第43話 街を守る者たち
城の建設が始まってから一ヶ月と少し。
夏の暑さもすっかり和らぎ。
街には少しずつ秋の気配が漂い始めていた。
朝晩には涼しい風が吹き。
街路樹の葉も僅かに色付き始めている。
そして。
長い時間をかけて建設を続けてきた城もいよいよ完成が見えてきていた。
「そっちの足場を外すぞ!」
「了解!」
「資材は倉庫へ運んでくれ!」
「はい!」
朝から城の周囲には活気ある声が響いている。
外観はほとんど完成。
残っているのは内装や細かな設備。
結界術式。
家具の搬入。
そういった仕上げの作業が中心になっていた。
俺も木材を運びながら完成間近の城を見上げる。
「……大きいなぁ」
何度見てもそう思う。
最初に設計図を見た時も大きいと思ったけど、実際に建ってみると想像以上だった。
街の中央からでも十分見える。
この場所が本当に小さな集落だったなんて今となっては信じられない。
「ガウー!」
「ん?」
声の方を見る。
リンファがこちらへ手を振っていた。
「ちょっと皆を呼んできてくれる?」
「皆?」
「そう」
リンファは嬉しそうに笑う。
「完成したのよ」
「……何が?」
俺が首を傾げるとリンファは腰へ手を当てた。
「忘れたの?」
「警備隊の制服よ」
「あっ!」
そういえばずっと前にそんな話をしていた。
街の警備隊を作ることになった時、リンファが制服を作ると言っていたはずだ。
「ついに完成したんだ」
「ええ」
リンファは満足そうに頷く。
「人数分全部ね」
「全部!?」
現在。
警備隊に所属している者は決して少なくない。
元《深淵の剣》の者たちを中心に街の住民からも何人か参加している。
「大変だったんじゃない?」
「まあね」
リンファは苦笑する。
「街づくりも手伝いながらだったから」
「でも」
城を見上げる。
「こっちが完成する前には間に合わせたかったのよ」
「どうして?」
「だって」
リンファは俺を見る。
「街が完成するなら」
少しだけ笑った。
「守る人たちにも、それらしい格好をしてもらいたいでしょう?」
「……なるほど」
確かに。
今まで警備隊の皆はそれぞれ自分の装備を使っていた。
それでも仕事に問題はない。
だけど制服があれば一目でこの街の警備隊だと分かる。
「分かった」
「皆を呼んでくるよ」
「お願い」
俺は作業を中断し、皆を呼びに向かった。
◇
しばらくして。
ギルド本部一階の大集会場。
そこには《王虎の牙》の仲間たちと。
アレン。
ダリオ。
そして警備隊の面々が集まっていた。
アレンが首を傾げる。
「俺たちはどうして呼ばれたんだ?」
「ふふっ」
正面。
リンファが満足そうに腕を組んでいる。
その後ろにはいくつもの大きな木箱。
「皆さん」
たるとも嬉しそうだ。
「本日は!」
「警備隊の皆さんにプレゼントがあります!」
「プレゼント?」
ダリオが目を丸くする。
「なんです?」
「それは見てからのお楽しみです!」
たるとはリンファを見る。
リンファが頷く。
そして木箱の蓋を開いた。
「おお……」
アレンが声を漏らす。
中に綺麗に畳まれていたのは何着もの服。
濃紺を基調とした上着。
黒のズボン。
丈夫そうなブーツ。
そして。
胸元には虎の牙を模した《王虎の牙》の紋章。
「これ……」
アレンが一着を手に取る。
「警備隊の制服ですか?」
「正解」
リンファが笑った。
「前に約束したでしょう?」
「警備隊の制服を作るって」
リンファは胸を張る。
「全員分ちゃんと用意したわよ」
警備隊の面々が次々と制服を手に取る。
「すげぇ……」
「格好いいな」
「これ俺たちが着るのか?」
あちこちから声が上がる。
「見た目だけじゃないわよ」
リンファが説明を始める。
「警備は長時間街を歩くことになるから、なるべく動きやすいようにしてあるわ」
袖。
腰回り。
脚。
動きを邪魔しないよう細かく調整されているらしい。
「それと」
リンファは制服の内側を見せる。
「急所になる部分には薄い防護素材を縫い込んであるの」
「簡単な攻撃なら多少は防げるはずよ」
「制服なのに防具でもあるのか」
バレットが感心したように見る。
「さすがリンファだな」
「当然よ」
「毎晩ずっと作ってたもの」
「毎晩!?」
俺は思わずリンファを見る。
「ちゃんと寝てた?」
「寝てるわよ」
「本当に?」
「ガウ」
にっこり。
「それ以上聞く?」
「聞きません」
怖い。
「それでは!」
たるとが元気よく手を挙げる。
「皆さん!」
「着替えてきてください!」
「おお!」
警備隊の面々が制服を持って移動していく。
◇
数分後。
「……」
「……」
「おお……」
思わず声が漏れた。
目の前には警備隊の全員が新しい制服を身につけ、綺麗に整列している。
今までとはまるで違った。
濃紺の制服。
胸には《王虎の牙》の紋章。
統一された服装で並んでいるだけなのに一気にちゃんとした組織に見える。
先頭。
アレン。
その隣にダリオ。
「どうですか?」
アレンが少し落ち着かない様子で聞いてくる。
「似合ってるよ」
「本当ですか?」
「うん」
俺は何度か頷く。
「ちゃんと警備隊に見えるよ」
隣でダリオが笑っている。
「隊長」
「似合ってるな」
「お前もな」
「俺はどうです?」
ダリオがこちらを見る。
「ちゃんと副隊長に見えます?」
「うん」
「おっ」
「アレンよりちょっと弱そうだけど」
「なんでですか!?」
大集会場に笑い声が響いた。
「ガウさん!」
ダリオが抗議する。
「俺、一応副隊長ですよ!?」
「知ってるよ」
「ならもう少し!」
「冗談だって」
「絶対本気だった!」
面白い。
リンファは少し離れた場所で警備隊を眺め、満足そうに頷いている。
「うん」
「いい感じね」
「リンファさん!」
警備隊の一人が声を上げる。
「ありがとうございます!」
「大事に使います!」
「ええ」
リンファは優しく笑った。
「でも」
一度言葉を切る。
「破れたらちゃんと持ってきなさい」
「直してあげるから」
「はい!」
その言葉に警備隊の皆が嬉しそうに笑った。
◇
「さて」
その時、聞き慣れた低い声が響いた。
「喜ぶのはまだ早いぞ」
「ん?」
振り返る。
集会場の入口。
そこにはドランが立っていた。
その後ろには大きな木箱。
いや。
一つじゃない。
二つ。
三つ。
「ドラン?」
俺は首を傾げる。
「それ何?」
「ふん」
ドランは髭を撫でる。
「制服だけ立派でも格好がつかんじゃろ」
「まさか」
リンファが笑う。
「そっちも完成したの?」
「誰に言っとる」
ドランは胸を張った。
「とっくに出来とるわい」
木箱を開く。
その瞬間。
「おおお……!」
今度は。
さっきよりも大きな歓声が上がった。
中に入っていたのは武器。
防具。
大量の装備品。
腕を守る籠手。
脚部を守る脚甲。
肩を守る軽装甲。
どれも警備隊の制服に合わせた造りになっている。
さらに別の箱にも武器。
片手剣。
槍。
弓。
盾。
警備隊の面々が使用する武器が一通り揃えられていた。
「これ」
アレンが驚いた表情を浮かべる。
「全部……俺たちのために?」
「そうじゃ」
ドランが頷く。
「お前さんたちが使っとる武器はバラバラじゃったからな」
「別にそれでも構わんが」
一振りの剣を手に取る。
「街の警備を任せる以上」
「装備くらいはワシらが用意してやろうと思っての」
「……」
アレンは言葉を失っていた。
俺は大量の装備を見る。
「いつ作ってたの?」
「建設の合間じゃ」
「合間?」
「ああ」
「城作りながら?」
「そうじゃ」
「地下通路も作りながら?」
「そうじゃ」
「鍛冶場の仕事もしながら?」
「そうじゃ」
「……」
俺はドランを見る。
「ちゃんと寝てた?」
「お前はワシの母親か!」
「いや」
少し考える。
「最近のドラン」
「完全に建築家だったから」
「誰のせいじゃ!」
「たると?」
「また私ですか!?」
たるとの耳がぴんと立つ。
笑い声が広がった。
「まったく」
ドランは呆れたように髭を撫でる。
「ワシは鍛冶屋じゃ」
「それを忘れるでない」
「最近忘れかけてた」
「ガウ!」
「ごめんって」
でも。
改めて装備を見る。
一つ一つ丁寧に作られている。
「ドラン」
「なんじゃ」
「ありがとう」
「……」
ドランは少しだけ目を丸くする。
そして鼻を鳴らした。
「礼なら警備隊に言わせろ」
「ワシは仕事をしただけじゃ」
照れてる。
これ以上は言わないでおこう。
◇
警備隊の装備が配られていく。
剣を使う者には剣。
槍を使う者には槍。
弓を使う者には弓。
盾を使う者には盾。
全員が同じ武器を持つわけではない。
それぞれ。
今まで使ってきた武器。
得意な戦い方。
それらに合わせてドランが作っていた。
「これは……」
アレンが渡された剣を抜く。
スラリ。
澄んだ音。
銀色の刀身。
装飾はほとんどない。
実戦を重視した。
シンプルな片手剣。
アレンは何度か軽く振る。
「軽い」
「じゃろうな」
ドランが答える。
「警備は一日中武器を携帯する」
「無駄に重い武器では疲れるだけじゃ」
「だが」
剣を見る。
「強度は落としておらん」
「何かあれば」
ドランは真っ直ぐアレンを見る。
「それで守れ」
「……」
アレンは剣を見つめる。
そして静かに鞘へ収めた。
「ああ」
一度大きく頷く。
「大切に使わせてもらいます」
ダリオも新しい装備を身につける。
他の警備隊員たちも次々と制服の上へ防具を装着していく。
そして。
再び全員が並んだ。
「……」
さっきよりさらに違って見える。
濃紺の制服。
《王虎の牙》の紋章。
ドランが作った防具。
それぞれの武器。
完全にこの街の警備隊だった。
たるとが目を輝かせる。
「格好いいです!」
「本当に警備隊みたいだな!」
ハヤテも感心している。
「本当に警備隊だぞ」
バレットが突っ込む。
「分かってるよ!」
皆が笑う。
でも。
俺はその姿を見ながら少しだけ別のことを考えていた。
彼らの中にはかつて《深淵の剣》に所属していた者たちがいる。
あのギルドの命令に従い。
戦い。
傷付け。
奪う側にいた者たち。
もちろん好きでやっていた者ばかりじゃない。
それでも彼ら自身その過去を忘れてはいない。
だけど。
今胸にあるのは《深淵の剣》の紋章じゃない。
《王虎の牙》。
手にしている武器も誰かから奪うためのものじゃない。
この場所をここで暮らす人たちを守るためのもの。
「……」
気が付けばアレンも自分の胸元を見ていた。
「アレン?」
声を掛ける。
「ん?」
「どうしたの?」
「いや」
アレンは胸元の紋章へ触れる。
「少し」
言葉を探すように。
ゆっくり口を開いた。
「変な感じがしまして」
「変?」
「はい」
周囲を見る。
仲間。
警備隊。
そして窓の向こうに広がる街。
「少し前まで俺たちは奪う側でした」
「……」
「それが今は」
新しい剣へ手を添える。
「街を守る警備隊です」
少しだけ寂しそうに笑った。
「人生って分からないものですね」
「嫌?」
俺が尋ねる。
アレンは一瞬驚いたように俺を見る。
そして笑った。
「まさか」
胸を張る。
「こっちの方が」
街を見る。
「ずっといいです」
「そっか」
「それに」
「ん?」
「俺たちは」
アレンの視線が。
警備隊の仲間たちへ向かう。
「俺たちは無理やり従っていません」
「今は」
一度言葉を切る。
「ここで生きています」
「……」
俺は小さく笑った。
「うん」
それでいい。
きっとそれが一番いい。
「アレン隊長!」
ダリオが声を上げる。
「そろそろ行くぞ!」
「分かってる!」
「初日から隊長が遅刻したら格好つかんぞ!」
「まだ遅刻してないだろ!」
「なら早くしろ!」
「お前なぁ……」
いつものアレンだ。
◇
ギルド本部の前に警備隊が整列していた。
アレンが先頭。
その隣にダリオ。
新しい制服。
新しい装備。
胸には《王虎の牙》の紋章。
周囲には俺たちだけじゃなく街の住民たちも集まっていた。
「おお……」
「格好いいな」
「警備隊だ!」
子供たちも目を輝かせている。
「アレン兄ちゃん!」
「格好いい!」
「おう!」
アレンが笑う。
「ありがとうな!」
「ダリオ兄ちゃんも!」
「俺も!?」
ダリオの顔が明るくなる。
「格好いい!?」
「うん!」
「アレン兄ちゃんよりちょっと弱そうだけど!」
「なんで!?」
俺。
何も教えてないよ。
本当に。
「誰だ!」
「変なこと教えた奴!」
ダリオが周囲を見る。
俺は静かに視線を逸らす。
「ガウさん!?」
「知らない」
「絶対ガウさんでしょ!」
「さあ?」
「目を見てください!」
賑やかだ。
警備隊のお披露目なのにいつも通り。
でもそれが俺たちらしい。
「全員!」
アレンの声。
空気が変わった。
警備隊の面々が一斉に姿勢を正す。
アレンは全員を見渡す。
「今日からこの制服と装備で警備に当たる」
「だが」
胸元の紋章へ触れる。
「服が変わっても」
「武器が変わっても」
「俺たちがやることは変わらない」
皆が真剣に聞いている。
「俺たちが守るのは」
街を見る。
住宅街。
商業区。
大通り。
その先にいる大勢の人たち。
「建物じゃない」
「ここで暮らしている人たちだ」
「……」
「何かあれば俺たちが最初に動く」
「子供でも」
「大人でも」
「プレイヤーでも」
「NPCでも関係ない」
アレンは力強く告げる。
「この街で暮らす者は俺たちが守る」
「忘れるな!」
「はい!」
大きな声が響いた。
「それでは!」
アレンが前を向く。
「巡回開始!」
「了解!」
警備隊が動き出す。
いくつかの班へ分かれ。
街の各所へ向かっていく。
正門。
商業区。
住宅街。
港。
NPC居住区。
城周辺。
それぞれ。
自分たちが守る場所へ。
俺たちはその背中を見送った。
◇
「……格好いいですね」
たるとが呟く。
「うん」
俺も頷く。
少し前まで警備隊なんてなかった。
何かあれば俺たちが走った。
魔物が来れば俺たちが戦った。
怪しい人が来れば俺たちが警戒した。
全部自分たちでやっていた。
でも今は違う。
街の入口には警備隊がいる。
商業区では新しく店を構えた人たちが準備をしている。
住宅街では洗濯物を干す人。
家の前を掃除する人。
井戸端で話している人。
子供たちが走り回っている。
畑では今日も作物を育てている人たちがいる。
港では荷物を運んでいる人たちがいる。
ギルド本部には受付を担当する人たちがいる。
研究所では。
きっと今頃……。
研究者たちが好き勝手に何かやっている。
……モルフォだけはミナに監視されてるだろうけど。
「ふふっ」
隣。
リンファが笑った。
「何?」
「いいえ」
リンファは巡回していく警備隊を見る。
「ちゃんと似合ってて良かったなって」
「心配だった?」
「少しね」
「何度も作り直したから」
「そうなの?」
「人によって体格が違うでしょう?」
リンファは苦笑する。
「ガンテツやゴウマみたいなのが何人もいなくて助かったわ」
「おい!」
少し離れた場所でガンテツが反応する。
聞こえていたらしい。
「どういう意味だ!」
「そのままの意味よ」
「俺の身体がでかいのは鍛えているからだ!」
「布を使うのよ!」
「はっはっは!」
何故笑う。
「ふん」
その隣ではドランも腕を組んで警備隊を見送っている。
「武器も問題なさそうじゃな」
「嬉しそうだね」
俺が言う。
「当然じゃ」
「ワシが作ったんじゃぞ」
「さっき仕事しただけって言ってなかった?」
「細かいことを覚えとるな!」
やっぱり嬉しいんだ。
たるとはそんな皆を見ながら静かに街へ視線を向けた。
「なんだか」
「ん?」
「また一つ」
胸の前で両手を合わせる。
「街らしくなりましたね」
「……うん」
建物があるだけじゃない。
道があるだけでもない。
外壁があるだけでも。
城があるだけでもない。
ここには暮らす人がいる。
働く人がいる。
物を作る人がいる。
誰かを助ける人がいる。
そしてその暮らしを守る人たちがいる。
皆それぞれに自分のできることをしている。
それが集まってこの街になっている。
「ガウ」
「ん?」
たるとが俺を見る。
「もうすぐですね」
「……そうだね」
城を見る。
外観は完成している。
残る作業もあと僅か。
そして街を見る。
住宅街。
商業区。
ギルド本部。
研究所。
畑。
港。
外壁。
まだ完成していない場所もある。
これから増えていくものもきっとたくさんある。
でも俺たちが目指していた一つの形はもう目の前まで来ている。
「よーし!」
たるとが突然両手を上げた。
「あと少しです!」
「皆さん!」
「最後まで頑張りましょう!」
「おおー!」
声が響く。
「おい!」
ハヤテが苦笑する。
「今日はもう警備隊のお披露目で終わりじゃないのか!?」
「まだお昼ですよ?」
「……」
「午後も城の仕上げがあります!」
「やっぱりかぁぁ!」
笑い声が広がった。
俺も笑う。
そう。
まだ終わっていない。
あと少し。
本当にあと少しだけ。
俺たちが皆で作り続けてきたこの街は完成へ向かって最後の一歩を踏み出そうとしていた。
第43話を読んでいただきありがとうございます!
今回はリンファ特製の制服と、ドラン特製の装備が警備隊へ贈られました!
かつて奪う側だった者たちが、今度はこの街を守る側へ。
同じ武器を握っていてもその意味はもう大きく変わっています。
そして城の完成もいよいよ目前。
長かった街づくりも、本当にあと少しです!
次回もお楽しみに!




