#0005 雪飛竜のニックス
会話シーンでの動作の描写と語り部分、台詞部分のバランスはいまだにどうすればいいかわかんないです。
こいつが起きるまでどれくらいかるかもわからないし、その間に
報告をしっかり読んでおくかね。
まず、この生き物の出身惑星は……固有名がないせいで覚えにくいが
Eta-Gamma 1C4E-9914 4というらしい。
報告書にあるリンクからアーカイブの項目を開くとわかるのは、
この惑星が旧文明の実験惑星の一つで、おおよそ2000年代前後の
地球で出回っていた物語の世界を再現した、実証実験タイプ
ということだな。つまり、この生き物は当時の地球における
空想の世界にある架空の生物や、そこから派生可能な亜種を
再現するという研究計画の過程で作られたんだ。
種族名はスノーワイバーン。
その姿を見てみれば確かに納得がいく名前だ。
最初は鳥かと思ったが嘴はなくて、翼の方も羽が生えているが
身体の全体的な構造で評価すると間違いなくワイバーンだろう。
長い尻尾に二本の脚、膝から下には羽毛がなく、
小さな鱗で覆われた構造で、頭の後ろ部分からは
大きく長い耳が生えている。
脚と翼だけだと鳥といわれても違和感はないのは否定できないがね。
それと、こいつの故郷には依然トリニティも調査のため
降下したことがあるようで、現地の住民との直接的な
交流も行われたことがアーカイブには記載されているし、
特に何の問題もなく英語で会話できたらしいから、
翻訳装置が必要になる心配はないな。
さて、必要な事項は一通り読んだと思うが、
さすがにこのくらいではまだ起きる様子はない。
相変わらずポッドの前の床に倒れこんで気持ちよさそうに寝ている。
仕方ないから少しだけ物音を立てて起こすか。
アーマーのブーツで軽く床を叩き、硬く重たい音を立ててみる。
すると直後にそいつの耳が小さく動き、
白い生き物はゆっくりと起き上がる。
だが、目を開けた瞬間に凍らされる前の出来事を思い出したのか、
こちらの姿を一瞬視界に捉えた瞬間に表情が一変して、
後ろへ飛び退き俺から素早く距離を取った。
そいつは俺を睨み付け、姿勢を低く落として戦闘態勢で威嚇している。
まあ、無理はないな。こいつの身に起こったことを俺は知らないが、
ある程度の予想はつく。穏便に済ませたいところだ。
無理に対話を試みるよりは態度で示したほうが分かってもらえるだろう。
敵意が無いことを示すために、
アーマーの装備を外してストレージへ回収する。
黒い塗装のコンバットアーマーは一瞬で光に変わって消え去り、
俺は普段の服装に戻った。早着替えなんてものじゃないぞ。
……武器も防具も外した状態で、牙を剥き出しにて唸りながら
今にも飛び掛かってきそうな生き物の前に出るのは危険かもしれない。
だが相手は知的種族であって獣じゃない。
冷静さを取り戻せば分かってくれるはずだ。
もちろん、すぐにとはいかないだろうがね。
俺が無防備な姿でじっとしていること、2分ほどが経った頃か。
白い生き物はようやく落ち着いたのか
"いつでもお前を引き裂いてやれるぞ"と
言わんばかりに構えていた翼の爪を下ろして、
今度は反対にこちらから目を逸らし、視線を床へ落した。
少し悲しげな表情に力なく垂れた耳……言いたいことは察したよ。
これなら声をかけても大丈夫だろう。
「えーと……うん……ごめん」
俺の方から気分は落ち着いたかと聞こうとしたんだが、どうやら
向こうの方が思い切りが良かったらしい。そいつは
小さな声で先ほどの態度を謝ってきた。
謝ることなんてないと、俺は思うけどな。
「ま、気にするなよ。気分は落ち着いたか?」
「そう……だな。とりあえず……
周りを見る感じだと、助けてくれたってことでいいんだよな?」
まだ少しばかりの疑念はあるようだが、そいつは周囲を軽く見まわすと、
俺が自分を助けた人間なのかと尋ねる。
「ああ。お前がポッドに詰められて凍っていたところを拾ったんだ。
ほら、ほかにもたくさんポッドが並んでいるだろう?
それに入っている奴らも一緒にな」
「そっか……ありがとな。もう二度と……
故郷には帰れないかと思ってたからさ」
すぐそばに並んだポッドの方を一瞬振り向きながら説明してやると、
ようやく安心したのかそいつは小さいが少し明るい声で礼を言った。
さっきまで垂れていた耳も元に戻っている。
なんというか、感情の浮き沈みが分かりやすいな、こいつは。
「礼には及ばんよ。で、そうだったな。家に帰してやらないといけないわけだ」
さて、この辺りからはようやく本題に入れるだろう。
こいつに起こった事を聞いて、あとは送ってやるだけだ。
まあ実際のところ大変なのはどちらかと言えばその後で、
実験惑星でありトリニティが過去に調査をしたことがあるところに
密輸業者のろくでなしどもが目を付けたということは……防衛兵器の配置について
中央司令部に連絡して許可を取らないといけない。
なにせトリニティの調査部隊の撤収後は相互不干渉を維持すると当時
の交渉で決められているから。
面倒だし "最高元帥" に直接聞くか。
だが今はこいつの話が先だ。いろいろ聞いてみようじゃないか。
間違いなく酷い記憶を掘り返すことになるから無理にというわけにはいかないけどな。
「送ってくれる……ってことでいいのか、って……どうかしたか?」
おっと、この後のことを考えていたせいで固まっていたらしい。
逆に心配されてしまった。
最近よくあるんだ……もう歳だから。体は若いというのに。
「あ、ああ、気にするな。もちろん故郷まで責任を持って送ってやるし、
お前をポッドに詰め込んだ悪党も片付けておいてやる。任せておけ」
固まっていたところをつつかれたせいか、
普段と違って妙に早口で喋ってしまった。
で、だ。はっきりと言って、ここまでしてやるのは
結構なお人好しと言わざるを得ない。
確かに知的種族を拾ったら
面倒を見てやる義務があると言っても、さすがに
無法者への対処までやらなきゃいけないわけじゃないからな。
そういうのは本来正規の保安隊の仕事だ。だが、俺はこういうのを
見てるだけで済ませるのは嫌いなんだ。
「ほんとにさ……ありがとう。そこまでしてくれるなんてさ」
しっかり面倒を見てやることを伝えると、そいつは改めて礼を言う。
……それにしても、なんというかこいつは
艦内の景色を見慣れているような印象を受けるな?
さっきからそうだが、たまに周囲の様子に視線を向けながら
納得したような表情を見せていることがある。怪しい星系に怪しい船、
怪しい積荷から出て来た風変わりな生き物。
少し色々なことが起こりすぎじゃあないか?
まあ、退屈はしないが。
「まあ、安心してゆっくりしていてくれ。それと、悪いんだが
一つ聞いておかないといけないことがあるんだが、いいか?」
「ん? 聞きたいこと……えーと、俺の故郷のこととかか?
あとは……なんでこんなことになったかとかかな?」
「そんなところだ。お前が入っていたものと、
他のポッドのことや周辺の状況からして俺は密輸、
密猟の類だと思っていてな。こっちで全部調べることはできるが、
話を聞かせてくれると助かるんだ。もちろん嫌なら話さなくていい」
話を出してみたところ、その生き物は
首をかしげながら何を話せばいいか確認してきた。
ポッドに入れられた経緯の件も、特に嫌がっている様子はないな。
「あー、なるほどな、確かに気になるよなー。えっと、俺はさ、
群れから離れて旅をするのが好きでさ、こうなる前……
って言ったらいいのかな? 日時まではわかんねぇけど、
旅の途中で林の中の木の枝にとまって寝てたんだ」
当時のことについて話し始めたこいつは落ち着いた口調で、
特に自分の身に起こった事を引きずっているような感じではなかった。
「んで、寝てたところにさ、いきなり何か飛んできて、
そうしたら体の力が抜けてきたんだ。たぶん麻酔弾かな。木から落ちて、
ふらふらしながらだったけど少し離れたところに
見慣れない格好の人間がいるのに気付いて……その後は
まだ体が動くうちに二人は首を切り裂いてやったと思う。
でもそこからはもう覚えてないかな」
白い生き物は引き続きで当時のことを話す。
予想していた通りではあるが……ふらついた状態のまま
二人殺したというのはなかなかに普通じゃないぞ。
辺境星系のものとはいえ、今どき出回っている麻酔ダートは
3発もあれば相当な大型生物だって沈静化できるくらいの
強さがあるわけで、こいつの身体なら1発目の時点で
安全上の効果上限に引っ掛かるはずだ。
それなのにだぞ? もう少しこいつの種族についての
資料をしっかり読んだほうがいいかもしれない。
「なるほど。話してくれてありがとう、災難だったな。
……ところで、今更だが一応名前を聞いておいてもいいか?
名前が分からないと不便だろう」
そしてだ。これだけ話したというのにまだ
名前を聞いていないことに今気づいてしまった。
別に長い付き合いにはならないはずだが
名前が分からないのも面倒だ。
……うむ。事情を聴いた後にそのまま続けて名前を聞くのは
なんというかこいつの話を聞き流していたように
思われそうで少し申し訳なくはある。なんとも間が悪いな。
「あ、そういや名前ってまだ言ってなかったなー。
えっと、俺はニックスだぜ」
いや、こいつは特にそういうことは気にしていなさそうだ、はは。
「ニックスね、わかった。俺の方はオーウィンだ。
オーウィン・マレウス。この船の艦長でもある」
「んじゃ、故郷に送ってもらう間だけだろうけどさ、
よろしくな、オーウィン」
「ああ、よろしく、ニックス」
お互いに名前が分かったところで、何とも言えない空気だった
この場もようやく普通に戻った気がするな。
白い生き物──ニックスはこれまでの仕草や話し方を見る限り
だと根はかなり明るくて友好的であるように感じる。
警戒を解いてくれた後はどことなく笑顔を見せているようにも見えた。
ニックス、ね。綴りはわからないが、
こいつの白い羽毛を見ると俺は "Nix" じゃないかと思う。
雪を意味する古い言葉だ。
「よっと。じゃあ……俺はしばらくはこの、えーと、
格納庫でゆっくりしてればいいのかな?」
名前の由来について少し考えていると、ニックスは軽く羽ばたいて
自分が入っていたポッドの上に乗り、
周囲を見回しながら今後の扱いについて俺に聞く。
「そうだな。お前の住んでいた惑星はすでに分かっているから、
中身入りの低温ポッドの回収に関して近くの司法機関に届け出をして、
あとは船をジャンプさせて、そこにある揚陸艇で惑星に降りるだけだ」
「りょうかい。そんじゃ、ここで休ませてもらうぜ」
「ああ。さて、俺は言ったようにやることがあるから、
一度席を外すぞ、また後でな」
説明してやりながら神経リンクでここを囲っていたシールドの
解除指示を出して、ある程度自由に動いていいことを示し、
ひとまずはニックスを置いて……お役所仕事の処理のため俺は艦長室へ向かう。
面倒なんだよなぁ……それほど時間がかかるわけじゃないが、
書かないといけない項目が多いんだ。
========
おまけ: ニックスの外見
※作者のモデリング技術不足により
風切羽のある鳥のような翼は再現できていません。
[情報サービス: 中央アーカイブ]
トリニティの首都惑星にサーバーを置く巨大な情報集積システム。
GIN (銀河情報ネットワーク)を介して誰でも記録の閲覧が可能であり、一部はアクセスレベルによる制限があるものの完全に無償で膨大な量の情報を利用することが可能。ただし、辺境星系内の企業や統治機構などの情報に関しては協定により取り扱われていない。
コメント:
誰でも自由に利用できて、かつ銀河最高の研究機関が情報の精度を保証し、インフラは強大な艦隊と惑星を完全に覆う装甲外殻、そして星系内の数万の防衛プラットフォームに守られている知識の沼のような存在。極まった文明にとってはこういった無償の知識を基にいろいろなことを思いつき、実際に試してみようとする精神は非常に重要なものというわけです。誰も知らないではなく、考えたことも無かったという形の未知というものにも価値があります。
[入力機器: 神経インターフェース / 神経リンク]
機械信号と有機体の思考を相互変換し、有機種族がイメージによって機械へ指令を発することを可能にするインターフェースユニット。神経系への接続方式や接触、非接触型などで様々なモデルが存在するが、最も信頼性が高いとされるものは全身を完全に覆う神経インターフェーススーツである。
軍事用途においては、現在のところより信頼性が高く応答性にも優れる発展型のシステム "バイオニックインターフェース" が一般的。
コメント:
オーウィンが乗っている船は旧式なので神経インターフェースのままです。
[人物: 最高元帥]
トリニティの統治、軍事、研究すべての最高権限を握る一人の人間。
銀河サイズのハイパーコンピューターでさえ実現できないと言われるほどの情報処理能力と不変の奉仕精神により文明の繁栄と存続を保証する存在。彼には休みというものはなく、彼自身もまた決して休みを求めない。
コメント:
有機体の思考力を強化する技術が進んでいるという設定を前回説明したと思いますが、その究極形がこの人物。一人の人間としての明確な人格を持ちつつも自らの意思で一切の欲を捨てて文明を導くためだけに生きる、見方によってはある意味あまりにもひどい仕打ちを受けている存在です。
トリニティにおいて政治家や指揮官などの人の上に立つ者は必ず下にいるすべての存在より(戦闘能力と思考能力の両面で)優れていなければならないという厳格な規定があり、その極端な能力主義思想の成れの果てのようなものですかね。
彼らが自分自身を犠牲にして導いてくれるおかげで人々は脅威から守られ、安心して暮らせるということです。また、トリニティの軍事、統治、研究部門における指導部構成員は全員が疑似集合意識ネットワークに常時接続され、リアルタイムで思考を共有しており、もしこの中で何か良からぬことをプランク秒単位でも頭に浮かべたらその時点で逸脱的行動の代償を払うことになり、リアルタイム思考共有、集合意識への接続強制という性質上不正の防止と防諜の両面で極めて高い効果を発揮します。同時に、ネットワーク内を流れる途方もない量の情報や思考に常にさらされ続けるため、並みの生物では接続状態にあるだけで精神に修復不可能な損傷を受けます。
[弾薬: 適応型麻酔ダート]
専門的な知識がなくとも安全に使用できるスマート麻酔薬が封入された発射型の注射器。麻酔の強度は投与対象の身体機能に損傷を与えない程度に自動的に制限され、意図的に過剰投与を試みたとしても追加投与分の効果は即座に無力化されるため、常識的な運用の範囲内であれば極めて安全である。
コメント:
麻酔科の免許が無くても心配のないハイテク薬剤。
このような薬品は通常、薬剤本体と制御用ナノマシンのカクテルといった形になっています。
技術が進んでいる中核星系ではナノマシンではなくより高度なプログラマブル物質が使用されることの方が多いです。
そのほか:
ワイバーンというのは本来紋章に描かれる生き物として考え出され、その後に一般に認知されフィクションの世界に登場するようになったものです。私が描いているもう一つのお話にもこの生物が登場しますが、そもそもこの"雪羽と虚空の漂流者"の方が先に書き始めていたものなので、向こう側、"存続限界点"で使われている設定の一部は本編というか本流であるこっちと共通しています。本文中にある通りに、これらの空想の生物に過ぎないはずのものがこの宇宙のいたるところに何故か実在するという奇妙な事実はかつて天の川銀河に存在していたとある異星文明での大規模研究プロジェクトに由来しています。
詳しく書くとおそらくこのパートの本文より長くなるのでこの辺の設定はストーリー進行とともに触れられていくと思います。
もともとはこの羽のある翼を持ったワイバーン、ニックスとの旅(ご想像の通り二人は今後一緒に旅をすることになります。どういう経緯でかは本文で書くので気にしない)というものをやりたくて書いていたのですが、あれこれわき道にそれた結果むこうの存続限界点を先に公開するという謎の展開になったわけですね。なお、作者が好きな架空の生物は察しの通りでワイバーンなのですが、次点ではグリフォンです。
存続限界点のほうを書き始めたきっかけは実はこっちが上手いこと進まない時の気分転換に頭を空っぽにしていわゆる異世界物をうちのキャラと設定で作ったらどうなるか試して遊んでいたところ、登場する技術や種族、国家に土地などを結局まじめに考え始めて本編であるこっちの3分の2くらいの量の設定メモが出来上がったのでもう単品で話進めるかとなったものです。設定考えないと気になって仕方ないタイプの人間。




