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第37話 形になっていく場所

今日も《王虎の牙》の街には木槌の音が響いていた。


カンッ!


カンッ!


ギコギコギコ――。


「そっち持ち上げろ!」


「もう少し右!」


「右ってどっちだ!?」


「ワシから見て右じゃ!」


「分からん!」


「昨日も同じこと言っとったじゃろうが!」


朝から元気だ。


俺は木材を抱えながら声のする方を見る。


そこではガンテツとドランが一本の巨大な柱を挟んで言い合っていた。


「だから!」


ドランが柱を指差す。


「そこではない!」


「こっちじゃ!」


「最初からそう言え!」


「言っとるわい!」


「聞こえなかった!」


「お主の声がでかいからじゃ!」


どっちも声がでかい。


「ガウ」


隣を歩いていたハヤテが呟く。


「止めなくていいのか?」


「いつものことだよ」


「それもそうか」


俺たちはそのまま横を通り過ぎる。


今日も平和だ。



《王虎の牙》ギルド本部。


建設開始から数日。


その姿は少しずつ建物らしくなってきていた。


石造りの基礎はすでに完成。


一階部分には太い柱が何本も立ち。


その上へ梁が組まれ始めている。


まだ壁もない。


屋根もない。


それでも。


以前の何もなかった空き地と比べれば大きな違いだ。


「おお……」


俺は少し離れた場所から見上げる。


「結構大きくなったね」


「まだ一階じゃぞ」


いつの間にか隣へ来ていたドランが髭を撫でる。


「これから二階」


「その上に三階じゃ」


「……」


改めて見上げる。


「完成したらかなり大きくならない?」


「当たり前じゃ」


ドランは胸を張った。


「この街の中心になる建物じゃぞ」


「中途半端なもんは作れんわい」


「さすが建築家」


「鍛冶屋じゃい!」


即答だった。


「最近ずっと家作ってるけど」


「鍛冶屋じゃ!」


「本当に?」


「鍛冶屋じゃ!」


そこへ。


「ドラン!」


ゴウマの声が飛んでくる。


「二階部分の梁を確認してくれ!」


「おう!」


ドランはすぐに走っていった。


「……」


俺はその背中を見る。


やっぱり建築家なんじゃないかな。



「よし!」


ゴウマが設計図を広げる。


「今日中に一階部分の骨組みを完成させるぞ!」


「おおー!」


建設班から声が上がる。


住宅建設で慣れたこともあり。


作業の速度はかなり上がっていた。


資材を運ぶ者。


木材を加工する者。


柱を固定する者。


それぞれが自分の役割を理解して動いている。


「木材追加です!」


「こっちへ!」


「石材はどこですか!?」


「裏へ回してくれ!」


あちこちから声が飛ぶ。


俺も資材置き場へ向かった。


そこではハヤテが剣士らしからぬ仕事をしていた。


「よっ!」


――スパッ!


《白夜》が閃く。


長い木材が綺麗に切断された。


「次!」


「はい!」


また一本。


――スパッ!


「次!」


――スパッ!


「……」


俺はその様子を眺める。


「完全に木材加工職人だね」


「うるさい」


ハヤテは《白夜》を肩へ乗せる。


「これが一番早いんだから仕方ないだろ」


「《白夜》も泣いてそう」


「名刀の無駄遣いみたいに言うな!」


「実際そうじゃない?」


「違う!」


たぶん違わない。


「ガウ!」


「ん?」


「暇なら手伝え!」


「暇じゃないよ」


「今ずっと俺見てただろ!」


仕方なく木材を一本持ち上げる。


「これ?」


「それ」


ハヤテが長さを確認する。


「ここから切る」


「分かった」


木材を固定する。


ハヤテが《白夜》を構えた。


「動くなよ」


「怖いこと言わないで」


「木材に言ったんだよ!」


「先に言ってよ!」


「普通分かるだろ!」


朝から騒がしい。


でも。


こういうのもいつものことだ。


少し離れた場所では本部の四隅では別の作業が進められていた。


シズク。


モルフォ。


そしてリオ。


三人が地面へしゃがみ込み、結界核を調整している。


「……」


シズクが小さな魔法石へ指を添える。


淡い光。


石へ刻まれた術式が青白く輝いた。


一本。


細い魔力の線が伸びる。


その先。


別の結界核へ接続。


さらにもう一つ。


四つの結界核が互いに繋がっていく。


「接続しました」


シズクが静かに告げる。


モルフォがすぐにノートへ書き込む。


「魔力循環正常」


「損失率も想定範囲内ですね」


リオも手元の魔法石を確認する。


「こちらも問題ありません」


「では」


シズクが立ち上がる。


「一度起動します」


「お願いします」


モルフォの目が輝いた。


楽しそうだな。


シズクが両手を胸の前で合わせる。


「結界術式」


淡い魔力が広がった。


四隅。


設置された結界核が同時に輝く。


――キィィン。


透明な膜。


それが建設途中の本部を包み込むように広がっていった。


「おお……」


俺は思わず足を止める。


完全な透明ではない。


光の角度によって淡く輝いて見える。


「成功?」


俺が尋ねる。


シズクは結界を見上げる。


「防御結界そのものは成功です」


「ですが」


少し表情を曇らせる。


「まだ完成ではありません」


「そうなの?」


「はい」


シズクは結界核を見る。


「今は外部からの攻撃を防ぐだけです」


「本部へ組み込む予定の感知術式がまだ安定していません」


「感知……」


この前聞いたやつだ。


本部内部で異常な魔力反応。


許可されていない術式。


そういったものを検知するための機能。


「原因は?」


「魔力循環ですね」


リオが答える。


「防御結界と感知術式」


「両方を同じ結界核で維持しようとすると負荷が大きくなるようです」


「なるほど」


分からない。


とりあえず頷いておこう。


「そこで」


モルフォが一歩前へ出る。


「私から提案があります」


嫌な予感。


「結界核を八つに増設しましょう」


「却下です」


シズクが即答した。


「まだ何も言っていませんが」


「増やしません」


「しかし」


「増やしません」


強い。


「では六つ」


「駄目です」


「五つ」


「交渉ではありません」


「……」


モルフォが黙った。


リオが口元を押さえている。


「モルフォさん」


シズクは小さく息を吐く。


「まずは現在の四つで安定させます」


「それでも不足する場合は増設を検討します」


「なるほど」


モルフォが頷く。


「合理的です」


「最初からそうしてください」


「研究者として可能性は提示しておくべきかと」


「本部を実験場にしないでください」


「実験場ではありません」


一拍。


「実証試験施設です」


「同じです!」


今日もシズクは大変そうだ。



昼になるとたるとの声が響いた。


「休憩ですよー!」


その瞬間。


「飯だぁぁ!」


ガンテツが走る。


「速っ!」


ハヤテが目を丸くする。


さっきまで巨大な柱を担いでいたとは思えない。


「ガンテツさん!」


たるとが叫ぶ。


「ちゃんと手を洗ってください!」


「分かってる!」


「本当ですか!?」


「……」


ガンテツが止まる。


「洗ってくる!」


「やっぱり忘れてたじゃないですか!」


笑い声が広がる。


俺も皆のところへ向かう。


今日の昼食。


パン。


野菜。


魚のスープ。


畑で採れたもの。


港で獲れたもの。


ほとんどがこの街で用意された食材だ。


「いただきます!」


皆で食べ始める。


「うまい!」


ガンテツが叫ぶ。


「働いた後の飯は最高だな!」


「毎日言ってるな」


バレットが呆れる。


「毎日うまいからな!」


「それなら仕方ないか」


その隣。


たるとが建設途中の本部を見上げていた。


「大きくなりましたね」


俺も見る。


「まだ一階だけどね」


「それでもです!」


嬉しそうだ。


「完成したら」


たるとは両手を広げる。


「もっとたくさんの人が集まれるようになります!」


「今の集会場より広いからね」


「はい!」


少し考える。


「お祭りとかもできますね!」


「本部の中で?」


「駄目ですか?」


「駄目じゃないけど」


「じゃあ決定です!」


「早いな」


ハヤテが笑う。


「完成祝いで宴会でもするか?」


「いいですね!」


たるとの耳がぴんと立つ。


「皆で盛大にやりましょう!」


「おお!」


ガンテツが乗ってくる。


「酒も用意しよう!」


「ガンテツさんは飲みたいだけですよね?」


「何を言う!」


胸を張る。


「祝い事に酒は必要だ!」


「ツキはジュース!」


ツキが元気よく手を挙げる。


「もちろんです!」


「やったー!」


ヨミが小さく笑う。


「……完成する前から完成祝いの話してる」


「いいじゃないですか!」


たるとは楽しそうに笑う。


「楽しみは多い方がいいです!」


確かに。


俺も建設途中の本部を見る。


完成したら。


皆で宴会。


悪くない。


むしろすごく俺たちらしい気がした。



午後。


「よし!」


ゴウマが声を張る。


「一階部分を仕上げるぞ!」


「おおー!」


再び作業開始。


午前中に組み始めた梁。


それを一本ずつ固定していく。


「上げるぞ!」


「せーの!」


巨大な梁が持ち上がる。


ガンテツ。


ゴウマ。


元《白銀戦線》のメンバー。


NPC住民。


大勢で支える。


「もう少し!」


ドランが上から指示を飛ばす。


「右じゃ!」


「また右か!」


ガンテツが叫ぶ。


「今度は分かるだろ!」


ハヤテが笑う。


「分からん!」


「なんでだよ!」


「右は右じゃ!」


ドランまで叫ぶ。


「だから誰から見て右だ!」


「ワシじゃ!」


「最初から言え!」


「毎回言っとるわ!」


本当に毎回やってるな……。


カンッ!


カンッ!


ドランが固定する。


「よし!」


最後の留め具。


カンッ!


乾いた音が響いた。


「一階部分!」


ドランが立ち上がる。


「骨組み完成じゃ!」


「おおーー!」


歓声。


たるとが飛び跳ねる。


「やりました!」


「できました!」


まだ骨組みだけ。


壁もない。


床も完全ではない。


それでも。


確かに一階部分の形が出来上がっている。


「すごい……」


俺は見上げる。


広い。


今の集会場よりずっと大きい。


ここに受付ができて。


掲示板ができて。


大勢の仲間が集まる。


まだ存在しない光景なのに少しだけ想像できた。


「明日から二階じゃ!」


ドランが声を上げる。


「まだまだ先は長いぞ!」


「おおー!」


「ええ!?」


ハヤテだけ嫌そうな声を出した。


「今喜んだばっかりなんだけど!」


「何を言っとる!」


ドランが笑う。


「まだ三分の一じゃ!」


「聞きたくなかった!」


皆が笑った。



夕方。


「今日はここまでです!」


たるとの声。


道具を片付ける。


資材をまとめる。


一日の作業が終わった。


俺は少し離れた場所から本部を見る。


朝よりまた少しだけ大きくなった。


一日で変わるものなんて昔はほとんどないと思っていた。


でも。


ここでは違う。


昨日までなかった柱が立って。


今日には梁が乗って。


明日には二階が作られる。


毎日。


少しずつ。


目に見える形で変わっていく。


「ガウ!」


ハヤテが呼ぶ。


「飯行くぞ!」


「今行く!」


俺は振り返る。


皆が帰っていく。


今日も一日。


よく働いた。


よく笑った。


明日もきっと同じような一日になる。


俺はそう思っていた。



第五階層――。


中央都市アルカディア。


陽が沈み始めた街。


その中心に建つ冒険者本部。


普段なら多くの者たちが行き交うその建物の一室に二人の男が入ってきた。


ギルド《断罪の聖剣》。


ギルドマスター。


レオン。


そして。


副ギルドマスター。


クロード。


「戻ったか」


部屋の奥。


大きな机の向こうに座っていたガルドが顔を上げる。


その隣にはビルズ。


第三階層ーー


貿易国家マンティス。


一週間前。


突如として壊滅した国家。


そしてその調査を任されたのが《断罪の聖剣》だった。


「ご苦労だった」


ビルズが立ち上がる。


「長旅だったでしょう」


「まずは休んでも――」


「いえ」


レオンが静かに遮った。


「先に報告を」


「……」


ビルズが言葉を止める。


ガルドもレオンを見る。


「分かった」


短く答えた。


「聞こう」


「マンティスで何があった?」


「……」


レオンはすぐには答えなかった。


その表情。


いつもの彼とは違う。


険しい。


いや。


それだけではない。


隣に立つクロードも。


聖槍アルトリウスを握ったまま。


一言も発しない。


ガルドの目が僅かに細くなる。


「レオン」


「……はい」


レオンがゆっくりと顔を上げる。


「報告する」


静かな声。


だが。


その声には明確な重さがあった。


「貿易国家マンティスで起きたこと」


そして。


一度。


言葉を切る。


「《七つの大罪》について」


部屋から音が消えた。


重い沈黙だけが残る。


マンティスで何が起きたのか。


そして。


指名手配第一位。


《七つの大罪》。


その恐ろしさが。


今。


アルカディアへ伝えられようとしていた。

第37話を読んでいただきありがとうございます!


ギルド本部も少しずつ形になってきました!


完成祝いの話まで始まり、相変わらず賑やかな《王虎の牙》。


一方その頃、アルカディアへ戻ったレオンたち。


次回、マンティスでの調査結果が報告されます。


次回もお楽しみに!

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