#0007 降下準備と恒星間ジャンプ
更新が 遅すぎる
さて、ジャンプまではあと2分ほどかかる。
なにせこいつの故郷まではここから800光年以上の距離があるからだ。
辺境星系で出回っているような船でこの距離を移動するとなると
相当な時間がかかるわけで、この部分を考慮すると
ニックスを狙ったやつらは長距離移動をしてでももうけを出せるという
見立てがあったということになる。
この件の背景については後で調べるとして、
ジャンプが終わったら揚陸艇に乗って惑星へ降下、
ニックスを元住んでいた地域に降ろして、
最後に惑星の軌道上に浮遊砲台を配置。
ここまでやればニックスのことについてはひとまず任務完了だな。
……せっかく惑星に降りるんだし、少しくらい観光していっても
いいんじゃないかとも思う。
だが文明の存在する惑星であまりうろうろするのは
よろしくないのも事実だ。それに、探索するならうってつけの場所が
ちょうどすぐそばにあるわけで。
現地の文明に迷惑をかける可能性もあるし、やめておいた方がいいな。
「速度調整が完了。10秒後にワームホールへ突入します」
と、通路から格納庫を眺めていたらもうジャンプ準備ができたらしい。
「お、いよいよジャンプするんだな!
外が見えないのがちょっと残念だけど、でも楽しみだな」
すぐ隣にいるせいか、長い首を曲げてこっちを見ながら
ニックスはそう話す。ジェフの艦内放送を聞いて
期待を膨らませているようだ。
俺は今まで何度も──それこそ飽きるほどにワームホール航行を使っているが、
確かに初めて宇宙船に乗って、FTL航行を
実際に見るとなると興奮する気持ちもわかる。
こんなことなら格納庫の扉くらい
開けたままにしておいてやればよかったかね。
「まあ、艦内からでもワームホール通過時の独特な感覚はわかるさ。
──おっと、始まるぞ」
こちらが話し終えた直後に、ちょうどワームホール航行が始まった。
今ニックスに話した通りで……外の様子なんて何一つとして
見えないというのに、この何とも言い難い"歪み"が今まさに
時空のトンネルをくぐっているということを感じさせてくれる。
なんなら目の前にワームホールが見えない分余計に違和感が強いまであるぞ。
表現するのは難しいが、実際には平坦な場所にいるのにかかわらず
傾斜の激しい坂を滑り落ちるような……。
「な、なんか……傾いてないか? ふらふらするけど、
これがワームホール通る時の感覚……なのかな?」
どうやら種族が違うニックスも似たようなものは感じるらしく、
まったく揺れてもいないのによろめきながら話す。
「ああ、何とも奇妙な感覚だろう?
もう通過したようだが、気分は大丈夫か?」
「うん、まぁ……大丈夫だけどまだ体が慣れない感じかな」
具合を聞いてみたところ、ニックスは少し
視線が定まらない様子で答えた。
これならただ目が回っているようなだけで、
言っている通り身体の方には問題なさそうだな。
「それなら問題ないな。さて、外が見えないからわかりづらいが
お前の故郷に着いたぞ。さっそく揚陸艇に乗ってくれ。俺は離陸準備をする」
ニックスにそう話しながら揚陸艇を指差し、
神経リンクから格納庫の扉と揚陸艇の後部ランプを開けさせる。
「OK、えっと……兵員室で待ってればいいかな?」
「ああ、それで頼む」
小さく跳ねてこの足場の手すりに乗り、
そこから揚陸艇へ向かって飛び立つニックスを見送って、
こちらも発進準備へ取り掛かる。
この話しようじゃ、揚陸艇の中がどうなってるかも
ある程度知っているらしい。
いちいち説明しなくていいのは助かるが何とも不思議な感覚だ。
ところで、揚陸艇の発進準備というのは
具体的に何をするものだと思う?
メンテナンス用のパネルを閉めて、燃料を入れて、
車輪止めを外して、バッテリーとAPUを動かして
エンジンを1発ずつ始動するとかか?
実際のところ今の時代そこまでやることは多くない。
整備はすでに済んでいるから船の主電源を入れたら
あとはシステムチェックを済ませて宙へ乗り出すだけだ。
揚陸艇の外でやる必要があるような作業なんて言うのはたかが知れている。
船の外装を見て異常がないかを確認したら
後はさっき言ったとおりの処理をするくらいで、
チェック漏れがあっても事故につながるような要素はない。
信頼のおける基礎設計っていうのはいいものだよ。
開いた格納庫の扉から少しだけ外を眺めてから、
既に乗り込んでいるニックスの後に続き足場から飛び降り、
揚陸艇の周囲を1周して外装の点検をする。
うむ、特に妙な点は見つからない。
働き者の整備ドローンのおかげだな。
格納庫自体の状況も問題なし。
離陸時に邪魔になるようなものはないし、
スラスターの噴射で吹き飛びそうなものもない。
よし、俺も船に乗り込もうか。
揚陸艇の後部にある大型のランプのほうまで回ると、
内部の兵員室でこちらを待つニックスの姿が見えた。
特に周囲を見回す様子もなくて、
どうもこの内装を見慣れているように見えるな。
……可能性としてはトリニティが調査のため現地の文明と
交流を持った時に、調査キャンプやらにいる科学者や
護衛の兵士と関わりがあった、辺りだろうか。
こいつの故郷に関する報告を見る限りは普段の原始文明との
接触方針から大きく外れたレベルの深い交流があったようだし、
やはりそれが一番あり得る可能性だろう。
「お、準備とか点検はもういいんだな」
「整備ドローンが一通りやってくれているからな、
俺が見るべきものはそんなに多くはない。
じゃあランプを閉めて船を出すぞ? 忘れ物はないな?」
「おう、そもそも何も持ってきてないから平気だぜ」
一応ニックスに故郷へ降りる前にするべきことはないかを確認して、
問題ないようなので操縦席へ向かう。
兵員室の奥の梯子を上った先にある扉の向こうがそうだ。
「なあ、えっと……いきなりだけどさ、
操縦してるところ……後ろから見ててもいいかな、って。
こんなの二度とない機会だし、頼みたいんだ」
扉をくぐって操縦席に座ろうとしていたところ、
上まで登ってきたニックスに呼び止められた。
そんな申し訳なさそうな顔で見ないでくれ。
まったく、本当に好奇心の強い奴なんだな、こいつは。
正直図々しいどころじゃない話だが……はぁ、
まあ別に邪魔にはならんだろう。もう好きにさせてやるか。
どうせこの後すぐ降ろすんだ。
というかこいつの同族が住んでいる地域が主に二か所あるから
どっちまで送ればいいかは結局聞かなきゃならん。
その時に操縦席のホロディスプレイが必要だし結局は同じ事じゃないか。
「まったく。まあ好きにしてくれ、操縦の邪魔さえしないならご自由に。
それと、後で一応聞かないといけないことがあるから、
それまでは外の景色でも見て楽しんでいるといい」
「わかった! ありがとな! 操縦席からの景色、ずっと見たかったんだ。
じゃあ、ちょっと後ろでおとなしくしてるからさ」
子供のようにはしゃぐニックスのことは置いておいて、
座席に座って船の電源を入れる。
それぞれのシステムが始動されて、俺が武器やスラスター、
センサーにシールドやらもろもろのチェックのためにそれらを
操作するたびに後ろにいるニックスは興奮した様子で
操縦室のディスプレイや窓の外に釘付けになっていて、
何とも落ち着かない。
まあ、俺だって新しい場所を探索するときは
態度が落ち着いているだけで、未知のものにこうやって強い興味を
示すのは同じなんだ。気になるという気持ちは
既知の知的種族のすべてが持っているわけで……。
種族も違う相手なんだから寛容になるべきだな。
推進、探知、防御、武器、姿勢制御、航法、生命維持、通信。
どれも異常なしだ。
<<「あー、ジェフ? 船を出すぞ。俺が惑星上を航行している間に
浮遊砲台の配置を済ませておいてくれ。回収時のランデブー予定は
そのあとで送ってくれればいい」
>>「了解。赤道軌道、極軌道、静止軌道に配置後、
赤道上の低軌道にて回収のため待機します」
母船側でやるべきことはジェフに任せて、いざ出発だ。
神経インターフェースで船の制御を握ったら、
あとは身体を地面から持ち上げるように 意 識 す る 。
そうすれば、離着陸用のスラスターが動き出し、
透明な空気を吐き出して機体を持ち上げ始めるんだ。
意識や考えを読み取り機械信号へ変える思考入力機能は、
今じゃ搭載していない船の方が少ないくらいだろう。
辺境星系の外では。
よし。十分な高度まで浮かび上がったら、
あとは開かれた格納庫の扉をくぐって宇宙へ飛び出せばいい。
一切物理的な操縦系統を触っていないのに船が動くことに
驚いているこいつのことは気にせずに、俺はスロットルを上げて
格納庫から真空へと体を投げ出した。
艦内と真空の宇宙を隔てるエアバリアと、
もう一つの光の格子──物質消去フィールドを突き抜けてな。
視覚センサー統合によって得られる全周視界の下で
宇宙へ乗り出すのは、何度やっても心が躍るね。
船の中にいるのに生身で空を飛んでいるように感じられる。
そして、それほど広くはない格納庫内の景色が
一瞬にして眼前を埋め尽くす青と、それを取り巻く
真っ黒な虚空に移り変わるこの瞬間だ。
……そこに後ろで見ていたニックスが
座席のすぐ横まで首を突っ込んできた。……文字通り。
ああ。こいつにとってはまさに
引き寄せられるような光景だったんだろう。
明らかに邪魔だが、ここはもう黙っておいてやろう。
着陸までの間自由に楽しんでくれ。
……鬱陶しくもある。もちろん普通に考えて邪魔だ。
それでも、こうやって見ているとなんだか昔を思い出すよ。
俺が宇宙を旅しようと考えた理由の一つだ。
バカみたいな話ではあるが、たとえそこが戦場であったとしても、
異星の景色というものは美しく、驚異であふれていた。
戦争が終わったらここへ戻ってきて、
ただ純粋に旅をしてみたいと思ったことが何度あっただろうか。
……そんな素晴らしい世界も、
いくつかは対惑星兵器で粉々になってしまったがな。
全部書くと大変なことになるので書きませんが、この世界ではFTL航法、エネルギーシールド、スラスター、装甲などのそれぞれに種族や文明ごとの独自の設計や、異なる方式があり、単にFTLドライブといっても超空間航法、ワームホール航法、微小転移航法がありますし、シールドも反発シールド、磁気シールド、重力子シールド、固体光子シールド、硬化光シールド、粒子外殻、特異点バリアなどなどやたらと沢山あります。装甲なら一般的な高密度装甲からブラックホールの中心の数千倍の密度を持つ素材、凍り付いた現実そのものでできた構造材まで。




