建物。
正面入口を入ると受付ではすでに何人かが仕事をしている。
「いらっしゃいませ!」
外から訪れたプレイヤーへ街の説明。
宿泊場所。
商業区の案内。
様々な対応をする予定だ。
左側にある依頼掲示板。
そこには以前より沢山の依頼が貼り出されていた。
薬草採取。
畑仕事の手伝い。
港の荷物運び。
魔獣の討伐。
素材の収集。
内容は様々。
「増えたね」
俺は掲示板を見る。
「はい!」
たるとも隣に並ぶ。
「住民の皆さんから色々な依頼が届くようになりました!」
「本当に冒険者ギルドみたいだな」
ハヤテが感心したように言う。
「ここはギルド本部です!」
たるとが即座に突っ込む。
「そうだった」
「忘れないでください!」
皆が笑う。
ここも完成した時はただの新しい建物だった。
でも今は人が働いて。
人が訪れて。
街を動かす場所の一つになっている。
◇
正門。
そこには濃紺の制服を身につけた警備隊員たちがいた。
俺たちに気付くと背筋を伸ばす。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様」
「異常は?」
ゴウマが尋ねる。
「ありません!」
「そうか」
少しすると巡回から戻ってきた。
アレンとダリオの姿も見えた。
「お疲れ様」
俺が声を掛ける。
「お疲れ様です」
アレンが笑う。
「制服どう?」
「かなり快適ですよ」
軽く腕を動かす。
「動きやすいですし」
「装備も軽い」
そして胸元の《王虎の牙》の紋章を見る。
「何より」
少しだけ照れたように笑った。
「街の人たちから」
「一目で警備隊だと分かってもらえるのがいいですね」
「アレン隊長ー!」
子供の声。
「おう!」
アレンが振り返る。
「今日も頑張ってー!」
「任せろ!」
「ダリオ副隊長もー!」
「おう!」
ダリオも嬉しそうに手を振る。
完全に馴染んでいる。
本当にここが彼らの新しい居場所になったんだ。
◇
次に畑。
風に揺れる。
大量の作物。
以前より遥かに広くなった耕作地。
その中で今日もNPC住民たちが働いている。
「今年はかなり取れそうですな」
元村長のロウガが穏やかに笑った。
「街の人数が増えても」
畑を見渡す。
「これなら十分に食べていけるでしょう」
「良かったです!」
たるとの虎耳が嬉しそうに動く。
食べるもの。
帰る家。
働く場所。
当たり前のもの。
でもどれか一つ欠けても安心して暮らすことはできない。
それを俺たちは少しずつ作ってきた。
◇
その先にある港。
潮風。
海。
船。
網。
そして魚。
「今日は大漁ですよ!」
漁業班リーダーのガロンが満面の笑みで俺たちを迎えた。
「良かったね」
「はい!」
「あれからでかい魔物はいません!」
「いない方がいいよ……」
即答した。
「ははは!」
ガロンが笑う。
俺は海を見る。
「……」
あの巨大蛸。
もう二度と来なくていい。
「ガウ」
隣にバレットが来た。
「あの時のこと思い出してるだろ」
「分かる?」
「あんな顔してればな」
「どんな顔?」
「蛸はもういいって顔」
「その通り」
バレットが笑った。
「俺もだ」
珍しく意見が完全に一致した。
◇
そして最後。
完成したばかりの巨大な城。
俺たちは正面に並び、全員で見上げた。
「……」
大きい。
何度見ても本当に大きい。
でも今日は今までと違う。
足場がない。
積み上げられた資材もない。
作業している人もいない。
完成した姿。
城の正面。
中央には大きく《王虎の牙》の紋章。
上では旗が秋の風を受けて揺れている。
「……」
たるとはしばらく何も言わなかった。
ただ城を見上げている。
「たると」
「はい?」
「大きいね」
「……はい」
「今さら?」
「ガウ!」
皆が笑う。
たるとは頬を膨らませた。
でもすぐに城を見る。
そして嬉しそうに笑った。
「私たちのお城ですね」
「……うん」
俺も城を見る。
「私たちのお城だね」
誰か一人のものじゃない。
皆で作った皆の城。
◇
夕方になると完成祝いの準備が進められていた。
俺は一人で正門の外へ出ていた。
少しだけ街から離れる。
そして振り返った。
「……」
高い外壁。
巨大な正門。
その向こうにある沢山の建物。
住宅街。
商業区。
ギルド本部。
そして一番奥にある城。
「……すごいな」
改めてそう思う。
最初に俺がこの場所へ来た時には小さな家。
小さな畑。
簡素な道。
数えるほどのNPC住民。
そして仲間たち。
本当に小さな集落だった。
それが今ではこんな場所になった。
人が増えた。
家が増えた。
道が増えた。
店が増えた。
働く場所が増えた。
守る人も増えた。
そして帰ってくる人も増えた。
「ガウ」
振り返るとたるとが立っていた。
「たると」
虎獣人の少女がゆっくりと俺の隣まで歩いてきた。
「何を見ていたんですか?」
「街」
「街?」
「うん」
俺は正門の向こうを見る。
「私たちの街」
「……」
たるとも俺と同じ景色を見る。
「私たちの……」
小さく呟く。
そして嬉しそうに笑った。
「はい」
「私たちの街です」
「……」
変わった。
本当に色々変わった。
でも変わっていないものもある。
今日も誰かが笑っている。
誰かが働いている。
誰かが飯を作っている。
そして夕方になれば皆ここへ帰ってくる。
「ただいま」
そう言って。
「おかえり」
そう返してもらう。
それは小さな集落だった頃から何も変わっていない。
「帰ろっか」
俺が言う。
「はい!」
二人で正門を潜った自分たちの街へ。
◇
夜。
「かんぱーい!」
「おおーーー!」
木製の杯が一斉に掲げられた。
街の完成祝い。
今まで開いてきた宴の中でも間違いなく一番大きい。
中央広場そこへ大勢の人が集まっていた。
《王虎の牙》。
警備隊。
街で暮らすプレイヤー。
NPC住民。
関係ない。
みんな一緒だ。
長い机の上には大量の料理。
焼いた肉。
魚。
野菜。
焼きたてのパン。
スープ。
果物。
酒。
ジュース。
ありとあらゆるものが所狭しと並べられている。
「うめぇ!」
ガンテツが豪快に肉へかぶりつく。
「今日の飯は格別だな!」
「お前は毎日同じことを言ってるだろ」
バレットが呆れる。
「今日は特別だ!」
「何が?」
「街が完成した!」
「それはそうだな」
「なら特別だ!」
「理屈が雑だな」
そう言いながらバレットも笑っている。
少し離れた場所でハヤテは杯を両手で握っていた。
「俺は……」
目元が潤んでいる。
「ついに」
「木材から解放された……!」
「泣くほど?」
俺が聞く。
「ガウには分からない!」
「私も運んでたよ?」
「そうだった!」
早い。
その時。
「安心せい」
ドランがハヤテの隣へ座った。
「建物っちゅうものはな」
「完成してからも修繕が必要じゃ」
「……」
ハヤテが固まる。
「屋根」
「壁」
「道路」
「当然」
「壊れれば直す」
「やめろぉぉぉぉ!」
笑い声。
「建築から逃げられないね~」
セリアが楽しそうに笑う。
「お前もな!」
「私は研究する~」
「ずるい!」
「セリアさん」
「はい~?」
ノアが笑顔で呼ぶ。
「研究所の整理はまだ残っていますからね」
「……」
今度はセリアが固まった。
「明日~?」
「明日です」
「明後日~?」
「明日です」
「……は~い」
やっぱりうちの助手は強い。
「皆さん!」
たるとが席から立ち上がった。
一気に周囲の視線が集まる。
「今日は!」
満面の笑み。
でも少しだけ目元が潤んでいる。
「本当にありがとうございました!」
大きな。
大きな拍手。
たるとは皆を見る。
「こんなに素敵な街になったのは」
「私一人では」
首を横に振る。
「絶対に無理でした」
「皆さんがいて」
「一緒に考えて」
「一緒に作って」
「一緒に頑張ってくださったから」
胸の前で両手をぎゅっと握る。
「本当にありがとうございます!」
深く頭を下げる。
「何言ってんだ!」
ハヤテがすぐに笑った。
「たるとも一緒に作っただろ!」
「そうだぞ!」
ガンテツも大きな声を上げる。
「誰か一人の街じゃねぇ!」
「皆で作った街だ!」
「……」
たるとはゆっくり顔を上げた。
そして笑う。
「はい!」
「皆で作った街です!」
「おおーーー!」
歓声。
拍手。
笑い声。
それが秋の夜空へ高く。
高く。
響いていく。
俺はその光景を見ながら小さく笑った。
◇
宴も少しだけ落ち着いた頃。
「たると」
ゴウマが呼んだ。
「はい?」
たるとは料理を食べる手を止める。
「どうしました?」
「一つ」
ゴウマは静かに口を開いた。
「まだ決まっていないものがある」
「……?」
虎耳が動く。
「何ですか?」
アイスも手にしていた杯を置いた。
「僕も少し前から気になっていた」
「アイスさんも?」
「ああ」
二人は完成した街を見る。
そしてゴウマが尋ねた。
「この街」
一拍。
「何という名前だ?」
「……」
「……」
「……」
静寂。
俺も。
たるとも。
ハヤテも。
皆。
止まった。
「……」
そして。
「……あ」
たるとの口から。
小さな声。
「決めてない」
俺も思わず呟く。
「決めてねぇのかよ!」
ハヤテが叫んだ。
「ずっと街作ってたのに!?」
「そういえばそうだね」
「今まで何て呼んでたんだ!?」
「この街」
「王虎の牙の街」
「集落」
「適当すぎるだろ!」
一気に笑い声が爆発する。
たるとは顔を真っ赤にしていた。
「忘れてましたぁぁぁ!」
「一番大事じゃないか!?」
「街づくりに夢中だったんです!」
「夢中になりすぎだろ!」
「うぅ……」
虎耳がぺたりと垂れる。
でもゴウマは笑っていなかった。
穏やかな表情で街を見る。
「もう」
静かな声。
「集落とは呼べない」
少しずつ皆の声が止まっていく。
「これだけの人が暮らし」
「外壁があり」
「住宅があり」
「商業区があり」
「港があり」
「城があり」
「そして」
警備隊を見る。
「自分たちでここを守る者もいる」
「……」
ゴウマはたるとを見る。
「ならこの場所に名前を付けないとな」
「……」
たるとは何も言わなかった。
完成した街を見る。
夜。
住宅街。
一つ。
また一つ。
家々の窓から温かな明かりが漏れている。
商業区。
ギルド本部。
城。
外壁。
そのすべてをゆっくり。
ゆっくり見渡していく。
「……」
そして小さく。
「はい」
頷いた。
「分かりました」
たるとは顔を上げる。
先ほどまで慌てていた表情とは違う。
真っ直ぐに皆を見る。
「明日」
静かな声。
だけど。
はっきりと。
「皆さんに」
「お話があります」
「話?」
俺が尋ねる。
「はい」
たるとは俺を見る。
そして笑った。
いつもの明るい笑顔。
でも何故だろう。
少しだけ違って見えた。
「この場所の」
一度、完成した街へ視線を向ける。
「これからについてです」
涼しい秋の風が街を吹き抜ける。
俺たちが長い時間をかけて皆で作り上げた。
まだ名前のない街。
その夜。
たるとの中で何かがゆっくりと決まり始めていた。
第44話を読んでいただきありがとうございます!
長かった街づくり――ついに完成です!
小さな集落だった場所には家が増え、店が並び、城が建ち。
何より、たくさんの人たちが笑って暮らす「帰る場所」になりました。
そして最後に残ったのはこの場所の名前。
たるとは何を決めたのでしょうか。
次回、第3章最終話です!




