第41話 皆で築く城
一週間後――。
城の建設予定地から研究所まで続く地下通路。
その最後の壁が、ついに取り除かれた。
「開通しましたー!」
たるとの元気な声が地下へ響き渡る。
「おおー!」
「やっと終わったぁ!」
「長かった……」
あちこちから歓声が上がった。
俺も額の汗を拭いながら、目の前に伸びる通路を眺める。
城の地下区画から。
街の外れにある研究所まで。
決して短くはない距離。
それを俺たちは数日かけて掘り進めた。
壁や天井には崩落を防ぐための補強が施され。
一定間隔で照明用の魔法石が埋め込まれている。
さらに。
通路の各所にはシズクが設置した結界核。
侵入者の感知。
異常な魔力反応の検知。
緊急時には通路そのものを封鎖することもできるらしい。
「これで完成ですね」
シズクが小杖《白晶》を下ろす。
その隣ではモルフォが壁に刻まれた術式を食い入るように見つめていた。
「素晴らしい……」
「この魔力循環」
「やはり非常に興味深いですね」
「モルフォさん」
「はい?」
「触らないでくださいね」
「まだ何もしていませんが」
「これからする顔をしています」
「……」
モルフォが眼鏡を押し上げる。
「研究者として観察しているだけです」
「本当ですか?」
「もちろん」
その後ろでミナがじっとモルフォを見ている。
「……」
「……」
「モルフォさん」
「はい」
「手を壁から離してください」
「……はい」
何をしようとしてたんだ。
「それでは!」
たるとが勢いよく手を挙げた。
「最後に入口の確認をしましょう!」
俺たちは城側の地下区画へ戻る。
そこには。
一見すると普通の石壁にしか見えない場所があった。
扉らしきものはない。
取っ手もない。
ただの壁。
「ここが入口?」
ハヤテが首を傾げる。
「はい」
シズクが頷いた。
「認証術式を起動すると開きます」
「おお……」
たるとの目が輝いた。
「本当に秘密基地みたいですね!」
「機密通路だ」
アイスが冷静に訂正する。
「分かっています!」
絶対楽しんでる。
「では」
シズクがたるとを見る。
「試してみてください」
「はい!」
たるとは意気揚々と石壁の前へ立った。
そして。
手を触れる。
「……」
何も起こらない。
「……?」
もう一度。
ぺたっ。
「……」
何も起こらない。
「シズクさん」
たるとが振り返る。
「開きません!」
「はい」
「壊れていますか!?」
「いいえ」
シズクは平然と答えた。
「たるとさんの魔力をまだ登録していません」
「ええっ!?」
「先に言ってください!」
「今から登録します」
「ギルドマスターなのに入れませんでした!」
地下に笑い声が響き渡った。
◇
地下通路の工事を終えた俺たちは地上へ戻った。
眩しい。
この一週間。
地下と地上を行ったり来たりしていたせいか、太陽の光がいつも以上に眩しく感じる。
「さて」
ゴウマが声を上げる。
その手には大きな設計図。
「地下通路は完成した」
皆の視線が集まる。
「ここからが本番だ」
設計図が広げられた。
描かれているのは巨大な建造物。
ゴウマが告げる。
「城の建設を開始する」
「おおーー!」
大きな歓声。
たるとの耳もぴんと立ち上がった。
「ついにお城ですね!」
「そうだ」
「まずは設計を確認するぞ」
俺たちは設計図を囲む。
「……」
改めて見る。
大きい。
「でかくない?」
思わず口から出た。
「大きいですね……」
ノエルも少し驚いている。
住宅とは比べものにならない。
完成したギルド本部よりも遥かに巨大だ。
中央には大きな本館。
左右には別棟。
さらに地下区画まで存在している。
「これ」
ハヤテが設計図を見る。
「本当に俺たちで作るの?」
「作る」
ゴウマが即答した。
「何日かかるんだよ!?」
「完成するまでだ」
「答えになってない!」
ドランが髭を撫でながら笑った。
「ほっほっほ」
「住宅」
「外壁」
「ギルド本部」
「ここまで色々作ってきたんじゃ」
設計図を見下ろす。
「今さら城くらいで驚くこともあるまい」
「鍛冶屋の台詞じゃないよね」
俺が言う。
「最近のドラン」
「完全に建築家だよ」
「誰のせいじゃ!」
「たると?」
「ガウ!?」
何故か怒られた。
「それで」
たるとは設計図を覗き込む。
「このお城には何があるのですか?」
アイスが一つずつ説明していく。
「まず主力メンバーの居住区」
「現在は住宅街に分散しているが」
「城が完成すれば主要メンバーはこちらへ移ることになる」
「警備隊の詰所も設置する」
アレンが頷いた。
「城周辺とNPC居住区の警備拠点ですね」
「ああ」
「さらに作戦会議室」
「重要資料の保管庫」
「執務室」
「地下区画」
「そして研究所へ繋がる機密通路」
次々と説明される。
「本当に中枢施設だね」
俺は設計図を眺める。
ギルド本部が外から来た人たちも利用する場所なら。
こちらは完全に俺たちのための場所。
街を守り。
運営する。
その中心。
「それから」
アイスが設計図の一角を指差した。
「ここがたるとの私室だ」
「私の?」
たるとが覗き込む。
「……」
「……」
「大きくないですか!?」
「普通の部屋でいいですよ!?」
「駄目だ」
アイスが即答した。
「どうしてですか!?」
「ギルドマスターだからだ」
「ギルドマスターでも普通のお部屋で暮らせます!」
「来客への対応も考える必要がある」
「ギルド本部でいいじゃないですか!」
「却下だ」
「そんなぁ!」
たるとの耳が垂れた。
すると。
ガンテツが設計図を覗き込む。
「謁見の間はないのか?」
「いりません!」
即答。
「だが城だぞ?」
「いりません!」
「王様なら――」
「私は王様じゃありません!」
「作る予定だ」
ゴウマがぼそりと呟いた。
「ゴウマ!?」
笑い声が広がる。
俺も思わず笑った。
たるとは頬を膨らませている。
「もう!」
「普通のお城でいいんです!」
普通のお城ってなんだろう。
◇
そして城の建設が始まった。
ちなみに機密地下通路を建設している間、他の住民達は商業区間を作ってもらっていた。
いずれここには多くの人が集まり、賑わう予定だ。
城の建設。
最初に取り掛かるのは基礎。
すでに地下区画が存在するため。
その位置を避けながら慎重に作業を進めていく。
「ここからここまでだ!」
ゴウマが地面へ線を引く。
「基礎を固めるぞ!」
「おおー!」
一斉に作業が始まる。
石材。
木材。
鉄材。
次々と資材が運び込まれていく。
「ガンテツ!」
「おう!」
「石材を頼む!」
「任せろ!」
巨大な石材を軽々と担ぎ上げる。
「はっはっは!」
「城だろうが何だろうが!」
「俺が全部運んでやる!」
「全部は無理だろ!」
ハヤテが叫ぶ。
「やってみなければ分からん!」
「分かるよ!」
俺も木材を抱えて運ぶ。
その横ではNPC住民たちも一緒になって作業していた。
「こちらへ石材を!」
「はい!」
「木材は向こうです!」
「分かりました!」
プレイヤーだけじゃない。
この街で暮らすNPCたちも城を作るために動いている。
「ガウ姉ちゃん!」
「ん?」
声を掛けられる。
NPCの子供たちが何人か集まっていた。
「どうしたの?」
一人の女の子が城の設計図を指差す。
「ここにお城ができるの?」
「そうだよ」
「大きい?」
「かなり大きいよ」
「たるとお姉ちゃんも住む?」
「住むみたい」
子供たちの目が輝いた。
「じゃあ!」
一人が元気よく手を挙げる。
「たるとお姉ちゃん、お姫様になるの!?」
「ぶっ!」
少し離れた場所でたるとが盛大にむせた。
「なりません!」
ものすごい勢いで走ってくる。
「私はお姫様になりません!」
「でもお城に住むんでしょ?」
「住みますけど!」
「じゃあお姫様!」
「違います!」
困ってる。
面白い。
「たるとはギルドマスターだから」
俺は少し考える。
「お姫様というより王様じゃない?」
「ガウ!?」
「王様!」
「たるとお姉ちゃん王様になるの!?」
「なりませんよー!」
子供たちが笑いながら走っていく。
「王様ー!」
「たると王様ー!」
「違いますー!」
たるとが必死に追いかける。
その光景を見ながら。
「平和だな」
バレットが呟いた。
「平和だね」
俺も頷いた。
◇
昼過ぎ。
「セリア!」
ドランの声が響く。
「こっちを頼む!」
「は~い」
魔杖《創星》を手にしたセリアが前へ出る。
「今日はいっぱい働いてるよ~」
「まだ昼じゃ!」
「もう疲れた~」
「始める前から休むでない!」
「は~い」
セリアは杖を地面へ向ける。
魔法陣。
淡い光が広がっていく。
「それじゃ~」
「いくよ~」
魔力が集束する。
「《ストーンウォール》~」
ゴゴゴゴゴ……!
大地が震える。
地面から。
巨大な石材がゆっくりとせり上がった。
一つ。
二つ。
さらに城の基礎となる石材が次々と形成されていく。
「おお……!」
たるとの目が輝く。
「すごいです!」
「まだまだだよ~」
セリアは杖を振る。
しかし。
数分後。
「……」
ぺたん。
座った。
「疲れた~」
「早い!」
ハヤテが叫ぶ。
「城大きいんだもん~」
「だから疲れるの~」
ノアが飲み物を持って近付いてくる。
「セリアさん」
「ありがと~」
「少し休んだら続きですよ」
「……」
「セリアさん?」
「聞こえない~」
「続きですよ」
「は~い……」
やっぱりうちの助手たちは強い。
その近くではシズクが地下区画へ繋がる階段付近で術式を確認していた。
城。
地下区画。
そして秘密通路。
それぞれの結界を接続するための作業らしい。
「……」
真剣な表情。
小杖《白晶》の先から淡い光が伸び。
壁に埋め込まれた結界核へ繋がっていく。
その後ろではモルフォが見ている。
さらにその後ろではミナがモルフォを見ている。
「……」
「……」
「……」
何この状況。
「モルフォ」
俺は声を掛ける。
「はい?」
「何してるの?」
「観察です」
「ミナは?」
「監視です」
即答だった。
「なるほど」
「納得しないでいただけますか?」
モルフォだけ不満そうだった。
◇
作業は夕方まで続いた。
まだ城と呼べるものではない。
完成したのは巨大な基礎の一部。
それだけ。
でも。
朝には何もなかった場所に新しいものが作られ始めている。
「今日はここまでです!」
たるとの声。
「お疲れ様でした!」
「お疲れー!」
「腹減った!」
「飯だ!」
「ガンテツは本当にそれしか言わないな!」
笑い声が響く。
皆が道具を片付け始める。
俺も木材を置き。
少し離れた場所から建設途中の城を眺めた。
大きい。
完成したら。
きっと街のどこからでも見える建物になる。
「ガウ」
隣から声。
たるとだった。
「どうしたの?」
「いえ」
たるとも俺と同じように建設途中の城を見る。
「本当に」
少しだけ笑った。
「国みたいになってきましたね」
「……そうだね」
城。
外壁。
住宅街。
ギルド本部。
畑。
港。
そしてそこで暮らす人たち。
少し前まで。
ここには小さな集落しかなかった。
それが今では。
「みたい、じゃなくなるかもね」
「え?」
たるとが俺を見る。
「何でもない」
「気になります!」
「そのうち分かるよ」
「ガウ!」
俺は笑いながら歩き出す。
「帰ろ」
「もう!」
たるとは頬を膨らませながら。
それでもすぐに俺の隣へ並んだ。
道の向こう。
住宅街から夕飯の匂いが漂ってくる。
仕事を終えた住民たちが家へ帰っていく。
子供たちが走り回っている。
「たると王様ー!」
「だから違いますー!」
さっきの子供たちだ。
「もう!」
たるとが追いかける。
その姿を見て俺は笑った。
国って。
何なんだろう。
大きな城があること?
立派な外壁があること?
強い軍隊があること?
きっとそれだけじゃない。
ここには笑う人がいる。
働く人がいる。
飯を食べる人がいる。
そして一日の終わりに帰る場所がある。
だったら。
俺たちはもうずっと前から国を作り始めていたのかもしれない。
まだ名前すらない小さな国を。
皆で少しずつ築いている途中なのだ。
第41話を読んでいただきありがとうございます!
秘密の地下通路も無事に完成し、ついに最後の大仕事――城の建設が始まりました!
小さな集落から始まったこの場所も気が付けば城を建てるところまで来ました。
まだ名前すらないこの場所。
皆で築いてきた街がどんな形へ辿り着くのか。
街づくりもいよいよ終盤です!
次回もお楽しみに!




