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第36話 王虎の牙本部

朝。


いつものように朝食を終えた俺たちは集会場へ集まっていた。


住宅街が完成してから数日。


街では新しい家へ荷物を運び込む住民たちの姿があちこちで見られるようになった。


朝になれば家から人が出てきて仕事へ向かう。


子供たちは元気よく道路を走り回り。


夕方になればまた家へ帰っていく。


少し前まで何もなかった場所。


そこに今では当たり前のように人々の生活がある。


本当に街になったんだな。


そんなことを考えていると。


「皆さん!」


聞き慣れた元気な声が響いた。


集会場の正面。


たるとが一枚の大きな紙を両手で持って立っている。


「おはようございます!」


「おはようございます!」


大勢の声が返る。


今日も元気だ。


「それでは!」


たるとは嬉しそうに紙を掲げた。


「本日から!」


一拍。


「《王虎の牙》ギルド本部の建設を開始します!」


「おおーーっ!」


歓声が上がった。


ガンテツが待ってましたと言わんばかりに立ち上がる。


「よっしゃ!」


「ようやく本部か!」


「腕が鳴るな!」


「また力仕事だけどな」


バレットが苦笑する。


「何を言っている!」


ガンテツは胸を張った。


「街づくりに力仕事は付き物だ!」


「お前は楽しそうでいいな」


「はっはっは!」


「身体を動かして飯を食う!」


「最高じゃねぇか!」


相変わらずだ。


「でも」


ハヤテが手を挙げる。


「昨日住宅街が完成したばかりだよな?」


「はい!」


「今日から本部?」


「はい!」


「休みは?」


「……」


たるとが止まった。


「……」


ハヤテも見る。


「……」


たるとはにっこり笑った。


「本部を建て終わってから考えましょう!」


「休ませる気ないだろ!?」


集会場に笑い声が広がった。


まあ。


いつものことだ。



「それでは」


ゴウマが設計図を広げる。


「作業内容を確認するぞ」


机の上。


大きな三階建ての建物が描かれている。


以前見せてもらった設計図だ。


一階。


大集会場。


受付。


依頼掲示板。


外部から来た者たちを迎えるための空間。


二階。


会議室。


街の運営。


ギルドの方針。


様々な話し合いを行う場所。


そして三階。


他ギルドの代表者や商人たちが宿泊できる客室。


「……」


改めて見る。


かなり大きい。


「これ」


俺は設計図を指差した。


「誰が建てるの?」


「我々だ」


ゴウマが即答する。


「やっぱり?」


「他に誰がいる」


「建築専門の人とか」


「いない」


「ですよね」


知ってた。


「安心せい」


ドランが髭を撫でながら笑う。


「住宅を何軒建てたと思っとる」


「今のワシらなら」


設計図を指差す。


「これくらいなら建てられるわい」


「頼もしい」


本当に鍛冶屋なんだろうか。


しかも本業はごりごりの前衛……。


最近、建築家にしか見えなくなってきた。


「作業班を分ける」


ゴウマが話を戻す。


「整地」


「資材運搬」


「基礎工事」


「木材加工」


「建築」


「それぞれ住宅建設の時とほぼ同じだ」


皆が頷く。


「ただし」


アイスが設計図へ視線を落とした。


「今回は住宅とは規模が違う」


「三階建て」


「そして大人数が利用する施設だ」


一階の集会場を指差す。


「特にここは柱を極力減らして広い空間を確保する必要がある」


「強度には十分注意しなければならない」


「うむ」


ドランが頷いた。


「そこはワシが見る」


「無理な建て方はさせん」


「お願いします」


たるとが頭を下げる。


そして。


「それから!」


たるとは別の紙を取り出した。


「今回はシズクにもお願いがあります!」


「私ですか?」


シズクが首を傾げる。


「はい!」


たるとは設計図の外周を指差した。


「ギルド本部にも防御結界を付けたいと思っています!」


「なるほど」


シズクの表情が少し真剣になる。


「外壁だけではなく」


「本部そのものにも結界を?」


「はい!」


「大事な場所になりますから!」


シズクは設計図を受け取る。


しばらく眺めた後。


「分かりました」


静かに頷いた。


「建物へ直接組み込める術式を考えてみます」


「ありがとうございます!」


するとその隣でモルフォの目が光った。


嫌な予感がする。


「シズクさん」


「はい?」


「その術式」


一歩。


「私も研究に参加してよろしいでしょうか?」


やっぱり。


「研究ですか?」


「はい」


モルフォは眼鏡を押し上げる。


「建造物へ恒常的な結界術式を組み込むというのは非常に興味深い」


「外壁へ設置した結界核の記録もあります」


「それを建築物へ応用した場合」


「術式の魔力循環効率がどの程度変化するのか――」


「モルフォ」


俺は声を掛ける。


「はい?」


「本部壊さないでね」


「壊しませんよ」


「本当?」


「おそらく」


「おそらく!?」


シズクがじっとモルフォを見る。


「絶対に壊さないでください」


「善処します」


「善処では困ります」


「……」


モルフォが少し考える。


「努力します」


「もっと駄目です!」


また笑い声が上がった。


大丈夫かな。


本部。



集会を終え、俺たちは街の中央へ移動した。


住宅街。


大通り。


その中心に広く確保されていた空き地。


ここが《王虎の牙》の新しい本部になる。


「よし!」


ゴウマが声を張る。


「始めるぞ!」


「おおー!」


一斉に人が動き始めた。


まずは整地。


住宅建設で慣れていることもあり。


作業は驚くほど早い。


「そっちの石を退かしてくれ!」


「了解!」


「地面を均すぞ!」


「こっち手伝って!」


「はい!」


スコップ。


鍬。


木材。


石材。


あちこちを人が行き交う。


俺も大きな石を抱えて運ぶ。


「ガウさん!」


声。


振り返る。


エルナが木材を抱えていた。


「こちらの木材はどこへ運べばよろしいですか?」


「それなら向こう」


資材置き場を指差す。


「ドランのところへ持っていけばいいよ」


「分かりました!」


元気よく走っていく。


「転ばないようにね」


「大丈夫です!」


その直後。


「わっ!?」


躓いた。


「エルナ!?」


慌てて駆け寄る。


なんとか踏ん張り、木材も落としていない。


「……」


「……」


エルナがゆっくりこちらを見る。


「大丈夫?」


「だ、大丈夫です!」


顔が赤い。


俺は木材の片側を持つ。


「一緒に運ぼう」


「えっ!?」


「重いでしょ?」


「い、いえ!」


「私一人でも!」


「二人の方が早いよ」


「……」


エルナは少し俯いた。


「……はい」


二人で木材を運ぶ。


何故か。


さっきまで元気だったエルナが急に静かになった。


「エルナ?」


「は、はい!」


「疲れた?」


「全然です!」


「そう?」


「はい!」


なんだろう。


元気ならいいか。


少し離れた場所でリンファとノエルがこちらを見ていた。


「……」


「……」


二人が顔を見合わせる。


そして小さく笑った。



昼前。


整地がほぼ完了した。


「次じゃ!」


ドランの声が響く。


「基礎を作るぞ!」


「セリア!」


「は~い」


セリアがのんびりと前へ出てくる。


手には魔杖《創星》。


「また私の出番だね~」


「今回は住宅より大きいぞ」


ドランが設計図を渡す。


「一度に全部やろうとするでないぞ」


「分かってるよ~」


セリアは設計図を眺める。


「う~ん」


「広いね~」


「三階建てじゃからな」


「じゃあ~」


《創星》をくるりと回す。


「何回かに分けるね~」


地面へ杖を向ける。


淡い光。


足元に魔法陣が広がった。


「建築魔法~」


「《ストーンウォール》~」


――ゴゴゴゴゴ……。


大地が震える。


地面から石材がゆっくりとせり上がってくる。


住宅とは違う。


太く。


頑丈な基礎。


本部の外周に沿って。


少しずつ。


少しずつ。


石壁が形成されていく。


「おお……!」


たるとの目が輝く。


「すごいです!」


「まだ一部分だよ~」


「それでもすごいです!」


セリアは少しだけ笑った。


一度。


魔法を止める。


「ふぅ~」


「休憩」


早い。


「もう?」


ハヤテが聞く。


「大きいから疲れるの~」


「なるほど」


「無理はいかん」


ドランが頷く。


「時間はある」


「ゆっくりやればいい」


「は~い」


セリアはその場へ座り込んだ。


「誰か飲み物~」


「自分で取りに行けよ」


「疲れた~」


「仕方ないな……」


ハヤテが飲み物を取りに行く。


ハヤテはなんだかんだで優しい。



一方。


本部の四隅ではシズクが小さな魔法石を地面へ並べていた。


その横でモルフォとリオがノートを持って張り付いている。


「……」


「……」


シズクが魔法石を置く。


モルフォが書く。


一つ置く。


書く。


もう一つ。


書く。


「……モルフォさん」


「はい?」


「近いです」


「失礼しました」


半歩下がる。


まだ近い。


「もう少し」


「この程度ですか?」


リオが苦笑していた。


「モルフォさん、もう少し下がりましょう」


さらに下がる。


「これで?」


「はい」


ようやく納得したらしい。


俺は少し離れた場所からその様子を見る。


「何してるの?」


「結界核の設置です」


シズクが答える。


地面へ置かれた魔法石。


そこには細かな術式が刻まれている。


「外壁に使用したものと同じ?」


「基本構造は同じです」


シズクは一つを手に取る。


「ですが本部用に少し変更しています」


「変更?」


「はい」


魔法石を見せる。


「外壁の結界は外部からの侵入や攻撃を防ぐことを重視しています」


「こちらは」


本部を見る。


「建物内部を守るためのものです」


「防御だけではなく」


「異常な魔力反応の感知」


「許可されていない術式の発動」


「そうしたものも検知できるようにしたいと考えています」


「へぇ」


かなり本格的だ。


リオが続ける。


「まだ試験段階ですが十分実用化できると思います」


「素晴らしい」


モルフォがすぐに口を挟む。


「この術式」


「魔力循環部分を少し変更すれば」


「さらに検知範囲を――」


「モルフォさん」


「はい?」


「今は変更しません」


「ですが」


「しません」


「……」


「まず完成させます」


「……承知しました」


珍しく負けた。


シズク強い。



昼。


「休憩ですよー!」


たるとの声で皆が一斉に作業を止める。


「腹減った!」


ガンテツが真っ先に座る。


「お前ずっと元気だな」


バレットが呆れたように言う。


「働いたら食う!」


「食ったら働く!」


「それが一番だ!」


「単純で羨ましい」


「褒めるな!」


「褒めてない」


皆が笑う。


俺も地面へ腰を下ろした。


目の前。


まだ基礎しかない本部。


朝には本当に何もなかった。


それがもう少しだけ建物らしい形になっている。


「ガウ」


隣へハヤテが座る。


「ん?」


「これ完成したら」


本部を見る。


「今の集会場どうするんだ?」


「……」


考えてなかった。


「どうするんだろう」


「倉庫とか?」


「勿体なくないか?」


「じゃあ食堂」


「今も似たような使い方してるだろ」


「訓練場?」


「狭い」


「……」


二人で考える。


「たるとー!」


「はい?」


「今の集会場って本部完成したらどうするの?」


「まだ決めてません!」


「決めてないんだ」


「これから考えます!」


元気に答えた。


「だって!」


たるとは笑う。


「あの集会場にはたくさんの思い出が詰まっています」


「なにか別のことに利用できないか考えています!」


「それもそうだな」


ハヤテが頷く。


こうやって。


必要なものが増えて。


昔使っていたものの役割も変わっていく。


街が成長するってそういうことなのかもしれない。



午後。


作業はさらに進んだ。


木材が運び込まれ。


柱が立つ。


梁が組まれる。


「持ち上げるぞ!」


「せーの!」


「もう少し右!」


「右だ!」


「そっちは左だ!」


「どっち!?」


「俺から見て右!」


「分かるか!」


あちこちで声が飛び交う。


「ガンテツ!」


ドランが叫ぶ。


「その柱を持ってこい!」


「これか!」


「それじゃ!」


「任せろ!」


巨大な柱を担ぐ。


「どこだ!」


「そこ!」


「ここか!」


「違う!」


「どこだ!」


「ワシの前!」


「最初からそう言え!」


「言っとるわい!」


今日も平和だ。


俺は思わず笑った。



気が付けば辺りは夕方になっていた。


「今日はここまでです!」


たるとの声が響く。


「終わったー!」


「疲れた……」


「飯だ!」


「ガンテツはそればっかりだな!」


笑い声。


道具を片付け。


資材をまとめる。


俺は少しだけその場に残った。


目の前。


今日。


建設が始まったギルド本部。


まだ完成には程遠い。


石の基礎。


何本かの柱。


組み上げられ始めた梁。


それだけ。


「……」


昔。


この場所には何もなかった。


本当に。


何も。


小さな集落があって。


NPCたちが暮らしていて。


そこへ。


俺たちが来た。


少しずつ。


仲間が増えた。


家が増えた。


道ができた。


外壁ができた。


警備隊ができた。


そして。


今度は俺たちの本部が建つ。


「ガウさん!」


振り返る。


たるとが手を振っている。


「帰りますよー!」


その後ろ。


ハヤテ。


ゴウマ。


リンファ。


シズク。


セリア。


バレット。


ガンテツ。


ドラン。


ノエル。


ヨミ。


ツキ。


モルフォ。


アイス。


サイオン。


そして。


大勢の仲間たち。


皆がいる。


「今行く!」


俺はもう一度。


建設途中の本部を見る。


ここはこれから皆が集まる場所になる。


何かあれば集まって。


くだらないことで笑って。


時には真剣に話し合って。


新しい仲間を迎えて。


そして。


またここからそれぞれの場所へ向かっていく。


《王虎の牙》というギルドが。


これから先も。


ずっと帰ってこられる場所。


そんな場所になればいい。


「ガウさーん!」


「置いていきますよー!」


「待ってって!」


俺は仲間たちのもとへ走り出す。


今日もいつもと変わらない一日が終わる。


そして明日も。


きっと。


こんな一日が始まる。


俺たちはまだ街を作っている途中なのだから。

第36話を読んでいただきありがとうございます!


住宅街の次はいよいよギルド本部の建設が始まりました!


建築に結界に研究に、そして相変わらず賑やかな仲間たち。


完成までは時間がかかりそうですが、ここもいつか皆が集まり、笑い合える大切な場所になっていくはずです。


少しずつ形になっていく《王虎の牙》の街。


次回もお楽しみに!

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