第42話 完成へ向かう街
城の建設が始まってから一ヶ月――。
季節はゆっくりと夏から秋へ移り変わろうとしていた。
あれほど容赦なく照りつけていた太陽も、最近では少しだけ大人しくなった気がする。
朝晩には涼しい風が吹くようになり。
街を囲む木々も、ほんの僅かに色付き始めている。
夏の終わり。
そして。
俺たちの街づくりもまた、終わりへ近付いていた。
「……」
俺は街の中央で足を止める。
目の前には巨大な建物。
一ヶ月前。
ここには石造りの基礎しかなかった。
それが今では――。
「……本当に城だ」
思わず声が漏れた。
中央には大きな本館。
そこから左右へ伸びる別棟。
石造りの壁には大きな窓が並び。
屋根の一部もすでに完成している。
まだ足場は残っているものの。
外観だけを見れば立派な城と呼んでも差し支えない。
「ガウ!」
上から声が聞こえた。
見上げる。
「そっちの木材を持ってきてくれ!」
二階部分の足場からハヤテが手を振っている。
「分かった!」
俺は近くに積まれていた木材を抱える。
その時。
「たると王様ー!」
「今日も頑張ってー!」
元気な声が響いた。
「だから!」
たるとの声が返ってくる。
「王様じゃありませんよー!」
見るとNPCの子供たちが笑いながら走っていくところだった。
その後ろではたるとが頬を膨らませている。
「もう!」
「最近みんな私のこと王様って呼ぶんです!」
「人気者だね」
「そういう問題じゃありません!」
虎耳がぴこぴこと動いている。
俺は思わず笑った。
一ヶ月経ってもそこだけは何も変わっていない。
◇
城の建設は順調だった。
いや。
順調すぎるくらいだった。
「そっちへ石材を運べ!」
「了解!」
「木材が足りんぞ!」
「今持っていく!」
「ガンテツ!」
「おう!」
「その柱を二階へ!」
「任せろ!」
巨大な柱を担いだガンテツが走っていく。
「はっはっは!」
「次はどれだ!」
「もう運んだのか!?」
ドランが目を丸くする。
「まだまだいけるぞ!」
「なら次はあっちじゃ!」
「任せろ!」
元気だな。
本当に。
少し離れた場所ではセリアが魔杖《創星》を構えている。
「セリア!」
「こっちの石壁を頼む!」
「は~い」
淡い魔法陣が展開される。
「《ストーンウォール》~」
ゴゴゴゴゴ……!
地面から石材がせり上がり。
城の外壁の一部が形成されていく。
その横ではノアが何かを書き込んでいた。
「セリアさん」
「ん~?」
「魔力残量は?」
「まだ大丈夫~」
「本当ですか?」
「たぶん~」
「休憩してください」
「まだ大丈夫だよ~?」
「休憩してください」
「は~い……」
強い。
うちの助手は本当に強い。
俺は木材を運びながら、ふと隣を歩いていたハヤテを見る。
「ねえ」
「ん?」
「私たちってさ」
「おう」
「冒険者だよね?」
「……」
ハヤテが止まった。
俺も止まる。
「……たぶん」
「たぶんなんだ」
「最近、魔獣より木材と戦ってるからな」
「やっぱり?」
二人で抱えている木材を見る。
「住宅作って」
「外壁作って」
「本部作って」
「地下通路掘って」
「今度は城」
「……」
「……」
ハヤテが遠い目をした。
「俺たち、何のギルドだっけ?」
「建築ギルド?」
「《王虎の牙》じゃ!」
後ろから怒鳴り声が飛んできた。
振り返る。
ドランがこちらを睨んでいる。
「喋っとらんで手を動かさんか!」
「ほら!」
ハヤテが叫ぶ。
「やっぱり建築ギルドじゃねぇか!」
「誰が建築ギルドじゃ!」
笑い声が響く。
まあ。
なんだかんだ皆楽しんでいた。
◇
「皆さん!」
昼前。
たるとが俺たちを呼び集めた。
「地下区画の確認に行きましょう!」
「地下?」
俺が首を傾げる。
「はい!」
たるとは嬉しそうに城を指差した。
「訓練場が完成したそうです!」
「おっ!」
ハヤテが反応する。
「ついにか!」
俺たちは作業を一旦止め。
城の地下へ向かった。
石造りの階段。
そこを下りていく。
壁には一定間隔で照明用の魔法石が設置されており。
淡い光が地下区画を照らしている。
やがて。
大きな扉の前へ辿り着いた。
ゴウマが扉へ手を掛ける。
「ここだ」
ゆっくりと扉が開く。
「おお……!」
思わず声が漏れた。
広い。
とにかく広い。
地下とは思えないほど巨大な空間。
天井もかなり高く作られている。
床は硬い石材。
周囲の壁には何重もの補強が施されていた。
「ここが訓練場だ」
ゴウマが説明する。
「王虎の牙のメンバーだけではなく、警備隊も利用する」
「かなり広いね」
「人数が増えることも想定している」
訓練場はいくつかの区画に分けられていた。
武器を使った近接訓練区画。
弓を使用する射撃区画。
魔法訓練区画。
そして。
中央には広い模擬戦用の空間。
「いいな!」
ハヤテが目を輝かせる。
「これなら思いっきり戦える!」
腰の《白夜》へ手を掛ける。
「ちょっと試しに――」
「駄目です」
即答。
シズクだった。
「まだ最終確認が終わっていません」
「ちょっとだけ」
「駄目です」
「一回だけ」
「駄目です」
「……はい」
刀から手を離した。
最近、ハヤテの立場は弱く感じる。
シズクは小杖《白晶》を手に、訓練場の壁へ近付く。
「訓練場には専用の防御結界を設置しています」
「専用?」
たるとが尋ねる。
「はい」
シズクは壁へ埋め込まれた魔法石を示した。
「訓練中の攻撃が壁や天井へ直撃した場合」
「結界が衝撃を軽減します」
「魔法の暴発や異常な魔力反応も検知できるようにしています」
「おお……」
ハヤテが壁を見る。
「じゃあ多少派手にやっても?」
「限度はあります」
「……はい」
また負けた。
「弓の訓練にも使えそうだな」
バレットは射撃区画を確認している。
その隣にはカイル。
「かなり距離がありますね」
「ああ」
バレットが頷く。
「今までより本格的な訓練ができる」
「はい!」
カイルの表情が明るくなる。
少し離れた場所ではアレンとダリオも訓練場を確認していた。
「警備隊の訓練にも十分使えそうですね」
「ああ」
「これなら複数人での模擬戦もできる」
ゴウマが満足そうに腕を組む。
「完成後は定期的に訓練を行う」
「覚悟しておけ」
「はい!」
警備隊の返事が響いた。
その時。
「素晴らしい……」
聞き慣れた声。
見る。
モルフォが壁の結界核へ顔を近付けていた。
「訓練時に発生する衝撃を結界へ分散」
「さらに余剰魔力を――」
「モルフォさん」
ミナだった。
「はい?」
「触らないでください」
「触っていません」
「手が伸びています」
「観察です」
「手を後ろへ」
「……」
モルフォは大人しく両手を背中へ回した。
「これで?」
「はい」
「……研究者に対する扱いではない気がします」
「普段の行いです」
厳しい。
でも否定できない。
◇
訓練場の確認を終え。
俺たちはさらに地下区画の奥へ向かった。
「まだ何かあるの?」
俺が尋ねる。
「あります!」
たるとは元気よく答える。
「こちらも完成したんですよ!」
長い通路。
その先。
分かれ道があった。
「こっちは?」
右側を指差す。
アイスが答える。
「研究所だ」
以前。
俺たちが作った機密通路。
城の地下から街の外れにある研究所まで続いている。
「そして」
アイスは反対側を指差した。
「こちらが地下牢だ」
「完成したんだ」
「ああ」
以前建設した地下牢。
そこへ続く新たな通路。
この一ヶ月で工事を進め。
ついに城の地下区画と繋がったらしい。
「行ってみましょう!」
たるとを先頭に進んでいく。
研究所への通路とは少し雰囲気が違う。
一定間隔。
壁に魔法石が埋め込まれている。
さらに。
途中には何枚もの重厚な扉。
「ずいぶん厳重だね」
俺が呟く。
「当然です」
シズクが答える。
「こちらは地下牢へ続く通路ですから」
小杖《白晶》で壁の魔法石を示す。
「研究所への通路よりも結界を強化しています」
「侵入者の感知」
「異常な魔力反応の検知」
「そして」
目の前の扉を見る。
「緊急時には各区画を結界によって封鎖できます」
「各区画?」
「はい」
「一枚突破されたとしても次の区画で止められるようにしています」
「……」
俺は通路を見る。
扉。
さらに向こうにも扉。
その向こうにも。
「厳重すぎない?」
「何を収容することになるか分かりませんから」
シズクが平然と答えた。
「必要になってから用意するのでは遅い」
アイスも続ける。
「今のうちに備えておくべきだ」
「なるほど」
確かに。
危険なプレイヤーを捕らえることもあるかもしれない。
その時に逃げられてからでは遅い。
「地下牢そのものにも同様の結界を設置しています」
シズクが説明を続ける。
「外部からの侵入だけではなく」
「内部から脱走しようとした場合にも反応します」
「つまり?」
「どちらからでも異常を検知できます」
「すごい」
俺は素直に感心する。
外壁。
ギルド本部。
城。
研究所への機密通路。
地下訓練場。
そして地下牢。
シズクの結界が街中に増えている気がする。
「シズク」
「はい?」
「大変じゃない?」
「……」
少しだけ考えた。
「大変です」
やっぱり。
「でも」
シズクは小さく笑う。
「皆さんを守るためですから私ができることはしておきたいです」
「そっか」
俺も笑った。
「ありがとう」
「はい」
シズクは少しだけ嬉しそうに頷いた。
その後ろ。
「なるほど……」
モルフォが結界扉を見ている。
そして。
すっ。
手が伸びる。
「モルフォさん」
「まだ触っていません」
「触る前に止めました」
「……」
ミナ強い。
◇
地下区画の確認を終え、俺たちは再び地上へ戻った。
午後。
俺はたるとと一緒に街を歩いていた。
城の建設だけではない。
地下通路を作り。
城を建設している間も街そのものは成長を続けている。
商業区。
以前まで更地だった場所にはいくつもの建物が並び始めていた。
「いらっしゃい!」
元気な声。
店先には野菜が並んでいる。
その隣では武器や防具を扱う店。
さらに向こうには雑貨屋。
食料品店。
宿屋。
まだ準備中の店も多い。
それでも。
通りにはすでに人の姿があった。
「すごいね」
俺は周囲を見渡す。
「お店がいっぱい」
「はい!」
たるとは嬉しそうに頷いた。
「住民の皆さんが自分たちで準備しているんですよ!」
一軒の店。
NPCの夫婦が看板を取り付けようとしている。
「もう少し右!」
「こっちか?」
「行き過ぎ!」
「じゃあ左?」
「そっち!」
楽しそうな声。
少し先では別の住民たちが店の前へ花を植えている。
誰かに言われたわけじゃない。
俺たちが指示したわけでもない。
皆。
自分たちで自分たちの街を作っている。
「……」
俺は足を止めた。
「どうしました?」
たるとが振り返る。
「いや」
もう一度、商業区を見る。
「私たちが全部作らなくても街って勝手に変わっていくんだね」
「……」
たるとも商業区を見る。
そして嬉しそうに笑った。
「はい!」
「だって」
住民たちを見る。
「ここで暮らしているのは私たちだけじゃありませんから!」
「……そうだね」
ここは王虎の牙だけの場所じゃない。
NPCも。
俺たち以外のプレイヤーも皆が暮らしている。
だから。
皆で作る。
それでいいんだ。
◇
夕方。
俺とたるとは建設途中の城の上階にいた。
まだ窓すら入っていない場所。
そこから街全体が見渡せる。
「……」
住宅街。
真っ直ぐ伸びる大通り。
商業区。
ギルド本部。
畑。
遠くには港。
そしてそれらすべてを囲む大きな外壁。
夕陽が街を赤く染めている。
夏の頃とは違う。
少し冷たい風が吹き抜ける。
俺の狼耳がぴくりと動いた。
「涼しくなったね」
「はい」
たるとの虎耳も風に揺れる。
「もうすぐ秋ですね」
「夏も終わりかぁ」
「海、楽しかったですね!」
「着せ替え大会以外はね」
「ガウ、とっても可愛かったですよ?」
「忘れて!」
たるとが笑う。
俺もつられて笑った。
しばらく。
二人で街を眺める。
「たると」
「はい?」
「あとどれくらい?」
「何がですか?」
「街」
俺は眼下へ視線を向ける。
「完成まで」
「……」
たるとも街を見る。
少し考えて。
「もう少しです」
「もう少し?」
「はい」
城。
商業区。
道路。
まだ細かなところは残っている。
でも本当にあと少し。
「この街は」
たるとは穏やかに笑った。
「もうすぐ完成します」
「……そっか」
もうすぐ終わる。
ずっと次は何を作ろう。
どこを直そう。
何が必要だろう。
そんなことばかり考えてきた。
でも。
もうあと何が残っているんだろう。
そう考えるところまで来ている。
少しだけ不思議な気分だった。
俺はもう一度、街を見る。
道を歩く人。
店を閉め始める住民。
仕事を終えて家へ帰る人。
走り回っていた子供たちもそれぞれの家へ帰っていく。
住宅街のあちこちから夕飯を作る煙が昇っていた。
「……」
夏の終わり。
俺たちが何もない場所から作り始めた街は長い時間をかけて。
少しずつ。
少しずつ。
ようやく一つの形になろうとしていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
夏も終わり、街づくりもいよいよ大詰め。
城に訓練場、商業区まで揃い始めました。
王虎の牙、いつの間に建築ギルドになったんでしょうね……。
そして街の完成まで、あと少し。
最後まで皆でワイワイ作っていきます!




