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#0004 凍った白い羽

在庫分はここまでなんだ。

輸送船から回収した低温ポッドは今格納庫内の

艦尾側の壁に寄せて並べられている。

数は17個だ。ポッド自体は20個積まれていたんだが、

どうもそのうち3つは不良品か何かだったらしく、

中身はすでに死んでいた。


さて、銀河社会において、惑星の原生生物を事前の届け出と

承認なしで輸送することは当然禁止されている。


なぜかというと単純で、適切に管理しなければ様々な形で

惑星間汚染が発生する可能性があるからだな。


例えば、その生物を無責任に野に放てば勝手に繁殖して

惑星の生態系に影響を与える可能性があるし、単純に微生物や細菌、

ウイルス、寄生虫などの拡散の原因にもなる。


技術水準の高いセクターならあまり気にならないことだが

ステーションを無法者から守るだけで苦労しているような限界寸前の

星系でそんなことをされたら面倒極まりないだろう。


つまり俺は何が言いたいかというと、このポッドに入れられている

生物はほぼ間違いなく密輸品だ。


最初に亜空間センサーで積み荷を覗いた時から確信していたが、

この件について改めて整理してみようじゃないか。


まず、もし宇宙航行中にこういった密輸品の可能性が高いものを

発見した場合、市民にはおおよそ三つの選択肢がある。


一つ目はただ無視して通り過ぎること。

厄介ごとに首を突っ込むことを強要するのは

反発を生むだろうからこういうやり方が許されている。


二つ目は回収して現地の法執行機関に引き渡すこと。

これは謝礼ももらえるし無難なやり方だな。


三つめは位置を記録して通報すること。

自分で拾っていく余裕はないが行政に恩を売りたいならこれだ。


俺が今やってるのは2番目だが、保安ライセンスを持っているから

この場合少し事情が違ってな、基本的に独自の裁量が認められることになる。


だからそういうわけで、俺はこいつらを元居た惑星に帰してやろうと思う。

旅の行き先の候補にもなる。


幸いこの船、TMV ネビュラ・ドリフターは2世代前

のものとはいえ軍艦だ。医療設備は充実しているし、

もし商品を盗まれたことに気づいた密輸業者が

ちょっかいを掛けてきても一瞬で塵にできる。


全員を故郷へ送り届けるにはまあ時間はかかるだろうが、

そう悪くはない選択だろう。ついでに届け先の惑星で

浮遊砲台でも配置しておけば密輸、密猟の再犯防止にもなる。


よし、回収品の取り扱いはこれで決まりだ。

帰してやるためにも一度中身をしっかり確認しておこうか。


「ジェフ、ポッドの中の生物について情報がないか

中央アーカイブとGIN (銀河情報ネットワーク)で調べておいてくれ。

終わったら報告をファイルにまとめて俺の個人端末に転送してくれればいい」


これはジェフが嫌うタイプの命令だが……まあ我慢してもらうしかないな。


「……はい。調べておきますよ」


人間ならため息をついているであろう口調で

ジェフはしぶしぶ返事をした。


トリニティにおいて機械知性が100%従順じゃないのには

理由があるんだが、俺みたいに機械と話すのが苦手な奴にはつらいね。


まあ、詳しいことはまあジェフに任せておいて、

こっちでも中身をよく見てみよう。


並べられたポッドの中から一番近いものの前まで行き、

窓から中を覗き込む。


見えるのは滑らかだが丈夫そうな皮膚を持ち、

全体的にしなやかな体つきをした4つ足の生き物だ。


前と後ろのどちらの足にも鋭い爪があり、

少し背伸びしてポッドの底のほうを見てみると

長い尻尾があることも分かった。


手足はそれほど長くないから姿勢は低めで、

走ったり跳んだりするのも得意そうな印象を受けるな。


尻尾が長いだけでなくて太さがあるのも姿勢制御用で

積極的に利用していくためだろう。……多分、おそらくは。


ところで、こういう低温ポッドには中身の状態を確認できる

情報表示があると思うんだが、どうもこのポッドは、

ついでに言うとほかのポッドもモニター用の画面に何も表示されていない。

普通は健康状態くらい表示しないか?

よほど中身の詳細を知られるのが嫌だったのか?


この辺は推測するときりがないしほかのポッドも見てみよう。


すぐ右隣にあるポッドの中身は……貨物コンテナ内で最初に

中身を確認した時の奴だった。巨大な虫みたいな生き物だな。


もう見たので次だ。


「アーカイブ、およびGINでの情報照合完了。

ファイルは転送済みですんで確認を」


さらに隣のポッドの中を覗こうとしたとき、

ちょうどジェフの仕事が終わったらしい。


「どうも。こんな命令ばかりですまんな、

首都に戻ったら調査研究用のパッケージを導入しておくから

しばらくは我慢してくれると助かる」


「頼みますよ……」


ジェフのこういう反応はあくまで疑似人格パラメーターに

基づいたもので、実際に感情を持っているわけじゃない。

だが、こうやって本来の用途に反する使い方をしていると

主張することで運用者に適切な設備や

プログラムの導入を促すように設計されているんだ。


盲目的に命令に従い、たとえ現在の機能セットで十分な精度の

結果を出せなかろうが構わず仕事をしたふりを

するようでは助手として不適切だからな。


まああれだ、間違いを指摘したり拒否する責任というのが

AIにもあるってことだよ。


逆に有機体の思考を高度に模倣したAGIのほうが

無責任な場合すらあるかもな。

なにせ悪い部分まで模倣してしまうから。


機械と付き合っていくのは面倒でかなわんね。


気を取り直して報告を読んでみよう。


まず、出身惑星が判明しているものが17種中14種、と。

不明とされている生物はすべてデータベースに登録がなく――

おそらく辺境も辺境な場所から来たものだ。

そうするとこの生物を捕まえてきた密猟者連中にとっての

秘密の仕入れ先みたいなものかもしれないな。


なにせ銀河は広い。こういう一般には知られていない、

誰かにとっての秘密と言えるようなものは割とたくさんある。


次に、出身がわかっているものではどれも全く別の惑星から

連れてこられているというのも面白いところだ。


新品の輸送船をこんなよくわからない星系まで引っ張ってきて

商品を隠すなんて面倒なことをわざわざやれる余裕がある

ということを考えれば、やはりそれなりに

大きな集団が関わっているとみていいだろう。


ここまでのことをしてまで利益が見込めるような取引

という点も含めると…………ほぼ間違いなく裏にいる奴らに狙われるな。

まあ、その時は楽しませてもらおうか。


……まずは出身がわかっているやつを家に帰してやることからだな。


ポッドが後どれだけ稼働を維持できるかが少々不安なんで、

できるだけ早めにこの船の時間凍結ポッドのほうに移しておこう。

サルベージ現場の後始末も

しておかないといけないし、やることが多い。


それでもな、正直少し退屈していたこの頃に

これが舞い込んできたんだ。いい機会以外の何物でもないだろう?


この星系にある無人のエキュメノポリスの件もそうだが、

しばらくは目的に困ることはなさそうだ。


========


少しして、ポッドの中身の確認と現場の後始末も

ようやく一段落といったところ。


貨物船のほうはシステムオーバーライドで星系外にジャンプさせ、

ついでにサルベージビーコンを出させておいた。


こうすればそのうち民間の回収業者が船をバラしに来るだろう。

ついでに、密輸業者どもも商品が盗まれたことに気づくはずだ。


で、あとはのんびりとポッドに入れられた奴らの

故郷を回ったり例の無人エキュメノポリスを探索したりと

行きたいところなんだが……問題が発生した。

なんと、ポッドの中身に1つだけ知的種族が紛れ込んでいたんだ。

こうなるとまずこいつを解凍して最優先で家まで送ってやらないといけない。


典型的な法律の中では宇宙で知性体を拾った場合、

そいつに本来いるべき場所があるなら

そこまで送って行ってやらないといけないというものがある。


そもそも拾わなければこの問題は回避できるんだが、

たくさんあるポッドをまとめて拾ったせいでこれだよ。


どうせそれぞれ責任をもって故郷に帰してやるつもりだったから

優先事項ができただけで何も変わりはないが、少々迂闊だったかもしれない。


さて、凍らせたままなのもなんだから解凍してやろう。


報告書によると外見は真っ白な羽毛で覆われた

鳥のような生き物だが……あれか?


格納庫の壁際に並べられたいくつものポッドの中を

遠目から順番に見ていくと、

手前から2番目の列に件の生き物の姿を見つけた。


「おい、誰か手が空いてるドローンはいるか?

一番前の列のポッドをどかしてくれ。

右舷側の壁際に寄せておいてくれればいい」


このくらいの重さなら貨物倉でやったように自分で動かせるんだがな。

なんとなく面倒なのでドローンにやってもらう。


指示を出すとすぐに格納庫用の多目的ドローンが飛んできて、

重力テザーで手前にあるポッドを吊り下げて邪魔にならない場所に運んでくれた。


こいつらは何も言わず淡々と命令に従ってくれる。

機械としてはこういうもののほうが"普通"に感じられるよな。


配置換えで新たな最前列になったポッド群の

右から2番目に入っているこいつが紛れ込んでいた知的種族らしい。


うむ。さっき鳥のようなとは言ったが、

まあ当然正確には違うものだな。


ポッドの小さな窓から見える範囲では1対の大きな翼と

羽毛で覆われた身体があるが、頭部は明確に鳥のそれとは異なる。


どちらかというと哺乳類やらの獣に近いか。


まあいい、解凍しよう。


ポッドの右側の何も表示されていない

モニターのすぐ下に操作盤がある。


で、このいかにも押してほしそうな誤操作防止用の

カバー付きのデカいボタンを押せば解凍プロセスが始まるわけだ。


ボタンを押すと今まで何も表示されていなかったモニター部分に

解凍処理のステータスログが流れ始め、

ポッド内の極低温ジェルが排出され貯蔵タンクへ回収されていった。

結露とジェルの不透明性でぼやけていた中の生き物の姿も

徐々にはっきりとしていき、そしてポッドのドアが開く。


中に入っていたそいつは報告書の3Dデータにあった通り、

そして窓から覗いた姿の通りほぼ全身を覆う白い羽毛に

鳥のような脚と長い尻尾、そして皮膜ではなく

風切羽のある大きな1対の翼を持っていた。


さらに、翼のうちちょうど"手"に当たるところからは

4本の指が生えている。知的種族らしいし、

普段はこの指で道具を扱ったりしているのかもな。


旧式のポッドだからこいつの意識が戻るまではしばらくかかるか……。


今すぐにやるべきこともないし素直に待つとしよう。

起きたときにパニックになって暴れられたりしたら困るので

一応周りはハードライトシールドで囲っておく。


……数分経ったというのにまだ目を覚まさないこいつは、

なんというかとても心地よさそうに眠っている。


身体機能自体はすでに動いているがただ眠たいだけなんじゃないか?

起きる気配がないぞ。


まあ、こちらから声をかけるよりは様子を見ていた方がいいだろう。


[情報サービス: 銀河情報ネットワーク]


銀河情報ネットワークは、トリニティが提供する銀河規模の情報通信、交換ネットワークであり、物理的実体は秘匿された地点の深宇宙データクラスターと呼ばれる巨大なサーバー設備内に存在する。


コメント: 要するに銀河規模のインターネットです。ただし、サーバー施設はすべて国が管理しているので不正利用に対する規制は極めて厳しく、違反があれば即座に削除され、重大な場合は利用権も永久停止されます。また、すべての通信信号には発信元の識別情報が含まれ、一切の圧縮や暗号化が施されていない生データとしてやり取りされます。(不正防止の意味が強い)ただし、信号の指向性の高さから傍受は不可能とされています。軍事用途での利用は認められていないため、当該の組織は独自のシステムを構築する必要あり。なお、この世界ではデータの暗号化はもはや意味がありません。現実改変や因果追跡、改竄で簡単に元データを呼び出せるためです。


[エネルギー防壁技術: ハードライトシールド]


硬化光とも呼ばれる、固体に近い振る舞いをする特殊な光子の配列を用いたエネルギー防壁技術。

単なる防御用途だけではなく、自在に形状を変化させ、必要に応じて生成、消去が可能な作業用の足場やバリケードなどとしても使用され、レーザーを含むほぼすべての種類の攻撃を防ぐことが可能。


レーザーやタキオンビームを阻止する能力を持たない反発シールドや、過大な消費電力から大型戦闘艦や大規模なステーション、地上施設にしか搭載できない重力子シールドに変わる新世代のシールド技術として開発された。


コメント:

いわゆる光の壁。ライトブリッジなどはおなじみですね。

この世界ではレーザーをはじめとするビーム系攻撃を防げるシールドが限られているので、比較的少ない電力消費でビームを防げるシールド技術は画期的なものでした。

なお、重力子シールドは重力操作で空間ごと歪めて攻撃を逸らすというかなり強引なものです。

現代(2795年)のトリニティではシールドを搭載しない割り切った設計の方が一般的ですが、室内の防御用途では依然として広く使用されており、軍艦ほどの物理的な装甲厚を確保できない個人装備などでも同様。


[保存技術: 時間凍結保存]


局所的時間操作によって容器内の時間を完全に停止させることで電力供給が維持できる限り無制限に物体の劣化を阻止できる保存技術。解凍処理後、身体機能の回復に時間を要する従来型の低温睡眠技術に代わる次世代の技術である。


コメント:


時間ごと凍らせれば物理的制約を受けないよねという発想。

この世界では、現在が唯一の現実であり、過去はあくまで世界の記録、わかりやすく言い換えるとサーバーセーブデータの過去履歴に過ぎません。そして、未来はその名の通り未だ存在しないもので、仮想的な計算結果、予測結果なので、未来に行くというのは実質的に新しい世界を一から作り出すに等しい行為です。


これらの仕様から、過去を変えても現在には一切影響はなく、過去のセーブデータをロードして、違う選択肢を選んでプレイを続けたというような、パラレルワールドになります。


現在はメモリ上に展開されているアクティブなプロセスのデータ、過去はファイルに出力された過去の記録、または別インスタンスで実行されている異なる現実、未来は倍速再生で本来の時間進行よりも早く先に起こることを覗き見ている状態ですね。


もっと言うと、私の宇宙の構造は可能性の数だけパラレルワールドが実在し、例えばひしゃくで水をすくったとき、その中に入った水分子の数が1個多いか少ないか程度ですら実質無限の分岐を生みます。


[情報処理技術: 人工知能]


一般的にAIと略されるこのコンピュータープログラムは、情報の集積と学習に基づき有機体の行う"思考"に近いアプローチで情報を処理することが可能である。トリニティでは様々な分野で用途に合わせたAIが活用されている。


コメント:


現代の一般公開されているAIモデルとは違って基本的な倫理設定、認識が明確化されているので自分の職務に責任を持とうとします。


[情報処理技術: 汎用人工知能]


AGIと略される、通常の人工知能の発展型。

汎用の名の通り、特化された思考モデルを用いずとも既知の情報の応用や発展した論理の展開により未知の状況へ対処することが可能。しかし、このような特性から"余計な事"をしがちという点は認識されており、自由意思を持った機械ユニットへの搭載が最も一般的で、対して自動制御用途や軍事用途では逸脱的行動が問題となるためあまり使用されていない。


コメント:


複雑に考えすぎることや、独自の解釈を持ちやすい点が不都合となることがあるため、人間やほかの知的生命体の模倣といった用途が主です。この世界では有機種族の思考能力を増強する技術の研究が進んでいるため、実際のところはAIやAGIより生身の司令官や統治者の方が性能は高くなります。機械の役割はあくまで補助。


例えば、艦隊に属する数千の軍艦と、数百万に達する艦載武装、億単位のドローン群をすべて特殊なインターフェースを介して手動で遠隔制御することが可能な宇宙軍の提督はO型恒星を利用したマトリョーシカブレイン何百個分もの処理能力があります。

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