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第35話 七つの大罪

第三階層――。


かつて貿易国家として栄えたマンティス。


その正門に、一団の姿があった。


ギルド《断罪の聖剣》。


先頭を歩むのはギルドマスターのレオン。


その隣には副ギルドマスターのクロードが聖槍アルトリウスを携え、静かに立っている。


そして、その後方には十数名の団員たち。


誰もが言葉を失っていた。


「ここが……」


レオンが静かに呟く。


「マンティス……なのか?」


その声には僅かな戸惑いが滲んでいた。


無理もない。


目の前に広がっている光景は、とても一週間前まで一つの国家だった場所とは思えなかった。


巨大な城壁。


その一部は完全に崩落している。


正門に至っては原形すら残っていない。


巨大な何かに吹き飛ばされたかのように周囲へ瓦礫が散乱していた。


門の前には壊れた荷車。


割れた木箱。


砕けた武器。


そして。


地面には無数の戦闘痕が残されている。


クロードが聖槍アルトリウスを握ったまま、ゆっくりと周囲を見渡した。


「報告は受けていたが……」


一度言葉を切る。


「ここまでとは」


「……ああ」


レオンも険しい表情を浮かべる。


マンティス。


第三階層でも有数の貿易国家。


様々な土地から商人たちが集まり。


武器。


防具。


食料。


素材。


様々な品が行き交っていた。


アルカディアとも交易を行っていた友好国の一つ。


その国が。


今は。


静まり返っている。


「……」


レオンは崩壊した門を見上げる。


風が吹く。


カラカラと。


焼け焦げた木片が地面を転がっていった。


それ以外。


何も聞こえない。


人の声も。


商人の呼び込みも。


笑い声も。


何も。


「本当に……」


背後にいた団員が小さく呟く。


「たった二人でやったのか……?」


誰も答えなかった。


いや。


答えられなかった。


レオンは静かに聖剣グランセイバーの柄へ手を添える。


「行くぞ」


全員の表情が引き締まる。


「生存者を捜索する」


「この国で何が起きたのか」


崩壊したマンティスを見据える。


「俺たち自身の目で確かめる」


「了解!」


《断罪の聖剣》はかつて国家だった廃墟へと足を踏み入れた。



正門を抜ける。


かつてマンティスの大通りだった場所。


レオンは足を止めた。


「……」


道の両側。


そこには数え切れないほどの商店が並んでいた。


今は見る影もない。


屋根が崩れ。


壁が砕かれ。


商品棚が道へ倒れている。


割れた瓶。


破れた布。


壊れた武器。


踏み潰された果物。


様々なものが散乱していた。


一軒の店。


看板だけが辛うじて残っている。


『マンティス交易商会』


その文字の半分は焼け落ちていた。


「……ここ」


若い団員が周囲を見る。


「前に来たことがあります」


レオンが振り返った。


「そうなのか?」


「はい」


団員は小さく頷く。


「半年前ですが……」


大通りを見渡す。


「すごく賑やかな場所でした」


「商人がたくさんいて」


「道の両側に露店が並んで」


「珍しい素材とか」


「第三階層でしか手に入らない食材とか……」


言葉が止まる。


「……」


目の前にあるのは。


その記憶とはあまりにもかけ離れた光景。


「そうか」


レオンはそれ以上何も言わなかった。


静かに歩き出す。


進めば進むほど。


被害は酷くなっていく。


「レオン様」


クロードが足を止める。


「これを」


地面。


巨大な亀裂が走っていた。


一本ではない。


何本も。


石畳そのものが大きく抉れている。


「戦闘の痕跡か」


「おそらく」


クロードは周囲を見る。


「ですが……」


眉を顰める。


「妙です」


「何がだ?」


「被害の規模です」


クロードは崩壊した建物へ視線を向ける。


「ここまで大規模な戦闘が行われたのであれば」


「襲撃側にも相応の人数が必要なはずです」


「……」


「しかし」


地面へ残された痕跡を見る。


「報告では二人」


「そうだ」


レオンは静かに答える。


「《七つの大罪》」


「『強欲』と『暴食』」


その二つの名が出た瞬間。


周囲の団員たちの表情が僅かに強張った。


指名手配第一位。


《七つの大罪》。


その存在自体は知られている。


しかし。


構成員。


拠点。


目的。


能力。


そのほとんどが謎に包まれている。


今回確認されている情報も多くはない。


マンティスを襲撃したのが。


『強欲』。


そして。


『暴食』。


そう呼ばれる二名であるということだけ。


「……」


レオンは再び歩き出す。


「先へ進むぞ」



しばらく進むと大きな倉庫区画へ辿り着いた。


マンティスへ運び込まれた交易品を保管していた場所なのだろう。


巨大な倉庫がいくつも並んでいる。


しかし。


その扉はことごとく破壊されていた。


「確認します」


団員たちが慎重に中へ入る。


「……」


すぐに声が上がった。


「レオン様!」


レオンとクロードも倉庫へ入る。


「これは……」


中は。


空だった。


木箱はある。


棚もある。


だが。


価値がありそうなものだけが不自然なほど消えている。


武器。


防具。


素材。


宝石。


金貨。


それらを保管していたと思われる場所だけが綺麗に空になっていた。


クロードがしゃがみ込む。


「単純な破壊だけではありませんね」


「ああ」


レオンは空になった棚を見る。


「奪われている」


別の倉庫。


そこも同じだった。


高価な物品だけが消えている。


「『強欲』……」


レオンが小さく呟く。


その名が意味するもの。


まだ断定はできない。


だが。


偶然とも思えなかった。


「こちらにも倉庫があります!」


団員の声。


次の倉庫へ向かう。


扉を開ける。


「……?」


レオンが眉を寄せた。


先ほどまでとは違う。


こちらには棚が残されている。


だが。


「食料庫か」


クロードが呟く。


保存食。


穀物。


肉。


果物。


酒。


大量の食料が保管されていたはずの倉庫。


しかし。


「……何もない」


団員が呟いた。


空。


文字通り。


何も残っていなかった。


「全部持ち出したのか?」


「いえ……」


別の団員が首を横に振る。


「これだけの量です」


「二人で運べるとは思えません」


「……」


レオンは静かに空の食料庫を見渡した。


『強欲』。


『暴食』。


二つの呼び名。


そして。


二つの異常な痕跡。


「……先へ行こう」


まだ何も分からない。


だからこそ不気味だった。


さらに奥へ進む。


住宅区。


そこにも。


人の姿はなかった。


「……」


小さな家。


扉が開いたままになっている。


レオンは中を見る。


テーブル。


椅子。


食器。


床には子供用と思われる小さな木の玩具が転がっていた。


まるで。


つい先ほどまで誰かが暮らしていたかのように。


「……」


レオンは静かに扉を閉めた。


「レオン」


クロードの声。


振り返る。


少し離れた場所。


崩れた建物の下。


クロードが何かを見つめている。


「どうした?」


「……これ」


瓦礫の下。


折れた剣。


盾。


杖。


大量の武器が散乱していた。


マンティスを守っていた者たちの装備だろう。


「ここで戦ったのか」


「おそらく」


クロードが周囲を確認する。


壁には斬撃痕。


地面には爆発痕。


建物には魔法が直撃した痕跡。


明らかにここで大規模な戦闘が行われている。


「……」


レオンの表情が険しくなる。


「これだけの人数が戦って」


「止められなかったのか……」


その時だった。


「……う」


微かな音。


「!」


レオンが振り返る。


「今の声は?」


全員が静かになる。


「……ぅ……」


もう一度。


確かに聞こえた。


「こっちです!」


団員の一人が走り出す。


「瓦礫の下!」


崩壊した建物。


その隙間から一本の腕が伸びていた。


「生存者だ!」


「急げ!」


全員が一斉に動く。


「大きい瓦礫から退かせ!」


「慎重に!」


「崩れる可能性があるぞ!」


「了解!」


大きな柱を持ち上げる。


石を退かす。


木材を外す。


数分後。


「見えました!」


一人の男性プレイヤー。


全身は傷だらけ。


装備もほとんど壊れている。


それでも生きている。


「引き上げろ!」


「せーの!」


ゆっくりと男が瓦礫の中から救出された。


「回復を!」


「はい!」


団員がすぐにポーションを使用する。


淡い光が男の身体を包む。


「……」


しばらくして男の瞼が僅かに動いた。


「……ここ……は……」


「安心しろ」


レオンが膝をつく。


「俺たちは《断罪の聖剣》だ」


「救助に来た」


「……断罪……」


男の表情が僅かに緩む。


「助かった……」


「もう大丈夫だ」


レオンは静かに告げる。


「無理に話さなくてもいい」


「まずは休め」


しかし。


男は首を横に振った。


「……違う」


「何?」


「まだ……」


身体が震える。


「まだ……いるかもしれない……」


レオンの表情が変わった。


「誰がだ?」


男の瞳が見開かれる。


恐怖。


明確な恐怖だった。


「……あいつら」


「二人……」


その言葉。


周囲の団員たちが息を呑んだ。


レオンは静かに問いかける。


「《七つの大罪》か?」


男は何度も頷いた。



男を安全な場所へ移動させ。


応急処置を行った後。


レオンたちは話を聞くことにした。


「無理はするな」


レオンが告げる。


「覚えている範囲でいい」


男は静かに頷いた。


「突然でした」


「正門が……吹き飛んだんです」


誰も口を挟まない。


「最初は」


「魔物の襲撃だと思いました」


「警備兵が集まって」


「俺たちも戦闘準備をして……」


男の手が震える。


「でも」


「来たのは……二人だけだった」


「……」


「たった二人です」


クロードが静かに尋ねる。


「二人は何か要求したのか?」


「……いいえ」


「交渉は?」


「ありません」


「では」


レオンが眉を寄せる。


「なぜマンティスを襲った?」


男は。


ゆっくりと首を横に振った。


「分かりません……」


「何も……」


その言葉が。


異様なほど重かった。


「俺たちは抵抗しました」


「当然です」


「ここは俺たちの国だった」


「家があって」


「仲間がいて」


「守らなきゃいけなかった」


拳を握る。


「だから……」


「全員で戦った」


「何十人も」


「何百人も」


声が震え始める。


「でも……」


「駄目だった」


レオンは何も言わず耳を傾ける。


「『強欲』は……」


男の顔から血の気が引く。


「死なないんです」


「……死なない?」


レオンの眉が動いた。


「何度も倒しました」


「剣で斬った」


「槍で貫いた」


「魔法も当てた」


「確かに……」


男は自分の胸へ手を当てる。


「致命傷だったんです」


「絶対に助からない傷だった」


「なのに……」


呼吸が荒くなる。


「立ち上がった」


「……」


「笑って」


「何事もなかったみたいに」


「また……俺たちに向かってきた」


団員たちの表情が強張る。


「再生能力……?」


誰かが呟いた。


「分かりません!」


男が叫ぶ。


「何も分からない!」


「傷が治ったのか!」


「死んでいなかったのか!」


「何か別の能力なのか!」


頭を抱える。


「何度倒しても……!」


「何度殺しても……!」


「立ち上がってくるんです!」


「……」


静寂。


レオンは険しい表情を浮かべる。


「……もう一人」


男の肩が大きく震えた。


「『暴食』は?」


「……」


男は俯く。


「……喰われました」


「何?」


クロードが聞き返す。


男はゆっくり顔を上げた。


「俺たちの攻撃が……」


「全部」


「喰われたんです」


「どういう意味だ?」


「そのままです……」


男は震えながら続ける。


「炎を撃った」


「雷も」


「氷も」


「矢も」


「剣撃も……」


「でも」


「全部……消えた」


レオンの目が細くなる。


「無効化能力か?」


「違う……」


男が首を横に振る。


「違うんです……」


「消えたんじゃない」


「……?」


「その後……」


男の瞳に。


再び恐怖が蘇る。


「返ってきた」


誰も。


言葉を発さなかった。


「俺たちが撃った魔法が」


「俺たちが放った攻撃が」


「全部……」


「そのまま……!」


男は両手で頭を抱えた。


「俺たちに返ってきたんです!」


「……」


クロードが聖槍アルトリウスを握る手に力を込める。


レオンも言葉を失っていた。


何度倒しても立ち上がる『強欲』。


攻撃を受け。


そして。


それを返す『暴食』。


「それで……」


レオンが静かに尋ねる。


「マンティスは……」


男は俯いた。


「……誰も」


「止められなかった」


声が掠れる。


「戦っても」


「戦っても」


「二人は止まらなかった」


「気が付いた時には……」


周囲を見る。


壊れた街。


「全部……」


「なくなってました」



その後。


さらに数名の生存者が救出された。


しかし。


証言はほとんど同じだった。


二人だった。


たった二人。


それだけ。


『強欲』。


何度倒しても立ち上がった。


『暴食』。


どんな攻撃を受けても止まらなかった。


そして。


二人を止められる者は。


誰一人としていなかった。



夕方。


マンティスの中央広場。


かつて。


商人。


冒険者。


住民。


大勢の人々が行き交っていた場所。


そこにレオンとクロードは立っていた。


夕陽が崩壊した街を赤く染めている。


「……」


クロードは何も言わず。


マンティスを見渡していた。


壊れた商店。


崩れた住宅。


空になった倉庫。


抉れた大通り。


そして。


そこに残された無数の戦闘痕。


「レオン」


「ああ」


レオンは静かに答える。


「報告をまとめよう」


「マンティス襲撃犯」


「世界指名手配第一位」


「《七つの大罪》」


一度。


言葉を切る。


「『強欲』」


「『暴食』」


クロードが険しい表情を浮かべる。


「本名不明」


「能力不明」


「目的不明」


「現在地も不明」


「……ああ」


何も分からない。


それでも。


一つだけ。


確かなことがある。


レオンはゆっくりと崩壊したマンティスを見渡した。


城壁。


市場。


倉庫。


住宅。


この場所には確かに人々の暮らしがあった。


笑う者がいて。


働く者がいて。


家へ帰る者がいた。


一つの国がここにあった。


それを。


「……たった二人」


レオンが呟く。


クロードが僅かに視線を向ける。


「たった二人で……」


聖剣グランセイバーの柄を握る。


「一つの国を滅ぼした」


風が吹く。


崩れた建物の隙間を抜け。


乾いた音が街へ響いた。


クロードが静かに口を開く。


「指名手配第一位……」


その視線は。


夕陽に染まるマンティスへ向けられていた。


「《七つの大罪》」


レオンは何も答えなかった。


ただ。


聖剣を握る手へ。


僅かに力を込める。


この日。


《断罪の聖剣》は初めて目の当たりにした。


世界最悪と呼ばれるギルド。


《七つの大罪》。


その名が意味する。


本当の恐ろしさを――。

第35話を読んでいただきありがとうございます!


今回は、壊滅した貿易国家マンティスを調査する《断罪の聖剣》のお話でした。


姿を見せることなく、たった二人で一つの国を滅ぼした『強欲』と『暴食』。


果たして《七つの大罪》とは何者なのか――。


少しずつ動き始めた新たな脅威。


次回もお楽しみに!

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