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#0018 空っぽの部屋とひと時の我が家: 浮遊島惑星 その5

まず、ここにある研究機材はさっき言った通りで大したものはない。


コンピューターの類はすべて持ち出されているし、

残っているのは直接サンプルの分析を

するためのものなどではなく保管用の箱やごく普通のレーザーカッター

やら、ほかは手持ちの工具類といったくらいで、

内部に情報が残っていそうなものはなかった。


ここにいたやつらはしっかり後始末をしていったらしいな。

個人端末一つの置き忘れはあったが。


机や棚を調べてもいくらでも替えの利く一般的な薬品やマスク、

ゴーグル、手袋みたいな雑多な備品に未使用の記録用紙、筆記用具くらいしかない。


扱っていた内容を考えればさすがに処分しないとマズいと考えたんだろう。


少なくともこの部屋には使えるものは無し、隣の方を見てみよう。


残っているいくつかの備品や機材をいろんな角度から

覗き込んで見つめるニックスを置いて俺はもう一つある部屋へ。


こっちは外から入ると繋がる場所のようだ。

左側を向くとちょうど外の光が差し込むエアロックがあった。


この部屋は倉庫か何かのようで、外から運び込まれたものを

一度保管して分類したうえで用途を決めたら奥に運ぶんだろうな。


で、用が済んだらまたこっちに戻すと。

ものによっては向こうで保管することもありそうだ。


軽く見た限りでは残っている物は特にない。


うむ、成果なしだな。

ここが放棄された理由が分かっただけでも良しとしようか。


引き返して、ニックスの元へ戻る。


「こっちは調べ終わった。収穫なしだな、仕方ない」


「あー、やっぱ全部持ち出されてるよなー」


こいつも記録の回収に関しては期待していなかったらしく反応は薄い。


「まあ、無いなら無いで構わんだろう。さて、とりあえずは

ここを俺たちのキャンプとして使う準備でもしようじゃないか」


「そうだな! ……って言うと何するんだろ?」


「それほど多くはないぞ? モジュール内の設備が今でもちゃんと

使えるか確認して、あとは冷蔵庫に食料を突っ込んで、

貯水タンクの水を一度抜いて、中を掃除してから新品の水を入れるだけだ」


「なるほど。確かにそんな多くないな、へへ」


いまいちピンとこない様子のニックスに説明してやると、

拍子抜けした様子で返された。少しばかり耳を後ろに寝かせ、

首を傾げながら小さく笑うこいつは……まあ不思議と人間が取る

同じ系統の感情表現と似たものを感じるな。


「じゃあ始めるかね」


「だな」


話がまとまったら、さっそく仕事だ。


もともとほとんどものが残っていなかったおかげで

部屋の中はすっきりしていて、物をどかす必要はあまりない。


冷蔵庫は空なんでストレージや揚陸艇の方の収納に

入っているのを持ってくるだけ――これに関しては

ニックスにやってもらっている。


俺はキッチンの床下にある貯水タンクを何とかするわけだ。

中にはまだ水が残っていて、放置されていたせいで状態は良くない。


もっとしっかりした居住モジュールなら電源無しでも

完璧に保存できるがここじゃだめだな。


使い物にならない水はすべて抜き取って、物質操作器で生成した

メンテナンス用液化ナノマシンを流し込んで、

それを片付けたら新鮮な水を入れる。


「おいニックス、流し台の水が出るか見てみてくれるか?」


「ん? ああ、ほいほい」


丁度いいところに居たんで試してもらおうか。

貯水タンクの供給用キャップを閉めてからメンテナンス用の

ハッチを閉じ、試してみるように伝える。


ニックスが翼の指で器用に栓を開けると……一瞬の間の後に問題なく水が出た。


「お、いけてそうだな」


「ああ、だが少しの間水は出したままにしておいてくれ。

配管側に少し汚れが残っているかもしれない」


俺はどんな毒物だろうが効かないし、ニックスも

多少汚れた水は問題ないだろうが念のためだな。


辺境星系の放置されていた標準グレードの居住モジュールなんだ、

こういう部分の信頼性はあまり期待しない方がいい。


その後は俺もニックスの方を手伝い残った分の食料やらを

こっちに移したり、足りないものを新しく生成したりで十数分といったところだ。


思えば今までの旅でこんなことは一度もなかったな。

俺一人なら別にわざわざここまでする必要が無くて、

ほぼ廃墟そのままのモジュールを借りて床で寝ていたこともあった。

飯なんて濃縮栄養ブロックで十分で、最低限身動きができる空間さえあればいい。


自分自身ではなく他人の、ニックスのためにこうやって

過ごしやすい環境を整えているんだ。

揚陸艇の床は冷たくて硬いし、兵員室はそんなに広くはない。


一人旅の終わりというのはこういうものなんだな。


「よし、こんなものだろう。水と食料は運び込んだし

住居としての設備はそのまま使わせてもらえばいい。

さて、この辺りで切り上げようか」


「お、んじゃこれで準備OKってかんじか。

いやー、なんか今からこういうところで

しばらく暮らすってなるとさ、楽しみだよなぁ」


一通りの作業は終わったんでニックスに

そろそろ休むようにと声を掛けると、

ニックスは最後の荷物を部屋の隅に降ろし、

そばにある大きなソファの前で伏せて丸くなる。


「ふぁぁ……なんか、知らないところなのに妙に落ち着くなぁ、ここさ」


丸くなったままあくびをしつつ話すニックスの姿が、

俺にはどうにも犬のように見えて仕方がない。


普通に立っているときはそのまんま

ワイバーンか鳥に見えるんだがなぁ。


「そうだな、確かに居心地はいい場所だ。

大型の居住モジュールなおかげで天井も高めで広々としていて、

照明も程よい明るさ。まあ、安価なグレードのモジュールとはいえ

居住性自体はよくできているということだろう」


実際、辺境星系において安い製品というのは基本的に

機能は十分でも寿命が短かったり信頼性が低かったり、

何かしら問題を抱えていることは多い。


そりゃあ当然安価に提供するためにはいろいろな性能を

削らないといけないから何もおかしくはないし、

買う側だってそれは承知の上だ。


このモジュールだって貯水タンクと配管の中が少し汚れていたな。


だが、ここは放棄されて時間がたったモジュールだ。

実際にそこに人が住んで、使い続けていれば気にならないわけで。


「なるほどなぁ、まあこういうの作ってる会社がメインの

商品にするってんだからたしかにその辺はバッチリかー。

――うーんそういやさ、このモジュール式住居っての?

オーウィンも持ってたりするのかな?」


目を閉じてうとうとしながら、ニックスは同じようなものを

持っていないかと俺に尋ねる。随分と眠そうだが……まあ、

考えてみればニックスの視点では寝込みを襲われて、

その後解凍されて故郷に送り返されることになって、

俺の船に乗ることになって、そして今未知の世界にいる。

肉体的だけでなく精神的な疲れがどっと来るのも無理はない、か。


「ああ、俺もいくつか居住モジュールは持ってるぞ。

多次元工学設計を取り入れてこの部屋と同じサイズのモジュールを

手のひらサイズまで折りたたんでいる最新式の奴だ。

もし他の惑星で地表に拠点が欲しいというようなことがあれば

展開するから、楽しみにしていてくれよ」


まあ、多次元折り畳みと言っても質量は変わらないから、

手のひらサイズの超密度素材みたいなものだがな。

扱いには注意を要する代物だ。


「へぇ、多次元工学? 多次元構造? ってそういうのにもつかわれるんだな!

多次元って言うと俺はなんか、船の装甲とかに使われてるイメージだったぜ」


……うむ、やはりニックスの"上の世界"の知識は偏っているな。

船の装甲ねぇ、俺の船は旧世代のものだから多次元装甲じゃあない。


「この辺の技術は軍用、民生用問わず活用の幅が広いからな。

……さてニックス、眠そうなようだしここで一度休むか?

正直言うと俺も少し疲れている」


「うん、そだな。ちょっと昼寝して、その後飯かなー」


ニックスはだるそうに体を起こし、少しだけ耳を立てながらこちらを向く。


「わかった。じゃあ、少し休もうか」


「はぁ……今日は疲れたなぁ、なんか、いろんなことがあった

風に感じるんだ。何回も寝て、何回も起きてるのに一日が終わらない

みたいなさ、へんなの」


そう話すニックスはとても力なく、視線も虚ろだった。

向きだけ見ればニックスは床を見ている。だが、

まるで文字通りの"視線"がそこに至るまでの中空で

掻き消えているかのように。


「災難だったよな。だが、少なくとも明日からは普通の一日が始まる。

……さて、この辺にして少し寝ることにするよ。じゃあ、またあとで」


「うん、また後でな、オーウィン」


疲れ切った様子のニックスに疲れた俺も挨拶をし、

しばらくの間眠ることにした。

ああ、奇妙な一日だったよ。

[技術: 多次元工学]


多次元工学とは、その名の通り多次元構造を取り入れた建造物や

機械の設計技術のことである。


多次元構造を持つ物体は三次元上の大きさをそのままに四次元、

またはそれ以上の次元軸方向に広がる構造を持つため通常は

見かけの大きさよりもはるかに重く、かつ広大な内部構造を持つ。


多次元工学を応用した工業製品の代表例が多次元コンテナであり、

三次元上の大きさを一切増やすことなく何十倍、何百倍どころか

何億倍もの容量を持たせることが可能となっている。


しかし、あくまで三次元上の大きさを維持しているだけであり内容物や

多次元構造部分の質量は変わらないため、こういった多次元構造体は

実質的な高密度物体として振る舞うことに注意が必要である。


なお、トリニティで広く使用されている多元宇宙ストレージは

ストレージの内部構造をストレージインターフェースとの相対位置を維持した状態で

追従させ、転送装置を利用して収納、取り出しを行っているため

通常空間との物理的な接触、接続がなく質量を考慮する必要はない。


[技術: ナノマシン]


ナナイト (Nanite) とも呼ばれる極小サイズの機械の総称。

それぞれのユニットは用途に合わせ様々な機能を持っており、

分子切断ビームや熱転送インターフェースなどを

使用した物質分解、分離、再利用

極小サイズのマニピュレーターを用いた物体の表面加工処理など

工業用、医療用、一般用途と幅広く使用されている。


トリニティではナノマシンの構造再編成、模倣による

可変構造の物体というような用途での使用はすでに

終了しており、これらはナノマシンの次の段階の技術に当たる

プログラマブル物質により置き換えられている。


プログラマブル物質はナノマシンとは異なり構造変化の最小単位が素粒子であり、

より柔軟かつ多様な構造、機能模倣が可能である。

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