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#0014 二つの大地と二つの空: 浮遊島惑星 その1

それで、だ。ニックスが惑星上で活動する上で一番知りたいのは

まあ重力と気圧だろうから、せっかくの待ち時間

を使って先に説明しておこうか。


「さて、地表までは時間がかかるしこの惑星の基本的な環境について話しておくぞ」


「ああ、確かにそれまだだったな! んじゃたのむぜ」


……そんなにじっと見つめる必要はないんじゃないか? ニックス。


空力的パラメーターに関わる部分だからか直前まで

待ち時間を愚痴っていた姿が嘘みたいだ。


えぇと。


「まず表面重力は4.2m/s²で、まあだいたいお前の故郷の

0.4倍といったところだ。気圧の方は地表で98.5kPaだから少しばかり大気は薄い」


「ふむふむ、地表でそれだったら浮遊島の上だと結構薄そうだよな」


まあそう思うよなニックス。だがここからが面白いところだぞ?


「はは、ところがこの惑星の場合は高高度でも

高い気圧が保たれているみたいでな。おそらく浮遊大陸のせいで

大気の層が分断されて、重力分布もズレているからだと思うが、

数値を見る限りなかなか飛ぶにはよさそうな雰囲気だぞ。

浮遊島、浮遊大陸の平均高度――約13kmでの気圧は81.2kPaだ」


ものすごく大雑把に言えば0.8気圧。当然その分揚力は減るが、

低重力だからむしろかなり余裕は出るだろう。


「えっと、確か100kPaで大体1気圧でいいんだよな? ……ってことは

普通なら雲よりずっと上くらいの高度でも厚い大気があるのか!

いやほんと、楽しみだなー」


それを聞いたニックスは再び気分が上がった様子。

解凍して、家に帰してやろうとしたときほどではないが、

もとよりこういう性格なのかね?


「そうだな。俺も浮遊島なんて初めてだし、お前と同感だよ」


――もちろん俺もそれなりに長いこと旅はしている。

だが、意外なことに浮遊島惑星というのは初めてなんだ。


観光ガイドブックにも載っていたりするのにだぞ?

希少だが別に誰も知らない場所というわけじゃない。


考えても仕方ないんだろうが。




それから更に数分。高度も大分落ちてきて、上層の薄い大気を

擦る船底がプラズマを帯び始めてきたころだ。


大気の組成自体はほとんどの居住可能惑星と同じなようで、

色は特に変わったところはないな。いつもの見慣れた大気圏突入の様子と言える。


操縦席の後ろから覗き込んで窓の外を眺めるニックスも興味の向く先は

徐々に近づいてくる宙に浮かぶ大地のようで、

オレンジ色のプラズマには目も暮れない。


……この感じだと1回見たらもう飽きたというよりは

単なる自然現象の一つとして"慣れた"の方が近いか?


「さて、あと3分もすれば巡航高度だが、

さっき言った通りお前が操縦を引き継ぐでいいな?」


船が大気に深く沈み込む前に一応もう一度聞いておく。

まあ、なんだ、これは俺の癖みたいなものだ。

兵士だったころの名残ともいえるか。


揚陸艇に乗って降下に備えるというこの状況が

当時を思い出させるからかもしれない。


そうなると、俺はニックスをはっきりと船のクルーか、

もしくは隊の仲間として見ているということでもある。


……こんな部分で自分の心理分析をすることになるとはね。


それで、ニックスの答えは当然Yesだ。


「ああ、それで頼むぜ。操縦代わったらまあ、

あとは任せてくれよ。よさそうな着陸場所探すからさ」


「了解」


そのまま船は降下を続け、はるか下にあった惑星の第二の地表も

そう遠くないところに見えるようになった。


浮遊大陸の上には真っ白な雲海が広がり、

所によっては雲のない部分から緑の陸地がその姿をのぞかせている。


現在の高度は約20km。巡航高度の15kmまであと少しだ。


この高度でもすでに平均より高くに浮かぶ小さな浮遊島を

横目に見ることができて、それより一回り大きな島々が

時折雲海を突き抜け顔を出しているさまが分かる。


……よし、このくらいまでくればニックスと代わってもいいな。


そのニックスはと言えば……相変わらずすぐ後ろだ。

羽毛と高い体温のせいで少しばかり暑苦しい。


「そろそろいい感じの高度だな。ニックス、操縦権限を渡すぞ?」


「お、んじゃあ操縦代わるぜ」


そう言うと、ニックスは神経インターフェースを頭にかぶり、目を閉じた。


そしてその瞬間船の制御は自動操縦からニックスの手に渡り、

独特な滑らかな動きで緩やかに高度を下げ始める。


空を飛ぶというよりは"宙を舞う"という表現が似合うような、優雅な動きだ。

これが戦場で砲火の中に飛び込む揚陸艇の機動とは信じられないね。


「どうだ? ニックス? この惑星の空は。

まあ、もう少し高度を下げてからが本番だろうが」


「へへっ、なんか……空が広いな! まだ高高度だからだとは思うけどさ。

ちょっと下りてみるか!」


前に操縦させたときとは大きく違ってニックスの返事は早かった。

これに関しても慣れたということだろうな。


「まあ、楽しんでくれ。気が済んだら着陸地点を探してくれればいい」


「OK、ありがとな、オーウィン」


ニックスのその言葉に続いて、

船は緩やかな降下から鋭い急降下へと姿勢を変える。


音速を超えない程度を維持しつつ、浮遊大陸の上にかかる雲海へ。


大気が二層に分かれたこの惑星には、第二の大地の上と下両方に

濃密な雲の層があり、第二の"地表面" ではそれぞれの大陸の合間を

通る激しい気流が雲の川を作り出している。


ニックスが操る揚陸艇は、今まさに上層の雲海を突き破って

浮遊大陸群の上空に滑り降り、そしてゆっくりと姿勢を安定させた。


さっきまでは雲の下かはるか遠方にしか見えなかった

陸地も今はもう、すぐ足元にある。


……そういえばニックスは今どこを見て飛んでいるんだ?

さっきから一言もしゃべらず熱中しているようで、

外から見ているだけじゃあ分からん。


ちょっと覗かせてもらおうか。


データリンク経由でニックスが見ているセンサー視界を

自分の視界に表示してみる。


――が、その瞬間に目に飛び込んできたのはまるで振り回すかのように

激しく動く視界だった。それにしてもものすごい視点移動速度だな……。

強化人間じゃなければ酔いそうだぞ。


そう、飛行種族ゆえか想像以上に視線の動きは激しかった。


はるか遠くに見える浮遊島に立つ巨大な木にズームしたかと思えば

すぐに等倍に戻し、今度は水色の平野の上を飛ぶ

異星の飛行生物の群れに注視する。


その次は険しい山の斜面にできた鳥の巣のようなものへ――

とにかく物を探すのが早い。まるでフェーズドアレイレーダーの

スキャン波のような勢いだ。


スノーワイバーンは普段からこうなのか? 特に生物、動く物体への

反応がすさまじく速くて、以前に見たエーレンの軍用機パイロットの

AARログを思い出させるところがある。


……ああ、一度切断しようか。

これはセンサー映像より窓の外を見ていた方がいいな。


顔を上げて、キャノピー越しの景色に目を向けよう。


外に映るのはさっきよりもずっと近くなった緑や水色の草原と、

その上に浮かぶ小さな浮遊島。

所によっては木の根や蔦ですぐ下の大地と

繋がっているものもある。


ここらの環境から考えると基本的に小さな

浮遊島ほど高くに浮かぶ性質らしい。


それに、一部では地面にあたる浮遊大陸からさらに剥離して

浮き上がったような痕跡も見られて、まんま上に浮かんでいる島の

底部と同じ形の穴が開いている場所も見つけることができた。


俺は研究者じゃあないが、こういう部分から推測したり、

想像するのも面白いものだよな。


その後も俺は静かに黙って操縦するニックスを見守りながら

外の景色を眺めていた。


船の飛行高度は少しずつ下がってきていている。


一言もしゃべらないからなんだがニックスとしてはもっと

物理的に近くで見たいものがあるのかもしれない。

となると着陸するのもそろそろか。


……噂をすればでニックスの翼の鉤爪が俺の肩をつついた。

うむ、普通の人間にこれをやったら危険な気がするぞ。


「どうした? そろそろ満足いったか?」


「そだな、んで、着陸場所を決めようと思ってさ。

やっぱ開けた場所がいいかな?」


ああ、そのことか。

揚陸艇の着陸地点は基本的にはニックスの考える通り

広い場所を選ぶことが多いが、同時に割と強引に降ろすこともある。


……ここじゃあ当てはまらない例だが都市部ならビルの隙間に

船体を挟むように無理やり固定したりと、な。


「基本的にはそうだな。乗り降りするときに困らない場所がいい。

ただ、別にホバーさせたままでも問題はないぞ。

反重力浮遊ならスラスターを使わないから

周囲への騒音被害もない。だから好きに選ぶといい」


「おっけー、んじゃいいとこ見つけたからさ、そこに降ろすからな」


確認が取れたニックスは、そのまますぐに船を上昇させ、

向きを変えてある地点に直進し始めた。


どこへ向かうんだろうな?

機首が向く先にあるのは遠くまで広く続く平地と切り立った山岳。


この速度を考えれば平地に降りるとは考えにくいし、亜空間センサー

による立体地図を見ても降りられそうな場所はかなり少ない。


だが……何だ? 船の進路上をよく観察してみると、どうも

人工物があるようだ。ほぼ垂直に近い断崖に無理やり横から

突き刺したような配置。建築様式からして辺境星系の一般的な

居住モジュールだから……ほかの研究、探査集団が

建てたキャンプか何かかもしれない。


ただ、見た感じではすでに使われていないらしく、建物の周囲は

すでに草木が生い茂って埋まってしまっているところもある。


「ニックス? あの建物に向かっているのか?

確かに着陸パッドもあるようだが」


ついでに言えば、その放棄された研究キャンプらしき建物には

大型揚陸艇が降りられるほどの着陸パッドが備えられていて、

降りるには最適な場所だろう。問題はそこから探索を始める場合は

徒歩は選択肢に入らないというところくらいか。


「お、よくわかったな! もう使われてないみたいだけど

いい感じの建物だし、上から見たときから目を付けてたんだよな」


なるほど。


この規模の施設を解体せずに放棄する姿勢は気に入らんが、

どうせあるならありがたく使わせてもらうのも悪くはないか。


俺たちが帰るときに代わりに解体していけばいいしな。

ついでに、何か面白いものが残っていないか漁っていくのもいい。


「はぁ。お前のセンサー視界を見ていたが、本当によく見つけたものだよ。

亜空間センサーの方を見ないと分からないだろ……。まあ、

せっかくだし先客の残したものは活用させてもらおうか」


「おう、んじゃ降ろすからもうちょっと待ってくれよ」


ニックスはそう言うとスロットルを開き、しっかりと

速度制限を守りつつ件の場所へと急いだ。


斜面に沿うような滑らかな軌道で山を登り、いくつもの切り立った岩の

柱の間を翔け抜け、螺旋を描きながら山岳の入り組んだ起伏を躱し、

遠くに見える空の上の密林を望む山の尾根へ。


そこから少し下りたところに突き刺さった明らかに場違いな

金属の骨組みとその上に並ぶ箱形の住居。そこからさらに

横へ突き出した巨大な着陸パッドがこいつの目指すところだ。


「よっし、降ろすからな」


そう俺に声を掛け、ニックスは揚陸艇の重い船体を羽のように柔らかく

着陸パッドの上へと運び――そして音もたてずに着地させた。


はは、完璧だな。


[知的種族: エーレン]


銀河社会においては比較的新参と言える、飛行能力を持つ種族。

宇宙進出を果たしながらも空を飛ぶための身体を

維持し続けている種族は非常に珍しく、その特性上宇宙、空中での三次元的機動、

および作戦指揮のほか、惑星上での建築分野でも高い能力を発揮できることで知られている。


[技術: モジュール式住居]


惑星上に調査、探査のための簡易な拠点を建設する必要がある際に使用される

共通規格化された居住施設の総称。宿舎、簡易研究棟、発電機室、通信塔、

宇宙機、航空機用着陸パッド、格納庫、車庫など様々なタイプが存在しており、

メーカーや製品のグレードによって機能、性能のほどは幅広い。


[探知装置: 亜空間センサー]


"現実の水面の下" とも表現されることのある亜空間と呼ばれる領域に

投影される現実空間上の存在の"影"を観測することによりほぼすべての

障害物を完全に無視して物体の形状、構造を調査することが可能な先進的センサー技術。


また、亜空間には一般的な物理法則が存在しないことから情報は常に即座に伝達される。

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